PMF(Product Market Fit)とは、マーケットに支持されるプロダクトができていることですが、起業してPMFを達成するのは狭き門です。前編ではPMFの定義について、後編では成功確率をあげるためのヒントを、VCとして数々のスタートアップに伴走し投資してきたグロービス・キャピタル・パートナーズ パートナーの湯浅エムレ氏に解説してもらいます。(全2回、後編)(前編はこちら)(聞き手・文=吉峰史佳)

PMFを達成するための必勝法はなし

―PMFの定義がわかったところで、次はPMFを達成していくステップを教えてください。

湯浅:これがわかれば、より多くの人がPMFを達成できると思うんですけど、そんなに甘くないというのが今までの僕の経験の中での認識です。近道はないし、正攻法もあまりないと思っています。数カ月で見つけられるかもしれないし、数年かかるかもしれないし、見つからないまま終わるかもしれない。見つからないことも頻繁に起こりうるっていうのが実態だと思います。

じゃあ、その中で何ができるかというと、ターゲットユーザーに向き合い続けて、そのペインを解決するプロダクトをひたすら磨き続けるPDCAサイクルを回す。実は、それ以外に、あまりやれることはないんじゃないかと思います。

―厳しい世界ですね。そういうなかでも何かヒントになるようなよく使われる手法などはありますか。

湯浅:よくやるのは、膨大なインタビューですね。数百人に話を聞くと朧気ながら「こういう傾向の人はこういうペインあるな」という仮説が立てられます。そこに対してプロダクトをつくって当ててみる。そこで刺さらなくて、次の仮説を立ててプロダクトをつくってまた当ててみる。また刺さらなくて次の仮説へ…という、結局はPDCAの繰り返しになってしまいますが。

いつPMFを達成できるか予想できないので、長く挑戦し続けられる状態をつくる必要があります。その状態をつくるには3つの要素があります。

1つ目は、自分がその領域に情熱を持っていること。数年かけても見つからないかもしれないという、成果がでる確約がないものに対して取り組み続けられるだけの熱意を持てること。

2つ目は、高速でPDCAを回していくチーム体制があること。プロダクトをつくって、ターゲットユーザーに当ててみるというサイクルが速ければ速いほど沢山挑戦できるので、そこを速く回せたほうがいいですね。

最後の3つ目は資金です。ランウェイ(会社が生き残っていられる期間)をいかに長くするか。毎月のバーンレート(キャッシュアウトするスピード)を下げて、打席に立てる回数を増やすことが重要です。例えばシードで3,000万円調達して、毎月300万バーンしていると10ヶ月しか持ちませんが、毎月100万のバーンだと30ヶ月持ちます。当然30ヶ月挑戦したほうがPMFを見つけられる可能性は高まります。

PMFに終わりなし?

-聞いているだけで胃が痛くなってくる話ですね。それだけ苦労してPMFして、資金調達もして軌道に乗っているように見える起業家でも、「PMFしたとは思っていない」とか「PMFはまだまだ続く」とおっしゃる方もいます。2つ質問がありまして、PMFするのは、スタートアップの事業ステージでいうとどの段階なのでしょうか。もう1つは、PMFが続くというのは、どういう意味なのでしょうか。

湯浅:事業ステージは、人によって分け方が全然違うので、あくまで僕の場合になりますが、ざっくり「シード」「アーリー」「ミドル」「レイター」の4つに分けています。PMFするまでがシード。PMFしてからある程度事業化していくまでがアーリー。そこから、もしかしたら複数市場とか複数プロダクトを立ち上げるところがミドルで、最後上場に向けてまた別の一手を打っていくところをレイターとしています。

―そうすると、PMFするのは起業の本当の入り口なんですね。PMFが続くというのは、シード期の中でずっと続くということでしょうか。

湯浅:いえ、会社全体としては先ほど挙げた事業ステージで進んでいきますが、プロダクトはどのステージであろうが常に進化させ続けます。プロダクト開発に終わりはなく、アーリー、ミドルと事業ステージが進んでも、常にプロダクトを進化させ続けることになります。

もっと言うと、プロダクトが進化し続けるということは、スタートアップは永遠にPMFを探り続けるということです。進化の方向は大きく2軸あって、1つはターゲットを拡大してマーケットを伸ばすこと。もう1つはプロダクトの価値を高めていくことです。

最初に絞り込んだターゲットから、市場規模を拡大するためにターゲットの幅を広げます。すると初期のターゲットセグメントとは微妙に異なるセグメントが入ってくるので、新たなセグメントに対してしっかりPMFさせる必要があります。

最初のターゲットは、具体的に絞りこんだほうがいいとお話しましたが、その理由はこのメッシュが細かいほうが、痒い所に手が届く、刺さるプロダクトになるからです。そのトレードオフで、他のセグメントに刺ささらないこともあります。蓋を開けてみたら、セグメントを広げられなくてマーケットが非常に狭く、事業としての伸びしろが期待できないということもあります。

我々VCがシリーズA(PMFしてからの最初の資金調達)で、スタートアップに投資をする時に重視するのがこの点で、PMFしたこのプロダクトでどこまでマーケットを取りにいけるのかを議論します。

もう1つのプロダクト価値の軸でいうと、提供価値を追加してプロダクトの価値を常に上げ続けます。例えば、初期のInstagramは、写真をアップロードして共有できる機能だけでしたが、途中から高度なフィルター加工や、ハッシュタグ機能が追加されて、ユーザーも爆発的に増えていきました。

(法人向けスマートロックの)Akerunの例でいえば、最もシンプルな「社員がキーレスでオフィスに入退室できる」提供価値から、将来的にはオフィスの使用状況からオフィスの最適なスペースの算出やレイアウト提案もできる方向に進化するかもしれません。新たな価値を付加できると、単価を上げられ、収益性が更に高まります。

こうやって顧客に刺さるプロダクトをつくり続けるという意味でPMFには終わりがありません。

―その挑戦をやり続けるスタートアップ経営者は素晴らしいですね。

湯浅:そうなんですよね。前人未踏の挑戦をしながら、社員を雇用して責任を負ってやっていくので、本当に尊い存在と想いますし、とてもリスペクトしています。

-ありがとうございます。

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(執筆者:湯浅 エムレ 秀和)GLOBIS知見録はこちら