
天然海洋資源の減少をはじめ、現代の水産業はさまざまな問題を抱えています。養殖はその解決策として注目されており、国内でも「採算性のある養殖」を目指す大企業がでてきています。
漁獲量が安定していた時代と比べて、現代の水産業にはどのような問題があるのでしょうか。本記事では、水産業の現状から見た養殖の必要性や、最先端の取り組みなどをご紹介します。
養殖はなぜ必要?国内水産業の現状
養殖業が注目されている背景には、天然海洋資源の不安定化があります。
国内の漁業・養殖業生産量は1990年頃から減少し、特に遠洋漁業や沖合漁業でその傾向が顕著です。水産庁の統計によると、2021年の生産量は421万トンで、ピーク時の1984年と比較すると3分の1程度の生産量になりました。実際にサンマやサケの価格が高騰するなど、一般家庭への影響も大きくなっています。
世界の現状と比べても、日本の水産業は深刻な問題に直面していることがわかります。たとえば、世界の海面漁業における生産量は1990年代からほぼ横ばいですが、海面養殖の生産量は大きく伸びています。一方、国内では海面養殖の生産量まで減少しています。

国内の水産物市場を衰退させないためには、天然海洋資源の安定化を目指すと同時に、養殖業の効率化も実現することが必要です。
採算性のある養殖に向けた4つの課題
日本全体で養殖業生産量を増やすには、多くの企業や人、地域が参入できるように「採算性のある養殖」を実現しなければなりません。養殖の採算性を下げている要因として、日本の水産業にはどのような課題があるのでしょうか。
ここからは、採算性のある養殖に向けて乗り越えなければいけない、4つの課題を解説します。
1. エサ代の高騰
2. 生け簀の設置費や管理費
3. 自然災害による影響
4. 継続的な資金調達
1. エサ代の高騰
世界的なインフレに伴い、近年では養殖業のエサ代が高騰しています。インフレ前に比べると3割から4割ほど高騰したとも言われており、養殖業には継続的な負担がかかっている状態です。
飼育環境や魚種にもよりますが、一般的な養殖業でかかる経費のうち半分以上はエサ代が占めます。エサの量は飼育状態に大きく影響するため、安易に減らすこともできません。成魚になるまでのエサ代※を確保できず、資金不足による廃業を余儀なくされるという可能性もあります。
※一般的には、約2年間分のエサ代が必要と言われている。
2. 生け簀の設置費や管理費
養殖業の生産性を高めるには、十分な飼育スペースが必要です。しかし、サイズの大きい生け簀は設置コストが高く、広さに応じた管理費もかかってきます。
養殖業の生け簀は経年劣化するため、安定生産に向けては定期的なメンテナンスが必要です。台風などの自然災害で破損した場合は、費用をかけて修復しなければなりません。工夫次第では設備の規模を絞れますが、狭い生け簀に魚病にかかった魚が混ざると、病原菌やウイルスが一気に広がるリスクも考えられます。
3. 自然災害による影響
海面か陸上かに関わらず、養殖業にも自然災害のリスクはあります。
たとえば、地震によって津波が発生すると、生け簀などの設備や施設が破壊されることも考えられます。有害プランクトンが発生する赤潮や、寒波による水温低下、台風なども懸念されているリスクです。
これらの自然災害は発生を予測できたとして、免れることができるわけではありません。損害を最小限にし、長期的に採算性を高めるには、自然災害のリスクを想定し、費用対効果にもとづいて対策を講じる必要があります。
4. 継続的な資金調達
採算性のある養殖には、継続的な資金調達が欠かせません。養殖業では設備などの初期コストに加えて、以下のような運用コストが発生します。
・エサ代
・設備を動かすための電気使用料
・ワクチンの接種代
・水質管理費用
・成魚の運搬費用
・人件費
・事業保険の保険料 など
養殖事業者によっては、上記のほかにも研究開発費やマーケティング費用などがかかります。魚種にもよりますが、基本的には成魚になるまで数年単位の事業になるため、運用コストが初期費用を上回る可能性もあります。特に大規模な設備を稼働する場合は、これらのコストを賄うためのさまざまな資金調達手段を模索する必要があるでしょう。
採算性のある養殖への取り組み
コスト高騰などの課題があるなかで、養殖業に取り組む企業はどのような工夫をしているのでしょうか。ここからは、採算性のある養殖を実現するための取り組みや、最先端の技術を3つ解説します。
1. 飼料効率が高いエサの開発
2. スマート水産業の実現
3. 陸上養殖への移行
1. 飼料効率が高いエサの開発
飼料効率(Feed Efficacy)とは、給餌量に対して生産量がどれくらい増えたかを表す指標です。いろいろな計算方法がありますが、わかりやすく簡易的な式としては「飼料効率(FE)=生産した魚の重量÷飼育摂取量」が用いられます。
<簡易的な計算式>
FE(飼料効率)=生産した魚の重量÷飼料摂取量
<研究レベルでの計算式>
FE=(体重の増加量+総死亡重量)÷総給餌量×100
養殖業はエサ代の負担が大きいため、飼料効率を改善する取り組みは世界中で行われてきました。日本国内でも、植物性原料を配合した低魚粉飼料や、魚を健康にする昆虫飼料などの研究が進められています。
参考:養殖業成長産業化技術開発共同研究機関「令和4年度養殖業成長産業化技術開発事業」
参考:東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部「昆虫飼料が養殖魚の腸内フローラを多様化させて魚の健康を維持することを発見」
2. スマート水産業の実現
スマート水産業とは、水産業の持続的成長や水産資源の持続的利用を目指して、ICTなどのデジタル技術を活用することです。養殖業においては「養殖DX」とも呼ばれており、以下のようなシステムの実用化が進められています。
<スマート水産業(養殖DX)の例>
・各魚種に適した漁場を選定できるAI予測システム
・出荷に適した成長度合いを判定するシステム
・センサーやカメラを使った漁場の監視システム
・赤潮の発生確率を予測するシステム など
参考:株式会社シーエーシー 養殖DXで海洋産業の新たな価値創造を目指す「ながさきBLUEエコノミー」
水産庁もスマート水産業を重視しており、公式サイトではデジタル技術の留意点などをまとめた「水産分野におけるデータ利活用ガイドライン」が公開されています。
>>スマート漁業とは? 導入の効果や課題、活用事例を解説
>>CAC、スマート養殖事業を行う子会社を長崎に設立 ~ AIなどを活用した養殖業の新たな経営モデル創出に取り組む ~
3. 陸上養殖への移行
陸上養殖とは、自然の海から隔てた陸地に養殖場をつくり、ろ過装置や殺菌装置などで水質を維持する飼育方法です。赤潮や台風などの影響を受けにくく、漁業権を必要としないことから、国内各地で参入する企業が増えています。
すでに一定の成果を上げている事例もあり、鳥取県東伯郡湯梨浜町ではヒラメ、富山県射水市ではサクラマスの陸上養殖が行われています。しかし、設備コストや運用コストの高さ、漁病が蔓延したときの壊滅リスクなどがあります。
魚種にもよりますが、陸上養殖への移行に向けてはさまざまな課題が残されています。
養殖業の資金調達手段とは
スマート水産業や陸上養殖などを実現するには、十分な初期コストと運用コストが必要です。資金繰りを安定させるには、どのような計画を立てるとよいでしょうか。ここからは、養殖業で検討したい3つの資金調達手段をご紹介します。
1. 次世代養殖で融資や出資を受ける
2. 国や自治体の支援策を活用する
3. 養殖業向け金融サービスを活用する
1. 次世代養殖で融資や出資を受ける

出典:PRTIMES「さかなドリーム、シードラウンドで約1.9億円の資金調達を実施 | 株式会社さかなドリームのプレスリリース」
1つ目は、デジタル技術や品種改良の技術を活用して今までにない養殖業を確立し、金融機関からの評価を高める方法です。例としては、IoTを活用した海面養殖や、流通量が少ない魚種の養殖などが挙げられます。
なかでも、環境にも配慮した養殖は、持続可能な食料供給を実現するアプローチとして注目されています。その他、スマート水産業に取り組むスタートアップ「株式会社さかなドリーム」は、“抜群の美味しさを誇る幻の魚”と“美味かつ養殖技術が確立された魚”という異なる品種の掛け合わせた「ハイブリッド魚」が評価され、シードラウンド※で約1.9億円の資金を調達しました。
先端技術を活用した取り組みは、大企業やベンチャーキャピタル(VC)からも注目される可能性があります。
※シードラウンド:スタートアップ企業が事業を開始する初期段階、「種(シード)」の状態で行う資金調達のこと。
2. 国や自治体の支援策を活用する
国や自治体の支援策など、公的制度の利用もひとつの選択肢です。水産庁はスマート水産業の一環として、事業者のサポート役にあたる伴走者の育成支援と、事業実施者への補助を行っています。
「スマート水産業普及推進事業」の名称がつけられた本プロジェクトでは、年間約1億円の予算が組まれています。要件を満たすと一定の補助金が支給されるのに加えて、専門家による講習や勉強会なども開催されるため、ノウハウを学べる機会にもなるでしょう。
また、事業内容によっては小規模事業者持続化補助金や、IT補助金の支給対象になるかもしれません。公的な補助金や助成金は原則として返還不要なので、資金繰りを圧迫しづらい調達手段と言えます。
3. 養殖業向け金融サービスを活用する

金融機関からの融資を目指している場合は、養殖業向け金融サービスを活用する方法もあります。
たとえば、株式会社シーエーシーが提供する『FairLenz(フェアレンズ)』は、センサーやAIの技術で養殖魚の資産価値を自動算出するシステムです。同社は、この資産価値データ(動産データ)を利用し、養殖業者の金融機関からの資金調達を円滑にする仕組みづくりの実証を進め、データドリブンな養殖事業の経営モデルを創出しようと新会社「株式会社ながさきマリンファーム」を設立しています
養殖魚の資産価値がわかると、経営の見通しを立てやすくなる効果も期待できます。
>>井場辰彦『FairLenz』プロダクトオーナーインタビュー 長崎の海から養殖業に革命を 生け簀の魚を“資産化”する漁業FinTech『FairLenz』
デジタル技術で採算性のある養殖を目指そう
養殖業の発展には、スマート水産業や養殖DXの導入が不可欠です。エサ代や設備費の高騰、自然災害などの課題に対処するため、AIやIoTを活用した管理システムが求められています。たとえば、漁場の選定や成長度合いの判定、赤潮の発生予測などを行うAIシステムは、養殖業の効率化を高め、リスクを軽減します。
デジタル技術の活用は、養殖業の採算性を向上させるだけでなく、生産性の向上と環境保全を両立し、資源の最適利用や海洋生態系への負荷軽減を通じて、持続可能な水産業の未来を切り開く可能性を秘めています。今後の養殖業の発展には、最新技術を取り入れたスマート水産業、養殖DXへの移行が重要となるでしょう。
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(提供:CAC Innovation Hub)