目次
- ある日突然、金融機関に「債務超過」と告げられ融資がストップ。父親の跡を継いで社長に就任し、経営再建を任される
- 「入るを量りて出ずるを制す」を徹底。5年ほどで再建に成功して以来、無借金経営を貫く 車体の塗装もやめ、売上をつくる工夫をした
- 収益率の高い中距離輸送に特化。ドライバーの勤務シフトを工夫し、冷蔵4トン車を24時間稼働へ
- ドライバーの〝多能工化〟で賃金・労働時間を平準化するとともに、事故発生時もスムーズに対応
- 毎月1回、給与明細を手渡す際に社員と面談。ドライバーの不満や要望を聞くなどコミュニケーションを欠かさない
- ドライブレコーダーをクラウド保存の通信型に刷新。エコ・安全運転の評価を給与に加算
- 「社員にとってのオアシスのような誇りある職場」を目指す
株式会社新和運輸は山梨県南アルプス市に拠点を置き、冷蔵車による食品輸送を中心とする中距離トラック輸送を担っている。債務超過に陥るという崖っぷちの経営危機から脱した経験を生かし、無借金で極力固定費を抑えた堅実成長路線を着実に歩んでいる。その経営手法には「入るを量りて出ずるを制す(売上を極大に、経費を極小に)」を基本とする独特のノウハウが詰まっている。ICT関連では通信型ドライブレコーダーを活用したドライバーの安全運転管理もその一つだ。(TOP写真:通信型ドライブレコーダーシステムでトラックの位置情報をチェック)
ある日突然、金融機関に「債務超過」と告げられ融資がストップ。父親の跡を継いで社長に就任し、経営再建を任される
「サラリーマンを辞めて帰ってきたけれど、倒産したら会社を潰した2代目として評判になり、山梨県内を歩けなくなると思い、もう死に物狂いでした」。新和運輸取締役社長の植松徹氏は経営危機に直面した2003年当時を振り返る。
植松社長の父で、1968年に新和運輸を創業した望氏は、跡継ぎになることを強制するような人ではなかったため、植松社長は早稲田大学を卒業して大手企業に就職。その後、別の企業に転職したが、〝モーレツ社員〟が幅を利かせるサラリーマン社会になじめず、1991年、30歳の時に新和運輸に入社した。残業の果てに飲み屋まで上司に連日付き合わされる中で、仕事よりも家庭を大切にする望氏の生き方に憧れるようになったのだという。
当時社長だった望氏は植松社長を部長待遇で迎えてくれたが、植松社長は古参のドライバーたちに一人前の社員と認めてもらおうと、大型免許をはじめけん引免許やフォークリフトの免許、運行管理者資格まで相次ぎ取得。管理業務の合間を縫って、運送業務も引き受け、仕事を終えたドライバーらと酒杯を酌み交わすなどして会社に溶け込んでいった。
その後、会社は売上こそ順調に伸びていたが、次第に慢性的な赤字体質になっていった。後継者ができたこともあって、望氏が社屋を建て替えたり、車両を増やしたりと積極的に投資した半面、新規に開拓した取引先の仕事が思うように軌道に乗らなかったためだ。
ある日突然、最も多額の融資を受けていた金融機関から「債務超過」と宣告され、毎月の借り換えを止められた。2003年といえば、金融大再編の中、不良債権処理に奔走する金融機関の貸し剥がしが社会問題化していた頃だ。当時、植松社長は専務取締役に昇格していたが、経理・財務業務は担当していなかったので、寝耳に水の出来事だったそうだ。
その金融機関と交渉した結果、植松社長(当時は専務)が経営改善計画書(事業計画書)を書くことを条件にリスケ(元本返済スケジュールの変更)に応じてもらえることになった。これを機に、父親の望氏から「有無を言わせない感じで、『お前が(社長を)やりなさい』と言われました」。社長に就任したのは年が明けて2004年のことで、植松社長は43歳になっていた。
「入るを量りて出ずるを制す」を徹底。5年ほどで再建に成功して以来、無借金経営を貫く 車体の塗装もやめ、売上をつくる工夫をした
会社再建のために植松社長が採った経営手法が「入るを量りて出ずるを制す」だ。まず、経費を極力抑えた。保有車両の買替時期を延ばし、望氏に「車体カラーはトラック屋の顔だぞ」と反対されながらも、車体の塗装もやめた。車体の塗装には1台につき70万~80万円もかかるからだ。今でも同社の車両は白いボディに小さく社名だけを表示している。
続いて、「売上をつくる」工夫をした。「例えば10トン車で4万円の運賃をもらっても中々利益には結びつきません。4トン車は積載重量2500kg程度でも3万円前後になるので、その4トン車の分を10トン車に2つ程度合積みするのです。そして10t車の通常荷物は利益が無くとも他社の運送会社の山梨からの帰り便で捌いて貰います。」(植松社長)。4トン車2車分を合積みすれば1日6万円を稼げる。10トン車1台が本来は1ヶ月(25日)で100万円の売り上げが限度なところを、一か月160万円程度を無理なく売り上げることができるわけだ。 その他でも可能な限りの中ロットの積み合せ、もしくは法令の上限内の空き時間での工場~取引先の倉庫間の荷物の移送作業等を請け負い運賃の上積みを組み入れました。
だが、合積みすれば荷物を積み降ろしする場所がそれだけ増えるので、当然、ドライバーは嫌がる。そこで、「『このままでは潰れる。協力してもらわなければ困る』と、まず幹部から順に説得しました」(植松社長)。同時に、積み降ろし回数に応じて手当を支給することにした。例えば1回700円の手当で1日3回積み降ろしをすれば2,100円になる。1ヶ月続ければ5万円以上の手当を給与に上乗せすることも可能だ。合積みを引き受けてくれるドライバーが1人、2人と徐々に増えていき、最後は皆が賛同するようになったという。
リースも含めて借金は一切やめた。「車両もみんなキャッシュで買っています。借金の夢を毎日見ていた時の教訓が体に刷り込まれているので、無借金経営には絶対に手を抜きません」(植松社長)。2008年頃には金融機関の融資を完済している。
収益率の高い中距離輸送に特化。ドライバーの勤務シフトを工夫し、冷蔵4トン車を24時間稼働へ
現在、新和運輸の事業エリアは、東は埼玉、茨城、千葉、東京、神奈川、西は長野、静岡、それに北陸と、南アルプス市を中心に半径250キロメートル程度の中距離地域だ。「トラックは荷物を積んでいる時間はお金にならないのです。荷物を降ろして初めて運賃に変わるので、長距離だと燃料代も多くかかるし効率が悪いのです」(植松社長)。エリア外に及ぶ長距離の仕事を受注した時には、ローカルネットワークシステムを使って一定の距離から先を外注に出す。同システムは「日本ローカルネットワークシステム協同組合連合会」が運営するインターネットを利用した荷物・車両の自動マッチングシステムだ。植松社長は同連合会の役員と下部組織である「協同組合物流ネットワーク山梨」の理事長を長年務めている。
積み荷は時代の変遷とともに変わってきており、現在は食品が売上の7割ほどだ。このため、保有車両24台のうち冷蔵4トン車が16台を占める。この冷蔵4トン車の稼働の仕方も独特だ。「一般的に4トン車の売上は月80万~90万円とされていますが、当社は平均で150万円~160万円上がります」と植松社長は胸を張る。なんと1台の車両を複数のドライバーが交代しながら24時間稼働させているのだという。
植松社長が会社の幹部らと侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を重ねて、労働時間をオーバーしないように、4つのコースを6人のドライバーで交代するシフトを考案した。これにより、例えば1日1回、1ヶ月25回の輸送を行っていた冷蔵4トン車を1日2回、1ヶ月に60回も稼働させることが可能になった。しかも、荷台に空いたスペースがあれば、適宜、運送ルート近辺の取引先に荷積み時間を打診して合積みできるようにする。まさに売上の極大化だ。
ドライバーの〝多能工化〟で賃金・労働時間を平準化するとともに、事故発生時もスムーズに対応
ドライバーの勤務シフトは各自の希望を聞いた上で、毎週、エクセルで一覧表にまとめる。ドライバーは日々担当するコースが変わるので、すべてのコースが頭に入っている。このため、必要に応じて、臨時的なコースの変更があっても難なく対応できる。いわば「ドライバーの多能工化」(植松社長)を徹底しているのだ。このことは交通事故などのトラブルが発生した時に特に威力を発揮する。勤務シフトの一覧表で、誰がどのコースを走っているか一目瞭然なので、例えば「事故で〇〇パーキングエリアに停車中のA車両の積み荷を、近隣走行中のB車両とC車両がそれぞれ分担して運ぶ」ように携帯電話で指示。これにより、積み荷の補償を心配することなく、事故車両をレッカー車で本社へけん引するだけで済む。
植松社長はドライバーを多能工化することのメリットについて、①ドライバーが辞めても困らない②事故などのトラブルに強い③ドライバーの賃金・労働時間を平準化できる、と指摘。反対にデメリットは少なく、強いて挙げるとすれば「お客さんに『ドライバーのAさんは丁寧な仕事をしてくれるけど、Bさんは仕事が粗い』と言われることくらい」だという。そこで、ドライバー教育を徹底すると同時に、ポイント制で人事評価をする。その中では顧客による評価も織り込み、賞与に反映させているそうだ。
毎月1回、給与明細を手渡す際に社員と面談。ドライバーの不満や要望を聞くなどコミュニケーションを欠かさない
植松社長は毎月、社員と1対1で面談して給与明細を手渡している。その際、「『なぜ私は先月Aコースが多かったのに、彼はBコースが多かったのか』などとドライバーの不満や要望が多いのですが、それをきちんと聞いた上で、『それはこういう事情だよ』と十分説明することを心がけています」と話す。毎月の個人面談を始めてもう10年になるという。
ドライバーの交代による車両の24時間稼働に伴い、トラック運送業などの時間外労働時間の上限が年960時間に制限される「2024年問題」にもいち早く対応できた。ドライバーの勤務シフト表を毎週作成する際に、年間労働時間も考慮して計画するためだ。2024年4月の施行に備え、5年前から準備を進めてきたという。
ドライブレコーダーをクラウド保存の通信型に刷新。エコ・安全運転の評価を給与に加算
ドライブレコーダーを全車に装備したのは2007年8月。まだ、トラック運送事業者がドライブレコーダーを使うのが珍しかった頃だったので、メーカーのプロモーションビデオの撮影が同社で行われたという。導入から10日後にトラックで大きな事故が発生したが、自動録画された動画で自社に非がないことが証明され、早速、ドライブレコーダーのメリットを享受した。撮影日時・場所・速度を正確に表示できるGPS(全地球測位システム)搭載型のドライブレコーダーだったのだ。
ただ、GPS衛星の周波数帯域の変更に伴い、このドライブレコーダーは使えなくなってしまった。そこで、2023年10月に新たに通信型ドライブレコーダーを全車に搭載した。GPSを搭載するとともに、通信機能も持たせたドライブレコーダーで、走行中の運転データが自動的にクラウド上へ保存されるシステムだ。
クラウド型のため、会社にいる運行管理者らがリアルタイムでトラックの走行状況を把握できる。データ解析により〝ヒヤリハット〟と呼ばれる事故多発地点を抽出したり、個々のドライバーのハンドル、ブレーキ操作などを採点したり、エコドライブや安全運転の観点から採点し、ランキング付けしたりできる。
新和運輸ではこのドライブレコーダーシステムが自動的に作成する「エコ・安全運転ランキング」による評価も給与に反映している。1点50円のポイント制で100点満点なら5,000円がもらえる仕組みだ。ランキング表はプリントアウトして給与明細と一緒に封筒に入れて手渡す。植松社長は「ゲーム感覚で皆で競おう」とドライバーたちに呼びかけているそうだ。
ICT関連ではIT点呼キーパーも2021年3月に導入した。現在、本社事務所と敷地内のフレッシュセンター(冷蔵室)脇に設置されているパソコンでチェックしている。
もっとも、植松社長は「ICTはあくまで補助ツール」という考え方だ。事業内容がローテクなのでICTは必要最低限の装備があればよいという。とくにデジタルタコグラフには懐疑的で、同社では今もアナログのタコグラフを使用している。デジタルだとドライバーが30分休憩したつもりでも、休憩時間29分と記録されると、結果的に連続運転時間の4時間をオーバーして、違反判定されてしまうことがある。そもそも、ドライバーが休憩ボタン、荷積みボタン、実車ボタン、高速ボタンといった各種のボタンを作業のたびにいちいち正確に押すことは考えられないという。
「社員にとってのオアシスのような誇りある職場」を目指す
トラック運送事業者は全国に約6万3,000社ある。植松社長は、2024年問題など労働規制と人手不足を背景に、「今後、統廃合は必ず進むと思います。10年後には4万社ほどになっているかもしれません」と予想。「その中で生き残っていく会社にならないといけません」と強調するとともに、「この荒れた社会の中で、社員にとってのオアシスのような誇りある職場にしていきたい」と抱負を語った。
企業概要
会社名 | 株式会社新和運輸 |
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本社 | 山梨県南アルプス市桃園1502-1 |
HP | http://sinwaunyu.co.jp |
電話 | 055-282-3250 |
設立 | 1968年6月 |
従業員数 | 37人 |
事業内容 | 一般貨物自動車運送事業 |