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「新薬から新食へ」―売上の95%を切り捨て、「真の健康」をキーワードに大胆な事業転換に挑んでいる医薬品会社がある。愛知県名古屋市に本社を置く栄新薬株式会社だ。2009年の薬事法改正を機に医薬品から健康食品への業態変更を決断し、健康食品開発の過程で野菜を微粒子状のパウダーにする技術を確立。その野菜パウダーが新しい食品ビジネスとして脚光を浴びている。野菜パウダーには廃棄処分されていた規格外野菜を活用するため、SDGs(持続可能な開発目標)をリードする企業としても注目を集めている。(TOP写真:規格外野菜をパウダー化する多段旋回気流乾燥粉砕機の特徴)
栄養強壮ドリンク剤のOEM一筋に約半世紀の歴史を刻む
栄新薬の創業は1960年(昭和35年)5月。カイゲン化工株式会社として風邪薬のアンプル剤をOEM(相手先ブランドでの生産)で製造し、製薬会社に納めていた。1965年には栄新薬に社名変更し、アンプル剤に加えて、「モーレツ社員」がもてはやされた当時に需要が高まった栄養強壮ドリンク剤のOEMを開始。このドリンク剤の生産が時流に乗って拡大し、栄新薬の屋台骨を支えてきた。
転機となったのは、2009年の薬事法改正に伴う本社工場の移転問題だ。当時は本社工場と名古屋市守山区の守山工場の2工場体制でいずれも医薬品工場だったが、その頃新たに健康飲料を手がけ始めていた中で、医薬品と健康飲料などの食品類は同一ラインで製造できないことになり、守山工場は医薬品の製造認可を返上した。
3代目社長が「これからは、対症療法の医薬品で健康維持するのではなく健康寿命を延ばす予防医学に」と事業転換を決断
「薬事法改正前からドリンク剤市場は縮小傾向が強まり、医薬品OEMの先行きは厳しさを増していました。日本の医療制度を支えている健康保険にほころびが出始めている中では対症療法の医薬品で健康を維持するのではなく、健康寿命を延ばすための予防医学に移行していくと見て、健康志向の高まりに対応する方策を検討していました」と、児玉啓輔取締役総務部長は当時を振り返る。
2008年に3代目社長に就任していた森下洋代表取締役は、老朽化していた本社工場の移転計画を中止し、医薬品製造を大幅に縮小して健康食品に事業を転換することを決断。取引先の承諾を取り付けながら、2010年からドリンク剤の生産を毎年30%ずつ減らし、3年間で売上を従来の5%規模に縮小した。「森下社長の大英断だった」と児玉取締役は言い切る。
廃棄される規格外野菜を活用して野菜をパウダー化して健康食品に
何と言っても、売上5%からのリスタートだ。薬屋が薬をつくらないで目指したのは、「単にサプリメントをつくるのではなく、栄養をどうやって口から補うのか」(森下社長)だった。コラーゲンのドリンクと、粉末状の健康食品や玄米をゲル化して高齢者でも安心して口から栄養を取れる商品を手がけた中で、自然の素材から健康食品をつくるために野菜に着目。全国の農家との付き合いから、廃棄されている規格外野菜が多く出ることを知り、規格外野菜をパウダー状にして健康食品に使うことを考え、具体化した。事業転換を決断してから約4年後の2014年のことだ。
野菜の栄養素や味・風味を維持し瞬時にパウダー化する粉砕機を共同開発
東京の機械製造・技術コンサルティング会社と共同で、小型の多段旋回気流乾燥粉砕機を開発。従来の食品粉砕機を改良して、食材の栄養素や味・風味、色彩を維持したまま瞬時に乾燥・粉砕し、パウダー化できるようにしたものだ。
そのパウダー野菜を「そのまま食べ野菜」として商品化し、健康食品の原材料としても販売したほか、2020年からは野菜パウダーなど自然食品を原料として健康食品・飲料を受託先企業の要望に基づいて設計・開発から製造までを一貫して行うODM(相手先ブランドによる設計・生産)を始めた。ODMは約130社と取引するまでに拡大し、「真の健康」への思いを持つ提案型企業として売上を伸ばし、医薬品製造を大幅縮小した事業転換前の水準に戻しつつある。
ICTで経営効率化へ、クラウドストレージで情報共有化
野菜パウダーという「新食」への業態転換が軌道に乗ってきた中で、栄新薬はICTを活用した経営の効率化に取り組んでいる。
コロナ禍前に自社サーバーで行っていた社内の情報管理・共有を、インターネット上にデータを保管するクラウドストレージに切り替えた。「コロナで在宅勤務が増えた中で、社外からもアクセスできるメリットは大きかった」(児玉取締役)という。さらに「クラウドストレージの使い勝手を高め、社内の紙を減らし、業務のデジタル化を促進したい」(児玉取締役)との狙いで複合機から直接クラウドストレージにアクセスでき、紙文書の電子化保存やOCR処理ができるシステムを2024年始めに導入した。分散していた社内データをクラウドストレージに集約して一元管理するようにし、業務フローの見直しを進めている。
児玉取締役は「全ての社内情報をクラウドストレージで管理すると、従来は紙に一度印刷しててFAXするということもありましたがそれがなくなりました。営業目標策定時も、離れた場所にいても同じデータを見ながら同時に作業できます。まだ進行形ではありますが、営業、製造、出荷各部門の情報共有化によって、事務作業を主体に効率化は大きく進んでいます」と、導入効果を評価する。
中小企業にとっては、働き方改革への対応が重要な課題だ。ICTを活用した業務効率化はスタートしたばかりだが、「効果を見極めた上で、人の活用方法や配置の見直しについても検討し、働き方改革にもつなげていければと考えています」(児玉取締役)と、将来の進化への期待もある。
1,000種類超える原材料管理や在庫管理のデジタル化も検討する
今後のICT活用については、原材料管理や在庫管理のシステム化を検討する考えである。1,000種類を超える原材料や多品種少量での生産が多い製品の在庫管理はアナログベースが大半だ。いずれも種類が多いのでデータをパソコンに打ち込んで管理しているが、「表計算での集計のため手間がかかっている。一連の作業をシステム化できれば注文ミスも防げる」と見る。「一連の作業をシステム化することでリアルタイムに原材料や在庫を管理できれば、受発注業務や棚卸しを効率化できると考えています」(児玉取締役)と期待している。
製造現場については「多品種少量生産で、1本の生産ラインで少量単位での複数製品を生産しているため、デジタルでの生産管理は難しいのでは」(児玉取締役)との思いもあるが、少量で多品種に及ぶ管理はデジタルが得意とするところであり、生産管理をシステム化する日も近いのかもしれない。
野菜パウダーつくる気流乾燥粉砕機で2023年愛知環境賞、SDGsをリード
栄新薬は、最近脚光を浴びているSDGsをリードする企業としても高く評価されている。
健康寿命を延ばす「真の健康」をテーマに、口から栄養を摂り、食の楽しさも味わえる健康食品開発で行きついたのは離乳食から介護食まで幅広く簡単に活用できる野菜のパウダー化だ。この野菜パウダーを実現した気流乾燥粉砕機は、愛知県の2023年愛知環境賞で「食品ロス削減による循環型社会の形成に大きく貢献する技術」として優秀賞を受賞した。
野菜パウダーの原料は、生産者が、見た目が悪いだけで有料処分せざるを得なかった規格外野菜。この規格外野菜の活用は、農業のあり方や食品ロス問題、ひいては世界的な食糧問題にも一石を投じることになった。食品ロス削減や農業の活性化、食糧問題への貢献は、SDGsの複数のテーマとリンクしている。
パウダー食品で「貧困国を手助けできないか」、世界の食糧問題への貢献も視野に
それだけに、今後の事業展開は明るい見通しだ。国内で安全・安心な健康食品や食品としての用途拡大を進める一方で、海外市場向けに食品としての野菜パウダーの市場開拓を検討している。世界の人口は大きく増加しており、食糧危機が懸念されている。森下社長は、「食材のパウダー化は、減容できて運びやすく、長期保存が可能。加工しやすい上に、複数の栄養素を簡単に摂取できて、味や香りも良い。食糧危機に直面している貧困国の手助けになるのではないか」と話しており、世界に目を向けている。
当面、海外事業コンサルティング会社と共同で、アジア市場での野菜パウダーの事業展開の可能性を探る検討を始めた。「将来は気流乾燥粉砕機も海外展開できれば、(世界の食糧危機に貢献する事業だけに)大きなビジネスに成長する可能性も秘めている」(児玉取締役)。 半世紀の歴史を支えた薬を捨てて、野菜パウダーという新しい食品に会社の未来を託した栄新薬の大胆な挑戦は、食糧問題への貢献をてこに世界への広がりを見せようとしている。
企業概要
会社名 | 栄新薬株式会社 |
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本社 | 愛知県名古屋市千種区竹一丁目8番9号 |
HP | http://www.sakaeshinyaku.co.jp/ |
電話 | 052-722-1325 |
設立 | 1960年5月 |
従業員数 | 48名(パート25名を含む) |
事業内容 | 健康食品、栄養補助食品、清涼飲料水、炭酸飲料水などの製造・販売・卸売・輸出入及び仲立業務、各種機械器具及びその部品の製造・販売など |