無形資産投資
(画像=Jirsak/Shutterstock.com)

企業の投資といえば、一昔前まで、工場の機械設備や土地建物など、いわゆる実物資産への設備投資でした。しかし、昨今の企業経営では、無形資産への投資の重要性が増しています。

その中でも、人材投資の重要性は周知の事実ですが、多くの企業は、本当に「企業における無形資産投資」となる人材投資を行えているでしょうか。

本稿での無形資産

まず、本稿の無形資産とは、財務諸表で数値化されるもののみならず、企業の長期的な価値創造に関する、広義の無形資産を意味します。

無形資産の分類

①情報化資産

受注ソフトウェア・パッケージソフトウェア・自社開発ソフトウェア・データベース

②革新的資産

自然科学分野の研究開発・資源開発権・著作権及びライセンス・他の製品開発、デザイン、自然科学分野以外の研究開発(デザイン・ディスプレイ・機械設計・建築設計・金融業における製品開発)

③経済競争能力

ブランド資産・企業固有の人的資本・組織構造

引用:内閣府HP 平成23年度 年次経済財政報告書 日本経済の本質的な力を高める 第二章より

無形資産が重要視される理由

スケーラブル(拡張可能)

例えば、スターバックスの店舗マニュアルを中国語で一旦書けば、それを中国の店舗すべてで使える。物理的資産は同じ時間に複数の場所には存在できないが、無形資産は通常は何度も何度も、同時に複数の場所で使える。

スピルオーバー(波及効果)

他の企業が他人の無形投資を活用するのは比較的簡単である。例えば、アップル社がiPhoneを発表すると、ほとんどのスマホiPhoneそっくりとなった。結局のところ、他の企業の投資からのスピルオーバーを活用するのは、ある意味で棚ぼたの大儲け。

シナジー

無形資産(アイデア・新デザイン・新しい商品マーケティング手法)は、お互いにシナジーを持ち、組み合わせによって価値が高まる。これが顕著に現れているのがオープンイノベーションの普及だ。

引用:ジョナサン・ハスケル、スティアン・ウェストレイク(著)山形 浩生(訳)『無形資産が経済を支配する―資本のない資本主義の正体』(2020年 東洋経済新報社)

「持つ経営」のアマゾンも、強さの鍵は無形資産

例えば、アマゾンの強さの源泉は何でしょうか?アマゾンは、物流拠点やそれに必要な設備・ロボットなどに大きな設備投資を続けており、その設備投資額の高さや伸びから「持たざる経営」と対比し「持つ経営」と呼ばれる程です。

とすると、アマゾンの強さの源泉は、その保有する設備資産かと考えられますが、本当の鍵を握るのは「キャッシュ・コンバージョン・サイクル(以下、CCC)」だと言われています。CCCとは、仕入れた商品を販売し、現金化されるまでの日数を表しており、短ければ短い方が現金回収のサイクルが短くて良いということです。

小売業の一般的なCCCは+10~20日程度ですが、それに対してアマゾンのCCCはマイナス28.5日となっています。マイナスということは、物が売れる前から入金されているということです。

アマゾンは低利益率の企業としても有名ですが、それでもこの「キャッシュを生み出す仕組み」が、積極的な設備投資や研究開発を可能にし、世の中に広く認知される商品・サービスを生み出し続けているのです。

こういったビジネスモデルの他に、もっと小さな無形資産も存在します。例えば、同じくアマゾンには、一度のミーティングの参加人数はピザ2枚で足りるまでという「ピザ2枚ルール」というものがあります。これは、会議の生産性向上を意図したルールです。

ビジネスモデルのような根本的なものから、会議のルール1つに至るまで、全てが企業の無形資産といえます。

例えば、工場のラインといった有形資産への設備投資では、そのラインで製造される製品の範囲に限った生産性への寄与となりますが、こうした無形資産への投資は、企業の日常的な活動から革新的な活動まで、広範囲の企業活動に寄与するという特徴があります。

また、「有形資産より無形資産の方が、生産性への寄与度が高い」という研究結果も存在しています。

総務省ホームページ
総務省ホームページ

※出典 総務省ホームページ 「AI経済検討会:無形資産に関する論点整理メモ」

今の人材投資は「無形資産投資」となっているか?

前述した「無形資産」という観点で、自社の人材投資の取り組みを、一度見直していただきたいと思います。それらは本当に、企業の無形資産への投資となっているでしょうか。

『人が大切だ』『人に投資することは重要だ』という論調のままに、人を大切にする取り組みを行うことが、イコール企業の無形資産投資を行っていることにはなりません。

なぜなら、企業においての本質的な資産とは「人そのもの」ではなく、風土・ノウハウ・仕組み等の「人が作り出すもの」だからです。そのため、働く人そのものを大切にすることは、別の意味合いでは大切ですが、企業の無形資産投資という文脈においては、正しい考え方ではありません。

「人が生み出す無形資産を最大化させるためにはどうすれば良いか」という観点を持ち、その上で組織作りを行っていくことが、企業の無形資産投資の本質と言えます。

しかし、企業が「人への投資」と題する活動の中には「人そのものを大切にする」ための福利厚生のような活動が混同していることがあります。それらの活動は、無形資産投資の観点においては、「投資」というよりも「消費」に近い性質です。「投資」と「消費」、今やっていることはどちらなのか、本来すべきことは何かを、正しく見極める必要があります。

「投資」と誤解しがちな取り組みや考え方の例

”コミュニケーションを図る”という名目で、懇親会費用を会社が補助

ただ社員同士が仲良くなるための懇親会なら投資にはなりません。仲良くなった暁に何が生み出さ れるのか、という視点をくわえて始めて投資といえます。

逆に、仲の良い社員同士が、会社負担の飲み会で、会社の愚痴を言い合い、反旗を翻す集団になったというケースも稀にあります。それであれば、全社横断のプロジェクトを発足する方が、意義のあるコミュニケーション図ることができ、企業の財産になり得るのではないでしょうか。

”社員の健康増進”という名目で、フィットネスクラブを法人契約

社員の健康が増進されるということ自体は、企業の財産になりません。それなら、終業後に外部講師を招き、会社負担の研修を行う方が「人から生み出される資産」は最大化するのではないでしょうか。

風通しの良い組織風土を創造

意見がしやすいことで、企業に生み出されるものがあれば、この風土の創造は投資であると言えます。もし風通しが良く何でも言えてしまう事で、意見と銘打った文句ばかりが飛び交っているのであれば、その風土の創造活動は意味を成しません。

離職率低減へのこだわり

離職率の低さは個々の社員にとっては重要性が高いかもしれませんが、辞める人が多いこと自体、企業にとっては悪ではありません。むしろ組織の新陳代謝が上手く機能しているという見方もでき、その機能自体が無形資産です。もし採用成功率が低い状況であれば、むやみに離職率の低減を図ると、不適切な人材が停滞することとなり、むしろ企業にとって逆効果となります。

まとめ

一昔前は、有形資産投資の方が無形資産投資よりも活性化していました。なぜなら、例えば飲食店が倒産した場合、店舗や什器などの有形資産は売却して資金を回収できますが、その店舗の運営マニュアルや顧客対応マニュアルといった無形資産は他社に売るのは難しく、サンクコスト(回収不能費用)が発生しやすいためです。

また、中古市場が存在しにくい無形資産は、資産価値評価も難しく、担保として資金調達に活用することが難しいという特徴もありました。

しかし、グローバル化が進み、企業のマーケットが拡大していく経営環境下では、スケーラブル(拡張可能)・スピルオーバー(波及効果)・シナジーの特徴を持つ無形資産の優位性が高まり、より一層、人の考えやアイディアが重要視される時代となりました。

そういった時代を生き残るため、人が大切だからといって、むやみにお金を使うのではなく、人材への投資と消費を正しく見極め、適切な無形資産投資を行えるようにしていきましょう。

(提供:税理士法人M&Tグループ