導入したはずのICTはなぜ社内に浸透しないのか

目次

  1. ICTが活用されない典型ケース
  2. ICTが活用されない理由
  3. ICTを浸透させるために必要なこと
  4. ICTの浸透のためには適切な導入が肝心

ITシステムやITツールを導入後、最初は使われていたのに、いつの間にか使われなくなり、「宝の持ち腐れ」になってしまうことがあります。せっかく費用や手間をかけてITツールを導入したのに、そんな状態になってしまってはもったいないですね。この記事では、ITツールが浸透しない理由を踏まえて、そうならないための対策を考えます。

ICTが活用されない典型ケース

最初に、導入したICTが利用されない、中小企業でよくある失敗ケースを見てみましょう。

1 導入後も現場の社員が利用しないケース

法人向けのサービス商材を扱うA社では、それまでは営業課ごと、また営業担当社員ごとにばらばらで管理されていた既存顧客と見込み顧客の営業情報を一元的に管理し、営業の効率を改善するためにCRM(顧客管理)ツールを導入しました。
その導入に際して、社長は製品の選定などを営業担当役員に任せていました。しかし、営業担当役員は他社から転籍してきた人物だったため、現場の細かい営業のプロセスを理解していませんでした。
また、導入の背景として、その期の決算で大きな利益が見込まれていたという事情があり、その期内に急いで導入を決めました。そのため、現場の営業プロセスや営業社員の業務ニーズなどを十分に調査したり、すりあわせたりすることのないまま導入してしまいました。
そうして導入されたCRMシステムは、それまでの業務プロセスと合致していませんでした。短期の導入だったこともあり、営業社員に十分なトレーニングなどもなされないまま利用を命じられたため、担当者には「余計な仕事が増えただけ」としか感じられませんでした。
結局、CRM導入以前のように、表計算ソフトで顧客情報や営業進捗状況などを管理するようになる社員も出て、当初目論んでいた顧客情報の一元的管理は実現できませんでした。

2 自社の規模にあわず、使いにくいシステムを導入したケース

樹脂加工製品の製造を中心とした製造業のB社では、事業承継による社長の交代後に、新社長が音頭を取って全社的な業務効率化とコスト削減を目的としてERP(エンタープライズリソースプランニング)システム(ビジネス全体の運営と計画を、経営資源有効活用の観点から管理するシステム)を導入しました。
導入したERPシステムは、世界的に広く利用されている大手ベンダーの有名製品でした。実際にB社の事業で活用するためには、多くのカスタマイズが必要となり、当初想定していた予算を大きく上回る導入コストがかかってしまいました。
その導入、カスタマイズ期間中には、しばしば業務を中断する必要が生じ生産性が落ちてしまいました。
また、その製品は非常に高機能で大規模なものであり、A社の経営規模からすると、不要な機能が多くあり、システムにあわせようとすると、様々な部門でかえって無駄な手間が増えることもありました。
それにもかかわらず、運用・メンテナンスコストは高く、当初目的としていた全社的なコスト削減効果は、ほとんど得られませんでした。結局、3年後にはそのシステムは廃棄されることとなってしまいました。

3 丸投げのアウトソースによるトラブルのケース

建設用の資材の輸入販売をしているC社では、それまで、主に既存顧客へのリピート販売を中心としていましたが、新たな販売チャネルとして法人向けECサイトを運営することにしました。
しかし、マーケティングや販売などECサイト運用などのノウハウはまったくなかったため、サイトの開発から運営、マーケティングまで、すべて外部の事業者に任せることにしました。
外部事業者の指定する倉庫に商品を納入しておけば、注文に応じて梱包発送などまでおこなってもらえます。また、ECサイトでの受注については基本的な顧客サポートも任せることができました。
契約から1年後、少しずつ売上も伸び始めてきたタイミングで、突然、その外部事業者が経営破綻して、事業を停止してしまったのです。
基本的な業務については、簡単な引き継ぎをしてくれたものの、マーケティングや販売のノウハウは、C社にはまったくわかりません。また、倉庫会社との契約やWebサイトを設置するサーバ会社との契約などもその事業者がおこなっていたため継続できなくなり、別のところを探さなければならなくなりました。
他のWebサイト事業者に相談したところ、他社が一から設計したECサイトの移転や改修は難しく、ゼロから新規で作り直したほうが早いといわれてしまいました。
結局、C社はせっかく顧客が定着し始めたECサイトをクローズし、ECの運営方針をゼロから立て直すことになってしまいました。

ICTが活用されない理由

以上見てきた3つのケースは仮想のものですが、実際にも似たような状況はよく見られます。
このように導入したICTが浸透せず、利用されなくなることには、主に次の5点の理由があります。

1 経営トップがデジタル化の意義や目的を理解していない

ICTを導入してデジタル化を実施する際には、「どの業務部門の何をデジタル化するのか、なぜそうする必要があるのか、デジタル化によって何を目指すのか」などが、経営者自身の中で明確になっていなければなりません。また、ビジョンや目標を明確にするためには、経営者自身に、ITやデジタル化に対する知識=ITリテラシーが必要になります。
しかし、実際には、ベンダーから薦められた、同業他社も導入している、補助金が利用できるなどの理由で、上記の基本部分が不明瞭なまま導入を決めてしまうこともよくあります。そうなると、うまく活用されない可能性が高まります。

2 導入の目的や目指すビジョンが社内で共有されていない

ICT導入に際して、経営者自身は、しっかりとしたビジョンや目標を持っていたとしても、それが全社員に共有されなければ、社員には「何のために導入したのか」という疑問が残ったままになります。

3 現場の既存業務プロセスとのミスマッチが生じている

現場の業務プロセスを十分に把握した上で、そこにマッチしたシステムを導入する必要があります。それは現状の業務プロセスを変えてはいけないという意味ではありません。導入するシステムやツールにあわせて業務プロセスが変更になることは、珍しくありませんが、それが全体として業務を効率化させる方向であれば問題はありません。
しかし、通常、社員はこれまでの業務のやり方を変えることを嫌がります。だからこそ、上記2の「何のためにそれをするのか」を共有しておくことが大切なのです。

4 適切な教育やトレーニングを実施していない

ICTの利用には、教育やトレーニングも必要です。それが不十分であれば、利用に対する社員の抵抗感は強まります。
また、適切な教育やトレーニングを実施するためには、マニュアル等の整備も不可欠です。それが不足していると運用ノウハウが蓄積しません。

5 実態に合わないICTを導入している

ICTは、高機能、高性能なものほどよいとは限りません。自社の規模や業務の実態にフィットしたものを選定することが大切です。ベンダーに薦められるまま決めたり、知名度で選んだりすると、実態に合わない製品を導入してしまうことがあります。

ICTを浸透させるために必要なこと

導入したICTが十分に活用されるためには、以下の3点がポイントになります。

1 トップダウンで、ビジョンや目的を社内に共有すること

なぜICT化を推進するのか、ICT化、デジタル化によってどんな会社、どんな仕事、どんな価値提供を目指すのか、といったビジョンや目的を、トップが社内に明確に伝え、理念を共有することが、円滑なICT浸透の基盤になります。

2 適切な導入プロセスを踏むこと

ICT化推進の決定はトップダウンでなされるべきです。しかし、その導入プロセスは、現場で利用する社員を巻き込みながら進めることがポイントです。
業務効率化のためにICTを導入するのであれば、現場の業務プロセスを分析して、どの部分をどうICT化すれば効率化できるのか、しっかりと検討することからスタートします。
その際、実際に利用する社員の声を聞き、その業務プロセス変更が合理的か実現可能かなどを確認することも必要です。新規事業のためのICT導入の場合でも、実際にそれを利用するのは社員であるため、選定に際しては社員の意見も採り入れましょう。
実際に利用してみなければわからないことも多いため、必ず十分なトライアル期間を設け、業務の中で利用してみることが必要です。
トライアルの中で、不都合な点や使いにくい点があれば、それらを改善することができるのかをベンダーに確認しましょう。

3 スモールスタートして、フィードバックの機会を設けること

導入するICTの種類にもよりますが、いきなり全社、全員が利用する形での導入ではなく、特定部門、1チームなど、部分的に導入してスモールスタートするほうがベターです。
そして、実際の業務利用の中で生じる問題や懸念などを利用者にフィードバックしてもらい、改善しながら導入範囲を拡げていきます。導入したらそれで終わりではなく、必ずフィードバックを得るコミュニケーションの機会を設けることが必要です。

4 十分な教育、トレーニングを実施すること

導入後には、勤務時間内に、ICTの操作教育や、トレーニングの時間を設けましょう。ベンダーの協力を得ながら、適切なマニュアル類を用意することも必要です。

5 ベンダーに頼らなくても自走できるノウハウを蓄積すること

導入初期には社内で対応できない部分をベンダーやアウトソーシング業者に任せることは仕方ありません。しかし、長期的にICT、デジタル化を社内に浸透させるという観点から、ずっとベンダー任せにするのではなく、社内で対応できる領域を増やす必要もあります。ベンダーに任せる部分があることは問題ありませんが、いざというときに、社内ではまったく何もわからないということでは困るため、ある程度自走できるノウハウを蓄積することを意識しましょう。

ICTの浸透のためには適切な導入が肝心

ICTは導入すること自体が目的ではなく、業務を効率化したり、新たな価値を生み出したりすることが目的です。そのためには、自社の業務や社員の実態を踏まえた上で、最適な導入プロセスを踏むことが大切です。

導入したはずのICTはなぜ社内に浸透しないのか
記事執筆
中小企業応援サイト 編集部 (リコージャパン株式会社運営
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