M&Aコラム
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日本M&Aセンターは2013年4月、海外支援室を設立し、現在はASEAN5拠点(シンガポール・インドネシア・ベトナム・マレーシア・タイ)体制で、友好的なM&Aを通じて、海外進出・海外撤退・日本市場参入のご支援を行っています。

2019年に拠点が開設された背景、インドネシアM&Aの今について、インドネシア駐在員事務所長の安丸に話を聞きました。

インドネシアのM&Aに関わり始めた背景

ー安丸さんとインドネシアの関わりについて教えてください。

安丸: 新卒で1990年4月に総合商社に入社し、1991年の1月に海外研修生制度でインドネシアに派遣されたのがはじまりです。1991年というと、奇しくも日本M&Aセンターが創業した年ですね。

もちろんインドネシア語は全くわかりませんでしたから、インドネシア大学の「外国人のためのインドネシア語コース」に約1年通い、言葉とともにイスラム社会の生活に慣れるよう努めました。
帰国後、1993年から今度は駐在員としてジャカルタに赴任することになりました。

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当時はまだスハルト軍事政権で、1998年には民主化のためのクーデーターが起きたんですね。日本の駐在員は、当然ながらチャーター機で皆帰国しました。でも国の大きな変化に立ち会う機会なんて、人生の中でほとんどないじゃないですか。

私はその様子を見届けたくて、結局ジャカルタに残りました。当時の異様な街の様子は今でも鮮明に覚えています。

ー商社ではどのような業務に携わっていたのですか。

安丸: 1990年代、インドネシアは労働集約産業の拠点として、繊維産業が活況を呈していました。よって日本の繊維機械メーカーは商社を通じてインドネシアに繊維機械を輸出していました。私は単なるトレーディングだけでなく、インドネシアの繊維メーカーと共に設備投資の計画を作って、金融機関と交渉のうえ資金調達をさせ、機械を導入させるというところを主に手掛けていました。

また、商社間でも競争があるため、数件商社ファイナンスというのですが、自社にてリスクをとり各種担保をとって、機械を販売し、例えば5年で割賦販売にて資金を回収する、という銀行のような仕事もしていました。

それが1998年のクーデーター後、国の崩壊とともに繊維メーカーも危機となり、売掛金が不良債権となり、回収できなくなりました。

その債権回収業務に携わっている中、商社の営業マンも債権回収会議にいち債権者として出席するわけです。会議には弁護士、会計士なども参加し、当時はわからない専門用語が飛び交う世界。

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そのときにスポンサー企業が表れ、対象企業を再建して債権を回収するためにM&Aが行われました。結果、我々債権者も一部債権が回収できました。これが私とM&Aの出会いです。

もともと大学で会計の勉強をしていたのですが、その体験をきっかけにもっと専門知識を身に着けたいと、駐在を終えたタイミングで米国公認会計士(USCPA)を受験し合格しました。その後、日本で監査法人に勤めていたのですが、ご縁があって2002年、日本M&Aセンターに入社しました。

海外支援室の立ち上げ、拠点開設の背景

ー2013年に海外支援室が立ち上がった経緯について教えてください。

安丸: 当社は2006年10月に東証マザーズ上場、2007年12月に東証一部上場を果たしますが、上場して名前が知れ渡ってくると、比較的大きな規模の案件を受託できるようになりました。例えば製造業であれば、海外に子会社を持つ大手企業からの相談、そういう案件が増えてきました。

海外に子会社を持つ日本企業の評価をする場合、当然ながら海外の子会社の財務状況も踏まえた上で、会社の評価を行わなくてはなりません。つまり、国内のM&Aをするにしても、海外の子会社を含めてバリエーションをする必要がでてきました。

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海外の子会社のプレデューデリジェンス(簡易な事前の買収監査)を行った上で、親会社の評価をするようになりました。それが2013年ぐらいです。私は入社以来、国内の様々な企業のM&A案件に携わってきましたが、そうした流れを受けて、ぜひ海外でまたチャレンジしてみたい、そういう想いで海外支援室を立ち上げました。

当時、ごく少人数ですが同じような志を持つ仲間と海外支援室を開始し、徐々に人も集まり出して、本格的に動き出しました。

ーそして、インドネシアの拠点オープンにつながるわけですね。

安丸: はい。ASEANとしてどこを攻めていくかという議論の中で、日本との相性の良さや成長性からインドネシアが、当社の海外2拠点目として選ばれました。2019年10月にインドネシア駐在員事務所を開設しました。

日本が注目する、インドネシア経済の今

安丸: インドネシアは皆さんご存じのとおり、世界最大のイスラム国家であり、2019年にGDP3兆ドルを突破し、ASEAN諸国合計の3分の1を占めます。
国民の平均年齢も29歳と若く、生産年齢人口(15~64歳)は今後ますます増加が予測されています。

インドネシア中央統計庁(BPS)の2月8日発表によると、2022年通年のGDP成長率を5.31%にのぼりました。 GDP成長率は2014年以降で最高値となりました。そして、2050年にはGDPで日本を追い抜くと予測されています。
新型コロナウイルスの影響で低迷していた消費や投資も緩やかに回復し、コロナ前の水準に戻りつつあります。

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ASEANナンバーワンの巨大市場を狙った日本の中堅・中小企業の海外M&Aによる進出先として大きく注目されています。

出典:JETRO発表「2022年のGDP成長率は5.31%、2014年以降で最高」(2023/2/20)

インドネシア企業とのM&Aの特徴

ー日本とインドネシアのM&Aはどのような点で違いがあるのでしょうか。

安丸: 難しさという点では、残念ながらインドネシア企業とのM&Aでは、決算書の信憑性が低いという壁があります。つまり、実態を表した決算書、対銀行用、対税務当局用と3つ存在するのです。

外資系企業がM&Aをする場合、当然ながら実態を把握しなければなりません。そのためには、実態を表した決算書の提出が必要となります。よって顧客との信頼関係構築が重要となりますし、税務のリスクについて顧客側に説明し、納得いただく必要があります。

インドネシア国内には、まだM&Aを経験している企業が少ないため、このあたりは引き続き、顧客側にも啓発を行っていかなければならない課題だと感じています。

その他、契約書をインドネシア語で作る必要がある点や、日本など外国資本会社(PMA)は100億ルピア(日本円で約8,500万円相当)の資本金が必要になる点、土地の権利関係手続きなどハードルはいくつかあります。

また、過半数の株式を取得する場合には、M&Aを行う前に債権者に公告を出したり、事前に従業員に通知する必要がある点も日本のM&Aとの違いと言えます。

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ー外資規制が撤廃されても、M&Aが選ばれている理由はなぜでしょうか。

安丸: おっしゃるように、外国からの投資を広げるという政府の方針で、数年前に広い範囲の企業にて外資規制が撤廃(オムニバス法)されて、100%出資できるようになりました。

しかし、インドネシアで会社を営業する際に、KBLI(標準産業コード)というものを取得する必要があります。また、新たに営業を開始する場合は人を採用したり、顧客を開拓したりする必要もあります。
M&Aで既にそれらを保有する会社を買収したほうが効率的であるため、M&Aのニーズが今なお高いというのが現状です。

このように、日本のM&Aと比べてもいろいろ難しい面が多いように感じますが、ハードルが高ければ高いほど、M&A成就時の達成感は大きいかと思います。

ー日本は後継者不在問題の解決策としてM&Aが主流ですが、インドネシアではいかがでしょうか。

安丸: シンガポールやタイは成熟しているので、日本と同様に後継者不在を背景にしたM&Aが多く行われています。
一方、インドネシアやベトナムは冒頭にお話しした通り、今以上に成長が見込まれる国であるため、成長戦略としてのM&A、譲渡が行われるケースが大半です。

海外の企業に興味がある、だけどハードルの高さを感じておられる日本企業の方に対しては、まず海外に拠点がある日系企業のを譲受けを検討されることもお勧めします。その後、シナジーのある海外企業の譲受けを検討されても良いかと思います。

日本企業のインドネシア進出事例

ー直近、日本企業のインドネシア進出事例で注目しているものはありますか。

安丸: 当社が関わった案件ではありませんが、阪急阪神不動産株式会社様が、ジャカルタで一番大きい商業施設「セントラルパークモール」に出資された事例があります(2022年9月)。

阪神阪急不動産がインドネシア・西ジャカルタエリアを代表する大規模商業施設「セントラルパークモール」を取得(2022年9月)
本施設は、インドネシアの大手不動産開発会社であるAgung Podomoro GroupのPT Agung Podomoro Land,Tbkにより開発された大規模複合開発エリア『ポドモロシティ』の中にある。
同エリアは、セントラルパーク複合施設・高層住宅・オフィス等からなり、そのうち同複合施設は、今回取得した本施設のほか、APLタワー(オフィス)・セントラルパークレジデンス(高層住宅) ・プルマンホテルで構成。

ジャカルタ都市圏では、本施設のメインターゲットである中間層以上の人口が、中長期的に大幅に増加することが予想され、今後さらなる成長が期待される中、阪急阪神グループが培ってきた不動産事業に関するノウハウ等を活かして、本施設の運営管理を主導していくことで、施設の価値向上を図るとともに、ASEANにおける賃貸事業の基盤構築を進めていく。

出典:阪急阪神不動産株式会社 ニュースリリース(2022/10/18)

阪急阪神不動産株式会社様はこのほかにもインドネシア国内で、オフィスやホテル、住宅、物流倉庫事業にも進出されています。
日本企業が生き残りをかけて、中間層の購買意欲が高いインドネシアへの進出を強化している中で、本件は象徴的な事例の一つと捉えています。

日本M&Aセンター インドネシアチームのこれから

ー最後にメッセージをお願いします。

安丸: 私が商社勤務時代、軍事政権のインドネシアで、一緒にビジネスをしていた先輩方のほとんどは既にビジネス界から引退されています。幸いまだ現役の私は、当時の状況を知る人間の一人として、現在のインドネシアの成長を非常に嬉しく感じています。

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長年にわたってインドネシアビジネスに携わっている人間の一人として、現在、M&A業務を通じてインドネシア、日本がともに成長していくことに貢献する、それが自分自身のミッションだと感じています。

あと個人的には、社内で自分の役割を任せられる後継者を育てていかなければとも考えています。現在、社内でも海外事業に手を挙げてくれる人が増えてきていますが、そうしたことも念頭に、これからもインドネシアのM&Aに貢献していきたいと考えます。

著者

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安丸 良広(やすまる・よしひろ)
日本M&Aセンター
海外事業部 ASEAN推進課 インドネシア駐在員事務所長
総合商社、監査法人を経て2002年日本M&Aセンターに入社。2013年に前身である海外支援室の設立に参画。これまでの成約案件は100件を超える。2019年インドネシアオフィスの設立に携わる。インドネシア駐在歴は、前職の商社時代を含め約10年となる。
米国公認会計士(USCPA)。
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