2019年の台風で社屋1階が水没。激甚化する自然災害対策にICT活用・クラウド化は必須 三栄商工(福島県)

目次

  1. 上下水道に用いるポンプ等機械器具の設置工事やメンテナンスなどを手掛け、受注の8割が官公庁のプラント工事
  2. 台風で社屋の1階が水没。顧客データの2/3を失い、クラウドによる情報管理に移行
  3. 公共工事が多いからこそBCP対策は必須
  4. コロナ禍も後押ししてクラウドによる勤怠管理の導入へ 現場から直行直帰ができ、働き方改革へ
  5. 積算や工事台帳作成にもICTを導入して現場の業務効率アップ
  6. 人口減少社会を見据え、ICTへの投資で減収増益の体制を作ることで次への展望も広がる
制作協力
産経ニュース エディトリアルチーム
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近年激甚化する自然災害。とりわけ台風や線状降水帯などの発生による激しい降雨は日本各地に大きな被害を及ぼし、発生頻度も高まっている。このような状況下、顧客データの滅失防止など企業活動における情報管理対策は事業継続のための必須項目である。しかし、「災害への備え」といっても自然災害は常にわれわれの想定を覆してくる。「いったいどこまで備えればいいのか」と多くの経営者が頭を悩ませていることだろう。

郡山市に本社を置く三栄商工株式会社は2006年に新社屋が完成。その後2019年10月に発生した令和元年東日本台風による河川氾濫(はんらん)で社屋の1階が完全に水没し、顧客情報の2/3を失った。一級河川の阿武隈川とその支流に挟まれた立地のため、今後も同様の災害は起こりうる。にもかかわらず、同社がこの場所に現在も留まり続けるのはなぜか。そして、被災以降どのような対策を講じてきたのだろうか。(TOP写真:三栄商工本社社屋。令和元年東日本台風では阿武隈川の支流が氾濫し、社屋1階が水没した)

上下水道に用いるポンプ等機械器具の設置工事やメンテナンスなどを手掛け、受注の8割が官公庁のプラント工事

2019年の台風で社屋1階が水没。激甚化する自然災害対策にICT活用・クラウド化は必須 三栄商工(福島県)
2017年に三栄商工代表取締役に就任した金澤三郎氏。ICT導入に際しては社員にビジョンを示すことが必要と説く

1951年創業の三栄商工株式会社は、上下水道のポンプ設備の設置及びメンテナンスのほか、民間施設向けの給排水・空調用のポンプやファンなどを販売し、メンテナンスを手掛けている。官公庁のプラント工事も数多く手がけ、売上の8割は公共工事によるものだ。このように官公庁の工事が中心であり、施設の基幹設備を取り扱うという事業内容から、災害時の復旧対応などには迅速な対応が求められる。事業継続の鍵を握るのは顧客データの管理だ。しかし、金澤三郎代表取締役が2017年に就任して2年後の2019年、自然災害により大切な顧客データの多くを失うという出来事が生じてしまった。

台風で社屋の1階が水没。顧客データの2/3を失い、クラウドによる情報管理に移行

2019年の台風で社屋1階が水没。激甚化する自然災害対策にICT活用・クラウド化は必須 三栄商工(福島県)
業務室は社屋2階に移動し、社屋1階はミーティングスペースと金澤社長のデスクのみが置かれている

「この辺りは1986年ごろにも河川の氾濫が発生している場所だと聞いていました。ですので、2019年の夏頃に災害対策としてサーバーを2階に移設しようかという話をしていて、その矢先の被災でした」と振り返る金澤社長。2019年10月に静岡県・関東・甲信・新潟県・東北地方に記録的な大雨をもたらした令和元年東日本台風では、同社にほど近い阿武隈川の支流が氾濫した。水位は3メートルにも達し、同社の1階は完全に浸水。当時1階にあったサーバーも水没し、顧客情報のおよそ2/3が失われて復旧不可能となった。幸い、経理専用パソコンだけは2階に上げており、無事だった。

同社は被災前の2019年4月から、工事業務管理表の効率的な作成を目的にWebデータベース型の業務アプリ構築クラウドサービスを導入している。これまでエクセルに入力していた管理表と見た目も作業感も変わらないが、クラウドで情報共有できることが大きな違いだ。金澤社長は顧客情報の滅失を教訓に、被災後は重要な情報をクラウド上で管理するべく舵を切った。

公共工事が多いからこそBCP対策は必須

2019年の台風で社屋1階が水没。激甚化する自然災害対策にICT活用・クラウド化は必須 三栄商工(福島県)
2019年の被災を教訓に事務室は2階に移動。全社員がここで事務作業を行っている

「この場所はいずれまた洪水があるでしょう。だから、社屋の移転も検討しました」と話す金澤社長。しかし、近隣に住む社員も多く、離れた場所へ移転すれば社員の通勤時間が増え、負担が生じることも懸念された。そこで、もう一つの選択肢にあった「事務作業の場所を2階に移す」ことにした。そして、改修工事を経て2020年4月から2階での執務が開始された。基本的に1階には重要な設備は置かず、ミーティングスペースなどに使用されている。

同社が重視したもう一つの備えが損害保険だった。三栄商工はすでに保険には加入していたものの、2019年の水害時には被害の50%しか保証されなかった。というのも当時はまだ100%保証される保険商品がなかったのだ。しかし、被災後には100%保証される保険商品が登場したことから、金澤社長は加入を即断した。保険を重視するのは自然災害への対応だけではない。官公庁のプラント工事を数多く手がけるからこそ、サイバー攻撃に対する対策も講じていた。

「うちではパソコンのセキュリティはUTM(統合脅威型管理)を導入して万全を期していますが、100%安全とは言い切れません。被害に遭った際の保険金の支払や交渉のためにも保険でカバーしています。BCP対策は顧客から信頼を得るために必要不可欠なのです」

コロナ禍も後押ししてクラウドによる勤怠管理の導入へ 現場から直行直帰ができ、働き方改革へ

2019年の台風で社屋1階が水没。激甚化する自然災害対策にICT活用・クラウド化は必須 三栄商工(福島県)
クラウドソフトの導入により勤怠管理も自動化され、勤務時間の入力ミスの解消や業務負担の軽減にもつながった。

2020年に入ると新型コロナウイルス感染症が拡大し、社会全体でテレワークやWeb会議など非接触型のコミュニケーションが広がった。同社もWeb会議を活用し、続いて勤怠管理にもクラウド型のオンライン認証を導入した。そこには、テレワークとは異なる同社の事情があった。

同社には設備の設置工事やメンテナンスのために現場へ向かう社員も多く、中には現場まで片道1時間程要する場合もある。そこで全社員に支給したスマートフォンから勤怠管理の画面にアクセスし、現場から出退勤認証や残業申請ができるようにした。これにより、勤怠管理のためだけに本社に出向く必要がなくなり、不要な残業代の削減にもつながった。

これまでは経理スタッフがエクセルに出退勤記録を手入力していたが、このクラウドソフトは各自のスマートフォンから認証された勤怠記録に基づき自動計算されるため、経理担当者は入力作業や作業ミスの不安によるストレスからも解放された。実のところ、当初は年末調整の申告のために手書きで用紙に書き込む煩わしさを感じた金澤社長が、この作業を自動入力できないかと思ったことが発端だった。また、以前から経理担当者は1人だったため、金澤社長は担当者1人に作業負担がかからないかと懸念し、増員も検討していた。しかし、クラウドソフトのおかげで「これなら1人でも対応できます。もし彼女が病気や怪我などで長期入院ということになったら、会計事務所に応援要請しますので問題ありません」。

積算や工事台帳作成にもICTを導入して現場の業務効率アップ

2019年の台風で社屋1階が水没。激甚化する自然災害対策にICT活用・クラウド化は必須 三栄商工(福島県)
入札に向けた積算を担うスタッフ。一人前になるには5年ほどの経験を要するという

三栄商工のICT活用は現場実務者の業務にも及ぶ。一つは公共工事には欠かせない積算、そしてもう一つは工事現場の全工程を記録する完成図書の作成業務がその対象となった。

積算は、直接工事費と間接工事費を公共建築工事標準単価積算基準に基づいて積算し、概算価格の算出や予定価格の予測、競合他社の価格予測、最低限価格の予測などを行う難易度の高い業務だ。これを担当するまでには5年ほどの経験を要し、さらに人に教えるには7年ほどの経験が必要だという。しかし一つ問題があった。人によって教え方が異なるため、教わる側に統一的な基準が得にくかったのだ。そこで、2022年7月に積算専用ソフトを導入し、このソフトを基準に統一的な指導を実施することにした。現在積算従事者は会社全体で8人。難易度の高い積算に取り組む若手への期待が伺える。

そして、2022年10月に導入した工事台帳作成支援ソフトは、手間のかかる現場の記録業務を飛躍的に改善した。提出用の完成図書に必要とされる現場の写真記録は、通常デジタルカメラで撮影し、事務所に戻ってからパソコンに写真を取り込む作業が行われてきた。しかし、このソフトと連動するタブレットで現場の写真を撮ると、データが自動的に取り込まれ、その場で作業が完結する。公共工事はおおむね10〜3月の下半期に集中するため、写真管理だけでもかなりの作業量となる。そこで、この作業を効率的に行うために導入された。

実際、写真の管理が楽になったという現場からの声が聞かれるという。さらに、各現場事務所にはノートパソコンを1台ずつ設置。遠隔地でも会社のデータを共有できるため、本社に戻ることなく事務作業が可能となった。

人口減少社会を見据え、ICTへの投資で減収増益の体制を作ることで次への展望も広がる

2019年の台風で社屋1階が水没。激甚化する自然災害対策にICT活用・クラウド化は必須 三栄商工(福島県)
公共・民間施設問わず上下水道のポンプ、給排水、空調などの設備工事やメンテナンスは必要とされ続ける事業だが、「いずれは人口減少の影響を受ける」と話す金澤社長

自然災害やサイバー攻撃などへのICT活用や保険によるBCP対策はもとより、経理や現場実務にもICTによる効率化を図ってきた三栄商工株式会社。官公庁のペーパーレス化は遅々として進まず、それに対応する同社でもまだまだ紙の書類は多いという。それでもこのように地道にICTの活用を進めているのは、将来に対する備えでもあると金澤社長は言う。

「これから人口が減ってきて、公共工事の予算が増えることはないでしょう。しかし、同業者と安い値段で価格競争をしていてはお互いに疲弊してしまいます。だからこそ、事業規模が小さくてもきちんと利益を出す体制作りが重要なのです」。同社は製造業ではないから設備投資はなく、仕入のみだ。設置工事とメンテナンスで地道に利益を出すことは可能なのだろうか。

「目標は減収増益です。売上が減っても利益を出す、そのためにも業務効率を上げていくことが必要になるのです。ICTへの投資はメリットが大きいです」と断言する金澤社長。導入に際し、必要なのは社員にきちんとビジョンを示すこと、そして代表者の「現状を変えよう」という強い気持ちだという。台風による被災経験をバネに、近い将来訪れる社会課題にまで備えを進める三栄商工株式会社。着実に労働環境は進化を遂げ、ICTとクラウドによって新たな企業価値が生まれようとしている。ICTとクラウドによる顧客への価値提供をベースにすれば、民間工事や新たなビジネスも視野に入る可能性がある。今後に期待したい。

企業概要

法人名三栄商工株式会社
所在地福島県郡山市水門町168番地
電話024-943-1040
HPhttp://www.saneishoko.co.jp
設立1951年5月
従業員数25人
事業内容 上下水道・浄水場施設の機械器具設置・配管・電気工事、風水力機械(ポンプ・ファン)の販売及びアフターサービス