本連載では目標管理と人事評価について、牛久保潔氏にストーリー形式で数回にわたり解説してもらいます。ワインバーを舞台に、新任最年少課長に抜擢された主人公の涼本未良と共に目標管理と人事評価について分かりやすく学べます。
登場人物
あらすじ
突然最年少女性課長に抜擢された未良。
マネジメントの経験がなく途方に暮れていたところ、偶然行きつけのバーのマスターである栗村が、かつて大手企業の人事部長だったことを知る。
栗村の申し出により、バーで目標管理と人事評価について小さな勉強会が始まったのだった。
今までのお話を読む
第1回「そもそも人事評価とは? 新任最年少課長が挑む目標管理の基本」
目標管理評価制度
「目標管理評価制度を簡単にまとめると、この図6みたいな感じになると思います。もともと、目標管理用に提唱されたものを、評価に利用できるようにしなくちゃいけないので、そのために大事なことをいくつかお話しますね」
「……」
未良と美宇が黙って頷いた。
「まず、目標管理をベースに評価を行っていく以上、目標は上司がアサインをしないといけません。ドラッガーさんの目標管理では、〝目標を自分で立てるからこそ、やりがいも達成感も得られる〟と考えますが、評価に利用するには、上司によるアサインが必須です」
「私なら自分の好きな目標を立てたいなぁ……」
「私も~」
「そうですよね! お気持ちよくわかります。きっとそうする方が、やりがいも達成感もあるでしょうね。……でもそうすると、〝目標の達成度で評価されるなら、簡単な目標にしておいて、評価が高くなるようにしよう〟なんて考えちゃう社員が少なからず出てくるんです」
「私だ~!」
美宇が自分の鼻先を指差した。
「ほとんどの会社は、毎年の経営目標があって、それを達成しなくちゃいけないから、もしも社員のみんなが自分の目標を達成したのに、結果が経営目標に達しなかったら、〝経営者は何やってんの? 努力の方向性が間違ってない?〟ってことになっちゃうでしょう……」
「そっか、私たちだけ目標を達成しても、会社が目標を達成できなければ、形だけ評価されたってお給料とかボーナスに反映してもらえないですもんね」
未良が納得した表情で言った。
「そうなんです。だから、目標管理と評価制度を合わせて目標管理評価制度として運用する以上、社員全員の目標の合計は、会社の経営目標を達成できるものになっている必要があるんです。……実はこのことは、忘れられがちなんですけど、目標管理評価制度の大切なポイントなんです。でも残念ながら、長い年月の流れの中で、『去年と同じ目標でね……』とか、『今年も5%UPでよろしくね』なんて、機械的に目標をアサインしちゃう会社が多いようです」
「じゃあ、どうやってアサインすればいいんですか? それって評価だけじゃなくて、日常業務のアサインにも関連する大切なことだと思うんですけど……」
仕込みを済ませて、横に座っていた丹羽が聞いた。
「そう、その通りだよ。目標設定とか評価って、毎年決まった時期になると人事あたりから連絡がきて実施する〝必要悪〟みたいに思ってる人が多いけど、本来は上司と部下が協力して経営目標、組織目標、個人目標を達成するためのコミュニケーションツールであり、前向きなものなんだ」
「前向きなもの……」
「そう、〝必要悪〟と思って利用するか、〝前向きなもの〟と思って利用するかで、その効果は全く違うものになる……」
栗村は丹羽にそう言うと、見回して次のページを開いた。
「これは目標管理評価制度の基本的な流れを書いたものです。もちろん会社によって違うところはあると思いますが、基本的なところはこんな感じでしょう。これは丹羽くんが言う通り、評価だけじゃなくて、日常業務のアサインにも通じることだと思います。……じゃあ、そろそろ今日は切り上げて、次回以降、この『どうやって目標をアサインしていくか』っていう問題について、特に赤字で書いてあるところを中心にお話をしていきましょう」
「ありがとうございました」
「よろしくお願いしま~す!」
「ねえ、ねえ、ワインバー、次いつ来るの?」
丹羽が、廊下にいる未良と美宇を見つけて近寄ってきた。
「引継ぎに追われて、ここ二日、行けてなかったけど、早いうちにまた行きたいな……」
未良が言った。
「私、今日、会議がなくなったから早くあがれそうだよ!」
「本当? 行けそう?」
「いいよ、じゃ、決まり!」
「ああ、よかった! じゃ、ボクが栗村さんに言っとく!」
丹羽が右手を挙げた。
「でも、丹羽くん、『いつ来るの?』って何だかお店の人みたい……」
美宇が微笑んだ。
「いや、実は昨日まで三日続けて、あの店でリモートワークしてたんだ……」
「それ楽しそう!」
「……でさ、由貴さんも呼ぶでしょ?」
「……」
「……」
「ふーん、……丹羽くん それが目当て?」
美宇は悪戯っぽい笑顔で丹羽を見上げた。
「彼女、今フリーだけど、すごくモテるんだよ。可能性はあんまり……」
そう言いかけた未良を制して、「でもこの前、一緒にパスタ作って、とっても楽しそうだったよ……」と口を尖らせた。
未良が、「……じゃ、来られるかわからないけど、由貴にもメッセージは送っとくよ!」と笑顔で頷いた。
夕方、ワインバー。
「……えっと、今日は目標のアサインについてですね?」
「はーい」
「お願いしまーす」
「この前、『ドラッガーさんが提唱した目標管理では目標を自分で立てるけど、それを評価制度として利用するには、上司が目標をアサインする必要がある』ってお話しましたね」
「覚えてます! 社員一人一人の目標を足したら、会社の経営目標を達成できなくちゃいけないって……」
未良が笑顔で答えた。
「うん、その通りです! ちょっとこの図を見てくださいね」
「『みんなの目標を足したら会社の経営目標になる』っていうのは、裏を返せば、『経営目標からブレークダウンされた目標が社員にアサインされなくちゃいけない』っていうことなんです」
「経営目標をブレークダウンして……アサイン……?」
美宇がつぶやきながら首をかしげた。
「そう、その年の会社の経営目標が決まったら、それをもとに各事業部や本部が目標を決めて、さらに各部、各課、社員一人一人の目標を順々に決めていくっていうことです」
「……あの~、ボクのいる営業部だと、まず一人一人に予測を聞いて、それを足して課の目標を作って、次に部の目標を作っていくって感じなんですけど……」
ワイングラスを磨きながら丹羽が言った。
「ああ、積み上げてるんだね。たしかに営業部なんかだと、会社が一方的に目標数字を決定する前に、そうやって現状の案件や見込みを考えながら目標数字を作ることが多いね。……でも、そういう場合も、みんなの予測を足したらそれがそのまま目標数字になる訳じゃなくて、合計しても会社が考える目標数字に達しなければ、数字を上積みされたりしない?」
「されます、されます。あり得ないくらい……」
「ははは、それってつまり、数字を積み上げてはいるんだけど、結局、会社の経営目標に基づいて、部や課の目標にブレークダウンされているとも言えるでしょう……」
「たしかにそうですね……」
丹羽が頷いた。
「丹羽くんが言ってくれた通り、プロセスの最初に数字を積み上げる作業があって、それによって多少の変更はあるかもしれないけど、会社の経営目標が決まって、それを達成していくために、各事業部や部、課、個人に目標が細分化されることを、目標のブレークダウン、そして、それが最終的に一人一人にアサインされていくことを、目標のアサインって呼んでるんです」
栗村が見回して言った。
「わかりました……」
「……それなら、たしかにみんなが目標を達成できたら、会社の目標も達成できますね」
未良が頷いた。
「そうです。……でも難しいのは、部によってやる業務が違うことです。例えば、この店が自分でワインを作って売ってる会社だとして、新しいブランドのワインを年間1000本販売することを目標にしたとしましょう」
「はい……」
「そうしたら、例えば丹羽くんのいるA営業部は500本、未良さんのいるB営業部は500本って目標にすればいいかもしれないけど、美宇さんの人事部はどういう目標を立てたらいいでしょう?」
「マーケティング部もいまーす!」
カウンターを拭きながら、由貴が微笑んだ。
「……じゃあ、由貴さんのマーケティング部の目標は?」
栗村が見回した。
「売上1000本の目標を、上手くブレークダウンできないですね。……でも、そういう時は、前の年と同じ目標でいいんじゃないですか?」
丹羽が言った。
「いや、売上数字に直接関係ないように見える部門であっても、やはり会社の経営目標に向かって進む以上、経営目標をブレークダウンして目標をアサインすることは大切だよ。そして部下のやる気や達成感を引き出すためにも、目標をアサインする時には、それがどのように経営目標に繋がっているかを説明してあげて欲しいんだ」
栗村はそう言うと、由貴に向かって、「例えば、マーケティング担当者として、由貴さんが上司から、『スポーツジムとかヨガ教室を経営する会社を100社リストアップして』とだけ言われるのと、『うちの会社はワインメーカーとしては後発だけど、味と品質にこだわって作ったこの新しいワインを、今年何とか1000本販売したい。そこでマーケティング部門としては、ネット販売と他業界とのコラボを通して、これまでにない展開をしたいと思ってる。その中で由貴さんには、スポーツジムとかヨガ教室など、他業界とのコラボについてどんな可能性があるか考えて欲しい』なんて言われるのでは、どっちの方が経営目標からのつながりを感じられますか?」と聞いた。
「もちろん後の方ですね。前の方だとただの作業だし、後の方なら苦労するかもしれないけど、上手く行った時、友達に『これ私がやったの~』って言いたくなります!」
由貴が目を輝かせて答えた。
「それからもし、その年の経営目標だけでは、完結しないものなら、事業の使命や目指していることも含めて話をするといいでしょう」
「事業の使命や目指していること……ですか?」
「そう、例えば、『今年の目標は地盤改良工事を終えることです』とだけ言うのではなくて、『この模型を見てください。3年後、私たちがここに完成させる、最新のⅠT機能を満載した全天候型スタジアムです。これが完成すると、スポーツ観戦でもコンサートでも、今まで誰も経験したことのないようなエキサイティングな体験をできるようになります。そのために今年はまず、しっかりした地盤改良工事を完了しなくてはなりません』と言う感じです。社員やパートなど、そこで働く一人一人が、そうした意識を持っているかいないかは、やりがいや達成感に大きな違いをもたらしますし、あちこちに小さな工夫の有無や、特にサービス業などでは結果にも大きな違いを生むでしょう」
「たしかに働く人の気持ちも違いそうですね……。自分の担当業務は一部でも、全体の中のどこら辺にあたるのかがわかるのは、何だか地図で自分の位置を確認できるような安心感があります」
未良が微笑んだ。
「私もそういう全体の話を聞いてから、お仕事できたら嬉しいな~!」
美宇が言った。
「……えっと、みなさーん、今日は辛み大根があったから、越前そばを用意しましたよ。そろそろいかがですか~?」
丹羽が笑顔で聞いた。
「おお、それはいいねえ……。じゃ、今日はそろそろ終わりにしましょうか」
「はーい!」
「低GⅠ、低GⅠ、嬉しいな~」
「ありがとうございまーす!」 「蕎麦湯も欲しいで~す!」
新組織スタート
新組織初日。
営業二課のメンバーが会議室に集まっている。
定年後再雇用 田島智樹
定年後再雇用 宝田美津代
4年先輩 土井裕也
2年先輩 和泉泰
同期 堀越朱里
同期 馬場昭二
3年後輩 竹居進太郎
3年後輩 百瀬斗真
「お待たせして申し訳ありません」
部長に呼ばれていた未良が、小走りで会議室に入ってきた。
「お疲れさまです」
「お疲れさま~」
数名が挨拶した。
「申し訳ありません。5分過ぎちゃいました。早速始めましょう。私この度、営業二課の……」
「5分×8人だから40分だろ!」
田島の野太い声が会議室に響いた。
「あ、あの……」
未良は言葉に詰まった。
「遅れるなら事前に知らせるべきだろ! 涼本さんはこういうことを課員に指導するべき立場になったんじゃないのか?」
田島が未良の言葉を待たずに言うと、宝田が、「部長に呼ばれちゃったんだからしょうがないじゃない」と切り返した。
「……メールチェックしてたから、ボクの時間は無駄じゃないよ」
未良の隣にいた馬場が小声で微笑むと、田島が馬場を睨みつけた。
「……」
「……さあ、もう始めましょう」
宝田が再び言った。
「ありがとうございます。あの……、改めまして、営業二課の課長になりました涼本と申します。お待たせして申し訳ありませんでした」
未良はペコリと頭を下げた。
「……営業二課は、新製品・新サービス担当として、新たな成長に向けた商品やサービスを企画、販売していかなくてはなりません。力を合わせて頑張りましょう。みなさんご協力よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「お願いします……」
「……」
「ああ、よろしく」
数名が頭を下げた。
「あの……、では……、こちらからお一人ずつ、自己紹介をお願いできますか?」
強い喉の渇きを覚えた未良は、自分のモニターに映った本日話す予定だった内容を諦め、右隣に座っていた同期の堀越に目配せした。
夕方、ワインバー。
「あれ、ちょっと元気ないですか?」
「さっき未良、倍以上、年の離れた部下に、ピシッと言われちゃったみたいで……」
美宇が横から説明した。
「そうですか、それは大変でしたね。……いよいよ新組織が動き出したんですね」
栗村は優しく微笑むと、「今日も、目標のブレークダウンです。ここは目標管理評価制度を運用する上で大事なところだから頑張りましょうね!」と続けた。
「はーい!」
「お願いします!」
未良が作り笑顔を上げた。
「この前、目標管理を評価制度として利用するなら、上司が経営目標からブレークダウンした目標を、部下にアサインしなくちゃいけないってお話しましたね?」
「はい、覚えてま~す!」
美宇が元気よく返事をした。
「今日は、具体的にどんな目標をアサインすればいいかというお話ですよ」
栗村が笑顔で見回した。
「はい、お願いします」
「……目標管理評価制度は、目標に対してどこまで達成できたかで評価しますから、目標が抽象的で分かり難いと、評価の時に困ってしまうんです。ですから、アサインする目標はできる限り、数値を使って具体的に表現して欲しいんです。……例えば、『リンゴを沢山売ってきて』という目標よりも、『リンゴを10個売ってきて』という目標の方が具体的な分、計画も立てやすいし、誤解も起きにくく、結果も評価し易いということです。『リンゴを沢山売る』じゃ、部下はもう十分と思うほど売ったつもりなのに、上司は、『全く足りない』と思うかもしれないですからね……」
「起こりそうな話ですね……」
未良が頷いた。
「この〝数値化できる〟というのは、評価し易くなる、評価における不透明感が生まれ難くなる、不平不満が起き難くなるということにもつながりますから、とても大切です。例えば『働き易い職場をつくる』という目標を与えるよりも、離職率を何%にする、社員満足度を何%に上げる、ハラスメント系トラブルの件数を何%減らすなどと言う方が、具体的で、評価の際にも誤解や衝突が起き難いでしょう。ですから、目標をアサインする時は、いつも『この目標で、評価期間の終了後に評価し易いかな?』って自問自答しながら進めるのがいいと思います」
「目標って必ず数値化できるものですか」
「思いのほか多くの目標は数値化できるものです。でも中には、数値化や具体化をし難い目標もあるでしょう。例えば、『A課とB課の相互理解と協力を進める』、『顧客からの信頼を高める』、『社員から頼られる人事課になる』なんていうのも、そうかもしれません。そういった数値に表し難い目標については、半年後、一年後にどういう状態を目指すのかをできるだけ分かり易く表現するといいでしょう。例えば、『A課とB課の定期的な勉強会を開催して、具体的な開発計画に結びついている』とか、『顧客のキーマンと気軽に電話したり、会ったりできる状態を保っている』、『社員が気軽に立ち寄り相談し易い状態を保ち、特に離職情報については辞職願がでる前に情報を掴んでいる』などもいいでしょう」
「なるほど……」
「確かに、より具体的だし、やるべきことのイメージも湧き易いですね……」
未良が納得するように言った。
「……は~い、みなさん、由貴さんのスペシャルリゾットができましたよ~。そろそろ休憩にしませんか~?」
そう言って、丹羽と由貴がリゾットを運んできた。
「わあ、美味しそう」
「ありがとう!」 「いっただきまーす!」