新規事業,アイデアの出し方,具体例
(写真=turgaygundogdu/Shutterstock.com)

いま多くの企業で課題になっているのが、新規事業への取り組みだ。個々で起業をしたい、社内で新規事業を立ち上げたいと考える人は少なくないのではないか。しかし、たとえ企業や新規事業の立ち上げを実現させたとしても、それを成功させることが容易でないのは簡単に想像がつくだろう。具体的に、新規事業のアイデアを出すためのマインドとはどのようなものなのか、また、最近の事業領域のトレンドはいったいどのようなものなのか。具体的な事例を挙げながら紹介する。

なぜ多くの企業が新規事業で失敗するのか?

まず、どういった新規事業がいいのかについて触れる前に、既存の新規事業が失敗しがちな原因を考えてみよう。

新規事業が失敗する原因としてよく聞かれるのは、「事前準備が不足していた」「強みを生かせなかった」「経験・資金が不足していた」「本業の強みを生かせなかった」など。確かに、これらが欠けることで、新規事業がうまく行かなかった事例もあるだろう。ただし、これらをすべて兼ね備えていても、決してうまくいくとは限らないのだ。

その1つの象徴が、NTTドコモが「らでぃっしゅぼーや」の買収に失敗したことだろう。ドコモは2012年、当時ジャスダックに上場していたらでぃっしゅぼーやを69億円で買収した。しかし、同事業はドコモの思惑通りに運ばず、結局、2018年にオイシックスに10億円で売却している。

当時のドコモは、iPhoneで攻勢をかけるソフトバンクに対し、コンテンツビジネスを強化するという狙いで様々なビジネスに事業領域を広げていた。その中で、「生鮮食品の通販」という観点で事業シナジーが見込まれたのがらでぃっしゅぼーやだった。確かに、どちらも定額制ビジネスであり、ドコモには携帯電話事業と背景とした膨大な顧客網という大きな強みを持っている。ドコモほどの大企業だから、経験・資金が不足していたということもないはずだ。それにもかかわらず、この事業は失敗という結果に終わった。こういった事例は枚挙に暇がない。

ドコモが失敗した理由は、ユーザーのニーズが見えていなかったことに尽きるのではないだろうか。確かに、顧客網を生かしたビジネスという点では、どちらにも共通しているかもしれない。しかし、本当に携帯電話の契約をしている人が、有機野菜の通販を買うだろうか。彼らのユーザーのニーズは共通していたのか。携帯電話のような価格コンシャス(意識化)サービスと、有機野菜のような高い嗜好性を持つサービスが、同じターゲットになるとは思えない。

もちろん、彼らも買収の際に様々な検討をしただろう。それでもドコモは失敗した。これは、一言でいうと、「新規事業を成功させるためのマインドセット」が彼らに欠けていたからだろう。

新規事業を成功させるための視点とは?

では、新規事業を成功させるには、どのような視点が必要なのだろうか。重要なポイントを解説する。

①ユーザーの視点を忘れない

第一に重要なのは、ユーザーの視点を忘れないということである。アメリカの調査会社がまとめた調査によると、新規事業が失敗する一番の要因は「市場に求められなかった」ことだそうだ。つまり、ユーザーの視点を忘れてプロダクト本位、開発本位になってしまったことが大きな敗因になっていると言える。

一口にユーザーの視点を忘れないと言葉で表すのは簡単である。もちろん、すべての事業を考える際に、ユーザーやターゲットのことは考えているはずだ。しかし、新規事業の開発が進むにつれてプロダクトに注力してしまい、ユーザーを軽視してしまったのではないだろうか。また、新規事業を進めることに意識が向いてしまい、その過程で架空のユーザーを作り上げてしまうのはよくある話だ。最後までユーザーを中心とした視点、ユーザーのことを忘れないための仕組み作りが必要なのである。

たとえば、多くの新しい製品、サービスを生み出しているAmazonでは、「Working Backwards」という仕組みがある。これは、顧客視点からスタートし、最後までその視点を忘れないための方法だ。まず、新規事業を考えるにあたり、プレスリリースを書くことから始める。プレスリリースには、商品・サービスの概要やサービスが解決する課題を簡潔に書かなければならない。このプレスリリースが顧客にとって魅力がないと感じられた時点でサービスの内容が変更されたり、開発自体が中止になったりするケースもあるという。最後までユーザー目線で考えること。これができるかどうかが、新規事業を成功へと導くカギになるだろう。

②アイデアは「すごくて」「新しい」ものでなくてもよい

日本人、特に日本の大企業が陥りやすいのが、「優れたアイデアでなければいけない」「まったく新しいアイデアでなければいけない」ということ。“新規”事業という言葉にとらわれ過ぎて、突拍子もないアイデアを出そうとする。しかし、それは本当に新規事業を成功させるための道となるのだろうか。

いまや世界的なサービスとなったFacebookも、もともとは大学の友人たちとつながるためのサービスだった。それが様々な過程を経て、3億人以上が使用するサービスにまで成長している。このように、もともとは些細なことから始まったプロダクトが、グローバルなサービスになった事例は数多くある。アイデアが優れているかではなく、実際に使うユーザーがいるか、必要としている人がいるかのほうが重要なのだ。ユーザーが少ししかいないまったく新規のアイデアよりも、多くのユーザーが必要とするサービスの方が、将来的に成功する確率は高くなるだろう。

さらに、すでに他者が同じようなことをやっているからといって、類似しているサービスであってはいけないというものでもない。逆に他社が先行しているからこそ、他社のサービスの欠点を見出し、その会社が満たせていない顧客のニーズを満たすことができる可能性もある。事業のチャンスというのは、ありとあらゆるところに眠っている。斬新ですごいアイデアを探すのではなく、競合他社がやっているサービスにこそヒントがあるかもしれないのだ。

③何をやるかより、どうやって進めるかを大事にする

新規事業では「どういうサービスを作るか」に注力するあまり、「どうやってサービスを広げるか」「どうやってマーケティングをするか」「いつサービスをローンチさせるか」などには目が行き届いていないケースも考えられる。

しかし、マーケティングに4P(プロダクト、プライス、プレイス、プロモーション)という言葉があるように、プロダクトだけ優れていてもそのビジネスがうまくいくわけではない。逆に、プロダクトが他社と横並びであっても、プロモーションやプライシングなどが優れていれば、市場のシェアを取ることは可能だ。米国でYahooはGoogleに先行していたが、現時点ではGoogleに追い抜かれた。プロダクトだけでなく、他のプロセスも大事にすることを忘れてはいけないのである。

2019年以降、日本で注目されている新規事業の領域とは?

先ほども述べたように、新規事業で成功するためには斬新なアイデアではなく、多くのユーザーが必要とする領域やサービスに注目する方がいいだろう。そういった意味で、いまどういった事業領域がスタートアップや新規事業で注目されているのかを知っておくことは、大きな強みになる。そこで、いま注目されている代表的な事業領域を紹介しよう。

拡大していくD2C企業

デジタル化の進展によって実際のサプライチェーンは変わりつつある。その最たる例が、D2Cと呼ばれるビジネスモデルだろう。

D2Cは「Direct to Customer/Consumer」の略。工場とメーカー、消費者を直接つなぐビジネスモデルだ。EC(電子商取引)が発達し、一般化されたことにより、メーカーが直接消費者とコミュニケーションを取って販売できるようになったことから生まれたビジネスモデルである。販売コストを下げられるだけでなく、コアなファンを捕まえることができるというメリットもある。さらに、消費者との距離が近いことから、消費者の声を吸い上げやすいのもポイントだ。その声を、商品開発やマーケティングにスピード感を持って生かすことができる。実際、米国では一つの大きなトレンドになっていて、日本でも衣料品や化粧品を中心に徐々にブランドが増えつつある状況だ。

アパレルの分野で一歩先を進んでいるのが、スーツやシャツのオーダーを手掛けるFABRIC TOKYO。「Fit Your Life」をコンセプトに掲げ、スマートフォンで採寸を行い、注文ができる仕組み(スマートオーダー)を作り上げた。国産の上質なスーツを、店舗に行く手間をかけることなく、しかも3万円代からオーダーすることができる。さまざまなメディアで掲載されるなど注目度が高まっているブランドだ。丸井から資金調達を受けるなど、今後は実店舗の融合とも進むかもしれない。

また化粧品では、メンズコスメのバルクオムが注目されている。メンズスキンケアブランドで世界トップを目指しており、徹底的に化粧品の品質にこだわっている点が特徴だ。同社も商品開発のプロセスにおいて顧客の声を直接ヒアリングし、それを商品にフィードバックさせている。作っているプロダクトはこれまでの商品と本質的には変わらないが、マーケティング戦略の違いは明確だ。既存のメーカーや販売店も、D2Cに学ぶプロセスが多くあるかもしれない。

拡大必至の「サブスクリプションモデル」

もう1つ、コンシューマー向けのサービスとして注目すべき事例といえば、サブスクリプションモデル(製品やサービスを一定期間利用できる権利に課金させるビジネスモデル)だろう。もともとはネットフリックスやAmazonのプライムビデオなど、映像や音楽から始まったサブスクリプションモデルだが、いまや消費の主流は、従来の「購買」から「月額使用」へと大きく傾きつつある。米国で最も購買力を持つミレニアル世代の大半がサブスクリプションサービスに興味を持っており、今後、あらゆる消費がサブスクリプションモデル化する可能性もある。日本でもトヨタ自動車がサブスクリプションモデルに挑戦するなど、大手企業が着目しており、近い将来に向けて大きな流れになるかもしれない。

日本では、様々な分野でサブスクリプションモデルのサービスが生まれつつある。最近の例をあげると、家具を月額で提供する「CLAS」などがその代表的なものだろう。家具といえば「買う」のが普通だったが、一人暮らしや引っ越しなどのたびにサイズが合わなくなるなどの理由で、せっかく購入した家具を手放す人は少なくないだろう。そういった人に家具を月額で提供するサービスがCLASだ。直近では事業拡大のために新たな資金調達を行っており、同社への注目度は高まっている。

また、こうした目に見えるサービスではなく、サブスクリプションモデルそのものを支援するサービスにも注目したい。たとえば米国では「ズオラ」という、サブスクリプションプラットフォームの会社がすでに上場していて投資家から注目を浴びている。日本では、ビープラッツなどが同じようなサービスを提供しており、2018年の東証マザーズ上場直後から話題を読んだ。これからはサブスクリプションモデルを裏側で支援するサービス、企業に注目しておくべきだろう。

令和元年が「サブスクリプション元年」になる可能性

上記ではBtoC(企業→消費者)向けのサブスクリプションを紹介した。しかし、BtoB(企業→企業)のサブスクリプション「SaaS」は、むしろBtoCよりチャンスが大きいかもしれない。SaaSとは、「Software as a Service(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)の略称。ビジネスで使用するソフトウェアを、一括販売ではなく月額で提供するサービスである。SaaSは世界的にも注目されているカテゴリの1つだ。実際、MicrosoftのOfficeやAdobeもサブスクリプションモデルを採用し、実績を上げている。

現在、日本では経理や人事などバックオフィスのサブスクリプション化が進んでいる。たとえば、労務管理では「SmartHR」という企業が注目を集めている。今まで紙で管理していた書類を電子化・クラウド化することで、管理コストを低減させるサービスだ。同サービスは基本的に月額性で、固定資産として企業の負担にならない点でも評価されている。

ほかにも、経理サービスではマネーフォワード、名刺管理サービスのSanSanなど、さまざまなエリアでBtoBのサブスクリプションモデルが拡大している。企業向けのサブスクリプションモデルは、顧客から継続して料金が支払われるため、顧客基盤がしっかりしていればビジネスモデルとして比較的安定している。米国のMicrosoftのような大企業こそ生まれてはいないものの、世界的に“所有”から“サブスクリプション”への動きがあることから、今年は日本でも多くの企業がサブスクリプションモデルに参入する1年となるだろう。

IT化で旧態依然の業界が変革する

最後に注目したいのが、古い業界のIT化である。これまで、IT化によって多くの業界が変貌を遂げてきた。足元ではフィンテック(金融とテクノロジーの融合)によって金融業界が大きく変わろうとしている。フィンテックはニュースなどでよく報道されているので、知っている人も多いはずだ。旧態依然とした業界でITを中心とした新しい技術によってイノベーションを引き起こされるケースは、これからも各方面で起きると考えられる。

たとえば、古い体質のイメージが強い「お葬式」。葬儀の分野でも、IT化が進んでいる。これまで葬儀といえば地場の業者が幅を利かせていて、かかる費用も不透明でトラブルが頻発していた。当然、地域によってサービスのばらつきもあるだろう。インターネットを活用して全国一律の料金、明確で均一化されたサービスを提供することで、こうした顧客の不安を軽減し、事業を拡大しているのが終活や葬儀ビジネスを展開する「株式会社よりそう」だ。このように、これまでIT化が考えにくかった業界にも徐々にITの波が押し寄せており、今後もこの傾向は続くと考えられる。漁業や農業といった一次産品の分野でもIT化によってビジネスモデルが変革する可能性は大いにあるだろう。

ビジネスを成功に導く「小さなニーズ」を見逃すな

新規事業を始めるのに必要なのは、大きなビジョンでも、完璧なアイデアでもない。ありふれていても誰も手をつけていないような「顧客の小さなニーズ」にこそ、新しいビジネスや事業のヒントが眠っていると言っていいだろう。そのニーズを深堀し、最適なタイミングでプロダクトに落とし込むことが新規事業を成功させるポイントかもしれない。また、大きな市場を狙っていくならどのように世界が変わろうとしているのかを知ることが大切だ。また、どの業界でどんな変化が起きているかを知ることも重要になる。そうした大きな流れの中で、満たすべきユーザーのニーズは何か。新規事業を成功させたいならば、まずはこれらをしっかりと押さえておきたいところである。

文・THE OWNER編集部