吹雪のシベリアで夏タイヤ。車中泊という名の遭難かも...【すみません、ボクら、迷子でしょうか?:第6話】

話題作『今夜世界が終わったとしても、ここにはお知らせが来そうにない。』(WAVE出版)の著者が、“車と旅”の海外版について語る新連載エッセイ。

“楽園を探す海外放浪夫婦が、中古の軽自動車を買って北海道から南アフリカへ。

警察官の賄賂を断ってジャングルに連れ込まれ、国境の地雷地帯で怯え、貧民街に迷い込み、独裁国家、未承認国、悪の枢軸国、誰も知らないような小さな国々へ。

南アフリカ・ケープ半島の突端「喜望峰」で折り返して日本に戻ってくる予定が……。”

■本連載のこれまでの話、著者プロフィールはこちら:https://www.mobilitystory.com/article/author/000028/

目次

  1. 【第6話】シベリアの雪を前にした道産子の余裕
  2. 「死ぬほど死ぬかと思った」夏タイヤでのブレーキ
  3. 旅立ち前に中古屋さんの若旦那がくれていたモノ
  4. 「落ち着こう、自分。やればできる子なんだから」
  5. これを奇跡と呼ばずに何をミラクルと呼ぶのか

【第6話】シベリアの雪を前にした道産子の余裕

どこかに楽園はないものかと、旅に出た。南アフリカの喜望峰まで行けば楽園のふたつやみっつ見つかるだろうと、札幌で中古の軽自動車を買って。妻Yukoとふたりで。

稚内からフェリーに乗って、ロシアに渡った。シベリアの大地を走り出したとたん、エンジン警告灯が点いたまま消えなくなったが、できるだけ見ないようにして走り続けていたところ、雪が降ってきた。ボクら夫婦は道産子なので雪くらいで驚きはしないが、冬が来るとは考えてもみなかった。

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幹線道路沿いは紅葉のきれいな秋でも、鄙びた集落に一歩足を踏み入れれば冬だったりする

荒野のど真ん中で吹雪に襲われていた

吹雪に襲われていた。シベリアで。ちょっとした荒野のど真ん中で。

車の中にいるので風が強いのは平気だが、雪が半端ない。冬将軍がうっかり蛇口を捻りすぎたとしか思えないほどわさわさわさわさ落ちてきて、粗挽きの霧状態である。ワイパーを最強にしても間に合わなくて、フロントガラスの隅に氷が宿ってきた。果てしない大地の真ん中を走っているというのに、周囲5メートルくらいしか見えないのだった。

「これはちょっとやそっとでは止みそうもないねぇ」
「下手したら1週間くらい降り続けるかもね」

と、道産子の余裕をかましていたが、かましている場合ではないのである。

夏タイヤなのだ。

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雪が降り始めたころは、犬のように駆けずり回った。
喜んでいる場合ではない

「死ぬほど死ぬかと思った」夏タイヤでのブレーキ

道路がシャバシャバしているうちはまだよかった。音を立てながらも、大地に食らいついている感があった。

地に足がついていた。轍から外れなければなんとかなるだろう、と希望があった。が、希望という名の轍は、あえなく雪に消えた。

真っ白。

積もりたての雪の上を走る。僭越ながら夏タイヤである。TPO的にまずいんじゃないだろうか。そろそろ、ブレーキが効かなくなるような気がしなくもない。

そういえば昔、珍しく東京に雪が降った日、この程度の雪で大騒ぎする東京は大袈裟だなあと雪国育ちの走りを見せていたら、つるーーーーーっと滑って反対車線に突っ込んだことがある。対向車がなくて九死に一生を得たが、すでにあのときの積雪量を超えていた。

試しにそーっとブレーキを踏んでみたところ、ぐぐぐっと雪を噛んで減速した。うん、効く。大丈夫だ。まだしばらくはなんとかなりそうです、と油断したところで、つるんっといった。心臓と股間が爆発的にきゅんっとした瞬間、つるーーーっと後輪が右に流れて、そっち方面は崖だった。ぷるんぷるんとお尻を振りながら自然に本線に戻ったからいいようなものの、ガードレールはなかった。

死ぬほど死ぬかと思った。血が逆流したまま戻らなくて、鼻から涙が出た。落ち着いたほうがいい。とりあえず止まろう。話はそれからだ。ブレーキは使用禁止にして、アクセルから静かに足を離した。

慣性の法則に従って、ゆっくりと路肩に止まった。

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雲を作る工場。ここの雲が吹雪を招いたのではないかと疑っている

旅立ち前に中古屋さんの若旦那がくれていたモノ

見事な着地だった。グッジョブ自分。

あたりを見渡すと、右に崖があるのはいいとして(ちっともよくない)、目を凝らして前方を見ると、10メートルほど先から下り坂になっていた。

下り坂? ということは、ここは丘の上か、峠のてっぺんってこと?

いつの間にそんなところを走ってきたというのか。困ったである、ブレーキは使用禁止になったので、下りとなると、今日はもう進めなくなってしまったではないか。となると、今夜はここで車中泊。滅多に車も通らない名もしれぬ峠のてっぺんで?

やばくない?

この勢いで雪が降り続けば、明朝には雪に埋もれている。雪に埋もれたら来年の春まで発見されないのではないだろうか。もしかして、車中泊ではなく遭難しているのではないだろうか? 

立ち位置について悩んでいたら、いいことを思い出したのである。

旅立ち前、中古車屋さんの若旦那が「これ、持っていきなよ」とチェーンをくれたことを。いまどきチェーンなんか必要ないでしょうと気にしていなかったけれど、ごめんなさい。死ぬほど必要でした。

若旦那に心よりお礼を申し上げて、まさか捨てちゃいないよなと荷物の奥底を探しまくり、チェーンを発見した。

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車中泊なら、晩飯はカップ麺。美味しいけど、焼きそばの味はしない

「落ち着こう、自分。やればできる子なんだから」

チェーンさえあれば鬼に金棒! と意気込んで車から出た。後輪の横にうずくまり、説明書を広げた。

が、吹雪だ。風に紙がバタバタバタバタ煽られて、字なんか読めたものではないのである。そこで両手で説明書を車に押さえつけて、手順を暗記することにした。

自分はもとより誰も知らないが、暗記は得意なのである。小学校のころは、寿限無寿限無(じゅげむじゅげむ)を最後まで言えたのだ。それに「誰でも簡単に装着できる」ようなことが書いてあるだけに、手順は多くない。どちらかというと、こんなんでチェーンを巻けるのかと不安になるくらい文字は少なかった。

一言一句しっかりと暗記して、念の為に口の中で復唱した。

うん、大丈夫、問題なし。説明書をポケットに突っ込んで、チェーンを手にした。

えーと。
…………。
…………。

あれっ、どうするんだっけ?

思い出せなかった。1行も頭に浮かばないとは自分ながら驚いた。強風のせいなのか、雪の精のせいなのか。落ち着こう、自分。やればできる子なんだから。

作戦変更の後、覚悟を決めた

作戦を変更することにした。説明書に頼るのはやめよう。なんだかんだ言っても所詮チェーンにすぎないのだ。じっくりと観察してみよう。どうだ、なんとなく手順が見えてこないかい、と思ったら、ほら、手が勝手に動き出した。

あっちとこっちを繋げばいいに違いない。そっちからこっちへ通すと見せかけてあっちへ繋げるのもいいだろう。本能の命じるままにまかせたら、カタチになったのだった。

素晴らしい、見た目は悪くない。

あえて言えば、10cmくらいチェーンが余っているのが気になる。加えて、全体的にゆるゆるなのも見逃せないポイントだった。それらを改善すべく部分的にチェーンをぐるぐる巻きにして、こっちが緩いからあっちに引っ張ってみたりして、なんとか辻褄を合わせた。

出来上がった作品をしばし眺め、筆者は覚悟を決めたのである。

チェーンを外して、車に戻ることにした。

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後日、天気のいい日に巻いてみたが、やはり上手く巻けなかった。雪の精は関係ない

これを奇跡と呼ばずに何をミラクルと呼ぶのか

事ここに至ってようやく悟った。運命だか天中殺が導いているのだ、ここで安らかに眠れ、と。

ならば粛々と遭難の準備に…、ではなくて車中泊の準備に取り掛かろう。と、その時、シャンシャンシャンとサンタクロース&トナカイの音が聞こえてきた。後ろから軽やかなリズムで。振り向けば、除雪車がやって来たのである。除雪車の通ったあとには、モーゼが海を割ったがごとく、雪がなかった。

チャンス!

待って、置いてかないでー! と走り出し、除雪車の真後ろにくっついて町まで下ったのだった。

大雪の日に除雪車がやってきて、そのあとには雪がないとは、これを奇跡と呼ばずに何をミラクルと呼ぶのか——。この勢いでスタッドレスタイヤを買おう! と意気込んだが、次回「そんなタイヤはありません!」の巻。

ついてないときはついてないもので……。(第7話へ続く)

■本連載のこれまでの話、著者プロフィールはこちら:https://www.mobilitystory.com/article/author/000028/

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どこもかしこも雪で白いのに、車が汚くなっていくのはなぜ?