
目次
- 1頭の乳牛からスタートした酪農経営 需要増の追い風で次第に頭数を増やす 2代目社長は和牛生産にも乗り出し事業拡大を推進
- 畜産経営を下支えした不動産事業で20棟の賃料収入 大消費地の立地を生かし店舗経営で地産地消を実践
- 短期間で生産効率向上と品質向上目指し、乳牛に体外受精卵移植し肉牛の子牛生産 ゲノミック評価で肉質改良して年間100頭を出荷
- 乳牛と肉牛を有効活用し生産から流通まで手掛けてコスト低減と収益効果 赤字のアイス事業は卸への転換進めて事業を軌道に乗せる
- 多角経営で販売管理の煩雑さ極める クラウド型販売管理システム導入で業務効率化と販売データ分析 経営戦略に徹底活用狙う
- スマートフォン利用の分娩監視で立ち合いの労力を軽減 クラウド牛群監視システムで牛の異常行動を早期発見
- 「全国優良畜産経営管理技術発表会」で小野ファームの経営手法が最優秀賞の栄冠 数多くの受賞歴が「横濱ビーフ」の知名度向上に貢献
横浜市戸塚区の住宅地に囲まれた約2ヘクタールの牧場で肉牛や乳牛など約470頭を育てる株式会社小野ファームは、経営環境の厳しい酪農業にあって、時代を先取りした先進的な多角経営に成功。和牛のブランド化、完熟堆肥(たいひ)の供給、アイスクリームの製造販売、精肉店や焼肉店の運営と、幅広く事業展開し地域貢献にも積極的に取り組んでいる。(TOP写真:牛舎乳牛。乳牛は生乳生産だけでなく肉牛の体外受精にも役立っている)
1頭の乳牛からスタートした酪農経営 需要増の追い風で次第に頭数を増やす 2代目社長は和牛生産にも乗り出し事業拡大を推進

戦後間もない1947年、小野利和代表取締役の祖父、庫(くら)太郎氏が買った1頭の乳牛から小野ファームはスタートした。当初は保有していた畑の堆肥や農耕用に買ったのだが、外国人居住者が横浜市内に増えて牛乳の需要も伸びたため、次第に牛の肥育頭数を増やし、1962年には有限会社倉田第一牧場を設立。乳牛37頭で本格的に酪農経営に乗り出した。その後、牛肉需要増をにらみ肉牛飼育も開始した。ホルスタインと和牛の交雑種も生産し乳肉複合経営に転換した。小野社長が入社した1986年には2代目の宏社長が和牛生産を本格的に行うようになり業容を拡大、1990年に社名を小野ファームに変更した。
畜産経営を下支えした不動産事業で20棟の賃料収入 大消費地の立地を生かし店舗経営で地産地消を実践

国内の畜産業は、牛乳需要減や輸入飼料や子牛価格の高騰、設備投資負担や後継者不足など厳しい経営環境が続き、神奈川県内の事業者は平均で営業赤字状態が続いている。事業環境が厳しさを増すなかで、小野ファームが事業拡大と安定した業績を続けられたのは、無駄のない祖父の時代からの不動産事業が下支えになったことと、それぞれの事業がうまく補完し合う多角経営の事業サイクルを軌道に乗せたことにある。
不動産事業ではマンションなど約20棟を保有しており、小野社長は「祖父の代から土地や建物を買い増してきたため、賃料収入が酪農の業績を補完して支えてくれた」と説明する。しかしそれ以上に同社の強みとなって経営の根幹となっているのは、時代を先取りした先進的な酪農ビジネスモデルを確立したことだ。
横浜市という大消費地にある立地を生かして1996年には直営の焼肉店を経営、2000年には横浜市戸塚区に「横濱アイス工房」を開店してアイスクリームの製造販売を開始した。丹精込めて生産した乳製品や牛肉を地元の人たちに食べてもらいたいという地産地消の考えに沿った事業展開だ。神奈川県内の肉牛生産者と共同で「横濱ビーフ推進協議会」を設立して地元和牛のブランド化にも乗り出した。
短期間で生産効率向上と品質向上目指し、乳牛に体外受精卵移植し肉牛の子牛生産 ゲノミック評価で肉質改良して年間100頭を出荷

子牛価格の高騰に対応するため2015年には肉牛の繁殖一貫生産に乗り出した。出荷頭数の3割程度を自家生産に切り替えれば収益を確保できると考えた。生産効率向上と品質向上を短期間で達成するために取り組んだのが、乳牛に肉用繁殖牛の受精卵を移植して肉牛の子どもを作らせる体外受精卵移植だ。
しかし、「血統だけで必ず良い肉質になるとは限らないので、普通にやっていては時間がかかる」と小野社長。短期間で肉質を上げるために導入したのが、血統情報を遺伝子情報で補強して牛の遺伝的な肉質を推定する「ゲノミック評価」と呼ばれる効率的な肉質改良技術だ。北海道の協力牧場と自社牧場で年間100頭の子牛を生産。子牛調達コストの削減と肉質向上を実現した。
住宅地が近いため、牛の排泄物処理にはとりわけ気を遣い、臭気を抑える工夫を施して完熟堆肥を製造。近隣の有機農家に供給するなど早くから環境配慮にも取り組んできた。
乳牛と肉牛を有効活用し生産から流通まで手掛けてコスト低減と収益効果 赤字のアイス事業は卸への転換進めて事業を軌道に乗せる

乳牛と肉牛の有効活用に加えて、生産から流通まで手掛けることで「各事業のコスト低減と収益効果が高まってうまく回っている」のが小野ファーム独自の事業サイクルだ。といっても、すべてが順調に進んできたわけではない。宏前社長が手掛けたアイスクリーム事業は当初、設備投資や店舗展開の負担が大きく赤字が続いた。事業を任せられた小野社長は「小売店を自分で運営すれば機械の設置や人件費がかさんで効率が悪くなる」と判断。自社の販売を縮小してほかの小売店に売ってもらう卸事業主体に転換した。
2015年に宏社長が急逝して3代目社長に就任すると、横浜市栄区に「横濱アイス工房長沼工場」を開設し、アイスクリーム製造を集約した。その一方でハラール認証を受けたほか国際的な衛生管理手法HACCPや、より広範な食品安全基準FSSC22000の認証も相次ぎ取得。世界標準の安全性を確保し、同社のアイスクリームは航空会社の機内食や羽田空港のラウンジに置かれているほか、市内の小学校の給食にも提供されている。
「安全な工場で作っていることで安心して食べてもらえる」と小野社長は自信をのぞかせる。近隣に鎌倉や箱根、熱海などの観光地がある立地も幸い、高速道路のサービスエリアでも販売されるなど販路は拡大。2025年7月には「目標にしていた年間15万個を達成できそう」な勢いで、新たな事業の柱に成長しつつある。
多角経営で販売管理の煩雑さ極める クラウド型販売管理システム導入で業務効率化と販売データ分析 経営戦略に徹底活用狙う

肉牛や乳牛、堆肥に精肉店や焼肉店、アイスクリームといった多角経営を進めるなかで、販売管理は煩雑さを極めていった。花上(はなうえ)隆経営企画室長兼営業部長は「注文を受けて商品を卸して請求書を発行するというアナログ作業を長年続けてきたが、どこで何がどれだけ売れているのか、前年と比較してどうなのか、データがないので全くわからなかった」と煩雑ぶりを説明する。
エクセルの集計だけでは必要な時にすぐに必要なデータを見られず、目標達成や顧客への提案などのデータ分析もできなかった。小野社長は「一言でいうと勘で決めていたが、事業がここまでくると(従来方式では)もう無理。顧客から質問されても答えられないという状況だった」と笑う。
2024年秋からシステム支援会社と相談を始めて、クラウド型の販売管理システム導入を決めた。導入したクラウド型販売管理システムは、伝票入力が不要になり、請求書もペーパーレス化、必要なデータを誰でも参照できるのが特徴。販売管理業務の効率化だけでなく、さまざまなデータを関連付けられるため必要に応じたデータの活用や分析が可能になる、まさに小野ファームのニーズに最適なシステムといえる。
花上部長は「データ収集できることで最適な予算を組めるし、目標達成のためにどんな対策を打てばいいか、商品の売れ行き情報を詳細に把握していれば顧客への提案力も増して取引関係強化につなげられる」と戦略的なデータ活用に期待を寄せている。さらに、販売管理システムをベースに生産管理のICT化も視野に入れている。なかでもアイスクリーム事業は現在の事業規模を「もう一段進化させたい」(小野社長)と考えており、次のステップとして、AI活用の生産アドバイス機能も取り入れたい考えだ。
スマートフォン利用の分娩監視で立ち合いの労力を軽減 クラウド牛群監視システムで牛の異常行動を早期発見

肉牛生産でのICT活用も進めている。従来は分娩事故防止のために牛のそばに何時間も待機する必要があったが、分娩予定牛に体温センサーを挿入して分娩が間近になるとスマートフォンに通知される分娩監視システムを導入。スタッフの拘束時間は大幅に削減された。また、病気や発情など様子のおかしい牛を見逃さないためのクラウド牛群監視システムも試験的に導入しており、獣医師との情報共有によって効率的な繁殖促進や疾病の早期発見を目指したい考えだ。
わが国の畜産・酪農業は、輸入飼料など生産コストの高まり、子牛価格の高騰、TPP(環太平洋パートナーシップ)協定の関税引き下げによる輸入増、さらに深刻な後継者不足で経営環境は厳しさを増す一方だ。TPP合意以降、政府も畜産・酪農家向けに手厚い支援策を講じてきたが、酪農戸数は毎年4~5%程度の減少が続いており、「神奈川県内では5年で約100軒も減った」(小野社長)。それだけに小野ファームの経営モデルは注目されている。
乳牛の体外受精による肉牛生産や堆肥販売、国際的食品安全規格に認証された乳製品の製造・販売など小野ファームの経営形態は「ほかには真似ができないのではないか」と小野社長は自負。県内畜産・酪農家の平均営業損益が赤字状態のなか、小野ファームは黒字経営を続け、2025年7月期も売上増を見込んでいる。
「全国優良畜産経営管理技術発表会」で小野ファームの経営手法が最優秀賞の栄冠 数多くの受賞歴が「横濱ビーフ」の知名度向上に貢献

2022年には優れた畜産経営の取り組みを表彰する「全国優良畜産経営管理技術発表会」で最優秀賞を受賞した。県の酪農業組合連合会で最優秀賞を連続受賞した生乳を使ったアイスクリーム製造、ゲノミック評価に加え飼料に地元のビール粕や豆腐粕を混ぜて肉質を向上させた「横濱ビーフ」などの取り組みが総合評価されたものだ。
そのほか各地の有名銘柄が競う中で全国肉用共励会での最優秀賞獲得や5年連続で農水大臣賞を受賞するなど小野ファームの肉牛のレベルの高さは知られ「横濱ビーフ」は県外にも知られるようになってきた。
2027年に創業80年周年を迎える小野ファームだが、小野社長は「都市化されつつあるこの場所で、10年は続けられても30年、40年と今のまま酪農を続けるのは難しいかもしれない」とみており、新たな酪農経営の姿を模索している。ゲノミック評価やICTを駆使した先進酪農経営はわが国酪農業再生の一つの指標になるかもしれない。
企業概要
会社名 | 株式会社小野ファーム |
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本社 | 神奈川横浜市戸塚区上倉田町1408 |
HP | https://www.yokohama-ice.com |
電話 | 045-881-3287 |
設立 | 1962年8月 |
従業員数 | 60人 |
事業内容 | 牧場の運営・管理、堆肥の製造・卸、生乳・アイスクリーム(ジェラート)の製造・販売 |