一人で切り盛り、市場の変化に対応する機動力は、積極的なICT導入にも発揮 地域の仲間と仕事の拡大へ 井上(群馬県)

目次

  1. 競合の多いテント・一般家庭の内装から、工場内冷房導入による内装リフォームの伸びに注目し事業転換
  2. 家族運営から一人で切り盛りすることになった
  3. 大雪による”バブル”で年商倍も、頭がい骨骨折の大けがに見舞われたが、商工会や消防団の仲間がそれぞれの専門を生かして全面支援
  4. FAXの見積依頼も2010年には外出中も遠隔受信できるシステム導入し商機逃さず 地域の仲間と連携しながら仕事を拡大へ
中小企業応援サイト 編集部
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北関東有数の工業都市であり、農業でも群馬県内第3位の産出額を誇るなど、産業的にもさまざまな側面を持つ群馬県第3の都市、太田市。同市岩松町でインテリア・リフォーム事業、テント・シート事業を手掛けるのが、有限会社井上だ。井上智彦代表取締役社長が実質一人で切り盛りしているが、こうした小さな製造業には珍しく、早期からICTを積極的に導入してきた企業だ。(TOP写真:ビニールを使った生地を加工し、製品を作る井上智彦社長)

競合の多いテント・一般家庭の内装から、工場内冷房導入による内装リフォームの伸びに注目し事業転換

一人で切り盛り、市場の変化に対応する機動力は、積極的なICT導入にも発揮 地域の仲間と仕事の拡大へ 井上(群馬県)
意気軒高な井上の井上社長

「父が創業したのですが、最初はキャンプ用のテント販売をしていました。だから当初の社名は『井上テント』。それが後に内装業も手掛けるようになったので、長く『井上テント室内』という名でやってきたんです」。井上社長が会社の歴史を披瀝(ひれき)する。かつてはしっくいや珪藻土による塗り壁が多かった日本の家屋だが、同社の創業後、洋間が多く見られるようになり、「テントメーカーからの材料を使ってカーテン地やカーペット地など、いわゆる『布クロス』と呼ばれる内装を手掛けるようになりました」。

内装業に事業の幅を広げた形だったが、「内装業は資本金が小さくても始められる事業。参入が容易なことから、内装需要はあっても供給過多になりがちで、そうなると単価が安くなってしまう。勝ち組になるには、単価ダウンのリスクを背負っても数量を上げていくしかない。でなければ他の分野に可能性を見出していかなくてはならなかった」と井上社長は当時の状況を述懐する。

そうした中で井上社長が目を付けたのが「扇風機だけでOKの時代が終わりを告げつつあった工場内の内装」だった。従業員の労働環境を保全するため、工場内にもエアコンのある環境を整えなくてはならなくなりつつあった。とはいえ、広い工場内に行き渡るような大きな空調機器を設置するのは現実的ではない。「そのために、布製品やビニール製品による間仕切りが必要になってくる。そこにビジネスチャンスがあった」と井上社長。工場側にとっては、こうしたソフトパーテーションを用いることで、現場の組み替えもしやすい上、改修にかかるコストも抑えられる。ビジネスチャンスが生まれた井上側とは「ウィンウィン」の関係ができ、「さらにそれらの工場から、テント倉庫やシートシャッターなどの発注まで受けた」といい、ウィンウィンの関係はさらに強固なものとなった。

家族運営から一人で切り盛りすることになった

一人で切り盛り、市場の変化に対応する機動力は、積極的なICT導入にも発揮 地域の仲間と仕事の拡大へ 井上(群馬県)
現場へ向かう準備をする井上智彦社長

井上社長は都内の建築デザイン専門学校へ行った後、21歳で地元に戻り、24歳で家業を継ぐことを決めた。「当時、地元の商工会や消防団など、自分が入れるあらゆる各種団体には積極的に入り、人付き合いをつくっていった」という。これが後に自身を救ってくれることになるが、それはまだ先の話。

もともと、創業した父をはじめ、母、井上社長と妻、弟で経営する家族一丸の経営だったが、2005年に父に代わり、代表取締役社長に就任。2008年頃からは井上社長のみで切り盛りしていくようになり、以来、基本的には一人で仕事をしている状況だ。「従業員を集めようとしていた時期もあるが、まだまだ残業代などもしっかりとしていなかったような時代。人が入ってもすぐに辞め、代わりが見つかってもまたすぐに辞めるようなこともあって」。まだまだ若く、一人で仕事量もこなせていたことが、一人での事業切り盛りにつながっていった。

大雪による”バブル”で年商倍も、頭がい骨骨折の大けがに見舞われたが、商工会や消防団の仲間がそれぞれの専門を生かして全面支援

2012年2月末、群馬県をはじめ関東に広く大雪が降った。農業用のハウスなどが雪の重みでつぶされる事態も起こるなど、広い範囲で大きな被害が出た。そんな状況下、井上社長のもとには、社長自身が「スーパーバブルだった」と振り返るほどの仕事の依頼が集まった。工場のテント倉庫なども雪による被害で軒並みつぶれ、その発注が来たためだ。

2年後の2014年にも同様に大雪の被害が出たが、2012年に受けた仕事をまだ手当てしていた頃のことだ。シャッター保全のため脚立に乗って作業中、井上社長は3メートルの高さから転落し、頭蓋骨(ずがいこつ)骨折という大けがを負う。

「頭蓋骨が砕けてしまい、あと数ミリずれていたら即死だった、と後に医者に言われたほどで、仲間の中では、『井上死亡説』も流れたほどだったんです」

今でこそこんなふうにおどけて笑って話せるが、当時の事態は当然、楽観視できるものではなかったという。しかも仕事は次々に受けていたのに、一人で切り盛りしていた状況では回しようもなかった。

「そんな時に、もともと地域の同級生に職人が多かったこともあり、私ができないところをカバーしてくれる人が多かった。商工会や消防団で培った人的関係も生きたんです」

それ以前にも、工場のリフォームなら、「壁を壊すのには解体屋、開口する板金屋、シャッターをつけるシャッター屋、そしてシートシャッターをつける私がいて。それぞれがそれぞれに声をかけて工事を請け負っていたこともあったのです」という。そうした横のつながりが、社長の頭蓋骨骨折という一大事において、事業継続の大きな一助となった。井上社長自身は、事故の後遺症で心身ともに不安定な時期が2年ほど続いたが、その時期もこうしたつながりに助けられてきたという。

FAXの見積依頼も2010年には外出中も遠隔受信できるシステム導入し商機逃さず 地域の仲間と連携しながら仕事を拡大へ

一人で切り盛り、市場の変化に対応する機動力は、積極的なICT導入にも発揮 地域の仲間と仕事の拡大へ 井上(群馬県)
顧客からのFAXをパソコンで遠隔受信し、内容を確認する井上智彦社長。現場でもタブレット端末を用いて同様の作業が可能だ

井上社長は大けがをする前の2010年から、FAXを出先の端末で受け取れるシステムを早々に導入、小さな文字も見える最新のタブレット端末もすぐに取り入れた。「当時はかなりタブレット端末も高かったし、パソコンもどうせならいいものをと思い、かなり高い機種を導入した」と苦笑するが、それが商機ロスの回避につながってきた。

それ以前には、現場などの出先にいた井上社長の携帯電話に取引先から、「さっきFAX送ったんだけど、見積はいつ出せる?」という問い合わせを受けることが多くなっていたという。一人で切り盛りしている状況では、現場に出れば、会社に送られたFAXを確認するすべがなかったのが実情だった。

「先方は、見積を欲しがっているといっても、最初はざっとした数値でいいケースが多い。ただ、そうはいってもさすがにFAXの中身を見ないうちは先方に何とも伝えられない。『帰ってから確認します』と言っているようでは、商機を逃すことにもなる。出先で内容を確認できれば、それまでの経験からだいたいのものについては、『これならこのくらいの値段でできますよ』と伝えられるから」

FAXの内容さえ把握できれば、先方もおおよその見積を持って社内で初期の検討ができることにもつながる。「われわれのような仕事はいかにお客さんと接することができるかだから」と強調し、発注に対し、「できる、できない」や大枠の数字を即答できるのが強みになったという。

その後も、こうしたICTソリューションに対する投資を惜しまず、おすすめがあれば積極的に導入してきた。大手企業との取引も増えてきたことから「最近ではネットワーク自体をセキュリティで包囲できるシステムも導入した」と胸を張る。「何かあれば信用問題だし、それはうちだけでなく、大手企業側の信用問題にもなってしまう。事前にこちらでできることは整えておいた方がいいからね」とその意義を説明する。

「今はシステム的には満足できる状況が整っているけれど、今後はスピードも命になってくる。ボタンを押せばいろいろと状況を進められるようなシステムなどあれば、導入を今後も検討していきたい」

一人でできることにはおのずと限界があるが、それもICTソリューションによるシステムを使いこなすことで、限界範囲を拡大できることにつながる。地域の仲間と手を携えながら続けてきた道を、システムに支えてもらいながら、今後も守り続けていく心づもりだ。

企業概要

会社名有限会社井上
住所群馬県太田市岩松町142-2
電話0276-52-0341
創業1971年 設立2006年
事業内容インテリア・リフォーム事業、テント・シート事業