介護事業が「地域の基幹産業」として社会的評価を受ける産業へ。生活リハビリとコミュニケーション向上を基本に、働き方改革とICT活用 たまゆら(長野県)

目次

  1. 建設業から介護事業に参入。行政の思わぬ抵抗に遭う
  2. 風光明媚な高台にデイサービス施設を開設して介護事業をスタート。現在はグループで13事業所に発展
  3. 特別養護老人ホーム事業に乗り出すため、社会福祉法人を設立。これにより一人の利用者を一貫して介護する体制が整う
  4. 利用者サービスは「生活リハビリ」と「コミュニケーション」に注力
  5. 家庭と仕事の両立が可能な職場作りに熱心。2007年には施設内託児所を設置し「くるみんマーク」の認定も。「職員は宝物」と社長は語る
  6. 10年ほど前から介護報酬請求業務をデジタル化、数年前からは介護記録も
  7. 2022年には、自分たちで簡単に自由に使えるホームページソフトを活用し施設情報を発信。利用者のための予約システム導入も視野
  8. 早くから自然災害に備え、井戸や汚水タンク、自家発電装置を設置
中小企業応援サイト 編集部
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介護事業を大きく発展させて地域の基幹産業として認められる存在になる——長野県飯田市にある株式会社たまゆらは、そんな夢を抱き、デイサービスセンターを皮切りに特別養護老人ホームに至るまで順次、施設を増やしてきた。「利益を追求してこそ介護事業の未来がある」という創立以来の信念に基づき、利用者サービスの質的向上とともに、職員の働き方改革を進めてきた。介護報酬請求・介護記録業務システムを導入し、ホームページも刷新するなど、ICT化に積極的に取り組んでいるのもその一環だ。(TOP写真:利用者一覧表で介護記録をチェック=デイサービスセンターたまゆらの丘)

建設業から介護事業に参入。行政の思わぬ抵抗に遭う

介護事業が「地域の基幹産業」として社会的評価を受ける産業へ。生活リハビリとコミュニケーション向上を基本に、働き方改革とICT活用 たまゆら(長野県)
社名の由来を語る松村紘一会長

会社名の「たまゆら」は万葉集の句にも使われている古語「玉響(たまゆら)」からとった。「玉と玉が触れ合う時に出るかすかな音」という語源から転じて、「わずかな時間」「ほんのしばらくの時間」という意味に使われる言葉だ。命名したのは創業者で現在、代表取締役会長の松村紘一氏。「私どもの施設の利用者は平均すると80歳代でデイサービス(通所介護施設)に通い始め、90歳代で亡くなられる。その10年ほどの短い時間をここで楽しく明るく過ごしていただきたいという思いを込めました」と語る。

松村会長はもともと地元の建設会社の社長を任されていた。県の公共工事が減少する中で、一つの入札案件に二十数社が殺到するなど競争が激化するばかりの建設業界の先行きに不安を感じ、その建設会社の多角化の一環として、2002年9月に株式会社たまゆらを設立、介護事業に乗り出した。

ちょうど2年前の2000年に介護保険法の施行と社会福祉法の改正によって、介護事業を始めとする社会福祉事業への営利法人の参入が解禁され、福祉サービスを提供する仕組みが行政による「措置」から利用者が自由に業者を選ぶ「契約」へと変わった。民間の活力を利用し、競争原理を働かせることで、福祉サービスの量と質を高めようという考えからだ。

松村会長はそうした情報を建設業界誌や、看護師・理学療養士として長年にわたり病院に勤務していた夫人から得て、介護事業への参入を決断。まず、デイサービスから始めることにした。たまゆらのロゴマークの柿の実の絵は、今は亡き夫人が会社設立準備中に描いたものだ。

介護事業が「地域の基幹産業」として社会的評価を受ける産業へ。生活リハビリとコミュニケーション向上を基本に、働き方改革とICT活用 たまゆら(長野県)
たまゆらの絵のロゴマーク

ところが思わぬ伏兵の抵抗に遭った。介護保険事業所として県の指定をもらおうと、飯田市の担当課に相談すると「認められない」というのだ。「要は、建設業が参入するような事業ではない、利益を追求するような事業ではないからやめてくださいという意見でした」(松村会長)。飯田市にある県の出先機関で相談しても「市がそう言うなら」と聞く耳を持たない。松村会長は建設業という業種が差別されたかのような、あるいは民間企業の参入によって競争原理を働かせるといったそもそもの法の精神に背くような行政の対応に疑問を抱きつつ、最後は長野市にある県の本庁に直接出向いて直談判し、事業所の指定をもらった。

「介護事業というのはボランティアの延長であり、利益を追求する職業ではないという考え方は今でも非常に強く残っています。だけど、私はそれでは介護事業は成り立たないと思います。どんな仕事でも利益がなければやっていけません。やはり利益を追求する一つの産業として世の中が認めないと、絶対に介護事業は進歩しないし、良い方向には向かいません」。松村会長の信念だ。

風光明媚な高台にデイサービス施設を開設して介護事業をスタート。現在はグループで13事業所に発展

会社設立から半年後の2003年9月、飯田の住宅街と天竜川をはるか眼下に置き、遠くに赤石山脈を望む風光明媚な高台に「デイサービスセンターたまゆら」をオープンした。続いて2005年3月に「ショートステイたまゆら」、2007年3月に「介護付有料老人ホームたまゆら」を同じ敷地内に開設。2009年には少し離れた場所に土地を確保し、2つ目の通所介護施設となる「デイサービスセンターたまゆらの丘」、サービス付高齢者向け住宅(サ高住)「ハッピーハウスたまゆら」をオープン。2013年には軽度の認知症など介護度が比較的軽い高齢者を対象とする「グループホームたまゆら」(同9人)を新たな場所に開設した。

介護事業が「地域の基幹産業」として社会的評価を受ける産業へ。生活リハビリとコミュニケーション向上を基本に、働き方改革とICT活用 たまゆら(長野県)
風光明媚な高台に各施設が点在する
介護事業が「地域の基幹産業」として社会的評価を受ける産業へ。生活リハビリとコミュニケーション向上を基本に、働き方改革とICT活用 たまゆら(長野県)
最初にオープンした「デイサービスセンターたまゆら」

さらに、2019年7月には近隣自治体の社会福祉協議会から4つの事業譲渡を受けて、運営開始。すなわち音楽を使ってリハビリする「デイサービスセンター杜のおんがっかい」(同45人)、障がい者グループホーム「木の葉のささやき」(同6人)、障がい者が通所して余暇活動を花で楽しんだりする地域活動支援センター「花香房かざぐるま」、それにケアマネージャーが施設利用者のケアプランを作成したりする居宅介護支援事業所だ。続いて、同年10月に「クループホーム切石」(同9人)、2020年12月に「グループホーム下瀬」(同9人)をそれぞれ別の場所に開設した。

特別養護老人ホーム事業に乗り出すため、社会福祉法人を設立。これにより一人の利用者を一貫して介護する体制が整う

これらとは別に、たまゆらのグループ法人である社会福祉法人アムノスの会(松村紘一理事長)が2017年4月に「特別養護老人ホームたまゆら」を開設、同年7月に同じ施設内で「ショートステイ特養たまゆら」を始めた。グループ全体でみると、現在、13の事業を6ヶ所で展開している。

これにより、松村会長が介護事業を始めた当初から描いていた、複合型の介護施設展開が完成した。いわば、利用者の要介護度が高くなるにつれ、デイサービスからショートステイ、特養へと必要なサービスは変わっても、利用者が慣れ親しんだ地域・環境でずっとサービスを受けられる体制になったのだ。「一人の利用者と最期までお付き合いする。これこそが、最終的な介護事業の在り方だと思います」(松村会長)。

特養を運営するために社会福祉法人を立ち上げたのは、民間企業には特養の経営が認められていないためだ。利益を追求する営利法人こそ介護事業を発展させられるというのが持論だけに、松村会長は「私は社会福祉法人という制度は嫌いです。(民間企業と)同じ所から同じお金をもらっておいて、税金は一切なしなんてバカな話はない」と強調。実際に社会福祉法人を運営してみたうえで、特養が社会福祉法人にしか事業認可されない理由が「まったくわかりません」と明言する。

利用者サービスは「生活リハビリ」と「コミュニケーション」に注力

たまゆらの利用者サービスの特徴は、「生活リハビリ」と「コミュニケーション」の二つに職員が共通して力を入れていることにある。「生活リハビリ」では理学療養士と作業療法士が毎日の機能訓練の中で、手足の運動に加え、体幹の運動や転倒防止のためのバランス運動などを取り入れている。一方の「コミュニケーション」というのは、利用者の死に対する恐怖や精神的苦痛をやわらげ、人生の最期まで尊厳ある生活を送れるように支援することを意味する。

家庭と仕事の両立が可能な職場作りに熱心。2007年には施設内託児所を設置し「くるみんマーク」の認定も。「職員は宝物」と社長は語る

一方、松村会長が「事業をやるからには適正な利益を上げて、職員の給料をアップし、産業としての地位を向上させていかないといけない」と語るだけに、職員の働き方改革にも熱心。事業を始めて4年目の2007年には施設内に託児所を設置した。当時、親会社である建設会社に勤務していたという久保田忠士代表取締役社長は、「事業立ち上げの当初は職員も20代前半の若い女性が多く、結婚や出産で離職する人が相次いだことから、職員の間から『子どもをみてくれれば、その間は働ける』という声が上がったと聞いています」と経緯を説明する。

それ以降、育児休業後の短時間勤務制度や短時間正社員制度、看護・介護休業制度などを順次整備し、家庭と仕事を両立できるようにフレキシブルな働き方を選べる仕組みにした。両立支援事業者を認定する厚生労働省の「くるみんマーク」の認定も受けている。久保田社長は「職員というのは会社の宝物です。現場を回って職員の声を聴くなど、とにかく宝物を守るためには何でもするつもりでいます」と力を込める。

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「職員は宝物」と話す久保田忠士社長

10年ほど前から介護報酬請求業務をデジタル化、数年前からは介護記録も

介護事業が「地域の基幹産業」として社会的評価を受ける産業へ。生活リハビリとコミュニケーション向上を基本に、働き方改革とICT活用 たまゆら(長野県)
すべて手書きだった請求書作成、今はシステムで計算された請求書を印刷するだけ

利用者サービスの向上と職員の働き方改革の延長線上にあるのがICT化だ。介護業務ソフトを導入して、介護報酬請求業務をデジタル化したのは10年ほど前のことだという。たまゆらの11事業所の国民健康保険団体連合会(国保連)に対する請求は、毎月一括してCSVファイルで送信。毎月約700件に上る利用者の自己負担分の請求は同ソフトで作成した請求書を印刷、封入して郵送している。それまではすべて手書きの作業だっただけに、久保田社長は「(パソコン一つで)請求内容がすべて計算され、完結しているので、大幅な時間短縮と人件費の削減につながっている上に、計算ミスも解消できました」と話す。

2、3年前からは同じソフトのもう一つの機能である介護記録システムも活用するようになった。介護の現場に備えてあるタブレット端末で随時入力し、事務所のパソコンで利用者全員のデータをチェックする。それまではやはり手書きだったので、デジタル化によって例えば食事の献立など同じ内容はコピー&ペーストを利用するなど、職員たちは便利さを実感しているという。

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タブレット端末で介護記録を入力

2022年には、自分たちで簡単に自由に使えるホームページソフトを活用し施設情報を発信。利用者のための予約システム導入も視野

2022年にはホームページも刷新した。それまでは制作も更新も専門業者にまかせていたが、多彩なテンプレートを使って素人でも簡単に制作できる上に、サポート体制が充実しているソフトを新たに契約。久保田社長を含めた3人で更新している。これまで利用者の家族向けに紙媒体の「たまゆら新聞」で、利用者の施設内での様子などを発信してきたが、今後はホームページのお知らせ機能をはじめ、各種のSNSを活用していくことも考えていくという。

さらに、久保田社長がデジタル化したいと考えているのはデイサービスやショートステイなどの予約システムだ。「ホテル業界のように、ホームページにカレンダーがあって、利用者が空いている日をクリックすれば予約できるようなものがあればいい」と話す。ホテル業界と違って難しいのは、利用者の要介護度をある程度正確に把握する必要がある点だという。

早くから自然災害に備え、井戸や汚水タンク、自家発電装置を設置

たまゆらにはICTのほかにもう一つ、特筆すべき事柄がある。早くから自然災害に対する備えを充実させてきたことだ。最初のデイサービス施設を建設した際、井戸を掘って15トンの受水槽を設置し、普段から水道よりも井戸水を多く使うようにするとともに、玄関前の地下に40トンの排水用タンクも据えた。これにより、水道が断水しても5日程度は飲み水やトイレの排水に困ることはないという。

2007年には各施設に自家発電装置も設置。2021年には国の補助金を使って、これを出力60キロボルトアンペアと大型のものに入れ替えた。近年、企業による事業継続計画(BCP)の必要性が取りざたされているが、松村会長は「私は事業を始める時から考えていましたので、何を今さらと笑止千万の思いです」と胸を張る。

介護事業が「地域の基幹産業」として社会的評価を受ける産業へ。生活リハビリとコミュニケーション向上を基本に、働き方改革とICT活用 たまゆら(長野県)
「デイサービスセンターたまゆら」の前に設置されている大型自家発電装置

「同じ価値観を持つ企業との業務提携やM&A(合併・買収)を進めて、他の産業に比肩する企業にしたいと思います。そして、介護事業が地域の中でも基幹産業としての社会的評価を得られるように努力していきたい」(久保田社長)。たまゆらが推進中の中長期経営計画の目標だ。

企業概要

会社名株式会社たまゆら
本社長野県飯田市北方2688-2
HPhttps://nagano-tamayura.com/
従業員数約140人
事業内容  通所介護事業、短期入所生活介護事業、特定施設入所者生活介護事業、サービス付高齢者向け住宅事業、認知症対応型共同生活介護事業 など