キリンビバレッジは、狭山茶で知られる埼玉県狭山市の狭山工業高校の生徒が紅茶づくりに取り組んでいることを知り、2022年から同校で紅茶の知識や発酵技術の向上に協力している。同校で作る紅茶は“狭紅茶(さこうちゃ)”と名付けられており、2023年に日本茶品評会では、審査委員奨励賞を受賞したという。高校は、受験生の工業高校離れが進む中で、魅力ある特色を打ち出し、学校の魅力を高めていくねらい。キリンビバレッジは、“狭紅茶”を通じて狭山地域の産業活性化に貢献するとともに、紅茶文化の発展やキリンのファンを広げるねらいだ。
“狭紅茶”は、2017年から狭山工業高校電子機械科の課題研究という教科として活動が始まった。なぜ紅茶に注目したのかについて、同校電子機械科教諭で“狭紅茶”プロジェクトリーダーの原嶌茂樹さんは、「工業高校ということもあり、当校では定員割れが起きていました。そこで地元のものを使って学校をもっとPRできないかと考えて注目したのがお茶です。また、当校は地元で狭工(さこう)と呼ばれていたこともあり、“狭紅茶”と名付けて紅茶づくりに取り組むことにしました」と語る。
ただ、全国のお茶の産地を見渡しても、紅茶を生産する、いわゆる“和紅茶”をつくる地域は少なく、知られていない。そのような状況の中で狭山市内にある東阜横田園が「若い人たちを応援したい」と名乗り出たため、同社の農園で栽培されたお茶を使用して生産が実現したという。同校の生徒は、お茶を手摘みし、ひと晩寝かせる工程(萎凋)や手もみ、発酵まで行っている。萎凋の器具や発酵する機械は生徒が設計・制作したもの。改良を重ねた発酵機は、湿度・温度をマイコンで自動制御し、28℃、湿度100%になるよう設定しているという。
そして2022年6月、狭山工業高校がフランスの紅茶コンテストで入賞を目指して「紅茶」作りをしていると知ったキリンビバレッジが、同校から紅茶作りの話を聞くとともに、支援できることを模索し、紅茶の講習会を実施するようになったという。
日本で輸入される紅茶葉のうち、「午後の紅茶」で使われる茶葉は約20%を占める。なぜ、日本を代表する紅茶企業のキリンビバレッジが生徒たちの紅茶づくりの支援に取り組んだのか。
キリンビバレッジ首都圏統括本部ブランド推進部の高井美奈さんは次のように語る。「“午後の紅茶”は30年以上続くロングセラー商品なので、ブランドのファンはどんどん年齢が上がっていきます。そのため、若い人たちにもっと魅力を知ってもらいたいという課題を持っていました。そのような時に、日本の高校生が紅茶を自ら作っていることをテレビ番組で知り、どのような作り方をしているのかを詳しく聞きたいと考えました」。
高井さんが同校を訪れて、最初にアドバイスをしたのは、紅茶の淹れ方だ。「ものすごい量の茶葉で抽出されていたので、茶葉量はそれほど多く入れなくても大丈夫ということを伝えました。茶葉の大きさなどにも影響されるので、おいしく楽しむための淹れ方の部分については、少なくともサポートできると思いました。活動を続ける中で、品評会で入賞を目指す高校生たちをぜひ応援したいと思って取り組んできました」(高井さん)。
キリンビバレッジは、2022年7月に支援を開始し、2023年6・7月に茶摘み体験と紅茶勉強会を実施し、摘み取り方や発酵のコツ、そして紅茶の文化や抽出の仕方を紹介してきた。スリランカなど、紅茶の生産地に何度も訪れた経験を持つ高井さんは、品質を向上のために生徒たちにこれまでの知見を活かしたアドバイスを送ったという。活動は続き、2024年に入っても「紅茶セミナー」を実施し、5月には入間わかくさ高等特別支援学校、7月9日には狭山工業高校で実施した。
この狭山工業高校で行われた「紅茶セミナー」には、“狭紅茶”を中心に各校の特色を生かしながら同校とSDGsを目指して連携する川越総合高校、所沢商業高校、入間わかくさ高等特別支援学校、狭山特別支援学校狭山清陵分校からも参加した。
セミナーでは、キリンビバレッジの首都圏第一支社の野口稜平さんが紅茶の歴史や栽培方法、テイスティング方法などの知識を伝え、高井さんがおいしい淹れ方やアレンジ方法を伝授し、生徒や教師は実際に紅茶の抽出体験やアレンジティーづくりに取り組んだ。高井さんは、「おいしく淹れるには、ティーポット内で起こる茶葉の上下運動の“ジャンピング”が非常に大切です。そのポイントは水に酸素を含ませること。汲みたて、沸騰したての水を使いましょう。ペットボトルのミネラルウォーターを使う場合は開栓後によく振ると良いでしょう」とコツを紹介した。
高井さんは、生徒たちが取り組む“狭紅茶”の活動について次のように語る。「ここで体験した紅茶づくりやものづくりの魂というものを、生徒の皆さんにはずっと忘れずにいてほしいです。3年生なので、すぐに卒業されてしまいますが、みんなでひとつのものを作り上げてきた“狭紅茶”を、ずっと見続けてほしいなと思っています」。
原嶌教諭は、今後の活動について、“狭紅茶”を中心に地域でSDGsを目指す5校連携事業を進めていると話す。「狭山工業が紅茶づくりを行い、入間わかくさのカフェで提供し、その茶殻を川越総合で鶏(タマシャモ)の飼育に使用しています。この茶殻を食べた鶏は昨年元気に過ごしたと聞きました。また、所沢商業には、パッケージデザインやアレンジティーの提案などをいただいています。各校の得意なところを活かしながら、地域で“狭紅茶”を盛り上げていきたいと考えています」。
紅茶文化を日本中に広げる活動に取り組むキリンビバレッジは、高校生の“狭紅茶”づくりの支援を通じて、若年層の紅茶ユーザー開拓と地域産業の活性化に貢献していく考えだ。