介護と看護の「まるごとケア」を実現する看護小規模多機能型居宅介護 悠愛-1(栃木県)

目次

  1. 「なぜ自宅で看取りができないのだろう」が出発点。「ナイチンゲールの『看護覚え書』」は在宅介護のことだった
  2. 訪問看護ステーションを皮切りに、全国的に事例の少ない看護小規模多機能型居宅介護を設立
  3. 本人と家族が望むことが「正しい選択」。それを支えるのが私たち
  4. 丁寧な看護は「気づきがどれだけできるか」に尽きる。資格が必要な仕事以外は全員がやる
  5. 看護記録はスキルアップを後押しする存在になる
  6. 医療・介護保険制度あっての業界。記録業務は利用者と事業所の命綱
中小企業応援サイト 編集部
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増え続ける高齢者に対して介護人材の不足は依然として解消されず、少ない人数では一人ひとりにじっくりと向き合えない。こうした現場の声に対して、タブレットによる効率的な介護記録の入力や、見守りベッドセンサーなどの活用事例も増えている。また、介護報酬請求業務や複雑な勤怠管理にもICTの導入が不可欠となっている。

ICTを導入すればすべての課題が解消できるのかと言えば、そう簡単にはいかない。なぜなら、それを使うのは人間だからだ。今回の事例、株式会社悠愛では、高齢者の在宅看護を担う訪問看護ステーションを皮切りに、複合的にサービスを提供する看護小規模多機能型居宅介護を手がけている。利用者に多様なサービスを提供する事業形態で、どのようにICTを使いこなそうとしているのだろうか。熱い志に満ちた現場の取り組みを紹介する。

「なぜ自宅で看取りができないのだろう」が出発点。「ナイチンゲールの『看護覚え書』」は在宅介護のことだった

介護と看護の「まるごとケア」を実現する看護小規模多機能型居宅介護 悠愛-1(栃木県)
看護師として病院での勤務時代を経て、在宅看護・介護の世界に飛び込んだ横山孝子代表取締役は日々現場に入り、ケアマネージャーとしても奔走。横山則男専務取締役は経営管理面で事業を支えている。

今から11年前の2012年、栃木県那須烏山市で「訪問看護ステーションあい」を立ち上げた株式会社悠愛の横山孝子代表は、2015年には訪問看護の制度では提供できないサービスを実施する全国組織「キャンナス」の烏山支部「キャンナス烏山」を設立。2019年には看護小規模多機能型居宅介護「まるごとケアの家あいさん家」を設立するなど、地域のニーズに呼応して新たな取り組みを行ってきた。

訪問看護ステーションを立ち上げる以前、地元の中核病院で看護師として勤めていた横山代表は、看取りのためだけに救急車で搬送される高齢者の多さに違和感を抱いていた。「私が子どもの頃、ひいおじいちゃんも、ひいおばあちゃんも自宅で亡くなるのが自分にとっては当たり前でした。だから、なぜみんな自宅で看取れないんだろうと思っていたんです」と語る横山代表。家で看取りができるのは、在宅診療を手がける医師をかかりつけ医として持つ患者のみだった。在宅医療が制度化されたのは2000年代に入ってからだが、当時は制度を知らない病院看護師が多かったという。

10年勤めた病院を退職し、一念発起して訪問看護ステーションを立ち上げた横山代表は、看護学校時代に読んだ書籍「ナイチンゲールの『看護覚え書』」を改めて手に取った。その内容は、病気とは回復の過程であるとし、看護とは患者の回復過程を促進する援助であり、患者の持てる力、健康な力を活用し、高める援助であるといった内容が書かれている。看護は介護と同義であると改めて気がついた横山代表は気持ちを新たにした。

訪問看護ステーションを皮切りに、全国的に事例の少ない看護小規模多機能型居宅介護を設立

介護と看護の「まるごとケア」を実現する看護小規模多機能型居宅介護 悠愛-1(栃木県)
2019年に設立した看護小規模多機能型居宅介護「まるごとケアの家あいさん家」。ここでは訪問看護、デイサービス、ショートステイなど複数のサービスをワンストップで提供している。

団塊の世代が後期高齢者となる2025年には、高齢者人口がピークを迎える。一方で、国の医療制度改革によって在宅療養者は増え続け、医療依存度が高いにもかかわらず介護を担う家族が不在であったり、家族が介護離職を余儀なくされたり、老老介護で十分なケアができないなどの課題が生じている。そこで平成24年度(2012年度)の介護報酬改定を機に誕生したのが看護小規模多機能型居宅介護(通称「看多機」)である。

看多機は訪問看護を中心に、宿泊、デイサービスを同一の施設が提供するもので、看護と介護の連携が必要な利用者への対応をきめ細やかに行うことが可能だ。また、複数の介護事業所との契約が不要で、利用回数の多い人でも1ヶ月あたり固定料金のため割安感がある。また、全てのサービスに同じ事業所のスタッフが関わることへの安心感もあり、住み慣れた地域で暮らし続けたい人にとって望まれる介護サービスといえるだろう。この制度を厚生労働省が打ち出したのは2021年だが、看多機自体、全国的にはまだ数少ないのが実情だ。このような事業所が求められる背景には、制度上の制約がある。

「デイサービスやショートステイの利用者さんは、ちょっとした発熱や、食欲がないとか、いつもとちょっと違う……となると家に帰されます。つまり、医療の素人であるご家族がケアしなくてはならない。ところが、訪問看護の制度上では私たちは1時間〜1時間半しかいられませんし、『キャンナス烏山』に頼むとお金がかかってしまう。困り果てている地域のご家族を見ていて『看護師である私たちが受け入れをしないといけない』、そう思ってシェアハウス的なものができないだろうかと模索しました」と話す横山代表。何か制度上に乗せられる方法はないかと夫の横山則男専務が調べた結果、看護小規模多機能居宅介護制度があることを知った。だが、市には公約はあるものの、まだ事業所はなかった。

横山代表は市に粘り強く交渉し続け、次期計画の2019年に指定許可を得た。そして、同年に栃木県で4例目となる看護小規模多機能型居宅介護「まるごとケアの家あいさん家」が悠愛によって設立された。

本人と家族が望むことが「正しい選択」。それを支えるのが私たち

介護と看護の「まるごとケア」を実現する看護小規模多機能型居宅介護 悠愛-1(栃木県)
デイサービスやショートステイのサービスを提供するために欠かせない送迎車両。小規模の事業所でも揃えるものは多い。

高齢者の状態は刻々と変わる。また、介護する家族の生活にも変化があり、多様な介護のありかたが求められる。看多機はその受け皿としての役割を果たす存在だ。 「在宅だとご家族では看られないというのが大前提にありますが、ご家族は『施設に入所』か『入院』しかないと思ってしまいがちです。でも、『最後は自宅で』ということが実際には可能です」と断言する横山代表。ただし、「絶対に自宅で」と思ってはいないという。

「ご家族やご本人が望む場所なら、それが正しいんです。『最後は病院で』というのであれば、ギリギリまで自宅で安全に過ごせるようにお手伝いしますし、『最後は施設に入所します』という場合は、施設に空きが出るまで自宅で安全に穏やかに過ごしましょうと、そのための支援が私たちの役割です」。

一方、家族が後悔したくないゆえに在宅で介護をしようと考える場合もある。しかし、横山代表は家族にこう告げる。「ご本人と同じく、ご家族の生活やお仕事も同じぐらい大切なものとして受け止めています。だから、介護のために大切な仕事を諦めてしまうのは、正しい選択とは限らないですよ、とお伝えしています」。そして、「大切な家族のことを思って精一杯考えたことこそが、一番正しい選択だと思うのです」。

丁寧な看護は「気づきがどれだけできるか」に尽きる。資格が必要な仕事以外は全員がやる

介護と看護の「まるごとケア」を実現する看護小規模多機能型居宅介護 悠愛-1(栃木県)
悠愛の看護師たちは利用者を仔細に観察して看護記録に記し、医師との緊密な連携を果たしている。

悠愛の理念である「丁寧な看護」。それは「気づきがどれだけできるか」ということだと横山代表は語る。事実、悠愛のスタッフは入浴介助ひとつとっても、頭皮や皮膚、口腔の状態の観察に始まり、褥瘡(じょくそう:床ずれ)の状態はどうなっているか、呼吸の状態はどうか、といったことを、体を洗いながら細やかに観察し、それを記録・共有する。看護師目線では当たり前のことだが、これが介護スタッフにも求められるのだ。

「大きな施設にいた人がうちに来ると、かなりのギャップがあります。『何十人もこなしてきているから大丈夫です!』という人ほどキョトンとしてしまうんです。多人数をお風呂に入れる作業だけしかしてこなかったから無理もありません」と横山専務は理解を示す。「でも、うちでは資格が必要な医療処置以外の仕事は、スタッフ全員がやります」。この言葉からは、全てのスタッフが主体的に動いている様子がうかがえる。

看護記録はスキルアップを後押しする存在になる

そんな悠愛では、まだ経験の浅い看護師や介護スタッフに対し、先輩看護師が一つひとつ丁寧に指導を行っている。しかし、「丁寧な看護に必要な気づき」を与えてくれるものとして、看護記録用ソフトも大きな役割を果たすと横山代表は実感している。

「本当に痒いところに手が届くソフトです。例えば『褥瘡』を例にとると、その項目について観察をしなければいけない項目が事細かに書かれています。だから、スキルの浅い看護師でもそれを見て記録できましたし、記録を通してスキルアップにもつながりました」。

医療・介護保険制度あっての業界。記録業務は利用者と事業所の命綱

介護と看護の「まるごとケア」を実現する看護小規模多機能型居宅介護 悠愛-1(栃木県)
介護報酬請求業務の一切を取り仕切る横山専務取締役。記録ミスは利用者の自己負担や会社の経営にも直結するため、スタッフには介護制度の教育が欠かせないと語る。

悠愛で看護記録用にタブレットを導入したのは2016年。世の中の多くの人がタッチパネルに慣れてきた頃だった。「記録にかかる時間というのはすごく大きくて、日々の記録をタブレットに切り替えたら、スタッフの負担が減りました」と振り返る横山専務。当時悠愛では居宅介護と訪問看護の事業を手がけており、記録は全て手書きだった。複写シートの印刷も検討したものの、コストがかかるために二の足を踏んでいた。しかし、タブレットなら利用者の状態を撮影し、データを入力すれば完了すると知って導入を決めた。

その他に最も手間のかかる業務としては、管理者が計画書と報告書を毎月末に提出する作業がある。タブレット導入前はパソコン上に記入したデータから、介護報酬請求の計算を行うソフトに連動する仕組みになっていた。しかし、新しく導入したソフトではタブレットの記録と連動できるようになり、時間短縮につながった。

気をつけなくてはならないのはスタッフの記録ミスだ。「制度を理解していないと当然ミスは多くなります。制度あっての業界だということを理解してもらうためには教育が必要です。とりわけ、病院勤務を経て、訪問看護を初めて経験する看護師には最初に3ヶ月間研修期間を設け、請求業務に関することも教えています」と話す横山専務は、独自の加算表を作り、ダブルチェックをした上で本人確認もするほど念入りに確認作業を行っている。それだけ厳密さが要求される制度なのだ。

「在宅看護・介護にとっての多職種連携はどうしても金銭的なものが外せませんので、看護師が好きなだけ出向くわけにいかない。その辺はケアマネージャーさんとの連携も必要です」。

なお、請求業務においては、最近導入した新しいシステムによって格段に業務負担が軽減されたという。それ以前は月末しか請求の集計ができず、1週間は深夜3時前に帰宅できないほどだったが、今はリアルタイムで処理ができるようになり、作業時間の短縮につながった。また、利用者への恩恵としては、一枚の請求書に介護保険と医療保険でいくらかかったかがまとめて記載されるようになったことだ。わかりやすい上、説明もしやすくなったそうだ。

医療と介護という別の制度のために想像以上に経営者や現場の負担が多い。しかし、横山代表と横山専務は、利用者のために粘り強く看護と介護でのサポートを推進すべく、2014年から実施している栃木県医師会の完全非公開型 医療介護専用SNS「どこでも連絡帳」(栃木県版MCS)の自社活用も行っている。さらに介護現場の情報を分析し、介護現場に適切な情報をフィードバックする「LIFE(科学的介護情報システム)」の活用を通じて介護の質の向上にも取り組む。このあたりの状況は別記事でご紹介したい。

企業概要

法人名株式会社悠愛
所在地栃木県那須烏山市神長422-1
HPhttps://www.ai-houkan.com/
電話0287-83-8035
設立2012年4月1日
従業員数26名(2022年10月現在)
事業内容  居宅介護支援事業所、訪問看護ステーション、看護小規模多機能型居宅介護、訪問ボランティアナース「キャンナス烏山」、くらしの保健室(在宅療養、健康相談)