ベンチャーやスタートアップといった中小規模の企業は、資金面に課題を抱える可能性が比較的高いといえます。そうした企業が、円滑に企業経営を継続していくためには、まとまった資金を調達する方法をいくつか持っておく必要があります。
大企業であれば、金融機関の融資などが不自由なく受けられるかもしれません。しかし、創業間もなく、実績もあまりない中小規模の企業では、成長ステージによっては資金調達方法が限定されてしまい、必要な時に十分な資金を得ることはできません。そこで注目したい方法が「私募債」です。
この記事では、私募債における概要や役割をはじめ、活用する上でのメリットとデメリット、私募債の変遷、ベンチャー企業の活用事情について解説していきます。
目次
私募債の活用方法
ベンチャー企業の資金調達手法として私募債を活用するためには、私募債自体の仕組みや種類、メリットやデメリットについて事前に把握しておくことが不可欠です。
以下では、私募債を活用する上で必要な概要について解説します。
私募債とは、証券会社や銀行等の金融機関を通じて、企業が資金を調達する方法の一つです。銀行借入による間接的な資金調達とは異なり、企業が発行する社債を、少数の投資家間で直接引き受けることを指します。一方、不特定多数の投資家を対象に発行することを「公募債」と言います。社債とは、企業が資金調達のために発行する有価証券の一つを指しており、金銭を企業に貸し付けたことを証明する借用証書のことです。
社債を発行した企業は、投資家に対して、あらかじめ定めた期間に定めた方法で利息を支払います。同時に、償還時点に元金を返済することを定めて販売することで、企業は資金調達を実施することができます。
そのため、販売した社債は、償還期間(満期)を迎えると、購入した投資家に対して、元金を一括で返還しなければなりません。利子についても、償還期間までに一定金額を定期的に支払う方法、または利息と元金を一括で支払う方法など多様な選択肢から選べます。
また私募債にも、投資家を限定せず募集対象者数を限定した私募債「少人数私募債」と、適格機関投資家のみを対象とした私募債「プロ私募債」に分類できます。少人数私募債は、発行対象人数を「少人数」(50人未満)で一定としなければならないため、譲渡制限を設けたり、発行規模が1億円以下である必要があったりなどクリアすべき条件があります。このような特性があることから、経営者の身内や知人、取引先が中心となってきます。
一方、公募債の場合、公開市場において50人以上の投資家向けで発行することが可能なため、大規模な資金を調達したい上場企業や大企業に適しています。
私募債を活用する5つのメリット
では、私募債を活用するメリットを見てみます。一般的な資金調達方法に挙げられる金融機関からの借入や、社債の一種である公募債と比較してみましょう。
1.資金調達コストが小さい
資金調達の実施にかかるコストが低いのが、大きなメリットです。私募債は公募債と比較して調達規模が小さく、監督機関や金融機関への申請や依頼といった工程を省くことができます。直接的な資金調達であるため、コストを削減できます。
また私募債は直接金融に含まれるため、償還期間や返済方法、利息の設定など、借りる企業側が任意で設定できます。さらに、財務状況が一定水準以上あれば、数年後に利息と元金を一括で返済するといった長期的観点に立った方法も取れるため、毎月の返済で資金を減らすといった心配をすることなく、安定的に資金を活用できます。
2.金融機関よりも借り入れしやすい
企業が資金調達時に利用する手法として一般的となっているのが、銀行など金融機関からの借り入れです。しかし、借り入れる場合に、事前に保証人の確保や担保の設定、審査が不可欠となっています。これに比べて私募債であれば、それらの手続きが不要なため、借り入れを行うより簡単に、またスムーズに資金を調達できます。
3.信用力の向上につながる
私募債は通常の金融機関からの融資とは異なり、社債を発行する際に金融機関や信用保証協会から、社債に対する保証を出してもらえる制度です。一定の財務水準を持つ優良企業が発行できる社債(信用保証協会保証付私募債)でもあります。
そのため、日々財務状況を審査している機関からの「お墨付き」がもらえるため、信用力向上だけでなく、財務内容の健全性を対外的にアピールする機会にもなるのです。また社債を発行したことは証券保管振替機構に記録され、誰でも検索、閲覧できるため、多くの場面で企業としての経営状態の良好さを告知する効果があるのです。
4.発行手続きが簡単
私募債であれば、公募債に比べて簡易的な手続きで発行できます。公募債は、より多額の社債を発行して、個人を含む幅広い投資家に向けて販売し、大規模な資金調達を実施できますが、法律によって厳格な規制が設けられていることに注意が必要です。
そのため、公募債を発行する際は、有価証券届出書や報告書の提出をはじめ、資金調達までに約1ヵ月程度の時間を有すること、発行後も社債管理者の設置、債権者の保護に努めるなどの社債管理委託契約を締結することが不可欠です。
一方、私募債であれば、それらの手続きを経ることなく発行できるため、早期に資金を調達したいベンチャー企業などにとって、都合の良い方法だと言えます。
5.貸す側・借りる側の双方が安心して契約できる
私募債は、個人間による貸し借りと比べて、契約や条件について一定のフォーマットに沿って資金を貸し借りできるため、双方が安心して取引できます。特に、ベンチャー企業などに出資する際、個人間の貸し借りでは単なる口約束や簡素な契約書に一筆入れるだけなど、法的効力の成立に不安が残るようなケースが多くみられます。
しかし、私募債であれば、「金銭貸借契約書」などの書類を作成したり、契約内容や形式上、どちらかにとって不利になるかを見極めたりといった負担も軽減されます。そのため、契約後に起こりがちなトラブルや問題を未然に防ぐことが可能です。
私募債の3つのデメリット
私募債による資金調達方法を検討する上で、借り入れやすさやコストの低減、発行までスケジュールなどメリットを列挙しましたが、その一方で私募にはデメリットもあります。以下では、私募債を発行することによるデメリットについて解説します。
1.スケジュールの変更ができない
資金調達に私募債を使うデメリットは、返済猶予の変更ができない点です。私募債を発行する時に財務状況が盤石だとしても、日々ビジネスを続けているうちに、企業経営にはさまざまなリスクが降りかかります。
仮に万が一「償還期日に返済が間に合わない」となった場合は、改めて私募債を発行して、次の償還期日にまとめて返済するプランが一般的とされています。ただし、償還できない場合、格付けや信用力は下がってしまいます。もし、暫定的な措置として、金融機関から手形貸付で償還分の資金を融資してもらう場合、非常に高金利になると考えられます。
2.財務状況が悪いと発行できない
公募債などと比較すると発行するコストや手続きが簡略化することができる私募債ですが、基本的な条件として、財務状況が悪いと発行自体が難しいことがデメリットとして挙げられます。私募債を発行する際には、純資産額や自己資本比率など企業の財務状況が厳しく審査され、基準に満たない場合は発行できません。
3.調達コストが高くつくことがある
私募債を発行する際に、銀行や信用保証協会などの金融機関を利用した場合、財務代理人手数料や登録手数料などの手数料や保証金が必要になります。また償還時には、債権者に対する利息の支払いも必要となるため、場合によっては融資や借り入れよりも高くつく場合があります。
私募債を発行する目的によっては、低金利で受けられる融資等の方が無駄な費用を払わず資金調達できる場合もあります。金利や将来的に支払う手数料などを含め、総合的な視点から方法を検討する必要があるでしょう。
2013年の税制改正は私募債の歴史的な分岐点
日本証券業協会によると、2019年5月末時点での社債の現存額は約65兆円と過去最高を更新しています。日本銀行の金融政策によって、金利が低水準で推移していることにも起因していますが、償還年数が長期化している傾向がある点も、社債の現存額や銘柄数が増えている要因と考えられています。
ここで、私募債の歴史的分岐点となった2013年の税制改正を境に、私募債の動向がどのように推移していったかを見ていきます。
私募債が本格的に資金調達の手段として注目を集めたのは、1980年代後半から1990年代初めにかけてのバブル期であると言われてきます。この時から既に、企業における発行ニーズが高く、発行する際の手続きやディスクロージャーが公募債よりも簡単であること、一方で厳格な適債基準を満たした企業のみが発行できる点が、知名度の向上につながっていきました。
また、社債市場全体の活性化と多様化を図るため、規制が撤廃されたことも背景にあります。それによりバブル期から1990年代は、中小企業でも私募債を発行する動きが活発化し、発行残高が急増しました。
2000年代に入ると、銀行間による受託競争の激化や保証協会付私募債の適債基準の引き下げに伴い発行ロットが小口化したことによって、裾野が中堅企業から中小企業にも広がるという変化が起こりました。
税制改正以後の私募債の動き
2013年の税制改正により、少人数私募債の利子が源泉分離課税から総合課税の対象となりました。2016年の1月1日以後に支払われる利子から取り扱いが変更されています。
それまでは、少人数私募債の利子所得には税率20%の源泉分離課税が適用されていました。ベンチャー企業や中小企業の社長や役員などが、最高税率が55%となる総合課税ではなく、同額を私募債の利子所得として支払いを受ける仕組みです。その税率分が節税になるという企業と投資家双方にとって、税制上有利になるスキームが可能となっていました。
しかし、2013年の税制改正を経て、これらの節税策を封じ込めるために、当該同族会社の役員などが社債利息による支払いを受ける場合は、これまでの分離課税(20%)を適用せず、他の所得と通算して総合課税の対象とすることとなったのです。これにより、少人数私募債を使った節税スキームの多くは役割が縮小し、私募債の償還が進んだと言われています。
ベンチャー企業における私募債活用事情
実際に私募債を活用しているベンチャー企業にとっての状況をまとめてみましょう。
・ベンチャーにとっての私募債活用の意義
現在のベンチャー企業が実施する資金調達方法として、私募債の活用は減少傾向にあります。背景にあるのは、資金調達の手法という用途に限った場合、私募債を選択することにリスクが伴うことが要因として挙げられます。
近年のベンチャー企業は、IT活用の広がりやタイム・ツー・マーケットの短縮化によって、急速なサービスの拡大や普及が求められています。そのため課題が資金調達だけではなくなってきています。ベンチャー企業を支援する立場から見た場合、これまでの資金調達だけでなく、付随する調達方法の多角化支援、アドバイザリー業務、各投資家との良好な関係構築など、支援策の方向性が多様化してきています。
従来の私募債は、あくまでも金融機関などから受ける融資や借入、公募と比較した際に、発行までのフローが簡潔かつスムーズであるという点をメリットとして挙げられていました。昨今のベンチャー企業は、資金調達といってもVC(ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家による融資(Debt)や出資(Equity)、ファクタリングなど多様化している傾向にあるため、ファイナンスの選択肢も増加傾向にあります。
そのため、償還期間の目安が3〜6年程度であり、償還時にリスクが伴う私募債は、ベンチャー企業のビジネスモデルや規模に応じて、選択肢の一つとして活用されています。
実際に私募債を活用した企業の取り組み
実際に、私募債を資金調達の一環として活用した企業の取り組みについて紹介していきます。
各種機械部品の製造を行うA社
バブル崩壊や金融危機、グローバル化などの経済情勢によって、売り上げの低下に見舞われていたA社。ニーズの多様化に伴い、事業の再構築(リストラクチャリング)を余儀なくされ、財務体質が低下していることが経営課題として挙げられていました。
以前は、銀行からの短期的融資や手形の割引で対応していましたが、安定的な資金調達を基盤とした経営戦略の立案のために、少人数私募債を発行しました。その結果、従来の方法から長期固定の社債へと移行でき、結果として本業を実行するためのコアコンピタンスを生かせるような仕組みを構築できたのです。煩雑な財務作業から解放された結果、少人数私募債発行時の事業計画の目標売上高を前倒しして達成することに成功。目標を達成したことにより、知名度の向上や銀行からの評価が高まり、借入金利やファクタリングレートが、以前と比較して有利な水準へと改善されるなどの効果を得ています。
製造と企画開発を請け負うB社
コア事業の成長性をターゲットにしていながら、本業だけでは十分な利益が確保できず、金融機関から思うような資金調達ができずに悩んでいたB社。成長性が高い反面、当面の運転資金の確保や、システム開発投資の資金が必要になるため、メインバンクからのベンチャー企業への出資のほかに、商工会議所を通じて少人数私募債を発行し、合わせて数千万円の資金調達に成功しました。
結果的に、2本柱での長期資金の確保と資金繰りから解放されることで、本業へ注力できるようになりました。また、資金調達の成功事例としてさまざまな広告媒体に掲載され、B社の企業価値をさらに高めることにつながりました。
今後は、現行の資金調達だけでなく、ベンチャーキャピタルからの新たな出資を受ける計画を立案し、ビジネスを有利に行うための人材投資を積極的に実施することにフォーカスしています。
私募債は資金調達の身近なやり方の1つ
この記事では、資金調達の手法の一種である私募債について解説しました。私募債は、財務状況に課題を抱える企業が、簡略的かつ早期に資金調達し、さらに知名度を向上できる手法として注目を集めました。
特に、2000年代に入ると、中堅だけでなく中小企業やベンチャー企業まで裾野が広がり、より安定した資金調達手段として、金融機関からの借入や公募債より手軽な方法として、多くの経営者が資金調達の選択肢の1つとして認識していました。
しかし、ここにきて少し状況が変わってきています。金融機関や政府機関からの融資だけでなく、ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家からの出資、クラウドファンディングによる資金援助など、ベンチャー企業が資金調達する方法は多様化してきています。私募債の存在意義が、以前より薄れつつあることも事実と言えそうです。