企業経営にとって「ペーパーレス化」は、もはや先送りはできない重要事項の1つである。ペーパーレス化が進んでいないと、生産性の面で同業他社との競争が不利になるほか、旧態依然の体質が残っているという悪い評判が広がれば、人材採用の面でもマイナスだ。
ただし、このようにどの企業も目下取り組まなければならない事項であっても、実際にペーパーレス化が進んでいない企業は決して少なくない。まずはペーパーレス化のメリットを整理して認識し、その上で他社の具体的な事例も知って、取り組みをしっかりと前進、定着させていくことが求められる。
そもそもペーパーレス化とは?
まずはペーパーレス化の定義や、取り組みが加速している背景について説明していこう。
定義は?
ペーパーレスは英語で書くと「paperless」で、「紙を使わない」といった意味となる。つまり企業におけるペーパーレス化といえば、業務で使用してきた紙の資料や文書を減らしていき、最終的には無くすことを目的とした取り組みを指す。
そしてこのペーパーレス化でポイントとなるのが「デジタル化」だ。
加速している背景は?
日本政府は2018年、「デジタルトランスフォーメーション」(DX)を推進する方針を打ち出した。デジタル技術を活用することで日本企業の競争力を強化することを目的としたものだ。
その後、企業向けの「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン」(通称:DX推進ガイドライン)が公開され、内容の改訂などを経て、現在は「デジタルガバナンス・コード2.0」として公開されている。以下のURLから内容を確認できる。
▼デジタルガバナンス・コード2.0
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dgc/dgc2.pdf
そして政府は、DXの推進とともに生産性の向上に向けた「働き方改革」への取り組みにも力を入れており、企業がこの両方に対応していくためにペーパーレス化は必須の事項だ。
国は「IT導入補助金」といった施策や、「e-文書法」や「電子帳簿保存法」などの法律の整備も進め、企業がペーパーレス化を進めやすい環境を整えている。
ペーパーレス化のメリットは?
続いてペーパーレス化のメリットを5つ挙げて説明していこう。
省スペースにつながる
ペーパーレス化を進めれば、紙の資料や文書を保管するために確保していた物理的なスペースが少なくても済む。要は「省スペース」につながり、空いたスペースを有効活用すればオフィスの機能性を高めることができる。
休憩スペースとして使用することもできるし、従業員の机の配置に余裕をもたせ、業務中に集中しやすい空間づくりを推し進めることもできるだろう。
また企業によっては、紙の資料や文書の保管のために、書庫スペースを別に賃貸で確保しているケースもあり、省スペースが可能になれば賃貸のコスト負担を減らしていくことも可能だ。
デジタル化により「生産性」が上がる
デジタル化によって稟議書や請求書などが全て紙でなくなれば、それらの書類を印刷し、上長に提出し、押印をもらうといった一連の手間がなくなる。このような手間がかからなくなった分、ほかの付加価値が高い業務に多くの時間を割けるようになるので、企業全体で生産性が上がっていくのは確実だ。
「在宅ワーク」が導入しやすくなる
ペーパーレス化が進めば、企業内で在宅ワークを導入しやすくなる。
書類は全てデジタル文書としてメールやチャットツールなどでやりとりし、上長の決裁の仕組みもハンコによる押印を必要としない方式に変える。従業員の自宅にパソコンとインターネット回線さえあれば、出社したときと同様に業務を滞りなく進められる。
在宅ワークは「従業員満足度」(ES)の向上にもつながり、離職率を低下させる効果も見込めるため、ペーパーレス化による在宅ワークの導入は優先して進めたい項目の1つだ。
若者世代に好かれる会社になれる
デジタルネイティブとも呼ばれる若者世代の従業員にとっては、勤め先においてペーパーレス化が進んでいるかどうかで、企業へのロイヤルティー(忠誠度)が大きく変わる。
近年は現役社員も書き込みを行う企業口コミサイトなどがあり、そこでどのような口コミが書かれているかが、新卒人材が求職先を決める上での1つの要素となっており、若者世代に好かれる会社は優秀な新卒人材を確保しやすくなる。ペーパーレス化は人材戦略にもつながるわけだ。
「事業承継」の対策につながる
日本においては中小企業における事業承継が課題の1つとしてよく挙げられる。企業として黒字経営が続いていても、後継者が決まらずに廃業を余儀なくされるケースもある。
後継者が見つからない背景の1つに、事業を引き継ぐだけの魅力がその会社にないことがある。そのような観点でみると、ペーパーレス化が進んでいないことは後継者探しにとってマイナスの要素だ。
展開しているビジネスの内容も後継者が見つからない要素になることは多いが、ペーパーレス化を進めることは、ビジネスの方向性を変えるよりもはるかに容易なので、速やかに取り組みを進めたいところである。
ペーパーレス化の具体的事例
ペーパーレス化のメリットが整理できたのであれば、合わせてペーパーレス化の具体的事例も知っておきたい。メリットの説明で触れた内容と一部重なる事例もあるが、実際に企業で導入されているケースが多い事例として、改めて着目してほしい。
会議室での「全員集合」をやめて業務効率化
これまで社内会議といえば会議室に参加者が全員集合し、印刷した資料を全員に配り、パワーポイントなどの資料をプロジェクターで映しながら説明するスタイルなどが一般的だった。
しかし、資料をデジタル化すればその場に参加者が集合しなくてもメールなどでデータを送信し、共有できるようになる。そしてオンライン会議ツールを使えば、パワーポイントの資料を各参加者のパソコン上に表示させながら会議を進めることが可能だ。
デジタル化によって印刷コストの圧縮に成功
資料や文書を紙のまま扱う状況が続けば、これまでにかかっていた印刷コストは当然これからも発生し続ける。一方、デジタル化してしまえば印刷コストを圧縮でき、社内に高性能な高速印刷機をリースするといった費用がかからなくなる。
同時にFAX(ファックス)もやめる方向で検討するべきだ。FAXを使って社内で書類を送る場合、送る側と受け取る側の両方でFAX機能付きの電話機を設置しなければならない。当然、FAX用紙も常備することが必要だ。FAXをやめてデジタルで文書をやりとりし、FAX関連のコストも削減したい。
書類のデジタル化でオフィス賃料や書類棚のコストを節約
企業によっては、書類を保存したり格納したりすることを目的とした「書庫室」を用意しているケースもあるが、書類をデジタル化すれば徐々に書庫室の必要性も低くなる。書類そのものが増えていかないからだ。
書庫室が必要なくなり、書類を保管するスペースが狭くても問題なくなれば、オフィスを移転する際に今より狭いオフィスを選び、賃料コストを節約することができる。
また、保管すべき書類が増えなければ、書類棚(オフィスキャビネット)を新たに購入する必要もない。オフィス用の書類棚はある程度値が張るため、このコストを削減できることもかなりのメリットだ。
ハンコをやめると若者世代の士気が高まる
ペーパーレス化と同時に進めやすいのが「脱ハンコ」だ。ハンコは若者世代にとっては、旧態依然の体質を象徴するものとして映っており、脱ハンコを一気に進めれば自社で働く若者世代の士気は高まるだろう。
脱ハンコを進める際に重要なのが、社内でだけではなく、社外とのやりとりでも脱ハンコも視野に入れる点だ。最近では、契約書を交わす際には「電子署名」や「タイムスタンプ」などの仕組みを導入することで、ハンコを押印した場合と同等の効力が担保できるようになっている。
ペーパーレス化を成功させる3つのポイント
ペーパーレス化のメリットと具体的な事例を知っても、それだけで社内でペーパーレス化が成功するわけではない。成功に向けたポイントを3つ紹介する。
1. 経営者が率先してペーパーレス化を推進する
まず、経営者自身の姿勢は非常に重要であることを指摘したい。特に50代以上の経営者は紙に慣れ親しんでいることもあり、「自分の場合だけは紙の書類で……」といった特別ルールのようなものをつくってしまうことがある。このような行為は、社内におけるペーパーレス化の阻害要因となるだけだ。
2. ペーパーレス化についての全体計画を策定する
ペーパーレス化は社内全体で計画的に取り組んでいくべきだ。「一部の部署でだけ」「一部の書類だけ」といった「点」での取り組みでは、ペーパーレス化の進展は期待できない。社内全体という「面」で取り組むためには、最初に適切な全体計画を策定することが必要不可欠だ。
3. 経営者自身がビジネス系のITツールに詳しくなる
ペーパーレス化を進めていく過程で、さまざまなITツールが社内で導入されるだろう。例を挙げると、オンライン会議ツールや電子契約サービスなどがあり、できればこれらのITツールについて経営者自らが詳しくなれれば非常にいい。
しっかりと使いこなせるようになれば、どのツールが自社に適しているか「比較」することができる。最もふさわしいツールを導入することで、よりペーパーレス化の効果が高まっていくはずだ。
進捗確認をして計画をしっかりと前進
ペーパーレス化が進み、社内でほとんど紙の資料や文書がなくなったら、生産性や業務効率は以前と比べてかなり高まっているはずだ。その効果を得るために、1ヵ月や3ヵ月ごとに取り組みの進捗の確認をし、しっかりと計画が滞らずに進んでいく体制で臨みたい。
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文・岡本一道