目次
- 家族で取り組んだ福祉事業 入居者に笑顔をもたらす人気のドッグセラピー
- 介護度改善に結びつく介護 ドッグセラピー、レクリエーション、外出支援、地域との交流の楽しさからいつの間にか体が動いている
- 機能回復に結びつくもうひとつの介護 やりすぎない介護、口腔体操、規則で縛らず利用者の自由な喜怒哀楽発現
- 海外からの実習生受け入れがきっかけで有給休暇の取得が見直された 取得率も上がり職場環境に良い影響を与え、職員定着にも
- 介護人材の確保と育成のため「よこはま介護アカデミー」の立ち上げ 地域の人々の見学と研鑽(けんさん)の場になり、職員のモチベーションアップも
- 見守りセンサーの導入で客観的な睡眠データが取得でき、医師と相談して適切なケアができ、睡眠の質向上につながった
- 「団塊の世代」利用をにらんだ小規模多機能型居宅介護施設を開設 時間制約なし、風呂や食事のみの利用可、大勢のレクリエーションもなし これも「開かれた介護」
- 認知症の人が歩きやすい町へ、で始まった「RUN伴(ランとも)」に参加 社会とのつながりを感じながら2キロを歩く
神奈川県横浜市瀬谷は、2027年国際園芸博(グリーンエキスポ)の開催地でもあり、もともと市民の森などの緑が点在するイメージだが、社会福祉法人愛成会の特別養護老人ホーム愛成苑もまた、外壁を植物で緑化した建物が印象的だ。この地で介護に取り組もうと決意した際、「愛生相和」の理念を掲げた創設者の平本敏初代理事長が、2009年に理念に沿った施設をオープンした。「愛生相和」とは「生きとし生けるものすべてが互いに愛し合い、助け合い、支え合って和をなすこと」。つまりは「ありがとうございます」「お互いさまです」の精神だそうで、自然との調和をめざした運営が「かながわベスト介護セレクト20」、「よこはまグッドバランス賞」受賞につながり、介護の世界に新鮮な風を吹き込む。創設者の息子の平本秀真副施設長に話を伺った。(TOP写真:週に1、2回開催される犬とのふれあい「ドッグセラピー」)
家族で取り組んだ福祉事業 入居者に笑顔をもたらす人気のドッグセラピー
2005年当時県議をしていた平本理事長から「福祉施設を始めたい」と相談を受けた平本副施設長は、薬剤師として調剤薬局で働いていたという。団塊世代が75歳以上の後期高齢者となる「2025年問題」が取り沙汰されるようになったのを受け、ならば自分が取り組まねば、という使命感から考えたのだという。「父(平本理事長)は、いつか地域のためになることをしたいと思っていたようです」と平本副施設長は父の意気に「それならば自分も」とすぐに賛同し、薬局の仕事の傍らホームヘルパーの資格を取るなどして準備して加わり、愛成苑は2009年に開所した。その後、専門的な知識の必要性を感じて2013年にケアマネージャーも取得した。
それまで家族の一員だったラブラドール犬も、「理念にぴったり」とドッグセラピーとして活動に加わることになり、現在では三代目。「犬を飼っていて癒やされていた経験が大きかったかもしれません」。家族のみならず他人とも触れ合うことになった犬は「警察犬としての訓練を受けていますので、入居者にけがをさせる心配もありません」。犬自身も走った際に滑って転んだりしないよう、中庭にウッドデッキが設けられた。現在のところ週1〜2回行われるドッグセラピーは、希望者が参加でき、投げたボールをセラピー犬が素早くキャッチして手元に届けてくれるなど、動物との触れ合いが親しめる。自宅で犬を飼っていた人に好評なだけでなく、はじめて犬となじんでにっこりする人もいるとのこと。災害救助犬としての訓練も受けているので、いざという時の心身の支えにもなってくれそうだ。
介護度改善に結びつく介護 ドッグセラピー、レクリエーション、外出支援、地域との交流の楽しさからいつの間にか体が動いている
愛成苑は、職員総勢83人の布陣で、100床のベッド(10床の個室が1ユニットで、10ユニット)のユニット型の特養だ。「かながわベスト介護セレクト20」受賞および優良介護サービス事業所「かながわ認証」取得、また「よこはまグッドバランス賞」受賞につながったのは、どんな取り組みだろうか。
約一割の介護度の改善(要介護5→4(5名)要介護4→3(5名) 入居者90名中10名の介護度が改善)については、ドッグセラピーをはじめとするレクリエーション、外出支援、地域との交流などを楽しんでいると、いつの間にか自然と体が動いてしまうことがあるのだそうだ。それらが介護度改善につながっているのかもしれない。
そして何より社会とのつながりの大切さを痛感した出来事があるそうだ。「バスの遠足もいいですが、電車に乗って江ノ島に出かけた時、電車に乗る、ということをイベントとしてとても楽しみにしてくださっていました」。入居者と職員の間でも、以前は木造の駅だったこと、改札で切符を切ってもらった時代のことなど話が尽きなかったそうだ……もちろん、鉄道会社に連絡してスロープを準備して協力してもらうなど事前の入念な準備も怠りない。入居者が「施設に入居するということは、もう電車に乗ることはないのかな」と諦めていたことを平本副施設長は知り、入居者やその家族も含めて喜ばれたばかりでなく、外に出ることの大切さを知る機会になったという。
機能回復に結びつくもうひとつの介護 やりすぎない介護、口腔体操、規則で縛らず利用者の自由な喜怒哀楽発現
機能の維持や回復には、やってあげすぎないことも大切。何かがうまくいかないからといって、家族や介護者が親切だと思ってできることまで手伝ってしまうと、機能を失ってしまうことがあるそうだ。たとえ失敗したとしても続けているうちに(もちろん尊厳を守った上で)機能が回復することもある。食べ物や飲み物をこぼしたり、時間がかかることを気にせず、なるべく手伝いはせずに本人に任せていたら、一人で食事ができるようになった例もあるのだという。家族や職員にとっては、見守るより手伝ってしまった方が楽かもしれないが、入居者にとって機能回復につながることを選択していく。「それが介護のプロの世界です」と平本副施設長は語る。
ほかには、管理栄養士二人体制とし、腸内フローラを整えることにも取り組んでいる。令和6年度の介護報酬改定で、リハビリテーション、口腔、栄養の三つの連携が大切になったためだ。たとえば甜菜(てんさい)糖を食事やおやつに適量加えることで便秘薬の使用が減り、自然排便を促すようになるなど効果を感じている。
日本栄養士会が提案する8月4日の「栄養の日」には、愛成苑でも「栄養の日」のイベント参加の申込をした。同イベントの協賛で腸内環境を整えるキウイフルーツを試食して、苑で口腔体操などを実施したり、平本副施設長もウクレレを披露したそうだ。歯や口腔の健康は、なるべく長く経口で食事をしていくのにとても大切なので、その啓蒙も兼ねている。実際に胃ろうを造設した後、経口での食事に戻るためには、スルメをかむ訓練から始めたりもするのだそうだ。
また、愛成苑では、入居者が喜怒哀楽など感情を出せるように、禁止事項を減らし自分の家として過ごしてもらえるように努めている。自宅でできたことはなるべく同じにできるようにと、酒やタバコも否定しない開かれた施設をめざしている。
こうした介護度改善や食べる喜びを引き出す試みが県に評価された。その時の奨励金の活用について、職員にアンケートをとって希望を聞き、腰痛予防の観点から腰への負担を少なくするリフトを導入した。ほかにもイベント時に着るおそろいのTシャツを作ったりし、職場全体に良い循環が生まれている。
海外からの実習生受け入れがきっかけで有給休暇の取得が見直された 取得率も上がり職場環境に良い影響を与え、職員定着にも
加えて国籍、性別、職種問わず、やりがいのある、そして気兼ねのない職場づくりも県に評価された。「コロナ禍による行動制限のあった時にも、実習生の受け入れは続けていました」。愛成苑では、ベトナムからの実習生、EPA介護福祉士候補者を2016年から毎年2名ずつ受け入れている。施設の職員全体で生活支援を行うなど応援した。日本語は話せるが、よりよいコミュニケーションを取るための日本語を指導してもらうためのボランティアを探したりした。結果、実習生たちは介護福祉士の資格試験を一度でパス。
そんな勤勉な実習生たちが里帰りで一時帰国する際、長めの休暇を申請するようになった。それをきっかけに、ほかの職員たちも取りたい時に必要な休暇を取るようになっていった。有給休暇の取得率が上がり(70〜80%)、ワークライフバランスがよくなることで、職員定着にもつながっていったという。
「今年の8月から給与明細も電子化してペーパーレスになったところです。電子化したおかげで、有給休暇の残日数も自分の端末で確認できるようになりました。また、明細書の印刷作業の手間や渡し忘れなどの人為的ミスの心配がいらなくなり、事務方と現場、双方の職員が助かりそうです」と平本副施設長は語った。
介護人材の確保と育成のため「よこはま介護アカデミー」の立ち上げ 地域の人々の見学と研鑽(けんさん)の場になり、職員のモチベーションアップも
介護人材が足りない、とただ言っているだけではいけない。平本副施設長はそう考え、愛成会を含めた瀬谷区と泉区の8事業所でまとまり、家族の介護や介護の仕事に活かせる知識や技術を身に付けることができる「よこはま介護アカデミー」として活動を始めることにした。職場環境の改善もあって、職員たちも地域の課題解決に従来以上に積極的に取り組めるようになった。講座は自分たちで担当して講師となり、つくっている。具体的な活動としては、地域の人々に介護について周知し、理解を深めてもらうため、年に一度、愛成苑で初任者研修を開催している。参加者の中には、家族のために介護を学んで資格を取り、やがて愛成会に入職した例もあるそうだ。
「もっと介護について知ってもらわなくてはいけない」という平本副施設長の元には、若い世代もやってくる。「今年は久しぶりに、保育園から専門学校、大学まで、地域の児童や生徒、学生が職場見学やインターンシップなどでやってきます。この地域では、中学生のインターンシップもあるのです」と平本副施設長は語る。中学生も、入居者と触れ合ったり、食器を洗ったり清掃を手伝ったりするのだという。受け入れる職員側も、自分が先生となって若い世代を迎えることになる。それが刺激にもなりモチベーションの維持やアップにもつながってきた。「地域との開かれたつながりは大切です」。改めて平本副施設長は繰り返した。
見守りセンサーの導入で客観的な睡眠データが取得でき、医師と相談して適切なケアができ、睡眠の質向上につながった
見守りセンサーを先行して導入している他施設での評判を聞き、愛成苑では2020年から助成金を使いながら少しずつ導入し、買い足していった。入居者の睡眠状態から健康把握をし、職員の排泄介助の必要な夜勤時の見回りにも役立てている。一口に不眠といっても、寝つきが悪いこともあれば、夜中に目が覚めてしまうこともある。これまで本人の主訴だけだと、原因がわからず本当の睡眠状態がつかみきれないこともあった。見守りセンサーの客観的な睡眠データを見ると、何が起きているのかがわかるので、医師と相談して適切なケアができるようになり、睡眠の質向上につながった。
見守りセンサーを導入してよかったのは、現在の入居者・職員双方はもちろん、これからの入居者・職員にとっても施設選択の指標にもなることだ。「これから介護を志す人がどこで働きたいか検討する時に、見守りセンサーの存在は大きいと思います」。平本さんは見守りセンサーを職員補強の力としても捉えている。
「団塊の世代」利用をにらんだ小規模多機能型居宅介護施設を開設 時間制約なし、風呂や食事のみの利用可、大勢のレクリエーションもなし これも「開かれた介護」
愛成会では、特養以外にも小規模多機能型居宅介護施設を県内に3ヶ所(うち1ヶ所はグループホームも運営)開設している。小規模多機能型は、要支援1から要介護5までの方がデイサービスやショートステイ、訪問介護を組み合わせて利用できる施設だ。時間の制約がなく、風呂だけ、食事だけといった短時間利用もでき、自宅の「離れ」としての役割も期待されているという。そのため、これまで大勢でのレクリエーションが苦手で敬遠していた男性の利用者が増えてきたという。また、共働きが増えて以前とは働き方が変わってきたことに対応し、家族が仕事の行き帰りに利用者を預けたり、引き取ったり、ということもできるようになるなど、時代に即した柔軟な対応が用意されている。
認知症の人が歩きやすい町へ、で始まった「RUN伴(ランとも)」に参加 社会とのつながりを感じながら2キロを歩く
ほかにも開かれたつながりをつくろうと取り組んでいることがある。高齢者の中でも、認知症になると、外出の機会が極端に減ってしまう。ならば認知症の人が歩きやすい町をつくろうと始まったNPO法人が主催するイベント「RUN伴(ランとも)」にも愛成会は参加している。「すべてのイベントを自分たちで全部つくることは難しいですが、目的に適ったものを探して参加することはできますから」
愛成会からほど近い海軍道路、瀬谷駅までの2キロを、車椅子の入居者と一緒に家族や職員が歩く。最高齢104歳の入居者も一緒に風に吹かれる。通り沿いの地域の企業事務所や農協などに、休憩場所の提供や手旗を振ってもらうなど協力をお願いする。ゴールテープは近隣の瀬谷小学校から借りるなど、まさに地域の手づくりイベントだ。
これからも、愛生相和すなわち「ありがとうございます」「お互いさまです」の精神で地域に向けて開き、地域を巻き込んで進んでいく。
企業概要
法人名 | 社会福祉法人愛成会 |
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住所 | 神奈川県横浜市瀬谷区瀬谷町4131-16 |
HP | http://www.aiseienn.jp/ |
電話 | 045-300-0881 |
設立 | 2009年9月 |
従業員数 | 158人 |
事業内容 | 特別養護老人ホーム、グループホーム、小規模多機能型居宅介護 |