M&Aコラム
千葉道場ファンドメンバー写真左奥が代表取締役の石井氏 (画像=M&Aコラム)

日本M&Aセンターではスタートアップ領域におけるM&A支援実績の増加を背景に、2018年から次世代の日本経済を牽引するスタートアップ企業を表彰する「スタートアップピッチ」を開催しています。

また、2020年には国内有数のVCである千葉道場さんにLP出資をさせていただき、間接的な投資を通じて国内スタートアップとの連携を図っています。

今回は、ファンドを運営する千葉道場株式会社の代表取締役に新たに就任した石井 貴基氏に、VC、スタートアップの基本から現在の状況について聞いてみました。

千葉道場ファンドとは?

2015年に発足した日本最大規模のスタートアップ起業家コミュニティ「千葉道場」が原点となっている。
参加する起業家は現状80名以上にのぼる。

年2回の合宿では、起業家が一同に集まり相互研鑽の場となっている。
「千葉道場ファンド」は、「千葉道場」から生まれた起業家コミュニティ・ベンチャーキャピタルとして、起業経験者を中心に運営しており、起業家同士の親身なサポートが日々行われているのが特徴となっている。

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(画像=M&Aコラム)

VC・スタートアップについてインタビュー

竹葉:石井さん、本日はよろしくお願いいたします。

本日はVC、スタートアップが置かれている現状の話を聞いていきたいんですが、当マガジンを見ている方には、VC、スタートアップコミュニティとは普段接点がない方も見ていますので、まずは企業における調達の基本的な考えから教えていただいてもよろしいでしょうか。

石井:はい、こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。
まず、会社が資金を調達する方法には、大きく分けて以下の2種類があります。

  • デット:銀行借入や社債発行による調達のこと。
  • エクイティ:新株発行を通じた調達のこと。

VCからの資金調達とは、エクイティ調達(第三者割当増資)のことを意味します。
あくまで私個人の考えですが、VCからのエクイティ調達はドーピングにも似た資金調達だと思っており、相性の良い企業やタイミングはとても限定的であると感じています。

一方で、調達する目的と相性が良い事業や企業が活用すれば、短期間で急成長できる起爆剤にもなる可能性があると考えています。

竹葉:創業時に自己資金が豊富にあれば話は別ですが、基本的にはスタート段階では、借入か外部への株式の発行(資本金での調達)によって資金を用意しますよね。

どのような目的でエクイティ調達を行うのがいいのでしょうか?

石井:株式を発行して外部の人に渡すのがエクイティ。
自分の身体を削ってお金に換えるような行為です。
ではなぜ、大事な株式を外部に放出するのか。それは事業成長のアクセルを踏むためです。

竹葉:あるデータによれば、1974年以降にアメリカでIPOを果たした企業の約4割はVCの支援を受けていて、VCの支援を受けた企業は、時価総額で4兆3000億ドルを生み出していて、これは1974年以降設立された公開会社の時価総額の約6割にあたるという記事を見たことがあります。

事業成長のアクセルを踏みたい事業、会社にとってはVCからのエクイティ調達はマッチするんですね。

石井:10年かけて1億円を貯めて、そのお金で新たな事業にチャレンジするのも素晴らしいアプローチであると考えていますが、エクイティを使えば、その10年をショートカットして短期間で1億円を調達でき、すぐに新規事業を立ち上げるなど、既存事業にダイナミックな投資を行うことができます。

ただし資金を提供するVCからは一定期間内にそれなりのリターンを求められます。

竹葉:起業したからといって、必ずしもエクイティ調達をする必要はないということですね。

自分たちはエクイティ調達をやるべきなのか、やらずに行くのか。そこから検討をすることが大切ということですね。

石井:はい、エクイティを利用する1番のメリットはレバレッジです。
エクイティ調達によってレバレッジをかけることで、圧倒的な成長スピードを実現できます。

逆にいえば、レバレッジをかけることで急成長させられるビジネスにしか、VCは投資しません。

VCの投資領域がIT、宇宙、バイオなどの分野が多い理由は、赤字を掘るような事業投資に対して将来のレバレッジが効きやすいビジネスと考えられているからです。

竹葉:国内大手VCの投資先の業種ポートフォリオを見ても、ITサービス分野で投資先の7割を占めていました。

石井:もちろん飲食店チェーンのような店舗型ビジネスも素晴らしい事業だと思いますが、エクイティ調達によるレバレッジが効きやすいかという観点においては比較的難しいことが多いかなと感じております。

業種・業態、ビジネスモデルによっては、VCとは相性が合わないことがあります。

竹葉:次にVCという仕組みそのものについてお伺いできますか?

石井:はい、VCという仕組みは米国ではじまり、1960年くらいに日本に入ってきました。

簡単に言うとLPとよばれる事業会社や個人の投資家から資金をお預かりして、私たちベンチャーキャピタリストが投資先を発掘し、投資を実行、企業の成長の支援まで実施し、上場・M&AなどのExitが実現された場合に、そのキャピタルゲインを出資者の方にお返しするというのが主な仕組みです。

投資家から預かったお金は一定期間を経て最終的に返還しなければなりません。
運用期間はさまざまですが、一般的には10年です。

竹葉:VCにおいても投資家から集める金額の大小で、10億円のファンドもあれば、1つのファンドで700億円近い資金を運用しているVCもありますよね?

千葉道場さんの場合はいかがでしょうか?

石井:千葉道場3号ファンドの場合、60億円をLP(有限責任組合員。外部投資家のこと)からお預かりし、2022年1月から10年の期間で運用しています。

この60億円をどれだけ増やせるか、つまり良いパフォーマンスを出せるかが勝負所となってきます。

VCの中には、GP(無限責任組合員)としてファンドの管理・運用の主体となっているメンバーがいます。

人のお金を預かって運用するだけでなく、自分でもお金を出して、リスクを取ってファンドに投資しているメンバーです。

GPの出資額は一般的にファンドの1%と言われます。

竹葉:お金の出し手と、資金が必要なスタートアップをつなげる役割ですね。

また、資金を提供するだけではなく、採用や営業、組織マネジメント含め企業の成長にとって必要なすべてのノウハウも提供すると。

起業家の皆さんがエクイティ調達を検討する際、VCのどんな情報をチェックして、相談に行ったらいいのでしょうか?

石井:項目ごとにポイントを説明していきます。
まず、「ファンドサイズ、チケットサイズ」という観点があります。

ファンドサイズとは、先ほどもでてきましたが、VCファンドがLPからお預かりしている1ファンド辺り資金の総額のことです。

チケットサイズは、新規投資の際の1回当たりの投資金額です。この水準を知ることは「VCがどんなスタートアップ企業を投資対象としているのか」を知ることになります。

例えばファンドサイズ10億円のファンドがあったとすると、一般的に投資に回せるお金は約8億円程度。

なぜなら、管理報酬(ファンドの売上)を2割ほど差し引く必要があるからです。そして残りの8億円でスタートアップ企業に投資していくことになります。

10億円のファンドの場合、チケットサイズは数千万円であることが多いようです。
チケットサイズが仮に平均2000万円なら、追加出資をしないファンドと仮定すると約40社に投資することになります。

この40社のうちの1社がIPOを果たし、ファンドはその株式を売却することで20億円のリターンを得られれば、ファンドの運営はひとまず成功です。

仮に残り39社の売却益が0円でも、ファンドは集めた資金額の2倍のパフォーマンスを出せたことになります。

注意したいのは、ファンドサイズ10億円のうち8億円投資するファンドがあった時、そのすべての額を新規投資に回すとは限らないということ。

半分は追加投資の予算にして、もう半分で新規投資するという方針のVCもあります。

竹葉:まずはファンドサイズを見ることで、自分の求める金額とファンドの投資方針が合っているのかを確認することができるんですね。

石井:次に「どのフェーズの企業に投資しているか」という方針も知っておきたいところです。

例えば、シリーズA以降の企業に投資するファンドに対して、シードの起業家が出資を申し込んだら、「うちの想定しているフェーズとは違う」と断られる可能性が高いといえます。

想定しているフェーズについて公式サイトなどで記載しているファンドもあるので、調べてみるのがいいと思います。

竹葉:創業間もない、まだ登記もしていないような企業に重点的に投資をするVCもあれば、上場前のステージに積極的に投資を実行するVCもあるということですね。

石井:つぎに「投資の目的」です。
スタートアップにエクイティ投資するプレーヤーは主に、独立系VC、事業会社が運営しているCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)、そしてエンジェル投資家の三つに分かれます。

独立系VCは、究極的にはファンドのパフォーマンスを投資目的としています。

つまり、シンプルにリターンを増やすために投資をします。もちろん他にも様々な投資目的はありますが、パフォーマンスがなければファンドの継続ができない(=投資家が集まらない)という観点から、やはり最重要指標なのかなと思います。

竹葉:独立系VC以外の出し手であるCVCの投資目的は何でしょうか?

石井:CVCにも、VCのようにファンドを設立しているケースと、事業会社の現預金から直接投資をして、それを「CVC」と呼んでいるケースの2つに分かれます。

前者はVCと同じように予算や期限を儲けているので、比較的投資のパフォーマンスを重視しています。

一方、後者はもちろん投資のパフォーマンスも重視していますが、どちらかといえば投資のパフォーマンスよりも、本業とのシナジーを前提に投資をしています。

「投資対象となる企業が、自社の本業と連携してどんなメリットがあるか」が明らかにならないと投資実行は難しいと言えます。この違いは知っておく必要があると思います。

竹葉:実際に起業家の方と面談をして、千葉道場さんとして出資したいとなった場合の投資実行までのスケジュールは具体的にどの程度かかるものでしょうか?

石井:具体的に面談から資金払い込みまでの期間でいうと千葉道場ファンドのスケジュールは最短で2週間〜2カ月程度で、比較的早い方ではないかと感じています。

検討期間の長さは投資金額や評価額によって異なりますが、1000万程度の投資の場合はクイックに意思決定することが多いのですが、反対に大きな金額の投資になると、DD(デュー・デリジェンス)の負担も増すため、2カ月以上かかることになります。

そのため、起業家の方に向けては、エクイティ調達をするのであれば、半年ほどのスケジュールを見積もっておいたほうがよいとお話させていただいております。

竹葉:自社にとって必要な資金調達の時期を考えて、そこに間に合うようなスケジュールを組んでくれるVCを探す必要があるんですね。

先日もIVSというスタートアップイベントでも、実際に2000万まで即決投資という企画をやっていましたよね。

石井:はい、私たちが認識していないシード期の起業家の方向けに実施した企画で、実際に2社投資することが決まりました。

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(画像=M&Aコラム)

1万人以上が集まる国内最大のスタートアップピッチイベントで実施した企画でSNSを中心に大きな反響を呼びました。

竹葉:そのほか、VCを理解するうえで起業家の方が見ておくべきポイントはありますか?

石井:「ファンドレイズの時期」については確認しておいたほうがいいと思います。

レイズとはファンド立ち上げのことです。
例えば千葉道場3号ファンドは、2022年1月に立ち上げました。

ファンドレイズの時期を知ることは、新規投資を積極的に行っているか否かを推測することができます。

例えば投資期間10年のファンドを組成した場合、多くのVCでは最初の2、3年に新規投資をすることが多いです。

そして、残りの7、8年で投資対象となる企業の成長支援を行い、最後には株式公開やM&Aなどのイグジットを迎えて現金化する必要があります。

したがって、ファンドレイズから2年くらいまでが積極的に新規投資をする時期なので、その頃に面談を申し込むのが良いと思います。

竹葉:VCが立ち上がったすぐのほうが投資意欲も高いわけですね。

石井:「投資社数」もポイントになります。
ファンドサイズが同程度でも、20社に新規投資するVCもあれば、年間1社にしか新規投資しないVCもあります。

新規投資社数の多いVCと会った方が、出資を受けやすいことは確かです。
投資社数について公開していないVCもありますが、ホームページや資金調達についてまとめているサイト等の情報から類推できます。少し手間はかかりますが。

竹葉:ありがとうございます。
実際にVCの方との面談のハードル自体は高いものではないのでしょうか?

石井:はい。VCで働く投資家にとっては起業家と面談するのが主な仕事になっています。

面談回数をKPIにしている投資家もいると聞いたことがあります。
そのため、スタートアップの起業家であれば、希望すれば投資家と面談できると思います。

ただ、いくら面談したとしても、自社のビジネスモデルや成長ステージ、希望調達額がファンドの投資方針と合っていないと、無駄足に終わる可能性が高いかもしれません。

だからこそ闇雲に当たるのではなく、事前にある程度調べてから面談を申し込んだほうが起業家の方にとっても効率的かなと思います。

竹葉:VCに関する情報はどこで拾ってくるのがいいんでしょうか?

石井:VCに関する情報は、ホームページやプレスリリースなどで公開されています。

PR TIMES、INITIAL、STARTUP DBなどで確認してから面談を申し込むようほうがいいと思います。 ちなみに千葉道場ファンドの投資条件は、以下の通りです。

【千葉道場の投資条件イメージ】

  • ファンドサイズ:約60億円
  • チケットサイズ:*約1,000万円~1億円
  • 投資の目的:起業家コミュニティの発展
  • 投資実行までのスケジュール:約2週間~約2か月間
  • 投資社数:約90社
  • レイズ時期:2022年1月(残り約9年) *シード・アーリー/プレシリーズAステージの場合

千葉道場ファンドはシード・アーリー(プレシリーズA)またはレイターステージを主な投資対象としています。

つまり、スタートアップ立ち上げ初期または、上場直前という両極端なステージに投資しています。

これは私たちが起業家コミュニティの千葉道場を母体としたVCだからこのような方針になっています。

具体的にお伝えすると、まずはシード・アーリーステージの起業家に投資して、コミュニティに入っていただく「入口」としての投資を行います。

投資実行後はコミュニティに参加いただき、先輩起業家などから学んでもらい、成長していただいた上で、IPO直前のラウンドで成長資金を投資しています。

これはある意味ではパブリックマーケットへの「進学」を支援させていただくような投資です。

このように、私たち千葉道場ファンドは入口と出口で投資する点が特徴となっています。

竹葉:VC側の生態も知ったうえでアプローチするのが、起業家の方にとっても大事だということですね。

資金調達からVCの仕組みについて詳細に解説いただきありがとうございました!
次回は実際に直近の調達環境などについてお伺いしたいと思います。

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代表取締役 石井 貴基 氏プロフィール

1984年北海道出身。2009年新卒で株式会社リクルート入社後、ソニー生命保険株式会社に転職。
ファイナンシャルプランナーとしてあらゆる世帯の家計コンサルティングを行った際、家計における教育費の高さに課題を感じ、2012年3月に株式会社葵を創業。
誰でも無料で学べるオンライン学習塾アオイゼミをリリース。

2014年秋、起業家仲間であったザワット株式会社の原田氏と、両社のエンジェル投資家であった千葉功太郎氏に打診・相談して、起業家が何でも相談しあえるコミュニティである千葉道場を構想。
第一回千葉道場以降、全ての千葉道場に参加。

2017年11月、株式会社葵をZ会グループに売却。
以降も株式会社葵の代表取締役として、グループ各社と複数の共同事業を開発し、2019年3月末に退職。

2019年8月、千葉道場ファンドの取締役パートナーに就任。
2023年4月より現職。

著者

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竹葉 聖(たけば・きよし)
日本M&Aセンター 業界再編部IT業界支援室長/IVS2022 LAUNCHPAD NAHA審査員
有限責任監査法人トーマツを経て、日本M&Aセンターに入社。IT業界専門のM&Aチームの立ち上げメンバーとして5年間で1000社以上のIT企業の経営者と接触し、IT業界のM&A業務に注力している。18年は京セラコミュニケーションシステム(株)とAIベンチャーの(株)RistのM&A、21年には(株)SHIFTと(株)VISHのM&A等を担当。
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