目次
- 「地域に貢献できる施設をつくりたい」かつて製材工場だった自社遊休地の活用策として、地域唯一の温泉付き高齢者施設を建設
- 温泉旅館の経営経験を生かし、施設デザインや居住性、食事のクオリティの追求など、サービスのきめ細やかさが利用者から好評
- 現場は介護経験豊富なベテランスタッフも主軸で活躍。記録業務においてはアナログとデジタルが混在している状況
- 落雷によるパソコン内のデータ滅失の危機を受けて、NASの導入によるデータのバックアップと共有化に移行
- 夜間のモニタリングや日々の記録データの可視化で分析や予測ができれば、施設利用者の安心・安全にもつなげられる
- スタッフだけでなく利用者のニーズにも応じるためにICTを有効活用し、ホスピタリティを追求していきたい
これまで高齢者施設は社会福祉法人が運営を担うケースが一般的だったが、近年は製造業や建設業など異業種の運営母体が次々と参入し、本業の強みを生かした特色のある事業展開を行っている。今回紹介する群馬県高崎市に本社を置く神宮工業株式会社も、そうした事例のひとつだ。
同社は1944年に現社長の祖父が創業した建設業を母体とする。地元で土木・建築業を長年営む同社は旅館業なども手がけた実績もあり、地元の活性化において貢献度が高い企業だ。そんな同社が高齢者施設を立ち上げたのも「地域のニーズに応えたい」という気持ちからだった。この異業種からの参入にはICTとホスピタリティの融合という新たな可能性が垣間見えた。(TOP写真:旅館のような温かみのある雰囲気を醸す「榛名ライフスプリングス」のエントランスホール)
「地域に貢献できる施設をつくりたい」かつて製材工場だった自社遊休地の活用策として、地域唯一の温泉付き高齢者施設を建設
群馬県の榛名山麓、下室田の中心部にあるデイサービスおよび有料老人ホーム「榛名ライフスプリングス」は神宮嘉一氏の祖父がかつて製材工場を営んできたおよそ1,000坪の敷地に建造され、2023年11月にオープンした施設だ。運営会社は建設会社の神宮工業。介護業界には初の参入だ。
「祖父は建設業を創業すると、近隣の山で伐採した木を建築用資材として製材していました。ここはその製材工場があった場所なんです」(神宮社長)。日本においては1964年の木材輸入自由化以降、木材市場は輸入木材に圧倒され、地元の山から切り出した木は使われなくなっていった。神宮社長の祖父は1986年にこの製材工場を閉鎖し、以来ずっと遊休地となっていた。しかし、この場所には自然の恵みというべき素晴らしい「お宝」が使われないまま眠っていた。
「祖父は建設業で稼いだお金を注ぎ込んで県内各所に温泉ボーリングをしたんです。ほとんどが失敗したようですが、数少ない掘り当てた場所の一つがここで、今も豊富な泉が湧いています」(神宮社長)神宮社長はこの遊休地の活用検討に際して地元に貢献すべく、今必要とされている高齢者施設を建てることにした。さらに専門家からの助言もあり、この温泉を生かした施設にすることを目指したという。ちなみに、最初の入居者は神宮社長の父(故人)だったということもあり、利用者や家族の目線に立った心配りが随所に感じられる。
温泉旅館の経営経験を生かし、施設デザインや居住性、食事のクオリティの追求など、サービスのきめ細やかさが利用者から好評
同社には二つの強みがあった。一つは自前で施設を建てられること。そしてもう一つは、かつて温泉旅館を運営した経験があることだった。榛名ライフスプリングスにはその強みが存分に発揮されている。一般的なデイサービスの施設とは異なり、和の意匠を取り入れた内装が高齢者にも親しみやすい雰囲気を創出している。奥には温泉浴室「下室田温泉 元の湯」があり、まるで温泉施設のようだ。
1,000坪の広大な敷地にゆったりとした平屋の建物を建設。施設の中庭にはよく手入れされた芝生が広がり、建物の内外装デザインにおいては、高齢者施設というより、あたかもリゾートホテルのような印象を創出している。有料老人ホームの住居棟は機能性を重視した洋風のインテリアを軸としている。一方、別棟にあるデイサービスは和風のインテリアを採用しており、旅館にいるかのような雰囲気だ。親しみ深い和の空間に利用者もリラックスしている様子が見て取れる。
さらに、付属する浴室は温泉の入浴が楽しめるとあって、温泉旅館のようである。入口に「下室田温泉 元の湯」と書かれた無垢板の表札があしらわれているのも、なんとも粋な演出だ。浴室も高級旅館のようなシックな内装が気分を盛り上げている。しかもヒノキ製の浴槽と肌触りの良い天然石の浴槽が設置されており、一層温泉旅行に来たような気分になるだろう。一般的に高齢者が安心して利用できる温泉施設は少なく、高齢者の温泉旅行には困難が伴う。介助スタッフもおり、安心して温泉を利用できるのは利用者の家族にとっても喜ばしいことだろう。
そしてもう一つ、温泉旅館に外せないのが食事だ。ここでは毎食ごとに米を自前の厨房で炊き、食器は陶磁器を中心に提供しているという。割れることもある陶磁器の食器はこうした施設では敬遠されがちだ。しかし、食器の手触りや見た目はおいしさや食事の楽しみに直結する。その心遣いは同社が地味ながらこだわるところだ。
「食材(料理)の仕入れにも利用者様の意見を多く採り入れてます。病院ではありませんから味や食感を吟味していきながら健康面にも配慮しています。その甲斐もあってお食事は結構好評のようです。」と手応えを感じる神宮社長。そこには、旅館経営での経験が存分に生かされているようだ。
現場は介護経験豊富なベテランスタッフも主軸で活躍。記録業務においてはアナログとデジタルが混在している状況
開所から1年が経ち、ハード面や現場でのサービス提供には一定の手応えを感じている神宮社長だが、スタッフの業務においてはできる限り負担を軽減し、利用者が安心・安全に過ごせる環境づくりに取り組んでいきたいと話す。そのために、必要となってくるのが通信インフラの基盤整備だ。同社では施設の開所時にWi-Fiを完備し、ICTを活用できる環境整備は整っている。介護請求に関わる事務系の業務においては介護支援システムを開所当初から導入。新規施設だからこそICTのツールの導入が進んでいるかと思いきや、そう簡単にいかない同社ならではの事情があった。
「うちの場合は現場でメインに活躍する介護スタッフの多くがデジタルツールに対する不安や抵抗感があるのです」と現状を明かす神宮社長。さらに、ケア記録などの記録業務において、手書きで行うことに不便を感じていないスタッフが圧倒的に多い。タブレット端末は介助の邪魔ではないかという意見も少なくないことから、デジタルデバイスの導入は様子を見ながらだという。「開所時に集めたスタッフは、私もそうですがアナログ世代の方が多いのも事実です。しかし介護職の経験豊富な方々でしたので、現場では大きな戦力です。この方々に無理強いする必要はないと思います」(神宮社長)
落雷によるパソコン内のデータ滅失の危機を受けて、NASの導入によるデータのバックアップと共有化に移行
現場での介護記録などはアナログとデジタル混在の一方、データ管理においては2024年の夏前に新しい動きがあった。それは、榛名山麓特有の気象条件も関係していた。
「今年は周辺で特に激しい落雷が頻発したのですが、ある時その影響でパソコンが1台フリーズしてしまったのです。当時はパコソン同士でデータ共有をしていなかったので、大事なデータを失ってしまうのではないかと冷や汗をかきました」(神宮社長)。幸いパソコンは復旧してデータの滅失は回避できたものの、今後への備えが必要と感じた神宮社長は、社内複数のパソコン同士でデータの共有ができ、バックアップを可能とするNASの導入を決断した。
夜間のモニタリングや日々の記録データの可視化で分析や予測ができれば、施設利用者の安心・安全にもつなげられる
老人ホーム施設では、夜間にトイレなどでベッドから離れる利用者への見守りが欠かせない。同施設では見守りセンサーを活用し、離床時にナースコールが鳴る仕組みを導入している。今のところ介護度の高い利用者が少ないため、徘徊などの対応は生じていないものの、夜間時はスタッフ1人で対応しているため、利用者の転倒など不測の事態を防ぎたいという思いが神宮社長にはある。そこで今後、利用者の状況がモニタリングできる見守りセンサーの活用も視野に入れている。今はまだ元気な利用者も、老いは確実に進行する。最高齢は100歳以上の利用者もいるだけに、備えが必要だ。
さらに、現状では手書きのケア記録も、デジタルデータで一元管理できれば、利用者の前年同月の傾向や身体機能の推移も可視化されるため、しかるべき対応が予測できる。こうしたデータの活用方法に事務スタッフも関心を寄せている。神宮社長も「データの可視化は必要」と断言しており、今後の取り組みの指標になるだろう。
スタッフだけでなく利用者のニーズにも応じるためにICTを有効活用し、ホスピタリティを追求していきたい
介護業界では作業の効率化や負担軽減により、利用者と触れ合う時間を捻出するために著しく活用が進むICT技術だが、今や利用者自身がQOLを向上するソリューションとしても注目されている。
「動画配信サービスによるドラマ・映画鑑賞にはまっており、それが見られない通信環境なら入居しない、とまでおっしゃる方もいました。また、通信カラオケをなさる方もいらっしゃいます。このように、今後はICTのサービスを利用される方が増えていくでしょうし、eスポーツをやりたいという方も出てくるかもしれません。利用者様のためにもICT環境の整備は必須だと思います」と予想する神宮社長。今後はVRで仮想旅行を楽しむなんていうこともあるだろう。もちろんこの施設でなら実際に温泉にも入れるのだ。
そんな構想を巡らす神宮社長は、この施設の名称にある思いを込めたという。「この施設の名称にある『ライフ』は人生。『スプリング』は躍動感、泉(温泉)、そして生命が芽吹く季節の春の意味もあります。利用者様がここで日々楽しく元気に暮らしていただけるよう、サービスを提供していきたいという思いを込めて名付けました」
ホスピタリティを最優先に掲げ、利用者に快適なサービスの提供を模索する「榛名ライフスプリングス」のように、多様なノウハウを生かした施設が増えることは利用者の家族にとっても喜ばしいことだ。高齢者に向けたICTの新たな活用方法が、サービス業という視点からどんどん生まれてくることに期待したい。
企業概要
会社名 | 神宮工業株式会社 (施設名:榛名ライフスプリングス) |
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住所 | 群馬県高崎市貝沢町614番地(榛名ライフスプリングス 群馬県高崎市下室田町925) |
HP |
http://jingu-kogyo.com (榛名ライフスプリングス http://lifesprings.jp) |
電話 | 027-361-5337(榛名ライフスプリングス027-374-1100) |
設立 | 1948年(榛名ライフスプリングス 開所 2023年11月) |
従業員数 | 21人(榛名ライフスプリングス職員数 23人) |
事業内容 | 土木建築工事、福祉施設運営 |