矢野経済研究所
(画像=PTC_KICKCAT/stock.adobe.com)

2023年11月
インダストリアルテクノロジーユニット
主任研究員 日栄彰二

ワイドバンドギャップ(WBG)半導体単結晶はポストシリコンと位置付けられてきた半導体材料である。その位置付けられた時期は定かではないが、我々が初めて自主企画調査レポートのテーマに据えたのは2004年であった。当時の世界市場規模推計値は20億円程度としたものの、内容的にはその内95%が最新版では組み込んでいない特定LEDメーカーの下地基板用内製分を市場価格に置き換えてのカウントであり、一般的な市場として取り上げられるレベルではなかった。加えて、残り5%の中身も、その多くが研究開発用に過ぎない状況であった。WBG半導体単結晶のBG(バンドギャップ)とは半導体材料としての物性定数のひとつで、単位はeV(electron Volt)。また、帯域を指しているので比較する際は広狭で表される。このバンドギャップが広いことは絶縁破壊電界強度が高いという特徴に繋がり、半導体デバイスとしてはON抵抗の低減、言葉を変えるとエネルギー利用に優れているということとなる。具体的には電気が使われる場所での利用となるが、自動車をはじめとする輸送機器の電動化での注目度が高い。加えて、より大きな電力使用シーンであればこれを使うメリットも大きくなるので、各種産業機器や発電機器、さらには系統電力方面への適用が進むこととなる。

当初WBG半導体単結晶として取り上げた材料種はSiC(炭化ケイ素)1種のみであったが、現在ではGaN(窒化ガリウム)、Ga2O3(酸化ガリウム)、AlN(窒化アルミ)、ダイヤモンドを加えた個性豊かな5種となっている。市場における先頭バッターはSiCであるが、Ga2O3はその後を追う好位を固めつつあるし、GaNの高いポテンシャルが市場で暴れる道筋も出来てきている。また、ラスボス的にあまりその姿がはっきりしていなかったダイヤモンドでさえ、もう噂話では済まなくなってきていることを実感できている。これらはこれまで次世代材料の位置付けであったが、その現世代とは言うまでもなくSi(シリコン)で、その牙城を切り崩すべく戦いが繰り広げられている。一般的な話だが、次世代品は性能は高いが同時に価格も高く、当初は限られたスペシャルな領域での市場プレーを続ける中で、価格的な力である量産力を高めることになる。単結晶を作る上ではいくつかのアプローチ(結晶成長法)があるが、WBG単結晶をSiのように筋良く進めることが容易ではない点への対処にここまで多くのチャレンジが繰り広げられて来たことを見聞きしてきた。そして、直近の調査レポートでは足元の市場規模を約270億円と推計し、2030年予測を3,000億円オーバーとするなど、まさにこれまでの次世代がもう次世代ではなくなる見通しであることを捉えている。また、単結晶は産業構造上のフローでは上流に位置するので、その下流となるデバイスや製品に目を向ければ最低でも一桁上の金額規模感になる見込みで、今後、大きなインパクトを生む源泉と言える。

ただ、このWBG半導体単結晶はグリーンイノベーションや脱炭素社会といったラベルをつけて取り上げられることが多いのは歯がゆいばかりだ。それは私がそんな冠を耳障り良く捉える向きと立ち位置を異にしているからであるが、それだけでなく、逆にWBG半導体単結晶の可能性への本質を見誤ることに繋がることさえあると思うからである。各単結晶はそれぞれ貴重な科学技術の種であり、自らの自然な力を有している。極力、それに沿って成長させることでこそ、本来辿り着くべき多種多彩な開花を見ることが出来るはずだ。

前回のこの場※でも触れたことであるが、我々のレポート作成に際しては関連研究に取り組まれる方達のご努力に触れさせていただく機会が多々ある。この半導体単結晶領域でも同様にその方達への敬意の念を持っている。その中でひとつ良くお聞きする話として、研究を継続させることへの重要性がある。そこでは自身の研究を続けるため、時には少し過大な見せ方をしないとならないこともあるなど、その多難な道程の一端を吐露されることもある位だ。そのようなことを受けたからか、それを支える側の全てについてはどうしても鋭い刃を突き付けたい気持ちとなる。どうして“千三つ”を胸張って続けられるようにできないのか、なぜ5年や10年でしか物事を考えられないのか。こういうことについての冷ややかな見方やダメ出しが、先々の我々にとって因果応報とならないことを祈るばかりである。

5GからBeyond5Gへ向かう中で気になることがある 2021年1月 アナリストeyes