人望がない人物ならともかく、ほとんどの社長は孤独感にさいなまれていると言われても、なかなかピンとこないかもしれない。だが、自己目標管理やベンチマーキング、コアコンピタンス戦略などといった手法を次々と考案し、「マネジメントの父」と称されるピーター・F・ドラッカー氏も、次のような言葉を残している。
「決断の場面においては、トップは常に孤独である」
たとえ右腕となる有能な部下を抱えている社長であっても、孤独に陥ってしまうのはなぜなのか。そして、孤独から脱するために何をすべきなのか。今回は、社長が孤独に陥る要因と解消法について考えてみたい。
目次
孤独の要因1:ワンマン経営でなくても、最終決断は自分一人に委ねられる
忠誠心に違いはあったとしても、数多くの社員に囲まれ、公私ともに交友関係も幅広いというのが一般的な社長のイメージであろう。だが、それでも孤独感を抱くことが多いのはなぜなのだろうか。
その理由の一つとしては、企業が何らかの意思決定を行う際において、常に社長が最終プロセスを任されることが挙げられよう。重要なものから些細なものまで、あらゆる意思決定に関して最後の決断を下すのは社長である。
そして、決定を下した責任を負うのも社長となる。分析や検証が甘いなど、不適切な決定に至った原因が部下にあったとしても、最後にゴーサインを出してしまったのは社長であり、その責任から逃れることはできない。
優秀な側近に恵まれていたとしても、あくまで彼らが行うのは進言にすぎない。最後にイエスかノーの答えを出すのは、必ず社長なのだ。
突き詰めれば、組織として「意思決定を行うこと」と、「決定の責任を取ること」が社長の仕事とさえいえるだろう。無論、それが重大な決定であれば、会社や社員の将来にも影響を及ぼす可能性がある。
それだけに、意思決定の連続は精神的にもかなりのプレッシャーを与え、相応のエネルギーも消耗される。それでも、会社の事業を拡大させるような“攻め”に関する決定であれば、その判断によって得られる達成感はひとしおとなろう。
だが、たとえ妥当な判断だったとしても、事業の縮小や不採算部門からの撤退、大幅な人員削減といった“敗戦処理”に関する決定は、まさしく「苦渋の選択」となってくるものだ。社内から不満の声が漏れ聞こえてくるだろうし、社外からも社長の手腕を疑われかねない。
孤独の要因2:部下に全幅の信頼を寄せると裏切られる恐れがある
社長が孤独である二つ目の理由としては、部下のことを信用することが基本となるものの、完全に信頼するのは禁物だという、ある種のジレンマに陥っていることが考えられよう。実は、信用と信頼という言葉は似て非なるものだ。
信用とは、それまでの行為や実績などから、信頼できると判断すること。過去の結果(行為や実績)を判断基準として、客観的に相手を信頼するという意味合いである。
これに対し、頼りになると信じることが信頼だ。過去の結果という客観的な判断材料がある信用と比べれば、信頼のほうはかなり主観的だといえよう。
言い換えれば、主観だけに基づく信頼のほうが危ういとも受け止められるのだ。会社という組織の中で考えてみれば、より明確な違いが浮き彫りになってくる。
部下のことを信用(過去の行為や実績をもとに信頼)しなければ組織が機能しないが、だからといって全幅の信頼を寄せる(無条件で頼りになると信じ切る)と、期待を裏切る結果がもたらされるかもしれないのだ。社員たちのことを信頼したいが、客観的にクールな目で見定めることも求められているわけで、そういった点でも社長は孤独な立場に置かれやすい。
また、雇用者と被雇用者という正反対の関係も孤独感をもたらす一因となっているだろう。当然ながら、本音というものは当人しか知りえないものだ。大半の社長は多かれ少なかれ、「自分を雇っている人間に、仕事のことで本音を包み隠さず打ち明けるのは難しいはずだ」という先入観を抱きがちだろう。
その結果、社員の口から自分のことを肯定するような発言が出たとしても、「どこまでが本音なの?」という疑心暗鬼が無意識のうちに芽生える。こうして、雇用者と被雇用者の間には決して埋まることのない溝が存在し続け、社長の孤独感にもつながっていく。
孤独の要因3:腹を割って相談できる相手がいない
今後の事業展開、設備投資などの判断、資金繰りに人材の確保、社内の人間関係など、社長が考えるべきことは多岐にわたっており、それだけ多くの悩みを抱えているものだ。事業展開や投資の判断については腹心に相談できそうだが、かといって立場上は容易に弱音を吐けず、心底から助言を請うような関係は構築しづらい。
日頃から親交の深い経営者仲間であっても、同業であれば互いに腹を探り合っている部分もあるだろうし、「実はどうしたらいいかわからなくて困っている」と本音を打ち明けるのは難しい。ビジネス面で競合していなかったとしても、プライドもあって弱みをあまり見せたくないというのが“経営者心理”ではないだろうか。
もちろん、とにかく相談すれば、すべての悩みは解決するというものではない。しかしながら、ここで重要なのは、「誰かに自分の胸の内を打ち明ける」という行為である。
他者に相談する(説明する)という行動を取ることで、自分の悩みを客観的に捉えられるからだ。結果として脳内が客観的事実で整理され、自分の中であれこれ悩んでいるうちは見つけられなかった解決策にたどり着く可能性も高まってくる。
このように、相談するという行為は有効に作用しがちだが、先述したように多くの社長にはその相手がいない。業績や財務の状況を把握し、守秘義務で口も堅い顧問税理士に打ち明ける社長も少なくないが、彼ら専門領域は税制であり、決して経営のプロではない。
深刻な課題については経営コンサルタントの知恵を借りるのが無難だろうが、相応のコストがかかるのも現実だ。そこまで大きな問題でない場合は、自らの胸の内に抱え込んだまま、悩み続けることになりかねない。
結局、大半の社長は相談事に関して、ほとんど“孤立無援”である。
経営者は孤独のままでいいのか?
「社長に孤独はつきもの」であれば、それを宿命として素直に受け入れればいいのだろうか。それとも、いかにして孤独からうまく逃げ出すことこそ、経営者に求められている力量なのだろうか。
そもそも孤独とは、心を通い合わせる人がいなくて寂しいことを意味している。つまり、誰にも頼ることができず、精神的に隔絶されている状態である。
もっとも、『孤独のグルメ』(久住昌之 原作、谷口ジロー 作画、扶桑社)などといった漫画やドラマが人気を博しているように、なぜか日本では「自分だけが満足できる世界を満喫する」ということまで、その言葉の枠に収めがちである。端的に言えば、孤独という言葉を乱暴にポジティブ化しているのだ。
かのスティーブ・ジョブズ氏がヨガや瞑想の世界に興味を抱いたのは、「一人になる(自分と向き合って“内なる声”に耳を澄ます)」という行為の一環である。おそらく、多くの人たちはそれを曲解し、「孤独は善」と捉えているのかと思われる。
だが、ここまで見てきたように、社長自らが強く求めて孤独になっているのはレアケースだろう。にもかかわらず、結果的に疎外感を抱いてしまうのは、精神的にマイナスであることは素人でも容易に想像できるだろう。
実際に、世界の多くの国々では「孤独=現代の伝染病」と認識され、適切な対応が必要視されている。その象徴として、2018年1月には英国で「孤独担当大臣」というポストが新設された。
ならば、社長にとって孤独は、精神面や肉体面にどれほどの脅威を秘めているのだろうか。まだ長い時間や膨大なデータを費やしたものではないとはいえ、タバコやアルコール、肥満、運動不足などに匹敵する弊害があるとの研究結果も出ている。
手短に言えば、孤独に甘んじるのは極めて不摂生な行為なのである。
孤独を払拭するうえでコーチングは有効か?
具体的に、社長はどうやって孤独から逃れればいいのだろうか。その方策の一つとして考えられるのがコーチングを受けることだろう。
コーチングのプロフェッショナルと対話を重ねながら、自分自身がめざしている(あるいは改善したい)ことやそのための課題などを整理しよう。そして、課題を果たすための手順を明確にして、着実に実行していくのだ。コーチングはスポーツ界に限ったものではなく、相手の成長を促し、潜在能力を開花させるように導くことを意味している。
もともとコーチは、中世ヨーロッパにおいて馬車のことを意味していた。ハンガリーの首都・ブダペストの近郊にあるKocs(コチ)という街で、世界初のサスペンション付き4輪馬車が製造されたのがその由来だ。
その頃の馬車は貴重な存在で、貴族の移動や貴重品などの運搬だけに使用が限定されていた。こうしたことから、やがてコチ(コーチ)という言葉は「大事な人や物を目的地に運ぶ→目的をかなえるために導き、指導する」という意味を持つようになっていった。
コーチは相談者と対面でコミュニケーションを交わすカウンセラーではなく、同じ方向を向いて寄り添うポジションに位置している。つまり、側であなたを支えながら目標の達成や課題の解決へと導いてくれる存在となるわけで、孤独感の解消に結びつくことが大いに期待されよう。
具体的に用いている手法は個々に大なり小なり異なっているだろうが、コーチの役割の一つは相談者の脳内を整理してあげることだ。対話を重ねながら、相談者がどのようなことを求めているのか、その障害となっているのはどういったことなのかについてヒアリングし、それらを紙の上に書き出していく。
そうやって可視化するだけでも、相談者の脳内はずいぶんと整理されてくるものだ。そして、目標の達成や課題の解決のために目の前でやるべきことをコーチとともに考えていくことで、着実に前進を図っていく。
優れた経営者は、無意識のうちにセルフコーチングを行っている
実は、優れたリーダーは部下のみならず自分自身の導き方も巧みで、無意識のうちにコーチングのメソッドを用いている。どのようなビジョン(課題)を達成(解決)したいのかについて自分自身に問いかけ、それをクリアするために行動しているのか否かを日々セルフチェックする。
この自問自答を繰り返していくことで、目標到達や課題解決を現実のものとするとともに、自らを孤独感から開放しているわけだ。つまり、セルフコーチングを行っているのである。
その実践者として筆頭に挙げられるのは、先ほども挙げたアップル創業者のジョブズ氏だろう。彼は17歳の頃から毎朝、鏡に映った自分に問いかけて、自分が求めていることと目の前の現実とのギャップを認識し、必要に応じて行動を改めていった。
そういった繰り返しが彼の偉業へと結びついたといえるだろう。より高い効果を求めるなら専門家からレクチャーを受けるのが賢明だが、セルフコーチングの大まかな手順自体はさほど難しいものではない。
出発点となるのは、ゴールセッティングである。ゴールとは、企業の経営計画でいえば中長期の目標である。ここでは、あえて、たやすくは達成できないゴールを設定することが重要なポイントだ。ビジネスを拡大するうえでの目標はもちろん、会社を経営していくうえでの悩みでも構わない。
そして、目標を達成したらどのような結果が待っているのかについて、その光景をより具体的にイメージする。スポーツ界においてトップアスリートたちが実践しているイメージトレーニングのようなものだ。
高い目標を掲げるほど、当然ながら現状とのギャップは大きくなる。そこで、ゴールに到達するためには中期的、短期的にどういったハードルを飛び越えていく必要があるのかを逆算していく。
言い換えれば、ゴールから逆算していくことによって、目先で飛び越えるべきハードル(課題)が明確化されていくわけである。その後はPDCA(計画→行動→評価→改善)サイクルを日々回転させ、着実にゴールをめざす。
肝心なのは、ジョブズ氏のように自分への問いかけを日課とすることだ。それを怠ると、目標と現状とのギャップは一向に埋まらず、自分自身をゴールへと導くことができないし、挫折感を味わうハメにもなる。
孤独はリーダーの“職業病”だが、少しでも早く決別を!
当記事を読んでいるあなたも孤独を感じていたとしたら、リーダーにとってそれは“職業病”のようなものであることを理解してもらえたことだろう。ただし、だからといってそのまま何の手も打たないのでは、先述したようにさまざまな弊害がもたらされる恐れも出てくる。
孤独なのはあなただけではないが、スティーブ・ジョブズ氏のように優秀なリーダーは孤独から解き放たれる術を会得し、きちんとそれを実践している。そちらの側に回ったほうが精神的にもグッと楽になるし、視界に入る景色も変わってくるはずだ。
もちろん、生まれながらにセルフコントロールが上手な人もいれば、逆に苦手な人もいるだろう。自分なりにセルフコーチングを試みて、それでもなかなか現状を打破できないという人は、プロのコーチに相談を持ちかけるのも一考だ。
孤独感から抜け出せないまま、同じ場所にとどまってあれこれ悩み続けているのは明らかに時間のムダであるし、あなたのメンタルを弱らせてエネルギーを奪っていくことになる。一刻も早く孤独と決別し、さらに高みをめざしていきたいものだ。
文・大西洋平(ジャーナリスト)