いま求められる、組織に染まらず“はみ出せる”リーダー
ある大手企業では、課長昇進の前提条件に、出向や副業など社外での経験を求める仕組みを導入したと報道されました。これまでの伝統的な日本企業では、新卒一括採用したプロパー社員を社内でジョブローテーションさせながら育て、昇格試験を受けさせて課長にするケースがほとんどであったため、異色の取り組みとして注目を集めました。
背景には、ビジネス環境の変化や、Z世代の若手社員の価値観の変化があります。純粋培養で社内の価値観に染まったリーダーでは、新しい発想や行動によるイノベーションを起こせず、多様な部下たちを束ねることも覚束なくなってきているからです。
激しい環境変化の中で、ビジネスモデルや事業・商品・サービスに変革を求められている日本企業に共通する問題意識の表れであり、また、現場を率いるリーダーの条件が変わりつつあると言えるのではないでしょうか。組織に染まるのではなく、組織からはみ出したリーダーが望まれているのです。
実際、人材育成のため1on1ミーティングが浸透してきましたが、私たちFeelWorksの研修を受講する若手たちからはこんな声も聞きました。
「確かに、1on1の面談で親身に相談に乗ってくれる上司の姿勢はありがたいです。ただ、私はこの会社で積んだ経験を活かして、将来は転職してキャリアアップしたいと考えています。転職のことなど決まる前に話せないですし、何よりうちの会社しか知らない上司にキャリア相談しても、不毛だと思うんです」
「上司も先輩もとてもやさしい方ばかりで、職場の人間関係には何の不満もありません。歴史ある企業で、親も安心してくれています。ただ、この先10年、20年とこの会社で働いても専門性が身に付かないし、課長になっても転職市場では通用しないと思うんです。優秀な同期ほど辞めていきますし、SNSで友人の活躍ぶりを見ていると将来が不安になり、焦りばかりが募ります」
社会問題をビジネスで解決する株式会社ボーダレス・ジャパンは、次世代リーダーを育成する出向プログラム「HOPE」というユニークな施策をリリースしています。これは、イノベーションを起こせる次世代リーダー育成に力を入れる企業から、ボーダレス・ジャパンのグループ会社に出向者を受け入れ、スタートアップのソーシャルビジネスならではのエキサイティングな環境で、人を育てる試みです。
2007年創業から急成長を果たし、いまや世界10数ヶ国で事業を展開している同社には、一般の企業にはない実践的でハードな育成風土があるからです。2024年度は、京セラ、ふくおかフィナンシャルグループ、しずおかフィナンシャルグループからの人材を受け入れています。
会社からの指示・命令に従順に従う人材より、異質の価値観や発想、キャリア意識を持つ人材育成が重視され始めたとも言えるでしょう。当然、そうした多様な部下をマネジメントする上司の条件も変わるというわけです。
リーダーには、ヒューマン・スキル、コンセプチュアル・スキルが重視される
そもそも部下の立場でブレイヤーとして働くことと、上司になり部下を育て活かすことは、根本的に異なる職務です。
アメリカの経営学者ロバート・カッツが定義した「カッツ・モデル」によると、人の能力はテクニカル・スキル(業務遂行能力)、ヒューマン・スキル(対人関係能力)、コンセプチュアル・スキル(概念化能力)の3つに整理されます。管理職以上になってくると、プレイヤーに多く求められるテクニカル・スキルよりも、ヒューマン・スキルやコンセプチュアル・スキルの重要度が高まるとされます。自分が動いて仕事をするのではなく、人と組織を動かすことが仕事になるのです。
その、人と組織を動かす難度が高まっているのが現代です。Z世代をはじめとした多様な人材を育て活かす役割を最前線で担うのが、現場の上司だからです。当然、昭和から平成の時代に通用した、同質で画一的な人材を管理するマネジメントだけでは通用しなくなっています。
そこで多くの企業が、上司と部下による1on1ミーティングを導入するようになりました。また、管理職を対象にコーチング研修などを実施し、マネジメントのテクニック向上に取り組むことも一般化しています。
2006年に『上司力トレーニング』(ダイヤモンド社)を書いて以来、私は「上司力®」という言葉を定義し、それが現場で働く人たちを育て活かす鍵だと信じ、こだわり続けてきました。実績が評価されて「上司力®」は、FeelWorksの登録商標になっています。そのため、働く一人ひとりのキャリア支援の重視にも通ずる現在の潮流を、好ましく感じています。
20年近く開講し続けてきた「上司力®研修」の基本編では、受講する上司の皆さんに、多様な部下を大切に育て活かすために、上司としての「あり方(基本指針)」と「やり方(行動計画)」を定めてもらっています。また応用編として、若手や女性やベテラン層など対象部下を特定したプログラムや、傾聴面談や会議ファシリテーションなど、コミュニケーション・スキルを磨くプログラムも提供しています。さらに、それらの技術を人が育つ現場に実装するための、組織風土改革のサポートも手掛けてきました。
創業当初は、「上司に人材育成のための研修をして売り上げが上がるのか?」という声も多く、忸怩たる思いを抱くことも多かったものです。それがいまや、多くの企業が当然のごとく上司と部下のコミュニケーションを重視し、上司に1on1ミーティングやコーチングの技術を習得させて、人材育成や活躍支援に取り組み始めたことに、万感の思いがあります。
一方で、そうした好ましい変化にもかかわらず、社員のメンタル不調やパワハラ問題、早期離職傾向にも改善の兆しが見えないと悩む企業も多いのが実態。一体、何が不足しているのでしょうか。
部下の仕事をブルシット・ジョブからディーセント・ワークに変えよう
米国の文化人類学者、デヴィッド・グレーバーの著書『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』(岩波書店、2020)は、刺激的なタイトルが話題を呼びました。同書のブルシット・ジョブの定義は次の通りです。
「被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態である。とはいえ、その雇用条件の一環として、本人は、そうではないと取り繕わなければならないように感じている」
ブルシット・ジョブが注目されるのは、それだけ会社や上司から与えられている自分の仕事が「クソどうでもいい」と感じている人が少なくないからでしょう。会社には属していても仕事がない状態の「雇用保蔵者」は40 0万人以上で、10人に1人近くもいるという推計があるほどです。
つまり、いかに上司から面談されたとしても、与えられている仕事が「クソどうでもいい」と感じているままでは、社員のやる気もパフォーマンスも高まらないのです。上司には、部下一人ひとりに任せる仕事を、本人にとって意味や意義、働きがいを感じられるディーセント・ワーク(ILOが提唱)にシフトさせることが望まれるのです。
若手には、人生とキャリアが拓けていく希望を与えよう
やや遡りますが、2021年の流行語大賞に「親ガチャ」がノミネートされ、話題になりました。子は親を選べず、生まれた家庭環境や親の当たり外れで自分の人生が決まってしまうという状況を表現した言葉です。
同時期の2021年12月に日本経済新聞社と日経リサーチが共同で行ったオンライン調査によると、20代以下の3割が自分を親世代より幸せでないと感じているとのこと。60歳以上のシニア世代の同回答が約1割に止まっているのとは、対照的な結果です。
また、2021年にCCCマーケティング株式会社が、18~20歳の男女600人に行ったインターネット調査では、「今悩んでいること」を複数選択で聞いたところ、1位が「今後の未来のこと」(48.0%)、2位が「お金のこと」(47.2%)、3位が「仕事・就職のこと」(39.2%)との結果が報告されています(同社『若者のライフスタイルに関するアンケート調査』)。ここにも、将来不安の様子が現れています。近年、自分の将来に希望が持てず自暴自棄に陥り、周囲を巻き込む事件も目立ちます。
若者は時代を映す鏡です。いま切実に求められているのは、将来への不安を払拭し、自分の人生とキャリアが拓けていく希望が持てることだと思えてなりません。これを働く現場で考えるなら、上司のマネジメントの下で働くことで、自分の将来の夢やキャリアアップがかなう見通しが持てるということではないでしょうか。
リーダーが夢や希望を持ち、情熱的に働く姿に部下は感化される
心ある上司層は「部下を育てるために何ができるか」と考えがちです。「部下が話しやすい環境を整えよう」「1on1ミーティングやコーチングで部下の気持ちや思いをじっくり聴き、適切に励まし育てよう」など…。
こうした姿勢はもちろん大切です。しかし、同時に省みてほしいのは、上司自身が自分の今後のキャリアや人生に希望を持ち、情熱的に働けているかどうかです。「昔は良かった」などと過去に恋々とし、自分の経験や成果を懐古的に語っていないでしょうか。
また、いまの管理職としての立場や肩書きにこだわり、無意識のうちに自分のやり方を部下に押し付けていないか、振り返ってみてください。上司がいつまでも旧来型の仕事やマネジメントを続けている限り、多様な部下がのびのび創意工夫をして活躍できる機会は巡ってこないのです。
閉塞感漂う現代において上司に求められることは、社内の出世競争を意識して昇進したことに安堵するのではなく、むしろ自分の仕事やポジションはどんどん部下に委任もしくは移譲し、自らは新たな道を切り拓くことです。自分自身の未来にワクワクした希望を見出し、果敢にチャレンジする姿を部下たちに示すのです。
部課長や役員になることで満足するのではなく、その職位を通じてどのような仕事を成し遂げたいのか。人は権益を手にすると保守化することにも注意すべきです。すでに得た権益に恋々とせず、次のステージに挑むリーダーは清々しく魅力的です。
会社から求められる業績よりも、自分がチームとしてこれから成し遂げたい大きな仕事とは何か。課長や部長として、社内の業績のみならず、社外にどのようなソーシャルインパクトをつくりたいのか。人生の夢を目標に落とし込んだキャリアビジョンを持ち、熱く語れるようになりましょう。
Z世代育成の鍵は、労働時間が短く、休暇も取りやすく、厳しい指導もない「働きやすさ」ではありません。ホワイトすぎる「ぬるま湯企業」は、鍛錬できる「ワークハッピー企業」に変わらなければいけません。大切なのは、経営理念や組織のパーパス、ビジョンへの共感や、任された仕事に意味や意義を感じられる「働きがい」と、市場価値の高いプロフェッショナルへのキャリア形成につながる「成長実感」です。
組織のリーダー、上司が夢や希望を持ち、情熱的に働く姿を見せることで、自ずと若手の部下たちは啓発され、「働きがい」や「成長実感」を感じるキッカケになるのではないでしょうか。前向きなリーダーに感化されることで、部下たちも自分の成し遂げたい仕事やキャリアビジョンに思いを馳せるものです。
仕事は大変なことも多いけれど、だからこそ楽しい。マネジメントスキル向上の先にある未来を見据え、まず上司自らがワクワクしながら働くことを意識していきましょう。
※本稿は前川孝雄著『Z世代の早期離職は上司力で激減できる』(株式会社FeelWorks刊)より一部抜粋・編集したものです。
人を育て活かす「上司力®」提唱の第一人者。(株)リクルートで『リクナビ』『ケイコとマナブ』『就職ジャーナル』などの編集長を経て、2008年に (株)FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、研修事業と出版事業を営む。「上司力®研修」シリーズ、「ドラマで学ぶ『社会人のビジネスマインド』」、eラーニング「パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」、「50代からの働き方研修」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員サポーター、(一社)ウーマンエンパワー協会 理事等も兼職。30年以上、一貫して働く現場から求められる上司や経営のあり方を探求し続けており、人的資本経営、ダイバーシティマネジメント、リーダーシップ、キャリア支援に詳しい。連載や講演活動も多数。
著書は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks)、『部下を活かすマネジメント“新作法”』(労務行政)、『本物の「上司力」』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『ダイバーシティの教科書』(総合法令出版)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『一生働きたい職場のつくり方』(実業之日本社)、『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『50歳からの人生が変わる痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等約40冊。最新刊は『Z世代の早期離職は上司力で激減できる!「働きがい」と「成長実感」を高める3つのステップ』(FeelWorks、2024年4月1日)
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
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