高齢化が進む日本の中で、企業における後継ぎ社長の役割が重要視されている。本企画では、これからの日本経済を支えていく後継社長に、どのように変革を起こし、成長を遂げていくのかを伺い、未来の経済発展へのヒントを探っていく。
創業からこれまでの事業変遷
—— 創業から現在に至るまでの事業の変遷についてお伺いしたいと思います。よろしくお願いいたします。
バンセイ株式会社 代表取締役社長・上田 浩太郎氏(以下、社名・氏名略) 当社は1943年に創業し、今年で81年目を迎えます。当初は「萬世建設工業」というゼネコン会社としてスタートしました。
—— ゼネコンからのスタートだったのですね。
上田 その後、1973年、ちょうど51年前に分社独立いたしました。具体的には、当時の建設業で培ったノウハウを活かし、イベント事業や放送部門へ事業を移行することとなりました。主に、NHKをはじめとする放送事業に大きく関わり、テレビ中継用の仮設タワーや舞台設営などを手掛けるようになったのです。
—— テレビ中継におけるインフラ整備ですね。
上田 NHKで得たノウハウをもとに、民放局が順次開局していく中で、日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京といった各放送局にも関わるようになりました。そして、放送事業に留まらず、各種イベントの企画、制作、運営にも携わるようになりました。特に、スポーツイベントが主な柱となっていますが、文化祭や音楽イベントなど、多角的に幅広くイベントビジネスを展開しています。
代替わりの経緯・背景
—— 今回のインタビューのテーマでもある事業承継についてお聞かせください。
上田 現在、私で当社の三代目となります。創業は祖父で、父の上田憲治が二代目を務めました。父は高齢ということもあり、2020年の東京オリンピックを機にバトンタッチを予定していたんです。当時、我々は売上・利益ともに最高益を見込んでおり、そのタイミングでの承継が理想でした。しかし、オリンピックが1年延期され、さらに無観客開催となったことで計画が狂いました。結局、2023年にグループ80周年という節目を迎え、そこで私が代表取締役に就任する運びとなりました。
—— なるほど、80周年という節目に合わせてのご承継だったのですね。
上田 そして、この節目にあたり、いくつか新しい取り組みも行いました。コーポレートロゴの変更や名刺のデザインの刷新、ホームページのリニューアルなどを行いました。
—— 新たな取り組みを事業承継と同時に行われたのですね。承継にあたって、先代であるお父様との間で、何か思いや新たな取り組みについて話し合われたことはありますか?
上田 父も自身の経営手法や事業の方向性には限界があると感じていたので、新しい発想や時代に合った経営手法に転換する必要があると判断しておりました。そのために私にバトンタッチし、ロゴやデザインの変更など、新しい時代に向けた準備をしていくというのは自然な流れでした。
—— コロナ禍やオリンピックの延期もあり、事業承継の準備期間が長引いたことが結果的に良い影響を与えたのでしょうか?
上田 コロナ禍でイベント業界全体が停滞していた期間があったので、その間にじっくりと事業承継の準備を進めることができました。
ぶつかった壁と乗り越え方
—— これまでに直面された壁と、それをどのように乗り越えてこられたかをお聞かせください。
上田 一番大きな壁はやはりコロナ禍ですね。我々の業界、特にイベント業務は中止や延期が相次ぎ、開催されたとしても無観客という厳しい状況でした。その結果、2019年度から2020年度にかけて売上が80%も減少しました。これは非常に厳しい状況でしたが、それでも「イベントは絶対になくならない」と信じていました。人々に夢や感動を与える業界であることを全社員に伝え、仕事が戻ってくることを信じて辛抱しました。
しかしこの時間を有効活用し、社内の変革に取り組む良いタイミングでもありました。リモートワークの導入やペーパーレス化、フリーアドレスの導入など、これまで手を付けられなかった社内改革を進めました。
また、個人的にも多くの本を読み、その時に出会ったアメリカの思想家エルバート・ハバードの「人生における最大の失敗とは、失敗を恐れ続けることだ」という言葉を胸に、ただ仕事が戻るのを待つのではなく、次に繋がる変革を推進することに注力しました。
—— まさに危機をチャンスに変えたということですね。お父様との関係で、事前に何か特別な教えや準備があったのでしょうか?
上田 父はかなり信頼して任せてくれていました。私も現場で外向きな営業を経験していたので、トラブルなく比較的スムーズに事業を引き継ぐことができたと思います。父との親子関係も緊密で、互いにリスペクトし合いながら進めてきました。
—— スムーズな承継だったのですね。
上田 はい。父は現会長として引き続き在籍していますが、来期には取締役を退任する予定です。
今後の経営・事業の展望
—— 今後の経営や事業の展望についてお伺いしたいと思います。どのような成長や方向性をお考えでしょうか?
上田 社内的には、社員にとって働きやすい環境を継続的に整備しながら、社員と共に成長していきたいと考えています。事業の展望としては、我々の業界で主に手掛けてきたスポーツビジネスに加えて、これから注力したい分野があります。それが、今オリンピックなどでも注目されているアーバンスポーツとEスポーツです。
—— アーバンスポーツとEスポーツに着目されているんですね。
上田 アーバンスポーツは、これまで我々が手掛けてこなかった分野でしたが、これほどまでに成長するとは予想していませんでしたが、今後はそういった新たなスポーツ分野にも取り組んでいきたいと考えています。
また、Eスポーツも同様で、これまではあまり関わりがありませんでしたが、今後はゲーム大会などのイベントにも積極的に参画していきたいと思っています。
—— 他に注目している分野はありますか?
上田 我々はBリーグなどのチームのスポンサーをしていますが、最近メジャー球団が自分たちのスポーツイベントのみならず、他の音楽イベントや他の大型イベントにも利用できる大型の多目的アリーナなどの施設を持つようになりました。今後は、こういった施設の指定管理者としても参画していきたいと考えています。
—— 指定管理者というのは、施設管理業者のようなものですか?
上田 これまで培ってきたイベント運営のノウハウを発揮できると考えています。もちろん主催者になるのは難しいですが、会場設営や設備の提供など、イベントを支える側面で参画していきたいと思っています。
—— まさに事業の領域を広げていくということですね。
上田 今後でいうと、来年には東京で世界陸上や、再来年には名古屋でアジア大会に対しては既に動き始めております。
特に大型イベントでは、過去の実績がものを言います。我々も、これまでの経験と実績を活かして、さらに事業を拡大していきたいと思っています。
全国の経営者へ
—— では最後に、読者の皆様に向けて、経営者としてのメッセージをお願いできますでしょうか。
上田 私自身、これまでのモットーとして「人を信じ、任せ、与える」ということを大切にしてきました。これは私の事業承継にも大きく影響しており、父が私を信じ、任せてくれたからこそ、スムーズに事業を引き継ぐことができたのだと思っています。
—— 信じて任せることが、事業承継の成功につながったのですね。
上田 そのため、経営者の皆様にも「信じて任せ、与える」という姿勢が重要であることをお伝えしたいと思います。人を信じることで、自社の人材が成長し、会社も発展していく。そのような環境を作ることが、経営者としての役割だと思います。
—— 素晴らしいメッセージですね。中小企業では特に、人に仕事を任せることが難しいと言われていますが、上田さんのような信念を持つことが大切ですね。
上田 我々の業界では特に、職人気質が強く、技術やノウハウを他の人に譲りたがらないという文化が見受けられます。しかし、今後は全社員が次の世代を育てられるような環境を作り、次々に新しい人材が成長していくようにしていきたいと思います。
- 氏名
- 上田 浩太郎(うえだ こうたろう)
- 社名
- バンセイ株式会社
- 役職
- 代表取締役