高齢者雇用
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2020年3月、70歳までの就業機会の確保を企業の努力義務とする高年齢者雇用安定法などの改正案が参院本会議で可決された。今国会で成立すれば2021年4月にも70歳までの就業機会の確保が努力義務となる。本稿では、会社経営の視点から高齢者活用のポイントを見ていきたい。

目次

  1. 高齢者の雇用が求められる背景
  2. 高齢者の雇用に関するメリットや課題
    1. 高齢者を雇用するメリット
    2. 高齢者を雇用する際の課題
  3. 高齢者をうまく雇用した事例
    1. 事例1.医療法人社団永生会永生病院
    2. 事例2.松竹交通株式会社
  4. 高齢者雇用に関する助成金
    1. 制度1.65歳超雇用推進助成金
    2. 制度2.特定求職者雇用開発助成金
  5. 高齢者雇用を成功させるカギ

高齢者の雇用が求められる背景

内閣府の「平成30年版高齢社会白書(全体版)」によると、2017年の時点で日本の総人口は1億2,671万人である。そのうち3,515万人が65歳以上であり、総人口に占める割合は27.7%に及ぶ。

一方で、現役世代の15歳から64歳の人口は1995年をピークに減少傾向で、2013年には7,901万人になった。1981年以来、32年ぶりに8,000万人を下回った数字である。

この傾向は将来も変わらず、2029年には生産年齢人口が7,000万人を下回ると予測されている。

企業経営者であれば、この危機を既に感じ取っていることだろう。帝国データバンクの「人手不足倒産の動向調査」によれば、2019年には人手不足倒産件数が185件に上り、4年連続で最高値を更新した。前年比20%増と留まることを知らない。

同機関の「人手不足に対する企業の動向調査(2019年10月)」によると、2019年時点で正社員不足を感じている企業は全体の50%に達し、中でも情報サービス業と建設業では7割を超えた。

非正規社員の労働力不足は飲食業の78%が感じており、文字通り知恵や工夫では補えない人手不足が深刻になっている。

1970年には高齢者一人を約10人で支えていた状態が、2020年には2人で支えている。2050年には高齢者一人を1.5人で支えなければならない。社会全体に目を向けても、少子高齢化の未来は暗いといえよう。

現在、若年層に世代間格差の不平等感が蔓延しているが、将来的に高齢者福祉の問題が心理的な重みとなりえる。それどころか、経済力と人手の不足によって高齢世代を支えきれない事態に陥るかもしれない。

こうした状況下で注目されているのが、高年齢者雇用安定法の改正である。これまで支えられる側だった高齢者に社会を支えてもらう取り組みだ。

※参考:
「平成30年版高齢社会白書(全体版)」
(内閣府)

「人手不足倒産の動向調査」
(帝国データバンク)

「人手不足に対する企業の動向調査(2019年10月)」
(帝国データバンク)

高齢者の雇用に関するメリットや課題

70歳まで高齢者に働き続けてもらうメリットと課題について、事例を交えながら検討していきたい。

高齢者を雇用するメリット

高齢者が長年培ってきた専門的な技術やノウハウは貴重だ。業種によっては、属人的なスキルこそが会社の競争力の源泉になりえる。

ただでさえ人手不足の現在、65歳で辞められてしまっては困るという現場もあるだろう。若手の育成に時間がかかることも考えれば、他社を定年退職したベテラン社員を即戦力として迎え入れるのは有効な選択肢である。若手への技術承継も期待できる。

高齢者を雇用する際の課題

有望な高齢者であっても、体力には限りがある。経験や熟練を競争力に活かす業種では、年齢にともない技術が身につくほど労力も増える。

現役世代と同じ立場に配属する場合、体力のある若手に負担が増えると予想される。高齢社員の報酬が多いとなれば、若手のモチベーション低下は避けられないだろう。

キャリアアップの観点からも、高齢社員が上の立場に居続けるとなれば、中堅社員が転職を考えてしまうかもしれない。

経営的な視点でも、仕事量をこなせない高齢社員に対し、昇給したままの水準で報酬を支払う負担は大きい。

高齢者をうまく雇用した事例

ここからは高齢者雇用に関する成功例を紹介したい。高齢者の雇用に踏み出せない経営者はぜひ参考にしてほしい。

事例1.医療法人社団永生会永生病院

60歳の定年退職を迎えたナースをパート職員として再雇用する取り組みを実施している。看護師の業務は夜勤や肉体労働を含む過酷な仕事だが、経験や専門性も重宝される職場である。

この病院では、体力に余裕がある再雇用者は通常の看護師業務に就いてもらい、そうでない再雇用者には外来受付業務に就いてもらう方針をとった。

ベテランナースであれば、うまく症状を伝えられない患者から必要な情報を聞き出せるほか、適切な専門医や検査について受付時点で判断できる。

そのほか、生死を分ける状況に立ち会ってきたベテランであれば、緊急を要する患者の優先度も判断できる。結果、現役世代のナースや医師の負担が大きく軽減された。

従来の業務に捉われず、高齢社員の経験を活かせるポジション調整が肝要といえよう。仕事内容の変化を契機に給与の見直しも進み、若手の閉塞感を払拭できる。

事例2.松竹交通株式会社

現時点ではあくまで努力義務である高齢者雇用が、思わぬ効果を発揮した事例もある。

松竹交通株式会社は以前から定年を65歳と定めていた。平成25年度の高年齢者雇用安定法改正を契機に、75歳まで再雇用する第二定年制度を導入した。

結果、働き続けられる安心感と勤務意欲が高まり、定年後の継続雇用希望者は9割を超えたという。

高齢でも働ける仕組みはベテラン社員を引き留める。若手・壮年社員のモチベーションとロイヤリティも向上させやすい。

少子高齢化で若い世代の労働力が不足し、働き方の多様化で人材の争奪戦も激化している。勤務態度の良い従業員に自社で働きたいと思ってもらうことは重要だ。

高齢者雇用に関する助成金

厚生労働省による高齢者雇用に関する助成金は、高齢者を雇用しやすいよう工夫されている。

制度1.65歳超雇用推進助成金

【高年齢者評価制度等雇用管理改善コース】

高齢者が働きやすい制度や、意欲・能力を発揮しやすい仕組みを整えた場合、初回に限り30万円を受け取れる。

助成対象となる措置は主に以下のとおりだ。

・高年齢者の職業能力を評価する仕組みおよび賃金・人事処遇制度の導入または改善
・高年齢者に適切な役割を付与する研修制度の導入または改善
・法定外の健康管理制度の導入
・高齢者の希望に沿った隔日勤務制度や短時間勤務制度などの導入または改善

助成を受けながら自社にあった高齢者活用の仕組みを整備できる。

【65歳以上継続雇用促進コース】

定年の引き上げまたは廃止、もしくは希望に応じて66歳以上を継続雇用する規定を定めると、引き上げ幅や対象人数に応じて5万円~160万円を受け取れる。

【高年齢者無期雇用転換コース】

「50歳以上かつ定年年齢未満」の有期契約労働者を無期雇用に転換させた場合、対象労働者一人あたり38万円から60万円が受け取れる。

制度2.特定求職者雇用開発助成金

生涯現役コースでは、ハローワークなどの紹介による65歳以上の離職者を雇用保険の高年齢被保険者として雇い入れる場合、一人当たり40万円から70万円が受け取れる。

以上、高齢者の雇用に関する助成金を紹介した。高齢者が活躍できる仕組みを作り上げ、定年を引き上げたりベテランを登用したりすれば、会社の利益にもつながるだろう。

高齢者雇用を成功させるカギ

高齢者が働き続けると世代間の軋轢も生じかねない。

日本の価値観では、年上やベテランが無条件に尊敬されやすい。気を遣う若手にとって居心地が悪いだろう。壮年社員も、敬うべき高齢者が部下になれば扱いに困るかもしれない。

その反面、「老害」などの言葉が存在するように、高齢者に対する反発や蔑視もある。こうした軋轢を解消するヒントになる事例を紹介しておこう。

S商事は、職業紹介事業者の仲介で他社の定年退職者を多く雇い入れており、高齢者をうまく活用している会社だ。雇用した高齢者の最高年齢は80歳に及ぶという。

この会社では挨拶、掃除、SKH(さんづけ・敬語・品格ある行動)を徹底し、「相手を尊重する」ことを目的としている。

高齢者の活用は、今までと異なる働き方を積極的に導入することだ。しかし、人間は自分とは違う価値観や生き方を尊重したがらない生き物でもある。

S商事では、尊重を行動で示す企業文化があったからこそ、高齢社員をうまく活用できたのではないだろうか。働き方改革で多様性への対応が求められる今、こうした企業文化から学ぶべきことは多い。

人口動態という如何ともし難い潮流を背景に、社会や企業のあり方は大きく変わろうとしている。高齢者の雇用はもはや必然であり、社会や企業が多様化するための試金石となっているのかもしれない。

文・奥平聡(株式会社ライトアップ)

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