米大統領選挙
(画像=Alexander Borisenko/stock.adobe.com)

2020年11月3日に実施される米大統領選の結果は、米国のみならず世界経済に大きな影響を及ぼす可能性が高い。両者の政策案や選挙結果とともに、金融市場や世界経済への影響、そして起こり得るシナリオを、専門家の見解から予想してみよう。

世論調査はバイデン優勢 

これまでの世論調査で、民主党の対立候補であるジョー・バイデン氏がリードしているが、油断大敵であることは2016年の米大統領選や英国欧州連合離脱投票で証明済みだ。また、前回トランプを熱烈に支持したミズーリ州やルイジアナ州、カンザス州、オクラホマ州などでは、依然としてトランプ大統領の熱烈な支持者が多いことから、今回の選挙は最後まで予想がつかない。

バイデン政権では「環境と弱者に優しい米国」が誕生する?

トランプ政権は前期から引き続き、雇用創出や移民制限などを介し、改めて米国の国家主権確立を目指すと同時に、コロナで大打撃を受けた経済の再生を速やかに図る政策指針を発表した。就任以来、「富裕層のさらなる繁栄が狙い」と批判されてきたトランプ政策とは対照的に、バイデン氏は高所得者や法人への課税を強化し、低所得層や移民への支援を拡大する政策を前面に打ち出している。

外交に関しては、トランプ政権がスローガンに掲げている、関税・貿易戦争をはじめとする米国第一主義から、過去の米国に見られた多国間外交に回帰するとの見方が強い。トランプ政権が消極的なグリーン投資にも、2兆ドル規模のインフラ改善計画を発表するなど積極的だ。

対照的な政策 2つの共通点

このように対照的な政策が比較されることの多い両者だが、脱中国依存や米経済第一主義など、実際にはいくつか共通点がある。特に中国の貿易慣行に関しては、両者ともに「Abuse(米国に対する虐待)」と表現するなど強く批判しており、今後も強硬なスタンスを崩さない構えだ。

しかし、トランプ政権が関税やビザ制限、中国企業の締め出しなどさまざまな手段を用い、すでに単独で制裁を下しているのに対し、バイデン氏は同盟国に協力を求め、国際社会という枠組みから中国に圧力をかける意向を示している。

自国の経済復興に関しても、バイデン氏は多国間外交やグローバリズムを重視し、米国が世界の貿易ルールを率先して確立することを目標としている。その一方で、「米国生産主義(Buy American)」を政策に掲げ、国内産業基盤の強化に向けて製造業やイノベーションに700億ドルを投じる予定だ。

この政策は、トランプ政権の「米国第一主義(America First)」というスローガンをもじったものだ。国内で研究・開発を行い、国内で製品やサービスを製造・供給・消費することで、国内の経済成長を目指すことを目標としている点は、トランプ政策と類似する。

バイデン増税計画でS&Pが12%減?

他国にとって最大の懸念事項の一つは、選挙結果による金融市場や自国の経済への影響だろう。

バイデン氏の大規模な国内産業への投資は、プラス材料として期待されている。その反面、法人税の増税や譲渡所得税の引き上げ、高所得者を対象とする給与税などの計画は、「市場にとって非常にネガティブな材料となる」との見方が強い。これらは、トランプ政権が35%から21%に引き下げた法人税を28%まで引き上げ、国外利益に最低15%の税金を課すといったものだ。

RBCキャピタル・マーケッツの分析によると、同氏の税制計画が実施された場合、2030年までに推定1兆ドルの追加法人税収が見込まれる。これにより、ゴールドマン・サックスは、S&P 500企業の1株あたりの利益が170ドルから150ドル(12%減)に落ち込むと予想している。

また、企業や高所得者が影響を受けるだけではなく、大衆の消費も冷え込む可能性が高い。トランプ政権が2017年1月以降、製造業で48万件を超える雇用を創出しており、減税政策がコロナショックをものともしない、株式市場の記録的な成長の起爆剤となっている事実と照らし合わせると、世論が大きく割れているのも不思議ではないだろう。

日本・アジア経済への影響

日本を含むアジア経済への影響はどうか。

USBグローバル・ウェルスマネジメントは、バイデン氏が勝利し、トランプ政権が推し進めている、米国の会計基準に満たない中国企業の上場廃止やビザ制限が緩和された場合、「中国企業の株価を押し上げ、インドのIT企業にも恩恵をもたらし得る」と予測している。

法人税の引上げに関しては、トランプ減税の恩恵を受けた日本の自動車メーカーなど、アジア企業にも確実に打撃を与える反面、製造業やテクノロジーへの大規模な投資が、自動車産業や消費者向けテクノロジーのサプライチェーンを後押しする可能性が期待されている。そして前述した市場のネガティブ材料や貿易の不確実性などからドル安が進行すれば、アジアの通貨にとってはポジティブな追い風となるだろう。

また今回の選挙では、トランプ政権誕生直後に離脱した、環太平洋パートナーシップ(TPP)復帰の可能性が注目を集めている。そのほか、米中関係が緊迫する中、貿易や技術、サプライチェーンなどの制限範囲が、日本や韓国、台湾、シンガポールなどの輸出大国に拡大する懸念も排除できない。

バイデン氏はTPPの再交渉に応じる姿勢だが、米国に有益な合意に至らない限り、再参加はあり得ない意向を明確にしている。USBはその行方を「海外直接投資への長期的な影響を考えると非常に興味深い」と注視している。

欧州・新興経済への影響

一方、欧州においては「EU圏からの自動車輸入などに関税を課す」というトランプ政権の驚異が未だ健在しているほか、米IT企業を対象とする「デジタル課税」闘争がくすぶっている。選挙結果がアジア同様、自動車メーカーや高級ブランドメーカーなど多数の企業に影響を及ぼすことは言うまでもない。

ドルや米国のGDP成長率、インフレ、金利などに、全面的な影響を受けやすい新興市場にとって、今回の選挙は吉凶の両面性を持つ。しかし選挙結果に関わらず、財政支出の増加や高インフレなど、「全体としては新興市場資産に、有利なマクロ経済の発展をもたらす可能性が高い」とUSBは分析している。

選挙開催まで残すところ2ヵ月を切った現在、世界中がその行方を固唾を飲んで見守っている。新型コロナ、米中対立、そして米大統領選挙と、世界経済は大きな転換期を迎えているのかも知れない。

文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)

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