究極の「朝獲れ魚」~常識破りの流通革命
2017年にカンブリア宮殿に登場した、地方で獲れた魚を東京に集めている会社、羽田市場。その羽田市場が今年5月、誰でもネットショップを作れると話題の「ベイス」でネット通販をスタートさせた。羽田市場のネットショップは、「ベイス」の110万店の中で、総合ショップランキングでトップに立つ。
人気の秘密はその安さ。例えば、毛ガニは紋別のカニ茹で名人が手がけた極上品。それが通常価格の半額で6912円。生うに100gもほぼ半額の1999円だ。
実はこの新ビジネスはコロナ危機をきっかけに誕生した。
今から3年前、神奈川・川崎市の「回し寿司 活」グランツリー武蔵小杉店に長い行列ができていた。関東で9店舗を展開する回転ずしの同店は安くておいしいと評判だが、客にはさらにお目当てがあると言う。
最高鮮度だというのは九州・宮崎で揚がった天然の真鯛。今朝揚がったばかりの朝獲れだ。普通の鯛よりコリコリした食感が楽しめると言う。生きのいい握りが二貫で一皿300円。朝獲れの魚の握りは早い者勝ち。あっという間になくなった。
この真鯛を運んできたのが羽田市場だ。
羽田市場の拠点は羽田空港の中、貨物ターミナルの一角にある。ここに全国55ヵ所の漁港から、その日の朝に獲れたおよそ200種類もの魚が毎日届く。
北海道紋別市、朝4時半のオホーツク海。仕掛けておいた定置網に魚がかかっていた。北海道はカレイの水揚げ日本一。中でも紋別のカレイは味がよく「紋別カレイ」というブランドにもなっている。
朝6時、港で降ろされたカレイは、産地市場の競りを通らずそのままトラックに積み込まれ、紋別漁港を出発。向かった先は紋別空港だ。鮮魚の流通は通常陸送だが、羽田市場はその常識を覆し、空輸しているのだ。
カレイは2時間後、羽田空港の貨物ターミナルにある羽田市場に運び込まれた。すると休む間もなくカレイは他の魚とともに箱詰めされる。羽田市場では1匹売りはせず、商品は詰め合わせのみ。中身は日によって違うが、5キロの魚が入った「超速鮮魚ボックス」(1万円+税)。このセットが1日平均1000店舗にスピード配送されている。
午後5時過ぎにカレイが羽田市場を出発。そして午後6時、到着したのは銀座の海鮮居酒屋「魚然」銀座八丁目店だった。紋別で水揚げしてからまだ12時間。今日獲れたものなので身がしっかりしている。身の締まり方が違う」と言う。
届いたカレイはそのまま刺身(842円(時価))になった。カレイは足が早いので、煮付けや唐揚げにすることが多いが、朝獲れだから刺身で食べられる。
通常の流通では、魚は水揚げされてから陸路で産地市場、中央市場を経由して店舗に入る。客が口にするのは3日目の魚。鮮度で圧倒的な差がつくのも当然というわけだ。
秋田・男鹿市の船川漁港で魚の締め方講座が行われていた。漁師に指南しているのは羽田市場代表・野本良平。血抜きした魚の神経の抜き方を教えていた。
あまり知られていない神経抜きだが、やっておくと魚の旨味が保たれるという。漁師たちは魚を獲ることに関してはプロだが、締め方などは意外と詳しくないと言う。そこで野本はこうした講習会で、魚の商品価値を上げる方法を教えているのだ。
魚を入れる箱にはシールが貼られ、魚の水揚げ港に加え、生産者の名前、漁法まで明記しているのだ。
「誰がいつどこでどのように獲った魚か、消費者の方に付加価値として提供する。手を抜いたらお客さんがつかなくなる。我々が目指すのは三方良しの関係です」(野本)
漁師さん応援プロジェクト~自粛で誕生した奇跡のビジネス
羽田市場のビジネスモデルの肝は空港の中に市場を持つこと。これが朝獲れの魚の配送を可能にしている。2014年、野本は空港内に施設を作る許可を求め、国土交通省に掛け合うが、最初は門前払いだった。
「『地方創生の第一歩は、地方のいいものをいい状態で東京に持ってきて高く売ることだ』と、記憶にないくらい何回も説明にあがりました」(野本)
交渉を始めてから1年あまり、野本はついに国交省を口説き落とした。2015年、羽田空港内に羽田市場の開設を成し遂げたのだ。
国交省の他にも口説き落としたのが漁師さんたち。宮崎・島浦島の漁師、古谷哲啓さんはいち早く契約をした一人だ。
「最初は何者か分からないので疑っていたが、信用できると思ったのは酒を5、6回飲んでから。『おたくも良くなる、うちも良くなる。ウィンウィンだ』と野本さんが言ったので、それなら一緒にやろうとなった」(古谷さん)
野本の新しいビジネスは2017年の放送時から3年間で売り上げ倍増と順調だったが、今年、状況は一変した。3月、新型コロナの影響から魚の値段が急落し、漁師達の収入も激減。そこで頼りにされたのが野本だった。
「『キンメダイが安くてどうしようもないから買い取ってくれ』という依頼がたくさん来ました。いろいろな産地の浜値が安くなった魚を大量に冷凍して買い支えました」(野本)
野本は漁師たちの生活を守ろうと、1億円以上の借金までして魚を買い取った。ところが4月に入ると、居酒屋などの飲食店が次々と営業を自粛。羽田市場の取引先も魚を買ってくれなくなった。
「1ヵ月で600万円しか売り上げがない。去年は1億数千万円でした」(野本)
倉庫は買い取った魚でいっぱいになり、このままでは廃棄するしかない状況に。しかも緊急事態宣言の最中とあってどうすることもできず、自宅のベッドで悶々とするしかなかった。
少しでも売りたいとネットを検索していると、そこで見つけたのが、誰でも無料でネットショップを開けるベイスだったのだ。5月、野本は一般客が買えるサイト「漁師さん応援プロジェクト」を立ち上げた。
「最初は宅配便で1、2箱送る程度と予想して始めました」(野本)
売りは「プロが使うグレードの高い商品を一般のお客様に業者間価格で」。すると巣ごもり需要の中で噂が広がり、コロナ前の売り上げの月1億円に迫る7500万円を叩き出した。
「次から次へとオーダーが来て、こんなに早く在庫がなくなるとは夢にも思わなかったです」(野本)
漁師たちから感謝の声が届き、取引のなかった漁師からも「自分の魚も売って欲しい」という声が殺到した。滋賀・琵琶湖の漁師、中村清作さんもその一人だ。
「2ヵ月くらい収入がほぼゼロに。人件費を考えると『何をやっているんだろう』と思うことが多々ありました」(中村さん)
中村さんが獲っているのは琵琶湖の固有種ビワマス。「琵琶湖の宝石」とも呼ばれ、特に天然物は高値で取引されている高級魚だ。ただし足が早く、地元以外ではなかなか食べられない。野本でさえこれまで食べたことがなかったと言う。羽田市場の通販サイトで販売が決定し、中村さんは胸をなでおろした。
羽田市場に、朝獲れたばかりの中村さんのビワマスが到着。3枚におろした後で、マイナス30度のアルコールに漬けて急速冷凍する特別な凍結機に入れられた。
「わずかな時期しか食べられなかったものが、冷凍すれば食べたい時に食べられる」(野本)
一方で7月、東京駅の駅ビルの中に、野本は新しい店をオープンさせた。その名も「羽田市場食堂」。自慢の海鮮を手頃な値段で出して客を喜ばせようという店だ。客はネタを選び、セルフサービスでご飯を盛り、その上に乗っけて食べるというスタイル。贅沢な盛りの「甘エビイクラ丼」は1000円。「ホタテイクラ丼」も1000円だ。
「ここで買えば間違いない」~逸品ぞろいの食料品店
カンブリア宮殿にディーン&デルーカが登場したのは去年11月のこと。六本木店の店内は、スタイリッシュなラックに商品がビッシリ。長い行列の先にあったのは色とりどりの総菜売り場だ。「スモークサーモンのレアグリル ハーブラビゴットソース」(100g920円+税)は酸味を効かせたソース仕立て。「牛もも肉のタリアータ パルミジャーノ添え」(100g920円+税)にはイタリア産チーズがたっぷり。
評判を呼ぶおいしさの秘密はショーケースの後ろにあった。店内に厨房があり、調理スタッフが手作りしている。一番人気の「ラザニア」(950円+税)は、カットすれば24層のパスタやソースが現れ、まるでアートのようだ。
総菜の他に売られているのは、フランスやアメリカのワインやシャンパンにイタリア直輸入のチーズなど、厳選された商品ばかり。ディーン&デルーカは世界中から4000種類ものおいしい物だけを集めた「食のセレクトショップ」。スタッフに頼めばほとんどの商品が試食できるのも特徴だ。
ディーン&デルーカを展開するウェルカム代表、横川正紀は「簡単に言うと、百貨店ではなく一貨店(専門店)でもない。しっかりセレクトされた、言わば十貨店です」と言う。
ディーン&デルーカはもともとアメリカ・ニューヨークの生まれ。イタリアを中心とした世界の食材と高級総菜を扱う新しいスタイルがニューヨーカーに愛された。それを日本に持ち込んだのが横川だ。
実は横川は外食チェーン「すかいらーく」の創業家の息子。父親は創業した4兄弟の一人、横川紀夫。だが、一大外食チェーンを横川が継ぐことはなかった。
「『すかいらーく』は4兄弟で経営していたこともあり、家族血縁は入社させないという決まりがあったので、子供の頃から会社に入ることはないと思っていました」(横川)
ちなみにカンブリア宮殿に登場し大反響を呼んだ外食レジェンド、高倉町珈琲会長・横川竟は叔父にあたる。
横川は2003年、ディーン&デルーカとライセンス契約し日本にオープン。17年間で店舗は51まで増え、2018年、売り上げは過去最高の116億円を叩き出した。
コロナで変わる?品揃え~客を呼び込む秘策とは
だが今年6月、六本木店にかつての賑わいはなかった。総菜コーナーのケースは3分の1が空っぽだった。コロナショックで総菜が売れなくなり、品数を減らしているという。
ディーン&デルーカは緊急事態宣言以降、約2ヵ月間、全店舗の営業を自粛。その背景には、テナントの大家と意外な話し合いがあったという。
「僕たちは営業しようと思っていたのですが、大家さんと話すと『ディーン&デルーカさんは休んでいい』と言われました。生活に必要な店とは思われていなかったのかな、と」(ブランド統括・田中大資)
高級な食料品が多いディーン&デルーカは、巣ごもりには必要のない店と思われていたのだ。横川は愕然とした。
「スーパーに行列ができているのに、うちはお客様が並んでいないという実態は、真摯にいまあるものを根底から見直すつもりで、提供する商品やサービスを変えて、新しいマッチングをしないといけないと思いました」(横川)
すぐに改革に動いた。始まったのが、毎日食べたくなる商品の開発だ。
バイヤーの三上昌洋が営業自粛中から開発にあたっているのが、「初めてプライベートブランドで作ったフリーズドライのお味噌汁」だ。ただしそこにはディーン&デルーカらしいこだわりも。それが、長崎で探し当てただしの専門メーカー「中嶋屋本店」の食材だ。
焼きあがった「あご」と呼ばれる魚の正体はトビウオだ。羽のようなヒレを持ち、海面を100メートルも飛ぶが、カツオや昆布に負けない強いだしが出る魚としても知られている。「中嶋屋本店」では、トビウオを獲ったその日に炭火で焼き上げる、今では珍しくなった昔ながらの製法で、よりうま味を引き出している。
「あおさ海苔の味噌汁」(260円+税)など、こだわり食材の味噌汁はすでに7月から販売開始。売り場には「普段のお味噌汁だからこそ上質なお味噌汁をご家庭に」とあった。今後はこうした日常食のラインナップを増やしていくと言う。
一方で、海外からの輸入品が中心だった品ぞろえも見直し中。今は海外に行けないため、バイヤー全員が国内で食材を探し回っている。
この日、ブランド統括の田中とチーフバイヤーの宮嶋真志が訪ねたのは、千葉・木更津市のチーズの工房「クルックフィールズ」。1年前から取引があり、今回は新商品ができたと聞いてやってきた。
これまで仕入れてきたのは手作りのモッツァレラチーズ。今年の4月以降、新型コロナの影響でイタリアなどからのチーズの輸入がストップ。だからこそ今、質の高い国内生産者との関係を強化している。
ここのモッツァレラの材料は水牛。本場イタリアでは本来、モッツァレラには水牛の乳を使う。一般的な牛乳と比べ脂肪分が多くクリーミーに仕上がる。その水牛の乳からとっておきの新商品ができたと言う。ヨーグルトだ。
宮嶋はすぐさま交渉へ。水牛のヨーグルトは9月からの発売が決定した。
こうした国内強化戦略でディーン&デルーカというブランドのクオリティーを守っていく。
~村上龍の編集後記~
今年のゴールデンウィーク、野本さんは自宅でぼんやりとパソコンを操作し、ショッピングアプリ・ベイスに入力していた。借金も使い果たし、在庫は市場に山積みになっていた。だが、奇跡はそこからはじまった。ベイスで売れに売れたのだ。正確に言えば奇跡ではない。山積みになっていた在庫が本物だったからだ。魚介類自体も、冷凍技術も本物中の本物だった。いっさいの妥協を排した姿勢が、結果的に野本さんを救ったのだ。
ディーン&デルーカのバイヤーが訪ねた酪農家の水牛はすごかった。水牛の乳から作るヨーグルト。うーん、是非食べてみたい。
<出演者略歴>
野本良平(のもと・りょうへい)1965年、千葉県生まれ。2008年、APカンパニー入社。四八漁場を立ち上げ副社長に。2014年、地方創生ネットワークを設立。 横川正紀(よこかわ・まさのり)1972年、東京都生まれ。1996年、京都精華大学美術学部建築学科卒業。2003年、ディーン&デルーカ1号店を丸の内にオープン。
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