M&Aコラム
日本M&AセンターIT業界専門グループ 竹葉聖(左)TENTIAL 代表取締役 中西裕太郎氏(右)(画像=M&Aコラム)

日本M&Aセンターではスタートアップ領域におけるM&A支援実績の増加を背景に、2018年から次世代の日本経済を牽引するスタートアップ企業を表彰する「スタートアップピッチ」を開催しています。2021年は「日本M&Aセンター30周年記念スタートアップピッチ」と題して、約2,000社の中から15社がエントリーし、TENTIALは「ウェルネスカンパニー賞」を受賞しました。今回は、TENTIALの「その後」をテーマに、同社代表取締役の中西裕太郎氏に創業期のお話や今後の展望について、日本M&Aセンター IT業界専門グループの竹葉聖が伺いました。

会社概要

会社名:株式会社TENTIAL
設立:2018年2月
事業内容:「健康に前向きな社会を創り、人類のポテンシャルを引き出す。」をミッションに、ウェルネス関連事業を展開。
TENTIAL公式noteはこちら( https://note.com/tential/ )

プロサッカー選手の夢をあきらめ、スポーツを軸に起業

竹葉:まずは中西さんのご経歴を改めてお伺いしてもよろしいでしょうか?

中西氏:学生時代はプロサッカー選手を目指していて、高校時代にはインターハイにも出場したのですが、心臓疾患で断念することになりました。サッカーという人生の軸が無くなって自暴自棄になっていたころ、たまたま目にしたアメリカのオバマ元大統領の動画の中で「ビデオゲームを買う代わりに、自分で作ってみよう。最近のアプリをダウンロードする代わりに、デザインしてみよう。プログラミングを学ぶことはあなたの未来のためだけじゃない。国の将来がかかっているのだ。」というメッセージを目にして、独学でプログラミングを勉強するようになり、インフラトップというプログラミングスクールを運営するスタートアップ企業に入社しました。その後、リクルートを経て2018年にTENTIALを創業しました。

竹葉:創業当初はどのような事業だったのですか。

中西氏:学生時代をスポーツに全振りしていたこともあり、起業するならスポーツしかないと思っていました。とはいえいきなりスポーツ用品を作って売るのは現実的ではないため、まずはメディアの立ち上げを行いました。

当時、スポーツに関する記事は、個人のブログなどで発信されているだけで公式なメディアがありませんでした。そこで、プロの選手やスポーツトレーナーに取材をして、情報の権威性を担保したうえで、スポーツ用品の選び方やトレーニング方法を発信してみようと『SPOSHIRU』を立ち上げました。また、将来的に自社プロダクトを展開していくうえで、メディア経由で顧客(ファン)を囲いこみたいという目的もありました。

竹葉:メディアはすぐに軌道に乗ったのですか?

中西氏:立ち上げから約1年半で月間100万PV、累計流通額は10億円を超えました。記事の質の高さもありますが、2020年に東京オリンピックも控えていてスポーツに関する関心が高まっていたというタイミングの良さもありました。

また、メディアを運営しているなかで、「足」に関する悩みが多いことに気づき、足に関わるプロダクトの販売を検討し始めました。

竹葉:実際に足のコンディションが、身体全体の健康に影響しますよね。

中西氏:そうですね。NIKEやアシックスなど世界の名だたるスポーツメーカーも足元、靴からスタートしています。とはいえ、靴の場合は、部品数の多さやサイズごとに在庫を抱えなければならないことから、製造するうえで結構なリソースがかかるんです。また、靴というプロダクトの特性上、EC販売にはあまり馴染まないという問題があったので、製造コストと在庫リスクを考慮した上でインソールの販売を選択しました。当時、インソールをD2Cで販売している企業がなかったのと、すでにメディアで顧客を囲いこめていたので勝機はありました。

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(画像=M&Aコラム)

『TENTIAL INSOLE』。身体の重心を適切な位置に戻し、バランスを整える設計が施されている

中西氏:インソールというスタートアップとしては地味な商品でしたが、じわじわと売れ出し、発売から半年で楽天市場の売れ筋ランキングで1位を獲得しました。

コロナ禍で得たビジネスチャンスと教訓

竹葉:メディア運営で得たデータが役に立ったわけですね。貴社の「TENTIALMASK」も有名ですよね。

中西氏:2020年2月に新型コロナウイルスの報道がされてすぐにマスクの開発に着手しました。企画してから3か月で販売までこぎ着け、インソールを超える大ヒットになりました。マスクが売れ過ぎたので、社員全員で夜通し、梱包から発送まで対応していました。

竹葉:梱包から発送まで、自分たちで対応されたんですね。

中西氏:はい。当初はこんなに売れるとは思っていなかったので、全て自社から発送する想定でした。ただ、想定以上の売れ行きでオフィスがマスクだらけになりました(笑)。とても大変でしたが、オペレーションの重要性を学ぶことができましたし、今でも教訓にしている出来事です。

竹葉:その次にヒットしたのがリカバリーウェア「BAKUNE」ですよね。今日、私も着ていますが、リカバリーウェアの開発に着手したきっかけは何だったんでしょうか。

中西氏:私たちは「健康に前向きな社会を創り、人類のポテンシャルを引き出す。」というミッションを掲げていて、人の24時間をいかに支えるかという点をテーマにしてプロダクトを開発しています。その中で1日のうち多くの時間を占めている睡眠に着目しました。当社のリカバリーウェアは科学的なエビデンスに基づいた機能性があり、一般医療機器として認証されています(※1)。 (※1)身体から放射される遠赤外線を繊維が吸収し、熱に変換。その熱を再び身体へ跳ね返すことで体温に近い温度を保つことができる。

竹葉:スタートアップでは珍しくBtoCのプロダクトを開発していますが、資金調達する上で苦労はありましたか。

中西氏:当社のプロダクトはスポーツ用品でなければディープテックなヘルスケア用品でもないという特殊なポジショニングということもあり、成功した類似企業がなく資金調達には非常に苦労しました。全く興味を示してくれないVCも多かったです。ヘルスケアという巨大市場へ参入する上での基盤創りとしてメディア事業やインソール開発をしていたのですが、その戦略を理解してくれるVCはなかなかいませんでした。

竹葉:そんな中HIRAC FUNDから資金調達されていますが、どのような経緯でつながりができたのでしょうか。

中西氏:当社のアドバイザーである元サッカー日本代表 播戸竜二さんの紹介でラクスルCFOの永見世央さんとお会いした際に、HIRAC FUNDの辻庸介さん(※2)がたまたまいらっしゃって。インソールをお送りしたのが最初の接点です。

竹葉:初対面でインソールを渡されることはあまりないので、印象に残りそうですね(笑)

中西氏:そうですね。それで辻さんにも覚えていただき、マネーフォワードグループのVCから出資を受けるきっかけになりました。代表パートナーの古橋智史さん(※3)、金坂直哉さん(※4)が共に実際に事業を作ってきた方というのもあって、HIRAC FUNDも本当に起業家ファーストで、かつアットホームなコミュニティを形成しているファンドだと感じました。

(※2)辻庸介氏、ソニー株式会社、マネックス証券株式会社を経て、株式会社マネーフォワード代表取締役CEO。同グループHIRAC FUNDでは投資委員会メンバーを務める。
(※3)古橋智史氏、株式会社みずほ銀行、株式会社Speeeなどベンチャーを経て2014年にスマートキャンプ株式会社を設立。M&Aでマネーフォワードグループへジョインし、HIRAC FUND代表パートナーを務める。
(※4)金坂直哉氏、ゴールドマン・サックス証券株式会社を経て、株式会社マネーフォワード取締役執行役員CFO。HIRAC FUNDでは古橋氏と共に代表パートナーを務める。

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(画像=M&Aコラム)

巨大市場に挑むTENTIALの戦略

中西氏:やはり販売チャネルの違いが大きいと思っています。大手スポーツ用品メーカーは実店舗の売上比率が大きいですが、当社はECからスタートしています。あとは、プロダクトの用途が大きく違います。当社プロダクトはスポーツ用品でもアパレル用品でもなく、あくまで健康課題を解決するためのものです。

竹葉:ECメインで販売する中で、実店舗を構える目的はどのようなものでしょうか(※5)。 (※5)TENTIALは OFFICIAL STOREを東京丸の内、渋谷、虎ノ門ヒルズ、名古屋、大阪梅田に5店舗構えている。

中西氏:当社が実店舗を構えたのはEC以外の収益源を確立するのと、より多くの方に当社プロダクトに実際に触れてもらうためです。EC販売だけではプロダクトの魅力を伝えきれないので、実際に目で見て触ってもらう場は必要であると考えています。

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(画像=M&Aコラム)

TENTIAL OFFICIAL STORE 第1号店として新丸ビル4階に店舗を構える。研究所をモチーフとして、白を基調としたクリーンな空間に象徴的に設置されるショーケースサークルは1日の時間軸をイメージしている。

竹葉:今後の事業展開についてどのように考えていらっしゃいますか。

中西氏:「歩く」「寝る」「働く」を軸にプロダクトを拡充する予定で、今年2023年3月に資金調達した10億円もプロダクト開発に使用します。また、海外展開も検討しています。

竹葉:M&Aは検討していますか。

中西氏:はい。当社にはないヘルスケア関連のプロダクトや知見を有する企業にM&Aでグループジョインしていただきたいと考えています。優れたヘルスケアプロダクトを持っていても、マネタイズに苦戦している会社さんもあります。当社は販売チャネルやマーケティングノウハウを確立しているので、お互いにない点を補完してシナジーを生んでいきたいです。

竹葉:メディア→EC→プロダクト開発という唯一無二の流れで成長されてきた貴社だからこそ、M&Aでグループ入りした企業に提供できるノウハウがたくさんありそうですね。
最後に今後の抱負をお願いします。

中西氏:日本M&Aセンターさんのピッチに参加した際に、審査員として参加していた元サッカー日本代表監督 岡田武史さんとお話しする機会がありました。そこで、岡田監督から「事業においては、社会貢献性と収益性を両立しなくてはならない」というメッセージをいただいたことが印象に残っています。
TENTIALがもっと成長することで、人々の持続可能な健康を支えるという形で社会貢献ができると考えています。

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日本M&Aセンター30周年記念スタートアップピッチで、ウェルネスカンパニー賞を獲得した中西氏 (画像=M&Aコラム)

インタビュアー

業種特化1部 チーフマネージャー IT業界専門グループ グループリーダー
竹葉 聖
公認会計士試験合格後、有限責任監査法人トーマツを経て、2016年に日本M&Aセンターに入社。IT業界専門のM&Aチームの立上げメンバーとして7年間で1000社以上のIT企業の経営者と接触し、IT業界のM&A業務に注力している。18年には京セラコミュニケーションシステム(株)とAIベンチャーの(株)RistのM&A、21年には(株)SHIFTと(株)VISH、22年には(株)USEN-NEXTHOLDINGSと(株)バーチャルレストラン等を手掛ける。
IVS2022 LAUNCHPAD NAHA審査員。

著者

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M&A マガジン編集部
日本M&Aセンター
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