技術革新やグローバル化により市場ニーズ・市場構造は急速に変化しています。そのような外部環境の影響を受け、新規事業開発へ乗り出す企業が年々増加しています。
新規事業の担当者には既存事業のエースを採用するケースが一般的ですが、そのエースが新規事業開発の過程で苦労しているのは、既存事業との軋轢や経営層のマネジメント等、社内の人をめぐる問題です。
このことを示す調査結果も存在し、立教大学の教授らによる実態調査※によると、新規規事業の担当者が最も苦労した経験を問うアンケートでは、以下のような結果が出ています。
1.既存事業から必要な支援・協力を得る経験 38.4%
2.「既存事業のメンバーから新規事業に対して懐疑的な意見を受けた経験」 32.4%、
3.「即戦力となる優秀な人材を確保できなかった経験」 31%
4.「経営陣や上司から一貫性のない場当たり的な指示や指摘を受けた経験」 30.8%
5.「新規事業のアイデアをゼロから生み出す経験」 20.6%
首位の回答と「新規事業のアイデアをゼロから生み出す経験」との回答とでは約18%もの開きがありました。
※田中 聡・中原 淳(2017年)「事業を創る人と組織に関する実態調査」
こうした問題は大企業と中小企業の規模に関わらず存在します。また、新規事業を担う担当者だけでは解決しきれない問題ですので、新規事業を支える立場にある経営陣が、成功を阻害する要因をいかに取り除けるかどうかが重要です。
本稿では、新規事業開発の成功を阻害する社内の問題点及びその解決のポイントを記載します。
新規事業をめぐる問題点その1 既存事業との軋轢による経営資源の持ち腐れ
成熟事業がある企業が、新規事業開発を行う最大のメリットは自社資源の活用が出来る点です。経済学者ヨーゼフ・ションペーターが著書の『経済発展の理論』でイノベーションを「新結合」と定義していたように、そもそもイノベーションとは「今あるものに新しいものを結び付けること」です。
既存事業で培ったヒト・モノ・カネ・情報の経営資源へ新しい何かを結び付けることが出来るかどうかが、企業内でイノベーションを起こす鍵になるのです。そのためには現場レベルにおいて新規事業担当者が既存事業担当者からの支援や協力をいかに仰げるかどうかがポイントになりますが、一筋縄にはいきません。
なぜなら、自然状態において、新規事業と既存事業の間には経営資源をめぐる対立関係の構造が存在するためです。本来は、会社の現在を担う既存事業と未来を担う新規事業という相互補完的な関係にあるにもかかわらず、既存事業からは
「新規事業にうちの部門の利益を好き勝手使われている。」
「効率化を求めるなら新規事業で余計なことをしないでほしい。」
新規事業からは
「会社にためにやっているのに何故理解されないんだ。」
「理解されないから協力を仰げない。」
という声が上がるのです。
本来あるべき協働関係が、理論上だけでなく現場においても成り立つように、組織全体をマネジメントによって導く必要があります。
解決のポイントはコンフリクト(対立)マネジメント
まず大前提として、経営陣が対立構造を正しく認識・位置づけることから始まります。この対立をただの従業員同士の諍いとして終わらせず、組織のさらなる発展のために取り組むべきポジティブな課題として位置づけることが重要です。
その上で、新規事業と既存事業の対立を生みだしそうな要因を現場の視座を踏まえて検討します。要因は様々ではありますが、代表的なものには、仕事内容の違いによる売上アップ対コストダウンといった意思から生じるもの、理想対現実といった価値観から生じるもの、優越感対劣等感といった感情から生じるもの等があります。
それらをマネジメントする具体的な取り組みには、新規と既存というネーミングを辞めて印象を変える、新規事業にチャレンジできる条件を明確にして全体の納得感を高める、他部門への協力を評価に加える、生みの苦しみを理解できるよう既存事業のメンバーにも創造的な仕事の機会を与えるなどが行われています。
新規事業をめぐる問題点その2 既存事業のマネジメント手法の転用による混乱
新規事業は社内の誰も正解を持ち合わせていないものです。例え優秀な経営陣を前にしても、事業の内容を正しく評価することは出来ない中で、この新規事業に投資すべきか継続すべきかという、正しい判断を下すのは困難を極めます。
そのような状況下で、経営陣は「自社で行う意義について」「リスクについて」「事業計画の信憑性について」あらゆる角度から、時には重箱の隅をつつくような詳細に至っても確認したり、進行を見える化するために業績や成果の達成率を測るなど、既存事業で培われたマネジメント手法を総動員し成功の確度を確かめたくなるものです。
しかし、そうしたマネジメントによって、新規事業がターゲットとする市場の声を上手く事業に組み込めなかったり、時には担当者のモチベーションを下げてしまう等、意図せず新規事業の開発を阻害してしまうことがあるという側面も押さえておくべきです。
解決ポイントは最大限の顧客志向×行動のマネジメント
新規事業の答えを唯一持っているのは、他ならぬ顧客です。そのため、アイディアやプランを社内で判断しようとせずに、顧客に判断を仰ぐのが唯一の正解と言えます。
リクルートグループで約1,500件の新規事業と自身の事業においても約300社のスタートアップ支援してきた麻生要一氏は、その著書である『新規事業の実践論』おいて、「300回は顧客に出向き仮説を検証する必要がある」、「半年~1年の期間では1日約2回顧客にあたる日々を過ごすイメージだ」という内容を記しています。
顧客志向というとありきたりなようですが、この数字を見れば、それを愚直に実行することがいかに難しいかが想像できます。そこで、新規事業を支える経営陣は、正解を持ち合わせていない社内で検討する時間や労力を、正解を持っている顧客に検証するために使えるようマネジメントする必要があります。
新規事業の成長フェーズにより内容は様々ですが、具体的には定義したPDCAを回した回数や、顧客からのフィードバックを受けた回数などを管理し評価すること、経営陣と新規事業担当者との関わりにおいては、事業内容や目先の業績よりも、その事業の成長フェーズにおいてすべきことを実践出来ているかどうかという行動の内省を促す等があります。
また少し話はそれますが、以下を予め担当者に伝えておくことも必要です。
・何をもって成功とするのか
・どういう状況になれば撤退するのか
・成功した後の新規事業部門を企業内でどうするのか
・撤退した場合の担当者のキャリアがどうなるか
スタートラインにおいてこういった検討は一見不要な印象を受けますが、「やってみないとわからない」不確実性の高い新規事業だからこそ、いかなる経営判断を下す状況になっても、会社のエースのモチベーションを不用意に下げること、場合によっては貴重な人材を失うという事態を避けるようマネジメントしておく必要があるのです。
まとめ
中小企業にとって新規事業開発はノウハウや風土が無いことが多く、未知の世界。また大企業のような潤沢な資本を前提とできないことから「千三つ」の確率ではその実現が困難です。そのことからも成功の確率をあげるため、これから進む道にどういった問題が起こりうるのか、それらをいつどのように対処していくべきか、事前のマネジメントが肝心です。
しかし、渦中の新規事業担当者にその全てを任せるのは難しいものです。特に、熱意に満ちた担当者ほど、目の前の課題に視野が絞られることが多く、またこれから新しいサービスを世に届けようとする中で社内トラブルといった内のマイナスへの対処を考えることは困難です。
そのため、経営陣がそれを支援する役割を担う必要があるのです。多面的な視野と先を読んだマネジメントで新規事業を阻害する社内要因を取り除くこと、また、目先の「業績や成果」を求めるのではなく成長フェーズに応じた取るべき「行動」を求め、今何すべきかをコミットしたり内省を促す支援をしたりしながら、経営陣が新規事業者の支援者として伴走し続けるようにしましょう。
(提供:税理士法人M&Tグループ)