事業承継が悩みの種である経営者にとって、特例事業承継税制は心強い制度だ。この制度が適用されると、贈与税・相続税の負担を抑えられるため、現経営者だけではなく後継者にもメリットが生じる。自信のない経営者は、これを機に制度の概要を確認しておこう。
目次
特例事業承継税制とは?制度の概要と背景
中小企業の後継者不足が社会問題になっている日本では、これまでさまざまな政策が実施されてきた。「事業承継税制」もそのひとつであり、この制度では相続税・贈与税の支払いを猶予する形で、中小企業の事業承継をサポートしている。
事業承継税制はもともと2009年に創設された制度だが、実は2018年(平成30年度)の税制改正によって、その内容には大きな変更が加えられている。2018年からの10年間を「事業承継支援の集中実施期間」と位置づけ、10年間限定の特例措置が設けられたのだ。
この特例措置こそが、本記事で解説する「特例事業承継税制」と呼ばれるものである。事業承継時の税負担を軽減する点は従来制度と同じだが、主に適用要件や適用後のリスクの部分に変更が加えられた。
特例事業承継税制が設けられた背景
では、なぜ事業承継税制はこのタイミングで改正されたのだろうか。特例措置が設けられた背景としては、主に以下のような点が挙げられる。
・経営者の高齢化が急速に進んでいる
・税負担の重さから、事業承継が困難になっているケースが多い
・現状を放置すると、廃業の増加によって地方経済が崩壊する
また、もともとの事業承継税制が2009年に創設されたにも関わらず、中小企業の事業承継がスムーズに進まなかった点も、特例措置が設けられた大きな要因だ。従来制度の適用件数は、制度開始から約8年間でわずか2,000件ほどだった。
このような状況を危惧した政府が、抜本的に支援を拡充する施策として取り組んだものが、事業承継税制の特例措置だ。中小企業がより円滑に事業承継を進められるように、特例事業承継税制ではさまざまな支援が拡充されている。
特例措置で何が変わった?従来制度との違いを徹底比較
特例事業承継税制をうまく活用するには、従来制度との違いを理解しておくことが重要だ。以下を見て分かる通り、従来制度からはさまざまな部分が改正されているため、しっかりと見比べていこう。
特例措置(新制度) | 一般措置(従来制度) | |
---|---|---|
・適用期限 | 2018年1月1日~2027年12月31日 | なし |
・対象株式 | 全株式(※議決権に制限のない株式が対象) | 発行済議決権株式総数の3分の2 |
・納税猶予割合 | 相続税、贈与税ともに100% | ・相続税…80% ・贈与税…100% |
・対象に含まれる後継者 | 最大で3人 | 1人のみ |
・贈与等を行う者 | 複数の株主が対象 | 先代経営者のみが対象 |
・雇用確保要件 | 実質撤廃 | 承継後5年間で、平均8割の雇用維持が必要 |
・特例承継計画の提出 | 不要 | 必要 |
・減免要件 | 譲渡や合併による、消滅・解散時も対象に含まれる | 会社更生や民事再生など、事実上の倒産のみが対象 |
・相続時精算課税の適用 | 推定相続人等後継者以外も適用 | 推定相続人等後継者のみ |
特例措置によって変わったポイントは、簡単に言えば「適用範囲が広がった点」と「税負担がより抑えられている点」の2つだ。特例措置では要件が緩和されており、かつ納税猶予割合や減免要件が優遇されているので、該当する中小企業はスムーズに事業承継を進めやすくなっている。
特例事業承継税制を利用するメリット・デメリットは?経営者が押さえたいポイント
特例事業承継税制の利用を検討している経営者は、メリットをしっかりと理解したうえで今後の計画を立てる必要がある。また、同制度には魅力的なメリットがある反面で、気をつけておきたいデメリットも潜んでいるので注意が必要だ。
そこで以下では、経営者が特に押さえておきたいメリット・デメリットを解説していく。
特例事業承継税制のメリット
中小企業が特例事業承継税制を利用するメリットとしては、主に以下の点が挙げられる。
・相続税や贈与税の負担を大きく抑えられる
・従来制度に比べて、適用後のリスクが軽減されている
・期間限定であることを口実に、事業承継を進めやすい
やはり最大のメリットは、相続税・贈与税の納税猶予を受けられる点だ。条件を満たせば、税金の減免措置も受けられるので、実質的に納税が免除されるような中小企業も存在する。
また、雇用確保要件が実質的に撤廃されている、減免制度が導入されているなど、従来制度に比べてリスクが小さい点も特例措置の魅力だろう。さらに、特例措置では適用期間が決まっているので、先代経営者・後継者のどちらの立場からでも事業承継を促しやすい。
特例事業承継税制のデメリット
一方で、特例事業承継税制のデメリットとしては、主に以下の点が挙げられる。
・取消事由に該当すると、利子税を支払う必要がある
・猶予期間が長いなど、制度自体に複雑な側面がある
・精通した専門家を探すハードルがやや高い
上記の「取消事由」とは、納税猶予が適用されなくなる条件のことだ。詳しくは後述するが、特例事業承継税制では継続的に特定の要件を満たさないと、取消事由により納税の猶予を受けられなくなってしまうばかりか、利子税を負担しなければならない。
また、後述の「適用要件」を見ると分かるが、特例事業承継税制は制度として少しややこしい側面を持っている。そのうえ、現時点では経験豊富な専門家が少ない傾向にあるので、相談先は慎重に選ぶ必要があるだろう。
特例事業承継税制のメリット | 特例事業承継税制のデメリット |
---|---|
・相続税や贈与税の負担を大きく抑えられる ・利益を圧縮するなどの株価対策が必要ない ・期間限定であることを口実に、事業承継を進めやすい | ・取消事由に該当すると、利子税を支払う必要がある ・猶予期間が長いなど、制度自体に複雑な側面がある ・精通した専門家を探すハードルがやや高い |
多くの経営者にとって特例事業承継税制は魅力的な制度だが、概要や要件をすべて把握しきることはやや難しいため、信頼できる専門家を探すことが重要なポイントになる。相談を検討している経営者は、各専門家の実績や経験をしっかりとリサーチしたうえで、頼れる相談先を選ぶようにしよう。
特例事業承継税制の主な適用要件
特例事業承継税制では、「先代経営者・後継者・会社」の3者に対して適用要件が設けられている。細かく見れば数多くの要件があるが、特に押さえておきたい主な適用要件は以下の通りだ。
要件の対象者 | 主な適用要件 |
---|---|
先代経営者 | ・贈与もしくは相続の時点で、会社の代表者であった ・後継者を除き、一族の中で筆頭株主である ・一族で議決権の50%を超える株式を保有している ・贈与の場合は代表を退任すること、もしくは退任している |
後継者 | ・相続もしくは贈与の直後に、会社の代表者である ・一族の中で筆頭株主である(※総議決権数の10%が必要) ・一族で議決権の50%を超える株式を保有している ・相続の場合は、先代経営者が60歳未満で死亡した場合を除いて、相続直前に役員であった ・贈与の場合は、役員就任後に3年以上が経過しており、20歳以上である |
会社 | ・承継法上の中小企業者、もしくは特例有限会社や持分会社に該当する ・非上場企業である ・資産管理会社に該当しない |
会社の適用要件にある「資産管理会社」とは、不動産や株などの資産管理を目的として設立される法人のことだ。たとえば、不動産賃貸業者は資産管理によって経営が成り立つ法人であるため、特例措置の適用を受けることは難しい。
ちなみに、複数の後継者が存在する場合には、各後継者が保有株式数の上位を占める必要がある。つまり、後継者が3人いるようなケースでは、各後継者が「筆頭株主・2位・3位」を占めることが求められるので注意しておきたい。
主な「取消事由」も合わせてチェック!
特例事業承継税制の適用を受け続けるために、主な取消事由についても以下でしっかりと確認しておこう。
贈与(相続)から5年以内の主な取消事由 | 贈与(相続)から5年経過後の主な取消事由 |
---|---|
・やむを得ない場合を除いて、後継者が代表から退いた ・一族の中で、後継者が筆頭株主ではなくなった ・一族の議決権が50%を下回った ・対象の株式を売却した(※一部でも該当) | ・対象の株式を売却した(※売却した株式のみ取消) |
上記のように、特例事業承継税制の取消事由は時期によって異なる。事業承継から5年以内はやや厳しい要件が設けられているものの、それ以降は要件が大きく緩和されるため、経営の自由度が高まっていくはずだ。
特例事業承継税制の手続きの流れ
特例事業承継税制の適用を受けるには、所定の手続きを済ませる必要がある。以下では贈与をする場合の手続きを徹底的にまとめたので、制度の利用を考えている経営者は、ぜひ参考にしながら準備を進めていこう。
【STEP1】特例承継計画の作成・提出
特例事業承継税制の適用を受けるには、認定経営革新等支援機関の指導・助言を受ける形で、「特例承継計画」を作成する必要がある。認定経営革新等支援機関とは、税理士や商工会をはじめとした、政府が認定している支援機関のことだ。該当する具体的な機関については、中小企業庁のホームページ上で公開されている。
後継者の情報などを記載した特例承継計画が完成したら、次はその計画書を都道府県知事に提出する。なお、特例承継計画には、承継時までの経営見通しや承継後の事業計画も記載する必要があるので、早めの準備を意識しておきたい。
【STEP2】代表者の交代・贈与
都道府県知事による書類確認が済んだら、いよいよ代表者を交代する。先代経営者が代表を退き、後継者が新たな代表に就任したら、一括贈与によって株式を移していこう。
その後は都道府県知事に対して認定申請を行い、これが受理されると「認定書」が発行される。なお、認定申請には期限があり、「贈与の翌年の1月15日まで」と定められているので注意が必要だ。
【STEP3】贈与税の申告
贈与をした翌年の2月1日~3月15日には、贈与税の申告を済まさなければならない。この申告が漏れると、後に申告漏れ・脱税を指摘される恐れがあるので、贈与税申告は確実に忘れてはいけないポイントだ。
納税猶予の申請と合わせて、所轄の税務署でしっかりと申告を済ませておこう。
【STEP4】都道府県知事と税務署への報告
特例事業承継税制では、「適用要件を満たしているか?」を都度チェックするために、定期的に書類を提出しなくてはならない。贈与税の申告期限から5年までは、都道府県知事に対して特例承継計画に関する「報告書」を、税務署に対して「継続届出書」を毎年提出する必要があるので、忘れないように注意しておこう。
ちなみに申告期限から5年が経過した後も、経過後4ヶ月以内に報告書の提出が求められる。さらに、税務署に提出する継続届出書についても、3年ごとに提出し続ける必要があるので、書類を提出するスケジュールは常に意識しておきたい。
専門家の力も借りながら、早めに万全の準備を
平成30年度に特例措置が設けられた影響で、事業承継税制はさらにメリットが大きい制度になっている。ただし、適用を受けるにはさまざまな準備が必要になるので、検討し始めた段階で早めに行動を起こすことが重要だ。
判断に迷う場合は専門家の意見も仰ぎながら、適用に向けて万全の準備を整えていこう。
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