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産経ニュース エディトリアルチーム
群馬県高崎市の工業団地に、30代のトップが率いる機械加工・組立会社がある。創業以来70年間、紙で保管してきた図面を電子保管に切り替え、業務効率を上げているという。経緯や将来展望を取材した。(TOP写真:若手社員と笑顔で言葉を交わす堀越涼介代表取締役社長(左))
「もっと手取りを」、現場で10年汗を流したからわかる社員の熱量
株式会社堀越製作所は、ダクタイル鋳鉄、鉄、ステンレスの加工メーカーだ。1952年7月創業、1973年5月に株式会社となった。祖父、父に続く3代目代表取締役は堀越涼介氏(38歳)。県外の大学で工学部を卒業後、新卒で入社し、はじめに数値制御装置を組み込んだCNC旋盤(せんばん)を5~6年、次に組立部門で5年と、約10年間、本社事務所に隣接する自社工場で作業員として働いた後、2018年3月に社長に就任した。
父の代まで5社ほどの国内取引先から工賃の高い仕事だけを受けてやってきた。営業をしなくても定期的に注文が入ってきたので残業がほとんどなく、「就任時は売上が減りもしないが伸びもしない状態だった」という。同社の58人の社員は全員が正社員。うち52人が本社に隣接する工場勤務だ。平均年齢は30歳、幼い子どもがいる家庭持ちで、住宅や車のローンを抱える彼らは「残業が少ないと手取りも少ない。工賃が安い仕事でもいいから、残業して少しでも手取りを増やしたい」と思っている。現場で一緒に働いてきた堀越社長は、そんな若い社員たちの熱量を肌で知っていた。
営業担当は社長だけ、武器は「中産ロット」と「鋳物加工」
そこで新社長は1日2時間程度の残業でこなせる新規受注獲得に乗り出した。それまで社内に営業担当はいなかったが、自ら営業を開始し、年始の挨拶回りから始めた。
営業の武器は「中産ロット」だ。「取引先が工賃の安い中国や東南アジアに発注するにはロットが少なすぎる、あるいは多品種・短納期を目指すにはロットが多すぎる、月に100くらいのロットで数百種類の生産。そこを狙った」と堀越社長。これが同業他社に真似できない強みになった。
鋳物加工ができるのも強みだ。中産ロットで鋳物加工ができる会社はそう多くない。鉄製の鋳物を削る過程で出る鉄粉が工作機械の内部に溜まり、1台2,000~2,500万円もする機械が損傷してしまうからだ。鉄粉はクリーニング業者を年に3回ほど頼まないとヘドロ状に固まってしまうし、粉が機械の中に入り込むと削る精度が落ちて、エッジ処理がきれいにできなくなる。同社は古くなった機械を高精度が不要な製品作りに回し、40年ほどで新品に入れ替えてきた。だから、顧客に「鋳物削れる?」と聞かれても、胸を張って「できますよ」と応じることができた。
その結果、就任前は5社だった主要取引先は10社に増え、就任時に5億円を目指した売上高は2~3年で目標を超えた。主要製品は油圧モーター、油圧シリンダー、エスカレーターやエレベーターなどの大型チェーン、建機で、売上割合はそれぞれ25%。2022年3月決算の売上高は前年比2億円増の約7億円、経常利益も前年比プラスを計上した。
年々増える紙の図面で保管場所は飽和状態、探し出すのも一苦労
3代目の改革はまだある。製品図面など紙製書類の電子化だ。従来は社内の1室をまるごと使って引き出し付きの棚を壁一面に据え、取引先から渡された図面を保管していた。中産ロットの図面はJIS(日本工業規格)などで10年間保存するル-ルになっている。ただ、図面で指定してある1ミリが1.1ミリに変更されただけで別の図面になる。「更新だから前の図面は捨てて」という取引先もあるが、「新規として取っておいて」という取引先もあるから、安易に捨てるわけにはいかない。製品図面と一緒に、製作に使うチップや刃物などの工具を記した「標準表」も保管する必要がある。
管理すべき紙は年々増えていった。「70年分なので想像もつかない数」と堀越社長。社長就任の数年前には保管する場所が飽和状態に迫っており、棚から目当ての図面を探し出すのも一苦労だった。
引き出しに保管したのは図面だけではない。図面管理のための図面番号を、当初はテープに穴で打ち抜いた記録用テープに記していた。記録用テープをくるくる巻いて引き出しに保管し、引き出しに何が入っているかノートに記していた。1つの引き出しには15個のテープが入っていて、必要な図面を探す時は、いちいちテープを伸ばして内容を確認していた」という。その手間は、時が移って記録用テープがフロッピーディスクやUSBメモリに進化しても変わらなかったのだ。
紙のファイリングを電子化するシステムを導入し、現場の作業時間が大幅に短縮、顧客対応力も向上
そこで3代目社長誕生の少し前、FAXで届いた書類やスキャンした書類を画像編集機能で処理し、整理して保管できるドキュメント管理システムを導入した。「今はメールで図面が送られてくる時代なので、新しく届いた図面はそのままドキュメント管理システムの中に入れて、取引先名、図面番号などで分類して保管するようにした」と堀越社長。さらに2020年頃には「ドキュメント管理システムは図面にデジタル情報を入力できるので、加工の注意点や何個加工が必要かなどのメモを追記するよう社内でルール化」して利便性を向上させた。
図面デジタル化の効果は予想以上だった。「ドキュメント管理システムで検索をかけると必要な図面がすぐ出てくるし、図面の更新も簡単にできる」と堀越社長。「取引先との図面に関するやりとりが早くなり、現場の作業時間が大幅に短縮できた」と満足そうだ。
24時間365日体制でシステムを保守する体制も整備
同社の生産活動に不可欠となったドキュメント管理システムのセキュリティを強化するため、2021年12月にはGSP(ゲートウェイセキュリティパック)も導入した。UTMと呼ばれるセキュリティ機器を設置し、外からの不審情報を弾き、24時間365日体制で保守対応をするサービスだ。
「コンピューターウイルスの被害に遭う中小企業が増えているという話を聞いた。ドキュメント管理システムがおかしくなると図面が出せなくなる。ウイルス対策ソフトだけでは心もとないし、万が一のことがあっては取引先に迷惑をかけてしまう」と堀越社長。ドキュメント管理システムとGSPで総額200万円ほど、仕事のスピード化と顧客対応力、企業のセキュリティを考えると安い買い物だと思っている。
次の課題は管理部門効率化と現場の生産性向上
今後の課題は少なくない。勤怠管理や給与計算のソフトは導入済みだが、タイムカードは打刻式だし、給与明細も手渡しだ。「スマートフォン」と連動するなど、管理部門はもう少し検討の余地がある」と次の展開を模索中だ。
生産現場では、工作機械に入れる製作プログラムとドキュメント管理システムの連携が課題だ。これができるようになれば生産性がもっと上がるのだが、工作機械の寿命は40~50年だから、最新ICTに機械が追いついていない。堀越社長は「機械の数が少なければ工場内にWi-Fiなどで情報を飛ばして連携が可能らしいが、うちのように旋盤が30台、マシンが20台あると、機械1個1個に受信機をつけなくてはならない」と頭を悩ませている。
「ほうれんそう」のデジタル化で10億円企業目指す
2023年秋には本社に隣接した敷地内に建設中の新工場が完成する。堀越社長は「2022年3月期に売上7億円を達成したのは、土曜日も操業して140%稼働だったから。新工場を活用して2028年くらいには120%くらいの軽微な残業で7億円をクリアし、いずれは売上10億円企業を目指したい」と展望。「そのためにはもっとデジタル化を進めて社内で情報を共有し、昔ながらのほうれんそう(報告、連絡、相談)がしっかりできるようにならなければ」と力を込める。
同社は2年に1回の社員旅行や年1回のボウリング大会にほぼ全社員が参加する「風通しのいい」会社だ。「みんな同じ釜の飯を食う仲間。上意下達じゃなく一緒にやっていく」という堀越社長と仲間たちの挑戦はこれからが本番だ。
企業概要
会社名 | 株式会社堀越製作所 |
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住所 | 群馬県高崎市吉井町池779-11 |
電話 | 027-387-3434 |
HP | https://www.horikoshi-ss.com/ |
創業 | 1952年7月 |
従業員数 | 58人 |
事業内容 | 機械加工 組立全般 |