一族を繋ぐ未来への責任 事業承継のカギは「スチュワードシップ」

家族の数だけ家族のかたちがある。それと同じように、ファミリービジネスの有り様も千差万別だ。数世代で途絶えてしまうファミリービジネスもあれば、数百年にわたって伝統を脈々と受け継いできたファミリービジネスもあるだろう。

業種や規模もさまざまながら、永続化することに成功しているファミリービジネスには、ある共通点がある。「スチュワードシップ」という概念だ。スチュワードシップ(stewardship)とは、信託という資産管理の法的スキームにおける受託者責任を意味している。そして、一族事業を支える一族株主の間にスチュワードシップという精神が共有されているか否かによって、ファミリービジネスを後世に承継していけるかどうかが決まってくると言っても過言ではないほど、スチュワードシップはファミリービジネスの永続化には中核となる考え方だ。本稿では、ファミリービジネスが永続化するにあたって経営者一族が果たすべき役割について深掘りしていく。

米田隆
監修:早稲田大学商学学術院ビジネス・ファイナンスセンター上級研究員(研究院教授)米田隆
早稲田大学法学部卒業後、旧日本興業銀行入行。同行の公費留学生として、米国フレッチャー法律外交大学院卒業。同行退職後は、ベンチャーキャピタルや証券会社の経営を経て、2012年より証券アナリスト協会プライベートバンキング教育委員会委員長に就任(現職)。2013年より早稲田大学大学院商学部(MBA)客員教授に就任し、2017年には同ビジネス・ファイナンス研究センター上級研究員(研究院教授)に常勤職として就任(現職)。2021年、青山ファミリーオフィスサービスの設立に携わり、同社取締役に就任(現職)。金融全般、特にプライベートバンキング、同族系企業経営、新規事業創造、個人のファイナンシャルプランニングと金融機関のリテール戦略等を専門とする。

目次

  1. エルメスが受け継いできたもの
  2. スチュワードシップとは?
  3. 未来を起点に今何をするべきかを考える
  4. 今から始める行動変容

エルメスが受け継いできたもの

フランスの「HERMES(エルメス)」というブランドをご存知だと思う。1837年に創業したエルメスは、パリに本社を置き、世界中に306店舗を展開する高級アクセサリーおよび衣料品の老舗だ。

エルメスは株式を公開しているが、これまで一度も敵対的買収の危機に晒されたことがないと言う。その秘訣は、まず1つめに一族のメンバーが自社株の75% 以上を保有していること。そして2つめには一族間において株主協定を結び、それらの株を市場に出さないように合意していることだ。だから、たとえライバル会社が買収を仕掛けてこようとも、株が市場に出回っていないので無理なのである。

自社株の売買を通じてうつろいやすいお金を儲けるよりも、これまでエルメスが代々培ってきた伝統や技術、ブランド力、顧客との信頼関係を守っていくことを優先するために、あえて50人程度の一族株主に事業の所有を託している。

そのエルメスを率いる6代目当主のアクセル・デュマ氏は、自らが果たすべき役割について、このように述べている。

「私達は父親の世代から一族事業を相続したわけではない。子どもの世代から預かっているに過ぎない。」

我々は、自分が所有しているものに対しては如何様にも利用し、売却し、処分していいと思ってしまいがちだ。一方で、誰かから預かっているものに対しては、みだりに運用して良いものではない、しっかり管理していずれは返さなければ、という責任感が芽生えてくる。

この受託者責任こそが、スチュワードシップという考え方の源である。

スチュワードシップとは?

スチュワードシップ(stewardship)は、元々は信託という考え方から派生している。信託というのは、委託者と受託者の間で交わされるある種の契約だ。

委託者は、例えばファミリービジネスのオーナーであり、その財産(法律的には「果実」と表現する場合が多い)をいずれは受益者である子どもに渡したいと考えている。ところが子どもはまだ幼く知識もない。今財産を渡してしまったら浪費してしまうかもしれないし、騙されてしまうかもしれないので、信託という効果的な枠組みの中で資産を運用管理する受託者に預ける。

ここに、信託契約を結んだ委託者と受託者がいるとしよう。すると、○×信託という法的な器が、あたかも法人のように財産(信託財産)の所有権を持つことになる。委託者はその所有する資産を○×信託に信託譲渡し、信託財産として預け、受託者はそれを運用し、管理して、最終的には果実を受益者である子どもに渡す。このような仕組みを通して受益者(=子ども)よりも能力のある受託者(プロの投資顧問業者)が資産を運用管理することで、委託者(オーナー)の資産をより長く、より良い形で受益者(子どもたち)へと繋げることができる。

信託財産の管理者、すなわち受託者は、法律上は厳然たる所有権を持っているので、預かっている資産を信託財産の目的にしたがって、受益者のためになるのなら如何様にも処分していいことになっている。しかし、ここにはちゃんと約束があって、「未来の株主のためにちゃんと管理してください。受益者のために運用してください」という信託設定の目的が大前提となっている。

そして、この約束こそがスチュワードシップという概念だ。すなわち、「未来の受益者がより多くの果実を収穫できるようにするために、今私たちは何をするべきなのか?」という考え方なのである。

未来を起点に今何をするべきかを考える

このように、世代を超えて受け継がれていく永続化を目指すファミリービジネスの場合、そもそも事業戦略の起点が未来に置かれている。まずは目標としている未来像を描き出した上で、その未来像を実現させるために今何をするべきかを逆算して考え、挑戦していく思考法を体現しているのだ。先のアクセル・デュマ氏の言葉は、この思考法を見事に表現している。

いまや世界はVUCAの時代に突入し、予測不可能になりつつある。ちょっと先の未来さえ見通せないからこそ、企業オーナーは明確なミッションとビジョンを持ち、それらを実現していくために今できることを着々と積み重ねていくべきである。

ファミリービジネスの目標を設定するには、あらためて自社のアイデンティティーについて、ひいてはそのファミリービジネスを経営してきた一族のアイデンティティーについてよくよく考えてみる必要がある。

自分を、そして自社を知ることにより、自分が大切にしている価値(= value)や立ち位置(= mission)、目指している未来像(= vision)がよりはっきりと見えてくるからだ。

「我々は何を大切にしていて、どのような社会的な価値を実現しようとしているのか」

「100 年後はどのような姿で、どのような事業を展開していて、事業と一族の間にはどのような関係性があってほしいのか」

「時代の流れとともに何を変えていき、何を変えないのか」

無形資産と有形資産の両方を再認識することで、両者の関係性を正しく理解することも重要だ。そして、それら2つを併せた広義の資産をどのように運用し、またその成果を地域社会にどのような理念に基づいて還元していくのかについても考える必要がある。

このような厳格な自問自答を経て、自社の目標と価値とを明確に定めることができたなら、VUCAという荒波に翻弄されながらも方向性を失わずに前へと進んでいけるだろうし、たとえ離岸流にさらわれてしまったとしても迅速に軌道修正を行えるはずだ。

今から始める行動変容

では、目標を定めたファミリービジネスのオーナーが前へと進み続けるために、具体的にどのような行動を取るべきなのだろうか。

まずは自社の市場における競争力を分析し、一族及び企業が持つ経営資源を考慮し、足りない部分を補うための経営変革に前倒しで着手することだ。その際、一族集団として引き継ぐべきものが何であるか、事業を支える一族で考え、受け継いできたもの(伝統)と、今市場から求められているもの(イノベーション)とをファミリービジネスの永続化の視点で融合していくことが大切になってくる。

VUCAの時代に人生100年時代が重なり、先が見通せない中で長く生きなければいけないという厳しい現実に直面しているオーナー個人には、学び、資産形成、そして健康の3領域において生き延びる手段を分散化する必要もある。

すでに第1回の記事でも書いている通り、学びで言えば、1つの専門分野のみに頼るのではなく、関連する複数の専門分野を持つことで専門知識の陳腐化リスクに備えることが重要だ。

資産形成の面では、固定費を小さくし、収入を分散して、余剰資金を長期的に運用していくことで、必要あらば最後の貸し手として個人資産を事業に投入する「責任ある株主」としての役割を担えるように備える必要がある。健康面から言えば、健康寿命を平均寿命に近づける努力を怠らず、長く働くことで、ファミリービジネスを後世に受け継いでいくための時間を確保できるようになる。

これらの行動の一つひとつは、わたしたちが日々直面している選択肢の中から意図的に選び取っていけるもので、人生をコントロールできる要素である。意識の変容は、行動の変容につながる。そして行動してみて初めてその選択肢が有効だったかどうかが分かってくるし、有効性が分かればその行動がより強化され、あなたのファミリービジネスが目指している未来像へとまた一歩近づけるのだ。

文・山田ちとら

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