人材育成は、中小企業にとって深刻な問題だ。優秀な人材を継続的に育成できなければ、会社の生産力はどんどん下がっていき、存続の危機に瀕することもある。人材育成環境が整っていない企業は、これを機に具体的な課題と向き合ってみよう。
3割の中小企業が人材育成に悩んでいる
まずは、現代の中小企業がどのような状況に直面しているか、現状を簡単に見ていこう。国内雇用の約7割は中小企業が支えていると言われるが、多くの中小企業は人材育成の課題を抱えている。
平成26年度に野村総合研究所が実施したアンケートによると、事業拡大や維持における課題として「社内人材の教育・育成」を第1位に挙げた企業は、全体の14.9%に上った。これを第2位や第3位とした回答も含めると、実に約3割の企業が人材育成に課題を感じている。
人材育成が課題になっている主な要因は、コストだ。人材育成には膨大な時間やコストがかかるため、必要性を感じていても「なかなか取り組む余裕がない」経営者は少なくないだろう。
しかし、この課題を放置すると、企業を支える中核人材が減り、最終的には事業を縮小せざるを得なくなる。これを防ぐには、自社が抱える課題をいち早く察知して、計画的に対策を進めていく必要がある。
中小企業が抱える、人材育成の5つの課題とは?
人材育成に関して、中小企業はどのような課題を抱えているのだろうか。具体的に見ていこう。
1.育成に携わる指導者不足
優秀な人材を育成するには、指導者が必要だ。しかし、資金や規模が限られている中小企業では、指導者を探すこと自体が難しいケースもあるだろう。
仮に優秀な指導者が現れたとしても、そのノウハウを社内に浸透・蓄積させることは容易ではない。指導者が次の指導者を育てる、わかりやすいマニュアルを作成するなどの方法が考えられるが、いずれにしても時間やコストがかかる。
2.育成のノウハウ自体がない
人材育成のノウハウ自体がない企業もあるだろう。これまで事業規模の拡大を経験してこなかった中小企業は、育成のノウハウを蓄積していないことが多い。
OJTによって先輩が後輩に仕事を教える方法もあるが、スムーズに知識・スキルが継承されるとは限らない。見て覚えられる業務には限りがあるからだ。それを補うために丁寧に説明しようとしても、先輩の「伝えるスキル」にはバラつきがあるため、上手く伝わらない可能性もある。
3.従業員が業務に追われ、教育を受ける時間が確保できない
業務が忙しいため、そもそも教育を受ける時間を確保できないことも深刻な課題である。規模が大きくない中小企業はキャパシティが小さいため、どうしても教育・研修が後回しになってしまう。
この状況では、仮に優れたカリキュラムがあっても、それを活かすことができない。もちろん、指導者側のキャパシティも空けなければならないため、会社全体の業務を見直す必要があるだろう。
4.育成にかけるコストが不足している
企業によっては、「育成コストを捻出できない」ケースもあるだろう。経営難に陥った企業は、人材育成よりも経営回復に注力する必要があるため、育成コストを準備する余力がない。
無理をして育成にコストをかけると、運転資金が足りなくなる恐れがある。経営破綻の可能性があるなら、そもそも人材育成に力を入れている場合ではない。
5.採用者の定着率が低く、継承する前に離職してしまう
「人材の定着率が低い」ことは、多くの中小企業にとって悩みの種だ。人材が定着しなければ、知識やスキルを継承することは難しい。
また、人材育成がひと通り終わったタイミングで離職されると、時間やコストをかけても徒労に終わってしまう。さらに、離職者が出ると各従業員の負担が増えるため、新たにリソースの問題が発生する。
このように考えると、定着率の低さは中小企業にとって死活問題と言えるだろう。
人材育成の課題解決のために、中小企業が考えたいポイント
ここまでの内容を見てわかるとおり、多くの中小企業には優秀な人材を育成するための環境がない。しかし、上記で挙げたような課題を抱えていたとしても、工夫次第で効率的に人材育成を進めることができる。
人材育成の課題を解決するために、中小企業が考えておきたいポイントを押さえていこう。
【ポイント1】中小企業ならではの強みを活かす
大企業に比べると、中小企業は時間や資金が限られている。そのため、「自社は人材育成に適していない」と思い込んでいる経営者もいるだろうが、中小企業には規模が小さいからこその強みもある。
たとえば、経営陣と従業員の距離が近いことは、人材育成の面では大きなプラス要素だろう。社長自らがメッセージを発信することで、これからの方向性や理念などが会社全体にスムーズに浸透していく。
それ以外の「中小企業ならではの強み」をチェックしておこう。
- 【中小企業ならではの強み】
・経営者と従業員が直接話す機会が多い
・従業員数が少ないため、効果が短期間で現れやすい
・従業員同士がコミュニケーションを取りやすい
・各従業員の役割が明確である など
中小企業には確かに弱みもあるが、上記で挙げた強みを最大限に活かせば、弱みを補完しつつ人材育成を進められるはずだ。ただし、業種や規模、就労環境によって強みは異なるため、自社ならではの強みを一度見直してみよう。
【ポイント2】従業員の自主的な成長を促す
余力がない中小企業にとって、生産性の低下は死活問題だ。とはいえ、積極的に人材育成を行い、従業員全体を手広くサポートすることは難しいだろう。
そのため、中小企業の人材育成では、基本的に「自主的な成長を見守る」スタンスが重要だ。必要なときに最小限のサポートをすることで、現場の生産性を下げることなく人材育成を進められる。
このような環境を作り上げるには、指導者となる上司や先輩に協力してもらう必要があるだろう。経営者と指導者が方向性を話し合い、生産性と人材育成を両立できる環境を整備することが不可欠だ。
【ポイント3】OJTのメリット・デメリットを理解する
OJT(On-The-Job Training)とは、現場での業務を通して行われる訓練のことだ。OJTがスムーズに進めば、実務をこなしながら人材育成も進められるため、生産性の低下を回避できる。
ただし、OJTにはメリットもあるが、対策を講じるべきデメリットもある。メリットはしっかりと活かし、かつデメリットやリスクを抑える形で人材育成をしなければ、大きな効果は期待できないだろう。
そのため、OJTに取り組む中小企業は、以下のメリット・デメリットを理解しておく必要がある。
メリット | デメリット |
---|---|
・育成にかかる時間やコストを抑えられる ・OJTの終了後は、その人材が即戦力になる ・個人の能力に合わせた訓練をしやすい ・指導者側のスキルアップにもつながる ・現場を通して、従業員同士の人間関係を築ける |
・実務が滞るリスクがある ・教育を受ける側にとっては、業務の全体像を把握しにくい ・指導者のスキルによって、習熟度にムラが生じる ・指導者の負担が増える |
上の表を見てわかるとおり、OJTは指導者側の訓練方法としても有効だ。しかし、必然的に指導者側の負担が増えるため、その部分は企業側がしっかりフォローする必要がある。
また、人材育成に重きを置きすぎると、実務が滞り生産性が下がってしまうおそれがある。実務と育成のバランスを意識し、両立できる環境を整えることが、OJTを成功させるポイントと言えるだろう。
【ポイント4】4つの「見える化」を意識する
OJTの「業務の全体像を把握しにくい」「指導者の負担が増える」などのデメリットに対しては、「見える化」が有効だ。見える化とは、業務内容をマニュアルに残すなど、目に見える形にすることである。
見える化にもさまざまな手段があるが、人材育成においては以下の4つを意識してみよう。
見える化の種類 | 概要 |
---|---|
【1】人材像の見える化 | 育成の方向性をしっかりと定めるために、理想の人材像を明確にする。人材像が明確になると、各従業員が目指すべき道を理解できる。 |
【2】現状の見える化 | 各人材の能力(現状)を把握するために、現時点で身につけている知識・スキルを明確にする。その情報をもとに、状況に応じた育成計画を立てていく。 |
【3】育成手法の見える化 | 会社全体で育成ノウハウを共有できるよう、育成手法を文字化しておく。また、文字化した手法を見直して、育成手法の質を高めていくことも重要。 |
【4】進捗の見える化 | 能力の変化状況(成果)を明確にすることで、各従業員はモチベーションを保ちやすくなる。 |
上記のように4つの見える化に分けると、取り組むべき内容が見えてくるはずだ。特に、上記【3】はノウハウの消失を防ぐことにもつながるため、ぜひ取り組んでおきたい内容である。
【ポイント5】Off-JTの導入も検討する
Off-JTとは、現場以外の場所で訓練を行うことだ。具体的な訓練方法としては、集合研修や講習会、通信教育などがある。
生産性を下げないOJTも重要だが、経営資源の乏しい中小企業では、OJTで期待通りの効果が出ないケースも珍しくない。優秀な指導者がいない場合、OJTはかえって効率の悪い手段になってしまう。
Off-JTには、「会社が指導者を用意する必要がない」「社外の知識やノウハウを習得できる」などのメリットがある。目的に応じて計画的にOff-JTを実施すれば、時間やコストも決して無駄にはならない。
事例から学ぶ!中小企業がスムーズに人材を育成するための施策
人材育成のポイントを押さえたところで、次は実際の施策を見ていこう。もちろん最適な施策は企業によって異なるが、事例をチェックすることでヒントを得られるだろう。
「自社ではどうするべきか?」を意識しながら、事例の良い部分を取り入れてほしい。
1.採用段階から人材育成を意識
人材育成をスムーズに進めるには、「採用のミスマッチ」を徹底的に防ぐことが重要だ。企業がどれだけ育成コストをかけても、ミスマッチによって人材が辞めてしまったり、従業員のモチベーションが下がってしまったりしては意味がない。
そのため、採用段階から人材育成を意識する中小企業は多い。確かに同業種での業務経験なども重要だが、個人の可能性や性格などに目を向けて、向上心のある人材を雇用することが育成の近道になるだろう。
能力や実務経験をあまり評価せず、人としての印象を最も重視する中小企業もある。ほかにも、以下の点を意識して採用活動を行うことで、採用のミスマッチは極力減らせるはずだ。
- ・経営者の方針や企業文化に合わない人材は採用しない
・雇用側と雇用される側の、将来のビジョンをしっかり共有し合う
・会社のマイナス面もしっかりと伝える
これまで意識してこなかった企業は、自社の採用活動を今一度見直してみよう。
2.入社して数年の人材を指導者にする
会社の育成ノウハウをスムーズに継承するために、入社して数年の社員を指導者に抜擢する企業もある。ベテラン社員だけを指導者にしていると、次世代に育成ノウハウが伝わらない上に、若い指導者の育成も進まないからだ。
多くの知識やスキルを持っているという意味で、ベテラン社員は非常に心強い。しかし、ベテラン社員は遠くない未来に退職するので、ベテランだけに頼っていては会社が続かないだろう。
入社して数年の人材は、確かに知識・スキルが乏しいかもしれない。しかし、彼らは自分が指導を受けたときの記憶が鮮明であり、それを指導に活かせる可能性が高い。
企業側が若手社員をしっかりサポートし、常に知識やスキル、ノウハウが継承されていく流れを作ることができれば、会社全体の底力が上がるだろう。
3.人材開発の民間機関を利用する
指導者がどうしても育たない中小企業は、人材開発の民間機関を利用する手もある。コストはかかるが、社内で指導者を育成する際もコストはかかるし、何より企業が時間を節約できることがメリットだ。
自社のニーズにマッチした民間機関に委託すれば、効率的に人材育成を進められるだろう。社外の知識やノウハウを習得できることもメリットだ。
近年は中堅社員や管理職など、経営側に回る人材を育成する機関もある。ノウハウ不足に悩んでいる企業は、自社に不足している要素を洗い出し、その部分を補う民間機関を探してみてはいかがだろうか。
「働き方改革」を意識することも、課題解決のヒントになる
人材育成にかける時間を確保できない企業は、最近よく耳にする「働き方改革」を意識することも重要だ。働き方改革は、従業員の就労環境を改善する取り組みなので、企業側は負担に感じるかもしれない。
しかし、働き方改革の実現には「業務効率化」が必要であり、業務効率が上がれば従業員の負担を減り、空いた時間を有効活用できる。
その時間を人材育成に充てれば、生産性を下げることなく、従業員全体のレベルアップを図れるだろう。業務効率化を実践する際のポイントは、大きく分けて以下の3つだ。
- ・無駄な業務を減らす
・ルーチンワークなどの業務は省力化する
・業務スピードを上げる
たとえば、これまで手作業で作成していた書類をシステム化し自動作成する、事務作業や経理作業にITツールを取り入れるなど、業務効率化にはさまざまな対策がある。前述の「見える化」を行った上で取り組めば、さらに高い効果を期待できるだろう。
自社が抱える課題を明確にし、早めの計画・行動を意識しよう
中小企業が抱える人材育成の課題は、簡単に解決できるものではない。しかし、どのような課題にも解決策はあり、各課題と真剣に向き合い改善を目指すことで、会社全体の力を底上げできる可能性がある。
抱えている課題をそのまま放置していると、状況はますます悪化していくだろう。時間やコストの余力がなくなり、手遅れの状態になってからでは対策の立てようもない。
課題解決にはある程度の時間を要するため、早めに計画を立てて行動を始めることが何よりも重要だ。何かしらの課題を抱えている中小企業は、本記事を参考にしながら具体的な計画を立ててみよう。
文・THE OWNER編集部