FairLenzの実証実験をさせていただいている生け簀の風景
(FairLenzの実証実験をさせていただいている生け簀の風景)

Innovation Hubは、オウンドメディア同士が連携し、対話を通じて未来を考えるダイアログの場・共創を企てるラボである「これからラボ」に参加しています。当記事は、「これからラボ」とnoteによる、環境月間に合わせた投稿企画 「#私たちの環境アクション」 への投稿記事です。

はじめに

養殖業は海の環境と密接に関わる産業である。過度な餌やりは海を汚し、海水温の上昇や赤潮は養殖魚に大きな被害をもたらす。そんな自然と向き合いながら、長崎の海で持続可能な養殖業を支える取り組みが始まっている。株式会社シーエーシー(以下CAC)が開発した養殖業向けAI金融サービス「FairLenz」と、同社が設立した「ながさきマリンファーム」の取り組みから、水産業のDX化と、日々の経営から生まれる“自然体”の環境保護という2つのキーワードが見えてきた。

目次

  1. はじめに
  2. 地域課題解決への一歩 ― CACと水産業との出会い
  3. 養殖業の「金融資産価値」を見える化
  4. 赤潮被害―養殖業が直面する自然の脅威
  5. 自然環境との向き合いと養殖DX=変革
  6. 長崎の海に魅せられて
  7. 持続可能な水産業の新たなモデルへ

地域課題解決への一歩 ― CACと水産業との出会い

CACは2019年に長崎に事業拠点を構えた。以来、ITを活用した地域課題の解決と地方創生に力を入れてきた。特に一次産業にスポットを当てた支援ができないかと考えていたところ、地元の金融機関から、水産業に特化した金融サービスの開発について相談があった。2021年のことである。

長崎県は全国で2番目に海岸線の距離(約4,170km)が長い「水産県」である。また魚の種類も豊富で、養殖も盛んである。しかし就労者の高齢化や、燃料、飼料価格の高騰などが漁業者の経営を圧迫していた。しかし農業者のように土地があるわけではなく、金融機関が融資をするための裏付けが乏しい。

ここで立ち上がったのが、新規事業開発本部 サービスプロデューサーの井場辰彦であった。

「元々は金融システム部門にいて、地域に特化したファイナンスを考えていました。都市部では財務諸表を見て融資を決めますが、地方はそれぞれの課題があるので、地域課題を解決してくれそうな取り組みには加点しても良い、という審査モデルを作れないかと考えていたのです」と井場は語る。

ながさきマリンファーム
(FairLenz プロジェクトオーナー 井場辰彦)
井場辰彦(いば・たつひこ)
新規事業開発本部 サービスプロデューサー
2000年に株式会社シーエーシーに入社後、金融機関向けのシステム開発に携わり、2006年よりシステム開発に関わる新規技術の獲得・導入支援に従事する。2014年からは金融分野において新規技術を活用した新規サービスを推進。2022年に新規事業開発本部に異動し、養殖業向けAI金融サービス「FairLenz」のプロダクトオーナーとして事業開発をリードする。

養殖業の「金融資産価値」を見える化

2022年、長崎の生け簀で始まったのが、「FairLenz」の技術実証である。長崎市の橘湾で養殖業を営む昌陽水産の協力を得て、実証実験を進めることになった。

井場が初めて養殖業の現場を訪れたのは、長崎に出張するようになって2回目のことだった。年配の就労者が多いと思っていた養殖の現場には、意外にも若手の漁業者が多くいた。様々な問題意識を持っていて、それらの課題を解決しようと意欲的に取り組んでいた。井場は彼らの要望に耳を傾けた。

昌陽水産のみなさんと
(昌陽水産のみなさんと)

いわゆる大手企業からの受託開発の場合、提示された仕様に基づいて進めていくが、新規事業開発ではユーザーと一緒に課題を見つけ、解決策を考えながら形にしていく。今回も、開発者である自分達が現場に行き「これが役に立つはずだ」と考えながら、養殖業者と一緒にシステムの内容や使い勝手を考え、開発を進めた。

やりとりをする中で養殖業者が特に関心を示したのが、魚の数や体長、重さを「非接触で」把握したいということだった。魚に直接触れないことで、就労者の業務効率化につながるだけでなく、魚にとっても網で揚げられ秤に載せられるというストレスから解放され、弱るリスクが減る。

まずは、シマアジの生け簀の中にカメラを入れた。CACが得意とする画像認識AIの技術を用いて魚の体長や重さを計算し、数量を把握して、金融資産価値を可視化する。まずは、データ化である。

井場は次のように説明する。

「養殖業はいわゆる製造業と比較して、『在庫』が海中にあるため評価が難しい。まずはそれをデータ化することが大事です。データ化した上で、数ヶ月後にどう成長して、どれくらいの資産価値になるのか、市場リスクを考えるとどれくらい売れるのか、それまでに餌代はどれくらいかかるのかなどが分かれば、金融機関もリスク計算ができるようになります」

カメラで生け簀内をモニタリングしている様子
海中カメラ映像を分析中(トリム)
(カメラで生け簀内をモニタリングしている様子)
AI学習データ用に一尾一尾をアノテーションしたもの
(AI学習データ用に一尾一尾をアノテーションしたもの)

技術実証の結果、2023年末には魚体サイズやそれに基づく資産価値の計算ができるシステムのトライアル版が完成し、その後1年間かけて実際のデータで精度検証を行ってきた。金融サービスを構築するための養殖DX化は、養殖現場の作業負荷を軽減するとともに、適正な量の給餌を可能にする。

魚が1kg成長するのに必要な餌の量を示すのが「増肉係数」という指標である。これを最適化することで、魚の成長を維持しつつ、余分なエサ代を抑えることができる。養殖業者にとって重要な経営指標であると同時に、余分な餌を海中に撒かなくて済むため、環境負荷の低減にもつながる。養殖業者の経済的な課題を解決しながら、海洋環境の改善にも一役買っていたというわけだ。

しかし、自然は時に牙を剥く。通常の製造業と異なり、養殖業は自然環境の影響を大きく受ける。倉庫の中の商品は急激に在庫が減ったり廃棄せざるを得ない状況になったりすることは稀だが、生きた魚は変動性が大きい。井場をはじめとする開発チームは、まさに技術実証の期間中、自然の厳しさを目の当たりにすることになった。

赤潮被害―養殖業が直面する自然の脅威

養殖業にとって、自然は豊かな恵みである一方で、時に大きな脅威となる。赤潮である。赤潮は、特定のプランクトンが異常発生し、海水が変色する現象である。発生すると、酸欠やプランクトンの毒素によりエラが傷つくことで、魚が窒息して大量死するリスクがあり、養殖業者の経営にも甚大なダメージを与える。

CACが実験漁場として利用させてもらっていた昌陽水産の生け簀でも、2023年、2024年と、2年連続で大規模な赤潮に見舞われ、トラフグやシマアジなどの養殖魚に被害が出た。長崎県全体で、被害額はそれぞれ推計で13億円、15億円と、過去最大規模を記録している。

「話には聞いていましたが、実際に赤潮で全滅した生け簀をリモートで見た時はかなり衝撃的でした。子供が見たら、夢に出てきそうな」と、井場は当時を振り返る。実証実験を行っていた生け簀のモニター画像は、水面を埋め尽くすように白く浮かぶ大量の死んだ魚の姿を映し出していた。

赤潮被害の写真、昌陽水産提供
(赤潮被害の写真、昌陽水産提供)

さらに、ようやく赤潮被害から立ち直り次の出荷を迎えたその日に、再び赤潮が起きてしまったという。養殖業者が直面する厳しい現実を突きつけられた瞬間だった。

自然環境との向き合いと養殖DX=変革

海水温の上昇や気候変動など、自然環境の変化は避けられない。しかし、日々の観察やデータ活用、そしてIT技術の導入によって、リスクを最小限に抑えながら、自然と共存していく道を探るしかない。

「FairLenz」は、環境への配慮と経営の安定の両立を目指し、持続可能な養殖業を実現するため、次の段階に入った。2025年1月、CACは長崎市内に100%出資の子会社「ながさきマリンファーム」を設立。自ら養殖事業を営み、実際に稚魚から成魚までの育成と販売を行い、事業としての実証を実施することにしたのだ。

〈関連:ながさきマリンファーム設立 プレスリリース

ながさきマリンファームの生け簀への稚魚入れの様子
(ながさきマリンファームの生け簀への稚魚入れの様子)

「ながさきマリンファーム」では、CACが開発している魚体鑑定、尾数カウント、給餌分析などのシステムを実際に導入したスマート養殖を実践し、そこから得られるデータを活用した養殖業の経営モデルの創出に取り組む。また、算出した養殖魚の価値データを活用して金融機関からの資金調達が円滑になる仕組みづくりにも取り組む。

目指すのはあくまで「持続可能な養殖業」。燃料費や餌代も高騰する中で、日々の経済効率性を目指した生産活動が環境改善につながることが理想である。まさに「自然体」の、環境保護の仕組みである。

井場は言う。
「水産業など一次産業は中小の事業者が多いです。経営もギリギリでやっているため、環境保護、環境改善だけに特化した取り組みは難しい面があります。特別なことをするのではなく、自分たちの生産活動の中で餌代を減らすことが環境につながるなど、自然な形で環境に配慮でき、自分たちの経営にもプラスになるというやり方の方が続けられるのではないかと考えています」

具体的には、適切な餌の管理や死亡率の低減などが、コスト削減と環境配慮の両方につながるという。餌代の適切な管理ができれば無駄が無く海も過剰に汚さない。死亡率を下げれば購入する稚魚も減らせてコストも抑えられ、生態系にも優しい。

こうした新時代の養殖業を目指すにはDX(デジタルトランスフォーメーション)が欠かせない。しかし井場は養殖DXについて、「単に作業を楽にするためではなく、経営判断を変えていくための変革であるべき」と言う。

「DXというと『楽になりますよ』と語られるシーンが多いですが、作業を楽にするのは『IT活用』であり、DXとは違います。私たちが推進するDXは、経験や勘をデータで表し、根拠のあるデータに基づいて経営者の方が新しい経営判断をしたり、価値創造をしたりするところを目指しています。楽になります、で終わりではなく、デジタルで『トランスフォーメーション』しています、というところが大事です」(井場)

経験者の勘に頼っていた漁業を普遍的なものとして継承していく観点からも、データ化の意義は大きい。CACが長崎県外の養殖業者に行ったヒアリングにおいても、担い手不足や個人の資質に影響されないノウハウの継承は強く求められている。今後、「FairLenz」が「ながさきマリンファーム」での実証を通して想定通りの結果と実績を残すことができれば、日本の水産業に変革=トランスフォーメーションを起こせるのではないかと期待が膨らむ。

FairLenzアプリ、生け簀内の魚体サイズを確認できる
(FairLenzアプリ、生け簀内の魚体サイズを確認できる)

長崎の海に魅せられて

実は、井場は海のない奈良県の出身である。長崎に行くまで、水産業との関わりは全く無くイメージも持っていなかった。

「話しをしていると、長崎の皆さんが水産業を大切にされていることが伝わってきました。そして実際に長崎で獲れた魚を食べさせていただくと非常に美味しくて、これが売れないわけはないし、評価されなくていいわけがないと思いました」(井場)

今や長崎の海は、井場にとって特別な存在だ。「長崎に出張で行くたびに、海を見るとテンションが上がる」と語る。

生け簀の様子
(生け簀の様子)
生け簀のある橘湾の風景
(生け簀のある橘湾の風景)

持続可能な水産業の新たなモデルへ

長崎で始まった「FairLenz」と「ながさきマリンファーム」の取り組みは、養殖業の持続可能性を高める一歩となっている。環境保護のために特別なコストをかけるのではなく、日常の業務改善の中で自然と環境に配慮する「自然体」のアプローチは、多くの養殖業者にとって受け入れやすいモデルとなるだろう。今はシマアジの生け簀での実験だが、マダイやブリなど他の魚種にも応用できるモデルを作りたいと考えている。

ゆうこうシマアジ
(ゆうこうシマアジ、「長崎ちゃんぽん居酒屋 ふぐぶた酒場」にて撮影)

「養殖業者の方々が丹精込めて作っている魚が、100円でも200円でも高く評価されることは嬉しいことだと思います。そういった価値創造につながるトランスフォーメーションが本質的に大事なのではないでしょうか」と、井場は持続可能な養殖業の未来を思い描く。

CACの取り組みは、環境への配慮と経済活動を対立軸としてではなく、共存させる新しいモデルを提示している。養殖業という一次産業に最先端のIT技術を導入することで、持続可能な食料生産と環境保全の両立を目指しながらも、その姿は、常に「自然体」である。

Innovation Hubは、オウンドメディア同士が連携し、対話を通じて未来を考えるダイアログの場・共創を企てるラボである「これからラボ」に参加しています。当記事は、「これからラボ」とnoteによる、環境月間に合わせた投稿企画 「#わたしたちの環境アクション」 への投稿記事です。
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(提供:CAC Innovation Hub