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株式会社菊地製作所は群馬県高崎市で金属加工を手掛けるメーカーだ。価格と納期で県内屈指との評価がある最大加工径Φ900(直径900ミリメートル)まで対応できる高い加工技術力と、「客先不適合発見ゼロ件」を品質方針に掲げる高い品質管理体制を強みとする。加えて、組織としての一体感を生み出し生産技術力向上につなげているのが、野球部活動の存在だ。従業員20数人規模の企業としては珍しいこの取り組みが、作業現場で抜群のチームワークの良さを醸成している。更に、新たに生産管理システムを導入するなど、今後の人手不足時代に備えてDXを推し進めている。(TOP写真:最大加工径Φ900(直径900ミリメートル)まで対応できるNC旋盤)
工作機械部品の切削加工で事業を立ち上げ、軸受け大手の正規請負で事業基盤を築くも、相次いだ試練の時代
菊地製作所の創業は1968年以前にさかのぼる。現在の菊地結己代表取締役の伯父菊地好雄が事業を立ち上げたものの、初代社長だった伯父が急逝したことから父親が1979年2月に個人企業を設立し、高崎市内で工作機械部品の切削加工を始めた。その後、1982年6月に有限会社菊地製作所として法人化し、当時の群馬群箕郷町(現在は高崎市に編入)に工場・事務所を移転し、建設機械部品や研磨機械部品などの製造を手掛けてきた。
その後、事業の飛躍的な拡大につなげたのは、大手軸受けメーカーの正規部品を製造するようになったことがきっかけだった。射出成型機、工作機械のボールねじに入るボール・ナット、特に超大型ボール・ナットのほとんどの製造を大手軸受けメーカーから請け負い、このため、1990年2月に現在地に工場を移転し、安定した事業を確立していく。
これに伴い、円筒研磨盤、マシニングセンター、ガンドリルマシンなど新鋭の機械設備を導入し、2006年2月には株式会社に組織変更する。しかし、順風満帆で推移してきた事業は思いもよらぬアクシデントに見舞われる。大手軸受けメーカーが2012年に前橋精機プラントでのボールねじ事業を福岡県にある製造子会社に全面移管したことで、菊地製作所が請け負ってきた大手軸受けメーカー向けの仕事はすべて失った。
菊地代表取締役は「ピーク時には売上高の4割程度までを占めていた大手軸受けメーカーの事業を失ったことで、当社の仕事は半分なくなった」と当時の衝撃度の大きさを振り返る。それでも、菊地製作所はこの逆境に耐え、現在は主力となっている重電メーカーのの認定事業者として発電所・変電所部品、大手削岩機メーカーのの掘削機部品の製造を伸ばしていき、今では大手軸受メーカーの売上高をはるかに凌駕(りょうが)する実績を上げるまでに至っている。
しかし、再び試練が菊地製作所を襲う。それは言うまでもなく新型コロナウイルス禍とロシアによるウクライナ侵攻だ。菊地氏が3代目として代表取締役に就任したのは2021年3月で、まさにコロナ禍の真っただ中だった。コロナ禍の前には大型NC旋盤を導入したほか、検査場を新設、さらに工場裏の土地を購入するなど1億円近くの設備投資をしたばかりだった。コロナ禍で受注が減少し追い討ちをかけるようにロシアによるウクライナ侵攻によって原材料等の価格が高騰、このため菊地代表取締役は「とにかく支払に窮し、就任してから8ヶ月は給料を返上し、社員にボーナスを支払い、自家用車も売った」と当時の苦労を語る。
苦境を乗り切った高い加工技術と徹底した品質管理 ISO認証取得し「客先不適合発見ゼロ件」を目指す 組織一体感に欠かせぬ野球部の存在
こうした苦境を乗り切ってきた鍵は、高い精度が求められる高い加工技術にある。その第一はガンドリルを使用した「深穴加工」で、Φ4~25ミリの穴を最長深さ700ミリまで加工できる。ガンドリル→切削加工→表面処理→研削加工→溶接の一貫対応ができるのが菊地製作所の特徴で、菊地代表取締役は「深穴加工に関しては価格、納期を含めて群馬県内で屈指の評価を得ている」と胸を張る。
さらに中径の「長尺加工」は菊地代表取締役が「これで成長してきた会社」と豪語する技術で、Φ30~310までの把握可能な自動芯出し振止装置を装備したNC旋盤を4台備え、超大型ボール・ナット、スピンドル部品の加工に対応している。この技術には大手軸受けメーカーの正規部品の加工で培った独自の加工ノウハウがあり、通常、中堅クラス以上の企業でしか備えていない機械設備を保有することで、低価格での提供を可能としている。このほか、製品の最終仕上げ工程である研削加工としては内外径、平面、成型研削盤を所有し、これに対応している。
さらに品質管理面では2017年11月にはISO-9001:2015の認証を取得し、年度ごとに品質方針を示し、2024年度は「客先不適合発見ゼロ件」を目標に掲げた。徹底した品質管理に向けては工程内検査を実施し、各工程での加工を終えた後に第三者が検査し、これを通過しなければ加工が続けられない仕組みにしている。不良が1件発生するたびに各グループで対策会議を実施し、その内容を不良発生報告書に記載し、工場内の掲示板に張り出す。これによって全社的な品質管理の徹底につなげている。
加工技術の強みや品質管理の徹底に加え、菊地代表取締役がとりわけ「当社の特徴」と話すのは野球部の存在だ。菊地代表取締役自身が高校球児で、高校3年の夏休みに卒業後に入社する菊地製作所に野球部を創設してもらい、30年超の歴史がある。群馬県内の実業団軟式野球ではAクラスに入る強豪だ。
野球部を設けている効果について、菊地代表取締役は「仕事や野球を通じて家族以上に一緒にいる時間が長く、社員同士も先輩、後輩の立場や枠を超え、仕事での疑問や知識などを気軽に相談し合える。その環境で培ったチームワークにより、現場では連携して臨機応変に製品加工から納品まで丁寧かつスピーディーに対応している」と話す。一方、野球部があることで採用にも寄与しており、2024年も「新卒で高卒1人が野球で入社してきた」と言う。
人手不足、最低賃金引き上げに備え、生産管理システムを新規導入し、業務のDX化を推進 〝原始的〟なアナログ手法を断ち切る 勤怠管理、在庫管理も視野に
一方、菊地代表取締役はこれから到来するであろう人手不足の時代や政府が掲げる最低賃金の時給1,500円への引き上げに備え「新規採用が難しく限られた人数の作業環境の中で、業務のDXにより生産性を上げ、従業員のゆとりを提供する必要がある」と考える。
そのため、IT補助金の採択を受けて2024年9月には新たに生産管理システムの導入に踏み切った。これに合わせて通信ネットワーク環境も改善した。
生産管理システム導入前の作業現場の状態について、菊地代表取締役は「すべて手作業で原始的な仕事のやり方をずっと続けてきた」と語る。具体的には旋盤や加工などの各現場で作業員がA7サイズほどの現品表兼工程表に客先名、品名、数量、納期、さらに作業にかかった所要時間と作業員の社員番号を手書きで記入し、品物ごとに貼り付けてきた。それを工程管理担当者が回収し、1工程ごとにパソコンに打ち込んできた。
新たに導入した生産管理システムはこの極めてアナログ的な手法を、作業現場にタブレット端末を3台配置し、加工作業の開始時と終了時にボタンにタッチすれば、事務所のパソコンに瞬時に入力され、現品表や納品表を印刷できる仕組みに変えた。納品書、注文書、現品表などこれまではすべて手書きだった作業が、この生産管理システムの導入で不要になった。これによって、現場の作業員、さらに工程管理担当者の負担が大幅に軽減された。
生産管理システムを導入した狙いについて、菊地代表取締役は「基本的に人手不足対策とペーパーレス化、さらに人件費の削減」と語り、その導入効果についても「間違いなく仕事量が減るので、その効果に期待している」と言う。
また、生産管理システムの導入とほぼ並行して2024年10月に複合機を更新した。更新前はスキャンしてPDF化したデータの保存に複雑な操作が必要だったのが「今ではボタン一つで各自のパソコンに保存できるようになり、時間の短縮とペーパーレスにつながっている」(菊地代表取締役)。
今後検討している業務のDXについて、勤怠管理と在庫管理を挙げる。菊地代表取締役は「勤怠管理については顔認証によるシステムに変え、給与の自動計算や有給休暇の管理などは人の手を介さず自動で管理できるようになればという希望は持っている」と言う。
DX推進は「会社の最大の資産は社員」の思いの証
菊地社長は「会社にとって最大の資産は社員であって、社長にとって大事なことは、極力社員を辞めさせないことだと思っている」と語る。これを反映するように勤続年数の長い社員は多く、勤続30年超、20年超の社員は複数おり、永年勤続表彰制度も設けている。
さらに「社内の風通しを良くするため」(菊地社長)社員の売上や経費などを記した個人成績表を掲示し、これを賞与の査定にも生かしている。この結果「若手社員でも頑張れば役職者よりも高い賞与となるケースも出ている」とし、社員のモチベーションを高めることにつながっている。
菊地製作所がアナログ手法から脱して業務のDX化に踏み込んだのも、人手不足時代に備えて社員の負担を軽減しゆとりを持って様々な工夫ができる環境づくりを行い、様々な情報をもとに顧客へ寄り添うためだ。
企業概要
会社名 | 株式会社菊地製作所 |
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住所 | 群馬県高崎市箕郷町柏木沢1788-1 |
HP | http://kikuchi-seisaku.co.jp/ |
電話 | 027-371-5749 |
設立 | 1979年2月 |
従業員数 | 23人 |
事業内容 | 工作機械部品、重要保安部品、発電所・変電所向け部品、建設機械部品などの一般金属加工 |