泊まってみたい「星野リゾート」~熱烈ファンを生む仕掛け
青森・十和田市の奥入瀬渓流を巡る「渓流オープンバスツアー」。売りは2階建てバスからの眺め。歩くと見上げて眺める滝も上から見える。2階の屋根がないから木の香りに包まれ、3密も避けられる。
バスをよく見ると「星野リゾート」の文字が。このバスはもともと東京で走っていた。しかし、コロナで客が減り運休。それを星野が奥入瀬で走らせることにした。
「今回の星野リゾート様のお話をいただいた際、やれることは全部やるということで、胸を借るつもりでやらせて頂いてます」(日の丸自動車興業 都市観光部・榎本亮介課長)
星野リゾート代表・星野佳路(60)は過去に2度、カンブリア宮殿に出演している。
最初の2010年には、顧客満足の根幹は「こだわりだ」と言っていた。
「聞くべき不満と無視すべき不満を判断できるようになるには、やはり私たちが『そもそもどういうリゾートになりたいか』ということが定義されているかどうかが大事なんです」
2016年には、こだわりを進化させ、世界に打って出ようとしていた。
「お客の声を聞いてサービスを考えるのではなく、自分たちのこだわりをサービスにしていく。そのこだわりを、悪い言い方をすると押し付けてでも提供していく。そういうサービスがおもてなしであり、日本的であり。そこにリスクを取っていかない限りは、日本のホテル会社が世界で評価されることはない」
星野リゾートの歴史は1914年に開業した「星野温泉旅館」に始まる。1991年、星野は家業を継いで4代目社長に。引き継いだものの、そこは軽井沢の中心から外れた古びた宿で、客は減少。そこにバブル崩壊が追い打ちをかけた。
「すごく小さな旅館ですし、建物は古かったですし、借金もありましたし、そして収益も十分じゃなかったんです」(星野)
星野は思い切って古い旅館を大改造した。それが「星のや軽井沢」(1泊1室8万4000円~。税、サービス料別)だ。客室は全てコテージ風にして元からあった湖のほとりに。装飾を控えた落ち着ける室内。谷間の集落で癒される。そんな雰囲気を演出した。
星野リゾートの「成長の秘密その1」は熱烈なファンにある。
2010年その秘密をカンブリアで取材していた。ファンを獲得するキモとなるのが、客の到着を前に開かれる作戦会議。やってくるのは2010年の取材時に48回目の滞在となる橋爪さん夫妻。接客を担当するのは遠藤雅子だ。彼女が見ているのは過去47回の滞在でスタッフが集めた「気づき情報」。橋爪さん夫妻は部屋でゆっくり過ごすことが多いという。遠藤は宿のそばにできた、ワインの試飲などもできる商業施設「ハルニレテラス」のことを伝えることにした。聞いてさっそく施設を訪れた夫妻は気に入った様子だった。
夫妻はこうした心遣いが、心地いいという。「従業員の接客がでしゃばりすぎず、きめ細かいんです」と、橋爪さん。これが熱烈ファンを生む秘密だ。
星野リゾートの成長を追って~再生のプロ&海外展開
「成長の秘密その2」は、彼らが再生のプロだということにある。星野リゾートはホテルを所有せず、運営管理に特化。これまで赤字で破綻したホテルを次々に再生してきた。
その一つが、冬場のスキー客しか来なかったため破綻した北海道の「トマムリゾート」。夏場に客をどう呼ぶかが再生の課題だった。「星野リゾートトマム」が集客に使ったのは早朝に現れる雲海だ。一望できるカフェテラスを作ると大人気に。実はこのアイデア、元からいたスタッフの発案だった。
「この地域を訪れた人たちにどんな風に地域を知って欲しいのかは現地のスタッフが一番よくわかっているんです」(星野)
2016年に取材した青森・三沢市の「星野リゾート青森屋」も星野が再生した宿だ。団体客がメインの旅館だったが、2004年に経営破綻。星野が入ると5年で黒字化した。
その原動力となったのが、地元スタッフによる「魅力会議」。団体ではない個人客に何をアピールしたら喜んでもらえるか、徹底的に知恵を絞った。その結果、生まれたのが、とことん青森の魅力にこだわったサービスだ。
館内には温かい津軽弁が響き、食事は青森ならではの幸を使った郷土料理を押し出した。地元のソウルフード「せんべい汁」や、「鮭の朴葉焼き」など青森のおふくろの味だ。地元スタッフが考えた極め付きは、青森県産の3種類のりんごをカプセルに詰めた「りんごガチャガチャ」だ。
元からいたスタッフの山形徹は「以前はほとんどトップダウンで決まってしまっていた。一般のスタッフの意見はほとんど通らなかった。そこはガラッと180度様変わりました」と言う。
「成長の秘密その3」は海外進出だ。
インドネシア・バリ島。星野リゾートは2017年、ここに海外初進出を果たした。
「星のやバリ」には茅葺き屋根が特徴のバリ伝統のヴィラが30室ある。宿の一押しはジャングルの中に浮いたように身を置ける空間だ。2018年取材したカナダ人のカップル客は「世界のどこより「星のや」が美しかった」「この旅で3つの星のやに泊まる。このあと京都と東京に。“ザ・星のやハネムーン”です」と語った。
ここでは客の滞在中、同じスタッフがサポート。日本旅館の仲居さんのようなおもてなしが最大の魅力となっている。チェックアウトの時には、カナダ人のカップル客にスタッフ手作りのメッセージカードをプレゼント。インドネシアの伝統的な絵柄で2人のハネムーンを祝福した。日本流のおもてなしが世界に通用することを証明してみせた。
星野リゾートは国内外45ヵ所に施設を展開。グループ全体の取扱高は20年前の11倍、552億円と大きく成長した。
未曾有の危機に“倒産確率”~とにかく生き延びる
そんな絶好調の星野リゾートを襲った新型コロナ危機。いつも強気の星野でさえ「大変な短期的な需要の落ち込みは過去経験がないくらいだし、2,3ヵ月おきに波のように来るのは、経験したことがないが、経営の力の見せどころだと思っています」と言う。
星野は社員を覚醒させるため、驚きの数字を発表した。38.5%という倒産確率だ。
「倒産確率、生存確率は社員1人1人に見てもらいたいし、そこに対して自分は何ができるのかということを考えてもらいたいし、自分がやったことに対して会社全体としてはどう変化したのかということを感じてもらいたいと思っています」(星野)
この数字を社員はどう捉えたのか。
「びっくりはしましたけれど、すごく気合が入るというか。苦しい状況だからこそ、そういったことまで開示することで、スタッフ全員が危機感を持って、今どういう気持ちで業務に当たっていかなければならないのか、と」(「星のや軽井沢」総支配人・金子尚矢)
「奮い立たせられるような、1人1人が動いていかないとこの確率が下がらないんだという気持ちです」(「リゾナーレ八ヶ岳」総支配人・永田淑子)
今回、星野はスタジオでも「生き延びる」ことの大切さを強調している。
「ウィズコロナの時代、売り上げを元に戻すことは、私は不可能だと思っています。何とか観光産業全体が生き延びる。売り上げが下がっても、倒産したりなくなったりしないような策を打つことが大事です。元に戻らなくても、人材を維持したまま生き延びる」
新たな旅の楽しみ方~「3密回避」大作戦
星野リゾートが運営する「リゾナーレ八ヶ岳」。家族連れに人気のリゾートで、しっかりコロナ対策をしている。
着いたらまず検温。施設内には「森の空中散歩」をはじめ子供が楽しめるアクティビティが多くあり、屋外だから遊ばせても安心だ。一方、室内には波の出る「ビッグウェーブプール」がある。こちらは宿泊者限定で密にならないよう人数制限。ロッカールームのロッカーもあらかじめ間引き、スタッフが1時間に1回、アルコール消毒している。
感染防止でもっとも気を使ったのがビュッフェだ。ビュッフェレストラン「YYgrill」は、地元山梨や長野で採れた新鮮な野菜や果物をふんだんに使い、評判が高い。
席に着くまではマスク着用をお願い。忘れた客のために用意もしてある。密にならないように予約制に。席はシートで仕切られている。各テーブルには手袋を用意。その手袋をして料理を取る。料理のまわりには特注のアクリル板。また、トングやテーブルなど、手に触れるものはすべて抗ウイルスコーティングした。
星野リゾートでは感染防止のため、5月と6月、すべてのビュッフェを中止していた。すると、客から再開を望む声が相次いであがった。
「『こういう状況下なので仕方がないですが』とアンケートに書いてくださっていますが、ビュッフェに対する期待があったことがうかがえました」(総支配人・永田)
そんな現場の声に、統括責任者の梶川俊一はこう語る。
「(お客様は)感染はしたくないですよ、だけど、ビュッフェは楽しみたいですよと。これが真の声なんだろうなと。ニューノーマルに即したビュッフェの再開をトライしてみたいと言って、星野も合意してくれたということです」
ビュッフェの再開が決まり、スタッフたちは感染防止対策を徹底的に学び、研修を重ねた。7月1日、満を持してビュッフェを再開した。
研修の中で、子供専用の朝食セットのようなアイデアも生まれた。家族連れが席に着くとそれを素早く持っていく。子供が料理を取りに行くと親もついて行くから、密になってしまう。子供が好きそうなメニューをあらかじめ用意して席にいてもらおうという作戦だ。「子供は待てないので、すぐに出してもらえると助かる」と親にも評判だ。
「(ビュッフェは)私たちが想定していた以上に旅の目的になっていたんです。たくさん食べる子供たち、そんなに食べないおばあちゃんたち、好きなもの嫌いなもの自由に選べるのはビュッフェ。旅においては重要な役割を果たしていたということを改めて認識しました」(星野)
「近場で泊まろう」地元再発見~青森ねぶた&東京日本橋
8月最初の週末、「星野リゾート青森屋」は結構な賑わいだった。青森県内からの客が多い。いまだコロナが収まらない中、首都圏や遠方からの客はまだ望めない。
「今までは不特定多数の人が利用するのが良かったんだけど、今はそれがノーマルじゃないので」(「青森屋」総支配人・岡本真吾)
そこで星野リゾートが提唱するのが「マイクロツーリズム」。車で1,2時間の近場の旅を楽しんでもらうというものだ。
地元の人を引き付けるものは何か。「青森屋」はねぶたを打ち出すことに。今年はコロナでねぶた祭りはすべて中止となった。そこで館内にねぶたを飾って、せめて雰囲気だけでも楽しんでもらおうと、考えたのだ。
ねぶたづくりは1年がかりの大仕事だが、今年は途中で中止に。そこで、ねぶた師を呼んで館内で制作してもらい、その様子を見学できるようにした。
「我々が希望をなくした時にこういう話をいただいたので、やりがいがある。青森の意気込み、気持ちを入れて制作しようと改めて考えました」(ねぶた師・内山龍星さん)
夜になると、宿の広場に宿泊客が集まってきた。ミニねぶた祭りの始まりだ。密にならないよう、桟敷を作って予約制に。それでもみんな、地元の祭りを堪能したようだ。「お祭りがなくなって残念だったが、雰囲気だけでも味わえてテンションが上がった」(お客)。
一方、日本のビジネスの中心、東京・大手町。そこに4年前できたのが「星のや東京」(1泊1室8万4000円~。税、サービス料別)。コンセプトは「進化した日本旅館」だ。
コロナ前は客の6割が外国人だった。エレベーターの内側は本物の木。さらに床は畳敷き。部屋は落ち着いた和風。そこに外国人でも快適に過ごせるよう、ソファーやベッドが置いてある。最上階の17階にある大浴場は本物の温泉。地下1500メートルからくみ上げた大手町温泉だ。まさに東京のど真ん中で日本旅館の神髄が堪能できる。
しかし、コロナ以降、海外からの客はほぼゼロに。稼働率も7月は去年の6割減となった。
そこで、総支配人の赤羽亮祐が考えたのが東京版マイクロツーリズムだ。
「東京都の中で東京の楽しみ方を提案し、そのために『星のや東京』にお泊まりいただくという形をしっかり作り込んでいきたいなと思っております」(赤羽)
目をつけたのは近くの日本橋。日本橋界隈の老舗を訪ねて、東京の人に東京の魅力を再発見してもらおうと考えた。
創業240年の刃物の専門店「うぶけや」。8代目の主人・矢﨑豊さんによると、店の名の由来は「赤ちゃんの産毛も剃れるほどよく切れる」と評判になったからだとか。その切れ味を作る大事な研ぎの職人技を「星のや」の客が見学できるツアーを考えているという。
続いて訪ねたのは日本橋で5代続く寿司店「蛇の市本店」。砂糖を使わず、赤酢と塩の酢飯で握る伝統の江戸前寿司を今も守っている。そんなこだわりの技と味を体験してもらう。
その後は「日本橋三越本店」へ。迎えたのは三越の「女将」と呼ばれるコンシェルジュの近藤紀代子さん。三越では、お得意さん向けに三越の歴史を紹介するツアーを行っている。これに「星のや」の客も参加させたいと考えたのだ。玄関にある三越のシンボルのライオンの前では、近藤さんがライオンにまつわる意外なエピソードを教えてくれた。
違った角度からの東京も見てほしい。そう考えて隅田川から東京湾へのクルージングも準備した。東京の人にとって意外と新しい発見になるのでは、と考えたのだ。
そして、とっておきが、スカイツリーを望みながらやる気功を取り入れた体操。それを、普段登れない高層ビルの屋上で、やってもらおうというのだ。
「ここには間違いなく『星のや東京』のお客様しか入れませんので、この絶景、空気を独り占めできる場所でのアクティビティをご提案したいと考えました」(赤羽)
~村上龍の編集後記~
観光業は新型コロナの感染拡大に大きく影響を受けた。星野リゾートでも4月、5月の需要は8から9割減だそうだ。1割しか客が来なかった、ということだ。ただし、「今を乗り切る」という指針で対処する限り、絶対にうまくいかない気がする。
星野さんは、まず「マイクロツーリズム」からはじめると言う。東京の場合、三越の歴史を訪ねる、船で夜景を楽しむなど、そんなことを真面目に考えている。すべてはそこから始まる、というわけだ。
いずれにしろ、星野リゾートは潰れない気がする。逆に、これを機に成長しそうな気もするから不思議だ。
<出演者略歴>
星野佳路(ほしの・よしはる)1960年、長野県生まれ。慶應義塾大学卒業、米国の大学院でホテル経営を学ぶ。1991年、星野リゾート4代目社長に就任。
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