近年、学校にICT教育が導入されつつある。ICT教育のメリットが気になる方もいるに違いない。今回は、ICT教育に関する国の方針や目標などに触れながら、現状の問題点や解決策などについて解説していく。企業内教育に通じる事柄なので、ぜひ参考にしてほしい。
目次
日本におけるICT教育の推進動向
パソコンやスマートフォン、タブレット端末といったICT機器は、もはや私たちの日常に欠かせない存在だ。それらをインターネットでつなぐ高速大容量の通信環境やクラウドサービスも、現代社会における重要なインフラといえる。
学校教育の現場では、こうした最先端テクノロジーの活用を国が推進している。しかし、教育のICT化による効果が期待される反面、国の計画通りに導入が進んでいない。具体的に国が定める教育方針や策定した計画を見てみよう。
ICT化の推進は新学習指導要領に基づく
情報端末機器の発達や通信環境の整備にともない、教育分野でICT化が進められるのは自然な流れといえる。
しかし、教育のICT化が注目されるのには別の理由がある。文部科学省が定めた新学習指導要領の全面実施が迫っているからだ。
小学校では2020年度、中学校では2021年度、高等学校では2022年度から、新たな方針に基づく教育が開始する。
そもそも学習指導要領とは、文部科学省が学校教育法などに沿って定めた教育基準だ。日本全国の教育水準を保つことが目的である。
小学校・中学校・高等学校ごとに教科の目標や教育の概要が定められており、各校は学習指導要領に基づいて教育課程(カリキュラム)を編成する。
新学習指導要領では、情報活用能力が「学習の基盤となる資質・能力」と位置づけられた。
「各学校において、コンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段を活用するために必要な環境を整え、これらを適切に活用した学習活動の充実を図る」との方針が明記されている。
文部科学省は新学習指導要領の実施を踏まえ、「2018年度以降の学校におけるICT環境の整備方針」を掲げるとともに、その達成に向けて「教育のICT化に向けた環境整備5か年計画(2018~2022年度)」を策定した。
ICT教育に関する環境の整備
「教育のICT化に向けた環境整備5か年計画(2018~2022年度)」の整備方針では、以下の目標が定められた。
・学習者用のコンピュータを3クラスに1クラス分程度の割合で整備
・指導用コンピュータを授業の担任教師に1人1台整備
・大型提示装置や実物投影機を各普通教室に1台、特別教室用として6台整備
・超高速インターネット環境および無線LANを100%整備
・統合型校務支援システムを100%整備
・ICT支援員を4校に1人の割合で配置
・学習用ツールや予備用学習者用コンピュータ、充電保管庫、学習用サーバー、校務用サーバー、校務用コンピュータ、セキュリティソフトについても整備
ICT教育のメリットとは?
文部科学省下の中央教育審議会答申は、各学校でICT化を推進するメリットとして、以下の3つを挙げている。
①多様で大量の情報を収集・整理・分析でき、カスタマイズも容易
②時間や空間を問わず、音声・画像・データなどを蓄積・送受信できる
③距離に関わりなく、相互に情報を発信・受信できる
広範なデータをもとに分析すれば、子どもたちは正確に学べるだろう。個々にカスタマイズすることで、学校や地域の特性に適した授業を進められる。
時間や空間に制限されない教育なので、学校ごとのカリキュラムにも組み入れやすい。対話が求められる英会話の授業などでも効力を発揮すると考えられる。
国は対話を通じながら子どもが主体的に学習する「アクティブ・ ラーニング」を重視している。それを果たすうえで、ICT教育が重要な役割を担うといえよう。
ICT教育のメリットは他にも考えられる。校務のデジタル処理が進むことも間接的に教育体制の強化に結びつくだろう。
雑務処理に悲鳴をあげる教員が多いと聞く。デジタル処理によって業務の効率化が進めば、子どもと向き合う時間を確保しやすくなる。
ICT教育の課題とは?
文科省や総務省などでは、教育のICT化について調査・研究するために実践モデル校を設置している。
うまく機能した例として挙げられるのが電子黒板の導入だという。視覚的な授業によって教材・資料の説明も伝わりやすくなり、児童・生徒の「関心・意欲・態度」が向上しているとのアンケート結果が得られている。
新学習指導要領に基づき、小学校では2020年度からプログラミング教育が必修化され、教育のICT化が迫られている。しかし、ICT化の推進にともない課題も浮上した。
具体的な課題は以下の通りだ。
①導入に関する地域格差
②推進者・利用者・保護者の導入意欲に関する格差
③教師のITリテラシーに関する格差
ここからはそれぞれの格差について説明していこう。
導入に関する地域格差
ICT教育は、地域ごとの導入状況に差が見られる。学習評価や成績評価などの校務をICTで効率化する学校も増えているが、都道府県単位で捉えるとまだらである。
文科省が公表した2019年3月時点の整備状況を確認してみよう。
「教育のICT化に向けた環境整備5か年計画(2018~2022年度)」では、2022年度までに普通教室の無線LANを100%整備することを目標としていた。
結果、普通教室の無線LAN整備率は、1位の静岡県が73.6%であるのに対し、最下位の新潟県は13.3%にとどまった。
教育用コンピュータ1台当たりの児童生徒数は、1位の佐賀県が1台当たり1.8人で、最下位の愛知県は1台当たり7.5人だった。これらの結果は地位格差を示している。
地方自治体ごとに予算の優先順位が異なることに原因があるのだろう。そもそも自治体によって税収の格差がある。他の優先すべき課題を抱えていれば、教育のICT化は後回しになってもおかしくはない。
さらに、ICT化を推進する旗振り役の存在も導入の格差に関わるといえる。
ICT化に詳しい人材が担当すれば、滞りなく導入できるに違いない。こうした人材がいないと導入に対して消極的な姿勢になるのだろう。
推進者・利用者・保護者の導入意欲に関する格差
温度差が生じているのは、地域間だけではない。文科省やICT機器関連のベンダーが推進に意欲を示している一方で、利用側の教職員や授業を受ける子どもの保護者の中には、消極的な姿勢も見受けられる。
公立学校においては、教育委員会がICT設備の導入を検討・決定する立場であり、利用側の教員が蚊帳の外になりやすいのだろう。
その点、私立は現場の意向を汲み取りやすいといえるが、トップや現場で認識が異なり、学校間で格差が生じる可能性はある。
一方、保護者は納税や学費の支払いを通じてICTの整備費用を間接的に負担する。
しかし、猛暑に向けた空調整備の導入など、もっと優先してほしい課題も多いだろう。そう考えると、教育のICT化が優先されないのも不自然ではない。
教師のITリテラシーに関する格差
教師のITリテラシーに関する格差も軽視できない。文科省による「平成30年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」では、「都道府県別 教員のICT活用指導力の状況」も公表している。
教師が自己評価した結果をまとめたものであり、結果の数値は「できる」と「ややできる」と回答した教師の割合を示す。
「教材研究・指導の準備・評価・校務などにICTを活用する能力」に関する自己評価では、1位が佐賀県(94.2%)、最下位が三重県(81.4%)だった。
「授業にICTを活用して指導する能力」では、1位が岡山県(85.1%)、最下位が滋賀県(61.1%)だった。
「児童生徒のICT活用を指導する能力」では、1位が岡山県(84.4%)、最下位が宮崎県(60.6%)だった。
「情報活用の基盤となる知識や態度について指導する能力」では、1位が徳島県(91.5%)、最下位が宮崎県(71.6%)だった。
見逃せない点は、2018年度中に「ICT活用指導力の各項目」に関する研修を受講していない教員の割合が52.7%と、過半数を超えていたことだ。
ICT教育の格差を解消する方法とは?
では、これらの格差を解消するには、どのような取り組みが求められるのか。具体例として熊本市の取り組みが参考になる
熊本市は2018年10月にNTTドコモ、熊本大学、熊本県立大学と協定を結び、教育のICT化に乗り出した。
熊本市がICT教育の環境整備を進める一方、熊本大学がICTを活用したモデルカリキュラムを提案。熊本県立大学がICT活用事例を共有するアプリを開発し、NTTドコモがタブレット端末と通信回線を提供する。
官民学が一丸となり、それぞれの得意分野を担っていけば、ICT化も効率的に進められるだろう。
また、中央教育審議会が指摘しているように、地域内におけるまだら模様の普及状況や教員の人事異動を考慮すれば、市町村ではなく都道府県単位で共通の校務支援システムの導入が求められる。
いずれにせよ、教育のICT化は着実に進んでいく。ICTによって教育を受けるのは子どもだけではない。企業で働く社員にもICTを用いて教育したほうが効率的な場面もある。経営者として最先端の教育を提供できるように、ICT教育の動向をおさえておきたい。
文・大西洋平(ジャーナリスト)