筆者の渡部昭彦氏は大手銀行、セブン-イレブン・ジャパン、楽天グループで人事部長などを歴任し、さらに人材コンサルティング会社のヒューマン・アソシエイツ・ホールディングス代表として長年人事と経営に携わってきた、いわば人事のプロ。今回は大企業で取り組むジョブ型雇用導入の課題について本音を語ってもらいます。
目次
人材を評価する際は「時間の軸」を考える必要がある
前回のテーマは「一発屋は社長になれるか?」ということでした。答えはもちろん「NO!」なのですが、ここで検討したかったのは、人材を評価する際に「時間の軸」を考える必要があるということです。
本人の努力でなく運に恵まれ好業績を上げた「結果オーライ」の人に高いボーナスを払うことも、時間の軸を短く取れば必ずしも間違っている訳ではありません。
一方、時間の軸を長くすれば、足下の業績には反映しなかったものの、高い問題意識と大いなる意欲を持って期待される行動をきちんと取れる人を昇格させることも適切な人事対応と言えます。
人事制度の運用としては、対象者の職階や役職に応じて、MBO(目標管理制度)とコンピテンシー(行動考課制度)をどのように組み合わせるかということがポイントになります。 考課者においては、両制度の背景となる時間の軸をきちんと理解した上で、被考課者への説明が充分にできる形での評価を行うことが肝心な訳です。
「ジョブ型雇用」の注目度が増しているワケ
さて今回は「中小企業は今も昔もジョブ型雇用!」というテーマで考えてみます。
「ジョブ型雇用」の用語が使われるようになったのはここ10年ほどですが、特にコロナ禍で在宅勤務を始め働き方の多様化が叫ばれる中、停滞する日本経済の救世主のような位置づけで注目をされるようになりました。
実際に「〇〇社は来年度よりジョブ型雇用制度を導入」など新聞紙上で「ジョブ型雇用」の言葉を目にする機会は大きく増えています。
ジョブ型雇用は文字通り「ジョブ」に基づいて、即ち、職種や職務を特定の上、その要件に合致した人材を採用し、雇用するということです。欧米では極めて一般的な雇用形態であり、また日本においても、中途採用ではこのような職務・職種別の採用方法は普通のプラクティスと言えます。
では昨今ジョブ型雇用が注目され実際にその導入事例が増えているのはなぜでしょうか。あらためて今回のテーマである「中小企業は今も昔もジョブ型雇用!」を言い換えれば、
「ジョブ型雇用が課題となっているのは大企業」ということです。 日本が経済の低迷から脱するには、けん引役である大企業の人材マネジメントシステムを見直す、その代表例として「ジョブ型雇用」が脚光を浴びているのです。
「ジョブ型雇用」は人事システムの課題を解決する万能選手?
ジョブ型雇用の一般的な定義は「人材の採用に際して職務内容を明確に定義して契約を結ぶ雇用形態」ということです。採用は「ヒトではなくジョブ」を基準に行われるわけです。
ここから先は立場に応じていろいろな解釈がなされています。「労働時間ではなく職務や役割で評価」「業績に応じて報酬を支払う成果主義」「中途採用が容易で人不足に対応」更には「仕事がなくなれば解雇が可能」等々です。
「メンバーシップ型」に総称される伝統的な日本の雇用システムの対置概念として使われるようになった経緯から転じて、日本の人事システムの課題を一挙に解決する万能選手としての期待が高まってしまったと言えるでしょう。 因みに欧米ではジョブ型雇用という言葉は余り使われていないようです。理由は申すまでもなく、雇用とは基本的にジョブ型だからです。「メンバーシップ型」と言う固有のシステムを持つ日本であるがゆえに、対置概念として使われるようになった言葉と言えます。
中小企業は「ジョブ型雇用」がスタンダード
ここであらためてメンバーシップ型雇用に総称される日本の伝統的な人事システムをまとめれば、「新卒一括採用」「年功序列」「終身雇用」になります。
徐々に変わりつつありますが、大企業を中心にまだまだ本質的なところでは維持されていると考えられるものです。
バブル崩壊後の失われた30年間にわたって経済停滞を打破すべく、この「御三家」で構成される人事システムの見直しが叫ばれていますが、「三すくみ」の状態になっていることは否定できません。
しかしながら、中小企業と言いますか、日本を代表する大手大企業を除いた多くの企業に
目を転じれば、景色は全く変わってきます。
「新卒を採用しようにも来てくれない」「年齢に応じて給料を上げる余裕など全くない」「残って欲しくてもすぐに辞めてしまう」というのが実態と言えます。 結果的に、必要とする職種の人材を労働市場で中途採用し、年齢や性別に関係なく実力に応じて処遇することになる訳です。
大企業が導入する「ジョブ型雇用」は形式的な面に終始
戻りますとジョブ型雇用は、メンバーシップ型を基本とする大企業こそ導入を検討すべき課題であるということです。こう言うと「職務や役割で評価する人事システムは既に導入済みであり、また中途採用も専門職を中心に増やしている」という反論があるでしょう。
確かに「成果主義」の名の下に多くの企業で役割給や職務給が導入されているのは事実です。
また今や専門職を中心に中途採用を行わない企業は皆無に近いでしょう。
しかしながらジョブ型雇用が叫ばれるに至る本質的な背景を考えると、いずれも形式的な面に終始している感があります。
教科書的に言えば、労働人口が大きく減少する中で経済力を維持するには労働生産性の向上が必要であり、グローバル社会で生き残るためには付加価値の創造が不可欠です。
その実現のために働く人個々人に求められるのは、プロフェッショナリティなのです。
ゼネラリストをキャリアのメインシナリオとするメンバーシップ型システムの中で、プロフェッショナリティの涵養は難しいと言わざるを得ませんし、職能給の上に単に職務給を乗せれば済む話でもありません。
また、中途採用についても、外国人を含めレベルの高いプロフェッショナルの採用が難しく、せっかく入った優秀な中途人材も「ガラスの天井」を見て辞めてしまうなど、課題は尽きません。 「ジョブに応じた雇用」は第一歩として大切ですが、大企業を中心とした日本型雇用の抜本的な見直しを求める「ジョブ型雇用」の背景にあるものを看過してはいけないのです。
プロフェッショナリズムを評価する「成果主義の徹底」で年功概念を払拭できるか
日本型人事システムの御三家である「新卒一括採用」「年功序列」「終身雇用」の限界を認識の上、企業は各々「通年採用・第二新卒採用・プロ採用」「実力主義・成果主義の徹底」「キャリア教育の充実」など、様々な手立てを打っています。
どれも日本の社会制度・慣行の中に組み込まれたものであり、企業の個々の努力だけで一新できるものではありません。
その中で、ジョブ型雇用の本来の目的であるプロの育成という観点から、「年功序列」に表される年功概念の払拭は、企業においても実現可能な合理性がある選択肢と考えられます。
「やる気になればやれる」施策なのです。
プロを育成するにはプロフェッショナリズムを評価する、そしてプロフェッショナリズムは実現した成果に基づき判断することが必要です。入り口である「新卒一括採用」と、言わば出口である「終身雇用」の間の長き月日を、年次主義で総称される年功概念で埋めることは意味がありません。 前回の「一発屋は社長になれるか?」と同じ結論になりますが、「成果主義の徹底」が年功概念の払拭を通じてプロの育成につながると考える次第です。