永田 直樹氏
Photo by 田村 秀夫

知識の確認、長文の要約、企画のアイデア出しなど、個人的なタスクの補助に生成AIを活用するのは、もう当たり前になりました。ただそれでも、会社の基幹業務となれば話は別。AIにもできる業務は何か、具体的にどこまで任せられるか判断し、実現するのはまだ難しいと感じている人も少なくないでしょう。

そこで今回は、長年システム運用を担う製薬業界向けに生成AIを活用したサービス「Narrative Gen」を2024年8月リリースした、株式会社シーエーシーの永田直樹(エンタープライズサービス統括本部 医薬サービス部 副部長)にインタビュー。特定の用途にフォーカスしたソリューションをいち早く提供できた背景や、目下の手応え、今後の展望について聞きました。

>> ナラティブ自動生成ツール『Narrative Gen』プロダクトサイト

永田 直樹(ナガタ ナオキ)
エンタープライズサービス統括本部 医薬サービス部 IT業界に24年従事し、株式会社シーエーシーには2006年より在籍。製薬業界を中心とした運用サービス・新規サービスの立ち上げに注力し、RPA推進やニアショア移管など多くのプロジェクトを成功に導く。現在は医療サービス部門の副部長として、Narrative Gen ナラティブ自動生成ツールやITコンシェルジュサービスのプロダクトオーナーを務める。

目次

  1. 業界への知見をもとにAI活用のポイントを発見
  2. 「信頼性第一」な製薬業界のIT運用とは
  3. 「提案の成果で評価されて次につなげたい」
  4. 近づく「AI内製時代」に求められるサービスを

業界への知見をもとにAI活用のポイントを発見

永田 直樹氏
Photo by 田村 秀夫

−「Narrative Gen」は生成AIを活用しているとのことですが、どんなサービスですか。

Narrative Genは製薬業界で日常的に行われる、文書作成業務を効率化するサービスです。

薬の副作用のような有害事象が疑われるとき、製薬会社はその前後の患者の経過などを集約し、厚生労働省に報告する義務があります。これは「安全性情報管理業務」と呼ばれ、ここで作成される記録(ナラティブ)は、さまざまな情報源からの内容を整理し、過不足なく、一貫したトーンの文章としてまとめる必要があります。そのため担当者の負担は大きく、作成に時間もかかっているのが現状です。

この作業を、生成AIなどを活用して支援するサービスがNarrative Genです。ナラティブの自動生成は通常5~10分で完了し、全て人手で作成する場合に比べると、最大5割程度の業務効率化につながると見込んでいます。

−かなり専門的な業務という印象です。

そうですね。ナラティブの作成のほか、安全性情報管理業務には海外の症例を集める工程や、事象の重大性・再調査の必要性を評価する工程などもあり、ITを活用したそれら全体の負担軽減も、今後の重要なテーマだと考えています。

その中で今回、まずナラティブの作成支援を選んだのは「この業務であれば、汎用的な生成AIを使って実用的なソリューションが構築できる」という手応えがあったためです。

−“使える”サービスになると直感されたのですね。狙いすましたようなターゲットですが、どこからか依頼があったのですか。

いいえ。概念実証に入ってからは特定の製薬会社にご協力いただきましたが、最初のアイデアは、新技術である生成AIを使って業務負荷を減らせないか探っていた私が、複数の製薬会社と運用改善についてディスカッションを重ねる中から生まれたものです。

GPTをはじめとする汎用的な生成AIモデルの登場によって、従来AI活用のハードルとされてきた高コストの事前学習プロセスは必須でなくなりました。つまり、これは「より少ない費用で十分な性能のAIを実現する」チャンスだと私は捉えています。

ナラティブの作成という格好のターゲットを今回選び出せたのは、これまでシステムの運用で培ってきた、製薬業界の業務知識があったからです。幸いなことに優秀な社内エンジニアからの全面協力も得られ、アイデアを素早く形にすることができました。

>>新規事業の企画書の作り方 8つの必須項目と生成AIを活用して質を高める方法

永田 直樹氏
Photo by 田村 秀夫

−業務知識は、具体的にどんなところで役立ったのでしょう。

例えば、いくつか挙げると、

  • 医薬メーカーの業務フローの中で、どこが自動化できていないか既に絞り込めていた
  • ナラティブ作成で人が行っている業務内容も理解しており、生成AIによる支援が有効、かつ現行のプロセスをほぼ変えずに導入できそうだと判断がついた
  • ナラティブ作成業務は会社間の違いがあまりないことも分かっていたので、共通の支援サービスをリーズナブルに提供する見通しが立てられた

といった点がプラスに働いたと考えています。

「信頼性第一」な製薬業界のIT運用とは

永田 直樹氏
Photo by 田村 秀夫

−関わりが深い業界の、いわば “勘どころ”をつかんでいたことが新たな試みに生かされたのですね。永田さんのこれまでの経歴についても紹介いただけますか。

コンピューターは大学の工学部時代からの専門です。2000年、新卒でIT業界に入った最初の配属がきっかけで、それからずっと製薬業界向けの事業を担当してきました。

2006年に中途入社したCACでは、データベースの設計・構築といった技術面からスタートし、新規顧客獲得の営業、開発後の運用業務の受託、運用業務のサービス化など、幅広い領域に手を挙げて参加してきました。こうした経験をもとに、現在は「提案段階から加わるプロジェクトマネージャー」として動くことが多いです。

人の健康に関わる最先端分野とあって、製薬業界は情報の処理と伝達においても高い信頼性を保てるよう、最新のITを積極採用する傾向があります。特に私が駆け出しだった頃は、各社の業務に合わせるための大がかりなシステム開発やカスタマイズが数多くみられました。

もっともその後、「2010年問題」と呼ばれる大型主力商品の特許切れが世界で相次ぎ、それらに代わる新薬も開発の難易度が上がったことで、国境を超えた製薬会社のM&Aが相次ぐようになりました。組織再編のタイミングでは、業務集約などを通じた合理化・標準化が強く求められ、ITに携わる私たちも、その対応に加わることが増えました。

IT運用の効率化を目指すプロジェクトとして、実際に私が参加したものでは、一部業務を国内外に移管するニアショア・オフショアや、移管先で自動処理の割合を増やすRPAの導入などが挙げられます。そのほか、世界展開する日本企業のIT運用を取りまとめる立場に就き、海外大手ベンダーとの協業でグローバルITアウトソーシングを実現した実績もあります。

−業務内容でいうと、製薬業界は他業界と比べてどんな特徴があるのでしょうか。

研究開発部門である創薬と、製品の安全性を常にモニタリングする業務のウエートが、他業界に比べてかなり大きいのが製薬業界の特徴です。新薬の発売に向けた臨床試験や、発売後の安全性情報管理においては一般に、それらの用途に特化したシステムが使われています。

さらに製薬会社は営業活動も特徴的で、営業職であるMR(医薬情報担当者)は薬を直接売るのではなく、薬の情報を医療機関に説明したり、現場からの情報を集めたりといった活動をしています。医薬に関する説明では、使ってよい資料・使ってはならない表現などが決まっており、それらを管理する目的で特化型のコミュニケーションツールやCRM(顧客管理システム)が選ばれることも多いです。

こうした業界のITを担う私たちは、特化型システムの開発を手がけるのはもちろん、システムを使って業務を代行(CRO:臨床受託会社)する部門をグループ内に設けていたこともありますが、特に強みとしてきたのが、システムの導入や運用のサポート業務です。

グローバルに業務の標準化を進めたい製薬業界の経営層が考えるIT戦略と、実情に合わせたきめ細かい対応を大切にする現場では、業務の進め方について関心や意見が分かれることも珍しくありません。従ってシステムのサポート面においても、両方の立場・視点を理解し、橋渡しする役割が大事になってきます。生成AIを活用するときも含め、この役割をしっかり果たしていきたいというのが私の考えです。

「提案の成果で評価されて次につなげたい」

永田 直樹氏
Photo by 田村 秀夫

−ちなみに永田さんご自身のキャリアで、これまで最も思い出深い出来事は何でしたか。

先ほども触れた、世界展開する国内製薬メーカーのグローバルIT運用アウトソーシングを、取りまとめ役(プライムベンダー)として成功させた時です。この時は、各国の同社社員から依頼・問い合わせを月3,000件受けるサービスデスクを再構築することとなり、私は責任者として窓口の一本化や、実務を担うベンダーの集約に取り組みました。

ユーザーが求める要件をクリアできる新たな体制の検討には半年をかけ、サービスのマネジメント機能を国内に集中させつつ、実務の多くはインドで行うという私たちの提案が認められました。さらにそこから、関係する国内外のパートナーやベンダーとの調整・交渉を1年がかりでまとめました。

集約を行う以上、業務から外れるベンダーも出てしまうのですが、移行作業には協力してもらわなければならず、相当ハードな経験となりました。それでも苦労のかいあって構想どおりの運用で離陸に成功し、安定飛行に入ることができました。

−国内外にわたる、さまざまな経験が現在に生きていると思いますが、日々仕事をしている中でやりがいを感じるのはどんな時ですか。

専門とする領域で生成AIを応用したサービスを立ち上げたNarrative Genもそうでしたが、私はいつも、新たなテーマやプロジェクトに率先して取り組もうと意識しています。

既存のビジネスを堅実に守り、お客様との信頼関係を維持することももちろん大切ですが、個人的にはやはり、それまで応えられていなかったニーズにマッチし、新たな改善に寄与できるような提案にやりがいを感じます。

新規の提案では培ってきた実力がはっきり試されますから、受け入れられただけでも「よっしゃ」と思いますが、一番うれしいのはその成果が認められた結果として、追加のご依頼をいただけたときです。しっかり形として現れる評価、「やってきたことは間違っていなかったんだ」という実感は、何物にも代えがたいですね。

近づく「AI内製時代」に求められるサービスを

永田 直樹氏
Photo by 田村 秀夫

−実力で結果を出すことへの永田さんのこだわりを感じます。最後に、今後への展望と意気込みをお聞かせください。

Narrative Genは8月のリリース以来、興味を持っていただいた複数の企業でトライアルを進めています。生成AIの業務利用にあたってユーザー企業内部の調整があるほか、私たちも生成されるナラティブの品質向上を図る改良を日々続けており、導入第一号の誕生まで、もう少しかかりそうです。

Narrative Genに限らず、生成AIの業務利用は今後も広がり、あと数年で日常となるでしょう。ITを社外に任せきりにせず、社内に立ち上げたDX部門でAI内製化などに取り組む企業は、さらに増えていくはずです。したがって「システムを確実に動かすサポート」に力を入れてきた私たちも、これからは「いかにAIで業務を効率化するか」を積極提案できるスタイルに切り替えていく必要があります。

そうした状況で、ITの専門家として長いキャリアがある私たちの力をどう生かすか考えたとき、大きく二つの方向性があるように思います。一つはNarrative Genのような「特定の業務に特化したAIのプロダクト」をさらに充実させていくこと。もう一つは「AIソリューションの内製を軌道に乗せるお手伝い」といった、伴走型のサポートです。

システムやサービスを自前で開発できる技術力と、それらが運用される現場の業務知識を両方しっかり持つ当社のようなIT企業は、実は意外なほどの“レアキャラ”です。生成AIの活用でも、このユニークな強みを生かしてお役に立てたらと願っています。

>> ナラティブ自動生成ツール『Narrative Gen』プロダクトサイト

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