当社において海外支援室を立ち上げて約2年が経過した。この間、国内外の経済環境は想定をはるかに超える速度で変化している。「グローバリゼーション」が唱えられて久しいが、M&Aを通じて今ほどこの言葉を体感したことは無い。この潮流は、以降もさらに加速していくものと考える。
アジアで急増する日本企業のM&A
M&Aを活用して戦略的に海外へ進出する、あるいは海外から撤退する日本企業が急増している。当社においても、2010年頃よりアジアに子会社を持つ日本企業の再編を中心に海外案件が増加している(表参照)。
売手は比較的早期に海外進出を果たした先行組で、人件費高騰等により撤退を決断した企業であり、買手は上場企業・中堅優良企業を中心とし、先行組の既存拠点に新たな付加価値を見出す、というケースが多い。この潮流はASEAN地域において顕著で、日本経済新聞の調査によれば、上場企業の約9割が経営戦略としてM&Aを活用したいと考えており、そのうち約5割がASEAN地域への進出ニーズを持っているとされる。
企業がM&Aを活用してASEAN地域へ進出する理由は以下2点に集約される。
①国内市場縮小への対策として、新しいマーケット創出(約6億人の市場)が見込まれるASEAN市場へ進出したい。
②労働集約型産業の場合、より低廉な人件費を求めるだけではなく、製造拠点の分散、あるいは進出地域の潜在的成長力を取りこみたい。
一方、日本企業のアジア諸国(東アジア、ASEAN)の拠点撤退、移転の場合は、以下の4点が理由に挙げられる。
①製造業の場合、人件費の高騰により、当初の目論見通りの利益を獲得できなくなった。
②将来のカントリーリスク悪化を予測し早期撤退を決断(主に中国のケース)。
③清算よりもM&Aによる撤退が比較的容易である。
④海外子会社が大きくなりすぎ、マネージメント能力の限界を感じたり、海外で成功したが、後継者不在で次のライフワークを考えたりしているオーナー企業が増えている。
当社の事例においては、政治的緊張の高まり、人件費の高騰などを理由として、中国からの緩やかな撤退と同時にASEAN地域への進出のケースが多く見られる。JETROによれば、2013年の日本からASEAN地域への投資額は、前年比2.2倍、金額でも2兆3619億円と過去最高額を記録している。また2013年の日本からASEAN地域へのM&Aの件数は82件と、リーマンショック後(2009年)の40件から倍増している。
ASEAN地域への直接投資は、製造業だけでなく、金融、卸、小売、物流、その他サービス業で増加しており、進出形態は多様化(M&A、JV、複数企業からの出資など)している。
海外戦略におけるM&Aのメリット
M&Aによる海外進出を検討する場合、フィージビリティスタディ後、独力での進出と比較し下記メリットが想定される。
①時間の短縮化(既存の工場、熟練した社員、取引先をすぐに活用できる)。
②許認可業種では、ライセンス等をそのまま利用できる(海外ではライセンス取得に時間がかかるケースが多い)。
③現地財閥と日本企業のJVのケースでは、当該現地財閥との関係をそのまま保持できる。
当社はこれまで、主に日本企業の海外子会社を他の日本企業に譲渡するスキームで仲介している。このケースでは、法務・財務・税務のプレ・デューデリジェンス(予備監査)をしっかり行えば、日本企業間のM&Aと変わらないので、海外絡みの案件としてはあまり難易度は高くならない。一方、日本企業の株式持分ではなく、現地企業の株式持分を買収対象とする場合、歴史・文化・言語が異なる点以外に以下の理由で商談の難易度は格段に高くなる。
①希望売却価格が理論的価値より高い
②各国の投資規制により、過半数の持分を獲得できる案件が稀少
③意思決定者へのアクセスの難しさ
④決算書の信頼性、法務面の脆弱さ
⑤贈収賄などのコンプライアンス・リスク
⑥政情不安などのカントリーリスク
⑦PMIの難しさ
上記以外に、現地オーナーの譲渡理由(投資受入れ理由)がそもそも日本企業のとは異なる点も見逃せない。例えば投資をしてくれれば10倍にして返すとか、銀行から借入すると金利が高いからとか、実際は経営難で資金を別の用途に利用したいなど、本当の譲渡理由が見えないケースには注意を要する。
M&Aは海外進出、撤退において有効な手段となりうる。一方で、海外諸国の法務面、税務面、商習慣などを細密に調査することが必要となる。財務諸表に不備がある企業が多いことから、企業単体への法務・会計監査も当然重要だ。そのため、案件の出所をチェックし、信頼できるフィナンシャル・アドバイザーの案件を検討することが何より重要である。
安丸良広(海外支援室長 株式会社日本M&Aセンター)