目次
- なぜ先生たちの仕事が終わらないのか。時間がいくらあっても足りない現状をどう変えるか模索し続けた
- 「手作り・手書き」だけにこだわる必要はない。2000年頃からデジタルの活用で手作業の業務を省力・効率化
- 保護者との連絡帳にはアプリを導入し、全職員が情報を共有。連絡帳のやり取りが可視化され、フォローアップやリスクヘッジにもつながった
- イベントで配布するノベルティや看板などの出力も自前で制作、布や特殊な用紙に対応できるプリンターや大判プリンターが活躍
- 園は開かれた場でありながら安全な場所でなければならない。自動ドアを自動認証システムと連動させて防犯対策
- 動画や映像の活用も安全管理の重要なアイテム。コロナ禍ではYouTubeを活用した行事の動画配信もスムーズに実施
- ICT導入で先生たちの仕事の仕方がガラリと変わった。質の高い保育と先生の負担軽減のために何ができるかを柔軟に考えていくことが必要。ICT導入は問題解決の手段の一つ
産経ニュース エディトリアルチーム
長野県北部、千曲川東岸に位置する須坂市。江戸時代に須坂藩の陣屋町だったこの地は、明治期から昭和初期にかけて製糸業で栄え、町内に残る土蔵や大壁作りの建造物は往時を物語る。そんな歴史を宿すこの町で67年前に誕生したのがマリアこども園だ。
同園は須坂市で子どもの数が増加した昭和30年代、宣教師だったのアンドレーG.アレンテインス(安藤礼也氏)が1956年に開園した。その後須坂市から幼児教育の充実を図るべく要請を受けた同園は1963年に学校法人となり、翌1964年に須坂市で最初の幼稚園「須坂マリア幼稚園」を開園する。その後も時代の要請に応え続け2014年には幼保連携型認定こども園「マリアこども園」を、2022年には「マリアこども園 きたすざか」を開園した。
子どもを親から預かり、育むという仕事は時代を経ても変わりはないが、大きく変わったのが子どもたちを取り巻く家庭環境だ。先生たちは子どもたちが退園後の時間を使い、家庭へのお便りや教室に掲示する装飾品などを手作りしているが、今や共働きの家庭が多くを占め、延長保育の子どもも増加。必然的に事務仕事や制作物に要する時間が激減し、自宅に仕事を持ち帰る先生も増えていった。
「このままでは先生たちが疲弊し、子どもたちと向き合う時間がなくなってしまう」。
そんな危機感から、理事長の安藤誠氏は2000年頃から業務の合理化とICTの活用を進め、先生たちの負担を軽減するとともに質の高い保育を目指してきた。「手作り・手作業」が尊ばれがちな幼児保育・教育の現場でICTのソリューションはどのように現場の力になり得たのだろうか。(写真:学校法人聖母マリア学園理事長、認定こども園「マリアこども園」園長の安藤誠氏)
なぜ先生たちの仕事が終わらないのか。時間がいくらあっても足りない現状をどう変えるか模索し続けた
思い出してみてほしい。昔から保育園や幼稚園の教室の壁には、一年を通して何かしら手作りの掲示物が貼ってあったはずだ。それは今も変わりなく、季節に応じた装飾や子どもたちの描いた絵、工作物、写真などで教室の壁面は彩られ、まるでギャラリーのようだ。そして、これらを掲示できるように装飾したり、子どもの名前を入れたりと加工を施しているのは担任の先生たちだ。マリアこども園では、誕生日やクリスマスには子ども一人ひとりに写真付きのカードにメッセージを添えて贈るという。それも子どもたちの思い出作りのために、という先生たちの思いがあっての作業ではあるが、毎月のようにこの作業を行う大変さは容易に想像がつく。そこに疑問を抱いたのが安藤理事長だった。
「子どもたちの保育環境を整えようという意味はわかります。でも、園児の人数分作っていたらいくら時間があっても足りません。先輩の先生は前に作った装飾パーツのストックがありますが、新人の先生は1から作らなきゃならない。そこまでやらなくていいのでは?と思ったのです」と話す安藤理事長。この「作り物」のために色紙などの材料を自宅に持ち帰って残業する先生もいたことから、安藤理事長は思い切ってこれらの「作り物」の数を減らした。さらに、制作物の使い回しも進めるとともに、カッティングマシンやプリンターなどの加工機器も導入して労力を軽減した。
「手作り・手書き」だけにこだわる必要はない。2000年頃からデジタルの活用で手作業の業務を省力・効率化
前述の「作り物」をはじめ、先生たちの仕事は子どもと触れ合うことだけではない。園での子どもの状況を報告する日々の連絡帳の作成、出欠席の管理、月間のお便りづくり、子どもたちの写真撮影や年度末に行う写真販売に備えた写真整理、アレルギー児の情報共有などもあり、先生たちの業務量は想像以上に多い。
幼児保育に携わる先生は「子どもが好き」という人がほとんどだ。それでも、子どもとじっくり触れ合える心の余裕を失うほど疲れ切ってしまう事態は問題だ。それは、この業界を去る人の増加や虐待という最悪の事案にもつながりかねない。そこで、抜本的に業務を見直した安藤理事長は、2000年頃からデジタルツールの活用を始めた。手始めに、保護者へ向けて毎月手書きで作っていた「お便り」を、パソコンによる作成にシフトした。
「当時はパソコンの台数も少なかったので交代で使っていましたし、最初は文字を入力するにも時間がかかって、手書きの方が早いぐらいでした。でも、2年後にはきっと楽になるから!と励ましながらやってもらいましたね」と安藤理事長は振り返る。
お便りに掲載する子どもたちの写真撮影にも変化があった。当時はデジタルカメラが普及し始めた頃で、先生たちは不慣れな道具と格闘しながら取り組んだという。現在「お便り」は紙での出力とPDFのデータ版の双方を併用しているそうだが、手書きや手作りを尊び、ICTに抵抗感を持つ人が少なくないという保育業界においては、かなり早い時期からの取り組みと言えるだろう。
保護者との連絡帳にはアプリを導入し、全職員が情報を共有。連絡帳のやり取りが可視化され、フォローアップやリスクヘッジにもつながった
ICT導入の取り組みはさらに続いた。担任を持つ先生には子どもたち一人ひとりに対する連絡帳の記録作成という重要な業務もある。これもかつては紙の連絡帳に一人ずつ手書きで記入していたが、3歳児で12〜13人に1人の担任、4歳児では20人を1人の担任が受け持つため、人数分書くには時間を要する仕事である。中にはたくさん書き込む先生もいるため、同じテキストを繰り返し書く箇所にはハンディプリンターでテキストを転写したり、連絡メールサービスを導入したり、ひとことメモを貼る付箋(ふせん)を使うといった工夫で効率化を図っていた。こうした変遷を経て、現在はタブレット端末を先生につき1台導入し、アプリによる統合システムに置き換わっている。保護者はスマートフォンからクラウド上にログインして連絡事項を閲覧し、書き込みもできる。さらに通園バスの現在地情報や子どもの出欠席連絡の機能も一つのアプリに統合し、保護者の使い勝手が向上したという。
連絡帳にICTを導入したことで、職員間での情報共有という新たなメリットも生まれた。紙の連絡帳の頃は、担任と保護者間だけのやりとりだったが、アプリなら他の職員も情報をクラウド上で共有できるため、経験年数の浅い先生が連絡帳に書く際、先輩の先生によるフォローアップもしやすくなったという。
「言葉の選び方や表現の仕方によっては保護者の方の誤解を生んだり、正しく伝わらなかったりする恐れもあります。ベテランの先生がチェックできれば、新人の先生にとっても安心感につながります」と話す安藤理事長。結果的にトラブルを未然に防ぐ効果もあるという。また最近増えている外国籍の子どもや保護者とのやりとりには、アプリの翻訳機能が役立っているそうだ。
イベントで配布するノベルティや看板などの出力も自前で制作、布や特殊な用紙に対応できるプリンターや大判プリンターが活躍
さまざまな行事がある園では、看板や案内表示などの掲示物が必要とされることも多い。しかし、そのたびに業者に発注していては時間もコストも要することから、マリアこども園では自前で出力できる大判プリンターが活躍している。また、さまざまな種類の用紙に対応できるマルチプリンターによって制作物のクオリティも上がり、イベント時に配布するグッズや園児に配布する誕生日カードの制作など、活用の幅を広げている。さらに布に出力できるガーメントプリンターも備えており、2022年に「マリアこども園 きたすざか」が開園した際にはオリジナル布バッグを制作し、関係者に配布した。今後はTシャツづくりなどさまざまなアイテムへの展開も検討しているそうだ。
園は開かれた場でありながら安全な場所でなければならない。自動ドアを自動認証システムと連動させて防犯対策
近年園や学校における不審者の侵入防止対策が必須となっているが、これらは新型コロナウイルス感染症対策とも重なる部分が多い。そこで、マリアこども園ではコロナ禍を機に、園の安全対策を見直した。
まずはエントランスには認証機を設置し、それと連動するドアの自動開閉システムを導入した。外部からの訪問者は入口のカメラセンサーによって体温の計測とマスク着用の認識がなされ、条件がクリアされないとドアが開かない仕組みだ。これは従前から自動ドアが設置されていたため、システムの導入のみで解決した。また、この自動開閉システムにより、園児が外に抜け出すことも防止できるという。
さらに園内においては、各教室にいる担任が各自PHSを保有し、業務連絡や緊急時の応援要請などをすることもできる。またこの、PHSは館内放送の機器とも連携し、不審者の侵入時の連絡や並びに緊急時の一斉連絡も即座に行える体制を整えた。
動画や映像の活用も安全管理の重要なアイテム。コロナ禍ではYouTubeを活用した行事の動画配信もスムーズに実施
マリアこども園では映像を活用した安全対策にも取り組んでいる。例えば現在、試験的に0〜2歳児クラスの担任がカメラを装着し、検証を行っている。
「0~2歳児はまだ言葉で伝えられないので、映像での記録が有効です。例えば怪我をしたり、子ども同士のトラブルが起きても映像が残っていれば原因がわかります」と話す安藤理事長。世間では虐待の事案が増えている昨今、映像記録を残しているとあれば、保護者にとっても安心材料となることだろう。
「昔の先生たちはばんそうこうを持ち歩いていればよかったのですが、今はPHSやカメラなど先生の持ち物が増えましたね」と苦笑する。
また、マリアこども園ではコロナ禍における園の行事でYouTubeを活用して動画配信を行っていた。この動画配信は2002年から同園で行っており、コロナ禍に入った頃にはすでにチャンネル登録者数が1万1千人になっていた。そのため、ライブ配信もすぐに始めることができたという。現場にいる先生たちはいつものようにタブレットで動画を撮影し、クラウド上に上げたデータを別のスタッフが編集、公開するという作業がスムーズに展開されていた。また、夏祭りなどのイベントに保護者が参加する際には予約システムを活用して人数制限を行うなど、感染対策を講じながらも行事を滞りなく実施することができたそうだ。
ICT導入で先生たちの仕事の仕方がガラリと変わった。質の高い保育と先生の負担軽減のために何ができるかを柔軟に考えていくことが必要。ICT導入は問題解決の手段の一つ
早くからICTを柔軟に取り入れてきたマリアこども園。先生たちの働き方がガラリと変わったと実感する安藤理事長だが、幼児教育の業界ではまだICTの導入に二の足を踏んでいる園も多く見られるという。 「ICTありきとは思っていません。まずは先生たちが疲弊しないために何ができるか、子どもたちと向き合う時間を確保するにはどうしたらいいかを考えて、マンパワーを増やしたり、業務の効率化などの方策も検討します。そこにICTが必要と判断されれば柔軟に取り入れていけばいいと思っています」と柔軟に構えている。
そんな取り組みの一つとして、同園では創立以来使い続けてきた制服を今年度で廃止することにした。もちろんこの結論に至るには数年間検討を続けてきたという。
「制服はフォーマルな場での礼服という位置付けになっていて、着用の頻度が少なく、普段は体操着にて保育時間を過ごすという現状がありました。折しも、制服費用が値上がりしたこともあり、保護者の家計負担を考えて廃止に踏み切ったのです」と安藤理事長は廃止の経緯を語る。そこで、同園では制服を単に廃止するのではなく、体操服と兼用できる新たなユニフォームを採用しました。特筆すべきは、ジェンダーフリーへの配慮だ。新しいユニフォームには男女の区別がないデザインを採用していることも、時代の変化への対応の一つである。
親や曽祖父の3代にわたってここの卒園生という家庭も多いというマリアこども園は、その長い歴史を大切にしながらも、時代に応じた取り組みを柔軟に行ってきた。それは、「未来を創る子どもたちのため」のみならず、子どもたちの「園のお母さん」である先生たちが輝く職場環境をも創出している。
事業概要
法人名 | 学校法人聖母マリア学園 |
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所在地 | 長野県須坂市春木町1092 |
HP | https://www.mariakids.jp/ |
電話 | 026-245-0012 |
設立 | 1956年 |
従業員数 | 40人 |
事業内容 | 認定こども園 |