親族内や従業員に後継者が見つからず、事業承継に悩んでいる経営者の方もいることだろう。事業承継の選択肢として、事業承継ファンドを活用する方法もある。今回は、事業承継ファンドの仕組みやメリット、選び方について詳しく解説する。
目次
事業承継ファンドが活用される背景
ファンド(fund)とは、「資金・基金」という意味で、金融業界では「投資や運用を目的として集めた資金」のことをいう。たとえば、金融商品である投資信託なども、広い意味でファンドに含まれる。
ファンドは、投資家から集めた資金を投資し、得られた利益を投資家に再分配する。逆にいえば、投資対象とみなされれば、ファンドから資金調達される。
最近では、後継者問題に悩む中小企業の株式を取得し、運用成果を狙う事業承継ファンドも増えてきている。事業承継ファンドとは、後継者不足に悩む中小企業に投資するファンドのことだ。事業承継ファンドは、中小企業の株式を買い取って企業価値を上げたのちに売却し、運用益を投資家に分配する手法を取っている。
後継者不足に悩む中小企業の経営者は、事業承継ファンドに自社株を高値で買い取ってもらい、事業の運営も任せることができれば、安心して勇退できるだろう。
帝国データバンクの『全国「後継者不在率」動向調査(2023年)』によると、2011~2021年の中小企業における後継者不在率は6割を超え、2017年には66.5%を記録した。しかし、2022年には57.2%、2023年には53.9%と改善傾向にある。同調査によると、後継者の就任経緯の割合は以下のような結果となっている。
2022年ではトップだった同族承継に代わり、内部昇格がトップになっているほか「M&Aほか」「外部招へい」が伸びていることがわかる。同調査では、事業承継ファンドを活用した割合については不明だ。しかし「M&Aほか」のなかに含まれると考えられる。
後継者不在率が伸びた2010年代後半、中小企業の経営者が親族内承継の限界を感じ、非親族や第三者への承継に舵を切る流れのなかで事業承継ファンドの活用も広がっていったのだろう。
また、中小企業庁が発表した『2024年版 中小企業白書』で中小企業の経営者の年齢について見てみよう。2000年、経営者の年齢層は50~54歳がピークであったが、以降は少しずつピークの年齢層が上昇し、2015年には65~69歳がピークとなった。
しかし、2020年以降は明確なピークがなくなり、2023年は55~59歳をピークとしつつも、50~74歳まで分散化の傾向をたどっている。経営者の年齢層の分散化は、企業の内部昇格や第三者への事業承継を積極的に進めた結果といえるのではないだろうか。
もっとも、2023年における70歳以上の経営者の割合は、2000年以降最高となっており、中小企業の後継者問題は今も大きな課題であることに変わりはない。
事業承継ファンドを活用する3つのメリット
続いて、事業承継ファンドを活用するメリットを3つ紹介する。
メリット1.売却益の確保
廃業と比較して売却益を確保できるというメリットがある。廃業すると、不動産を売却したり、機械や設備を廃棄したり、税務的な諸手続きを税理士に依頼したりと、多額のコストが発生する。
しかし、事業承継ファンドを活用して株式を売却すれば、廃業コストがかからないどころか、株式の対価として金銭を受け取れる。
経営者が勇退してセカンドライフを満喫するには、相応の金銭を確保しなければならない。売却益は、経営者にとって心強いメリットだ。
メリット2.経営支援
事業承継ファンドを活用すると経営支援が受けられる。
株式取得後、事業承継ファンドは経営支援によって会社を成長発展させ、数年後に売却して運用益を出す。そのため、ほとんどのファンドが経営支援のノウハウを蓄積している。
プロの経営支援によって事業が成長し、拡大していく可能性がある。商品・サービスを後世に残したり、今より適した形で会社を存続させたりすることも不可能ではない。
メリット3.企業文化の継承
M&Aでは、株式を第三者である会社や個人に売却する。その後は、新しい経営者のもとで事業が存続するが、会社風土の変化によって従業員や顧客が離脱しかねない。
事業承継ファンドの場合、現状の経営方針や企業文化を踏まえた支援が期待できる。また、オーナー経営者の想いを汲み取って、勇退後も企業文化を継承できるよう支援する機関もある。
企業文化を維持できれば、会社がM&Aによって売却されても、経営者の望み通りに存続しやすくなるだろう。
現状の企業文化を組織内に落とし込みたいなら、事業承継ファンドを活用するメリットは大きい。
慎重に事業承継ファンドを選ぼう
上述したように、事業承継ファンドを活用メリットがある一方、注意点もある。下記のような点を踏まえ、自社を託す事業承継ファンドは慎重に選ばなければならない。
・1)ファンドの選定が難しい
ファンドによって投資対象とする中小企業の規模や要件が異なる場合もある。ファンドの専門分野を見誤ると、自分が望む経営支援を受けられないケースもある。そのため、事業承継ファンドを慎重に選ばなければならない。
・2)必ずしも活用したいファンドから支援を受けられるとは限らない
事業状況が悪かったり、ファンドの力で企業価値を高めるのが難しいと判断されたりすると、事業承継ファンドから支援を得られないケースもある。赤字になったり、売上が極端に減ったりしてから相談するのではなく、早めに出口戦略を考えて情報収集を始めるべきだろう。
・3)ファンドが会社を売却したあとの流れが不透明
事業承継ファンドを運営する会社は、買収対象企業の株式を買い取ったあと、その企業の価値を向上させたのちにM&Aによって売却し、運用益を得る。M&A後、会社を買い取った経営者がどのような経営を行うかは不透明だ。
事業承継ファンドを活用した時点では、保たれていた企業文化や経営方針が、その後のM&Aによって変わってしまい、従業員の離職や顧客離れを招くリスクがある。
経営者が知っておきたい事業承継ファンドの種類
続いては、代表的な事業承継ファンドを4つ紹介する。具体的な機関を知ることで、事業承継ファンドについて理解を深めてほしい。
中小機構のファンド
中小企業政策の実施期間である中小機構が中心となって設立したファンド。事業承継を支援しているほか、創業期や成長期の中小企業にも投資している。民間の事業承継ファンドと比べて、公的な視点からアドバイスを受けやすい。
PE(プライベートエクイティ)ファンド
PE(プライベートエクイティ)とは、未公開株式のことだ。PEファンドは、投資家から集めた資金を未公開株式に投資するファンドである。
PEファンドの投資先には、事業再建が必要な企業や事業承継問題を抱えた中小企業などがあり、PEファンドの運営会社として以下のような企業が挙げられる。近年、事業承継をサポートするPEファンド運営会社が増えている。
・株式会社日本投資ファンド
M&A仲介に関して多数の実績を持つ日本M&Aセンターと日本政策投資銀行の合弁により設立したプライベートエクイティファンド運営会社。
雇用の約7割を担う中堅中小企業の成長基盤になることをかかげている。優良な中小企業に投資し、成長戦略によって企業価値を向上させ、運用益を上げることを目指す。
日本M&Aセンターは、中小企業のM&Aを30年近くにわたって支援してきた。そのため、後継者問題で悩む経営者の気持ちや希望を熟知しているといえる。ファンドとしての実績も2年以上あるため、安心感がある。
・SBI地域事業承継投資株式会社
SBIホールディングス株式会社の子会社として、2019年10月に設立されたファンド運営会社。地方創生の観点から、後継者問題を抱える日本国内の中小企業への投資を目的としている。
SBI証券はこれまで、地方事業承継室を創設して、全国の中小企業に対してサービスを提供してきた。2018年にはM&Aプラットフォームを運営する株式会社トランビと業務提携し、M&A支援サービスも開始している。
一般的な事業承継ファンドとは異なり、小規模な企業にも投資を行うと公表されている。ファンドとしては比較的新しいが、SBI証券が事業承継支援に力を入れているため、今後もサービスが充実していくだろう。
・AJキャピタル株式会社
2018年、あおぞら銀行と日本アジア投資が共同で出資して設立したファンド運営会社。業種は限定せず、地域の要となるような中小企業を対象に事業承継ファンドを組み、出資している。出資後は人材派遣、インフラ整備支援、財務面でのアドバイス、地域金融機関との連携などを通じて、対象企業の価値向上をトータルにサポートする。
・株式会社かなでホールディングス
日本国内の未上場株式に特化したファンド運営会社。短期間での売却が多いPEファンド運営会社にあって、超長期的な保有をかかげ、事業承継に悩む中小企業経営者の心理的なハードルを下げることをモットーとしている。
代表取締役は、上場企業に投資を行うシンフォニー・フィナンシャル・パートナーズ出身であり、同社はかなでホールディングスのパートナーでもある。
中小企業が事業承継ファンドを活用する方法
後継者問題に悩む経営者が、会社の出口戦略として事業承継ファンドを活用する場合の手順は下記の通りだ。
1.事業承継ファンドを選ぶ
2.事業承継ファンドに株式を売却し、金銭を受け取る
3.会社の売却益に対してかかる譲渡所得税の申告をする
事業承継を検討するなら、まずは税理士や銀行、公的な相談窓口に相談するとよい。公的な相談窓口には、中小企業庁が全国47都道府県に設置した「事業引継ぎ相談窓口」がある。
ただし、相談する場合は情報漏洩には十分注意しなければならない。会社売却を考えていることが万一従業員や顧客に伝わると、従業員の一斉離職や顧客離れといった事態につながりかねないからだ。
事業承継ファンドが決まれば、自社株を事業承継ファンドに売却することになり、株主の経営者個人は対価として金銭を受け取れる。
売却によって金銭を受け取った場合、譲渡所得税を納めなければならない。譲渡所得税の税率は、所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%の合計20.315%だ。1月1日から12月31日までの所得に関して、翌年3月15日までに確定申告を行う。
事業承継ファンドの賢い選び方
数多くの事業承継ファンドから自社に適した機関を見つけるのは簡単ではないだろう。ここからは、事業承継ファンドの賢い選び方を説明していく。
選び方1.具体的な支援について問い合わせ
各事業承継ファンドに問い合わせることから始める。
問い合わせる時には、自社の状況を説明できるよう、情報を整理しておきたい。こちらが情報を提供すれば、担当者も具体的な支援を紹介しやすいだろう。
選び方2.過去の類似事例を分析
過去の事例も確認しておきたい。会社の規模や業種によって事業承継の支援も異なる。自社と類似する事例で行われた支援が参考になるだろう。
選び方3.長期的な視点の有無を確認
長期的な視点で事業や会社を育てる姿勢の有無も見極めなくてはならない。短期的な利益を目指す支援では、事業や会社が望ましい方向に進むとは考えにくい。
選び方4.担当者の人間性に注目
事業承継ファンド選びでは、担当者の人間性に注目したい。経営者として長年の経験があるなら、人の本質を見抜く力は自然と培われている。「この担当者は、どこか信頼できない」という違和感が生じたら、安易に話を進めてはいけない。
事業承継ファンドの活用事例
ここでは、事業承継ファンドを活用して事業承継を行った事例を紹介する。
・株式会社SVPジャパン
東京都に本社を置き、法人の情報収集サービス「クイックリサーチ」を会員法人向けに展開する株式会社SVPジャパン。1974年に設立し、創業者が70歳を超えた。親族・社内に後継者がおらず、第三者への承継を決断。
M&A仲介会社に譲渡相手のリストアップを依頼したところ、事業領域の近い企業に加えてファンドも提案された。知名度の高い企業もリストアップされていたなかで、創業者が選んだ譲渡先は、中小企業の事業承継支援に特化した「TOKYO事業承継支援ファンド」だった。
TOKYO事業承継支援ファンドの主な出資者は東京都。ほかに、ゆうちょ銀行やきらぼし銀行なども出資者に名を連ねている。また、ファンドの運営や経営的な助言はJPE(ジャパンプライベートエクイティ株式会社)が行うことになった。
創業者は、名のある企業の傘下に入るのではなくJPEを経営パートナーとし、社員を中心に経営を継続するのが最善策と判断し、ファンドへの株式譲渡を決断した。2022年、JPEは新経営者を招へい。加えて、社内の管理体制整備や人材採用体制の構築、デジタル化の推進などを通じ、SVPジャパンを中長期的な展望に立った経営支援を行っている。
・株式会社三芳菊酒造
徳島県で1903年から日本酒を製造する株式会社三芳菊酒造。銘酒「三芳菊」が日本酒サイトなどで県内ランキング1位に輝くなど根強いファンに支持されてきた。しかし、近年は日本酒市場が縮小している影響もあり、重い債務負担に苦しんできた。
SBI地域事業承継投資は、日本各地の日本酒蔵に対する事業承継問題の解決に力を入れている。2024年、三芳菊酒造の債務整理が終わったタイミングでSBI地域事業承継投資が新会社「三芳菊酒造」を設立。旧会社から酒造免許など酒造事業の譲渡を受けることとなった。新会社の代表取締役には、旧会社代表取締役の妻が就任した。
SBI地域事業承継投資は、この新会社に投資を行うとともに、アマゾン・ジャパンや楽天などで酒類販売の経験を積んだ人材を販売担当取締役に迎え、商品の品質向上や販路拡大などに取り組み、企業価値の工場や地域活性化、円滑な事業承継を支援する。
事業承継ファンドを活用すれば第二の人生を送れる
事業承継は、経営者にとって最後の大仕事といわれるだけあり、悩ましい問題だ。事業承継ファンドをうまく活用することで、後継者に関する悩みを解決できるかもしれない。
加えて、売却益を確保すれば第二の人生もスタートできる。商品・サービスが世に残り続けたり、従業員の雇用を守れたりするなどのメリットも見過ごせない。
後継者問題で悩んでいるなら、事業承継ファンドの活用を選択肢として検討するとよい。
文・木崎涼(ファイナンシャルプランナー、M&Aシニアエキスパート)