「れいわ現象」の正体
牧内 昇平
1981年3月13日生まれ。朝日新聞記者。2006年東京大学教育学部卒業。同年に朝日新聞に入社。経済部記者として電機・IT業界、財務省の担当を経て、労働問題の取材チームに加わる。主な取材分野は、過労・パワハラ・働く者のメンタルヘルス(心の健康)問題。共著に『ルポ 税金地獄』(文春新書)がある。過労死問題については、遺族や企業に取材を重ね、過労自死をテーマにした「追い詰められて」などの特集記事を数多く執筆し、それらを元に2019年3月に『過労死』(ポプラ社)を上梓。過労死の凄まじい実態をあぶりだしたとして話題になる。

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「れいわ現象」を巻き起こした男

渡辺氏が数分間思いをぶつけた後、主役の登場である。

ターコイズブルーのTシャツ姿。候補者のたすきを肩にかけている。ステージにのぼると、聴衆が息をのむのが感じられる。それほど、この人はいま人びとの心をひきつけている。

山本太郎、44歳。

「反原発」をかかげて2013年に初当選した俳優出身の政治家だ。6年後の2019年4月に自由党を離れ、小沢一郎氏とも袂を分かち、新たな政治団体「れいわ新選組」を一人で立ち上げた。この夏の「れいわ現象」を巻き起こした張本人である。

この夏の参院選でのれいわ新選組の躍進は、「れいわ現象」と呼ぶべきだ。

選挙期間中マスメディアはほとんど報道しなかったが、代表の山本氏の街頭演説が話題を呼び、SNSを中心に着々と支持を広げた。党としては比例区で228万票を獲得し、重度障がい者の舩後靖彦氏、木村英子氏の2人を国会に送り込んだ。山本氏は全国の比例候補で最多の99万票を集めたものの、2人の当選を優先したため、自らは落選した。

選挙後、山本氏はいわゆる「時の人」になった。メディアへの露出も増え、次の衆院選に向けて、野党結集の中心人物の一人と目されている。「国会の野良犬」と呼ばれた男がどこまで突き進むのかーー。注目度は高まるばかりである。

「れいわ現象」の本当の正体

一方、「れいわ現象」とは結局なんなのか。巻き起こしたのは山本氏だが、その背景にあるもの、「本当の正体」はなんなのか、その深掘りはさほど行われていない気がする。消費税廃止などの経済政策が分かりやすかった、山本氏の歯に衣着せぬ物言いが既存政党への批判票を集めたーー。どれも正解には違いない。

でも、本当にそれだけだろうか。どこか「上から目線」、他人行儀な分析ではないだろうか。もっと大事なこと、人びとの心にストンと落ちることがないだろうか。

わたしは「れいわ現象」の背後にあるものを正確に言い切る自信がある。それは、現代社会を覆う「生きづらさ」である。

なぜ、そこまで自信をもって言い切れるのか。それは、この夏ずっと、れいわ新選組を支持する人びとの話を聞き続けてきたからだ。貧困にあえぐシングルマザーから大企業のエリートサラリーマンまで、さまざまな人びとに声をかけ、ファミレスでじっくり話を聞いたり、ときには居酒屋で酒を酌み交わしたりした。取材を続けた結果、多様な支持者たちをくくるキーワードとして、「生きづらさ」という言葉がしっくりきたのである。

本書はこれから、れいわを支持する市井の人びとの声を紹介していく。ふだんどんな生活を送っている人たちがれいわ新選組に一票を投じたのか。山本氏の演説のどこに心を打たれたのか。そういったことを書いていく。貧困、病気への偏見、性の悩み……。さまざまな生きづらさを抱えた人びとが登場する。

本書の目的は特定の政党への支持を広げることではない。まして、「山本太郎というすばらしい政治家がいる」と喧伝したいのではない。たしかに、「生きててくれよ!」と叫ぶ彼の演説は人びとの心を打った。生きづらい人びとを勇気づけ、政治に関心が薄かった人びとの一部を目覚めさせた功績はとても大きい。一方で、彼の政治家としての資質やかかげる政策については、わたしの中で評価が定まっていない部分はある。

そうした前提を置いた上で、本書では、れいわ現象をきっかけに浮かび上がってきた「生きづらさ」を再確認していきたい。もちろん、なんらかの困難を抱えた人が全員、れいわ新選組を支持しているわけではない。その中の一部に過ぎないだろう。だが、設立まもない政党がこれだけ注目の的になり、数億円の寄付を集めるというのは特異な現象である。このため、この党の支持者たちに焦点を当てようと思った。れいわ新選組の支持者ばかりをたくさん紹介するのだから、必然的にれいわと山本氏を肯定する言葉が頻出する。しかし、読者の方々には、その言葉の表の意味よりも、背後にある状況について思いをはせてほしい。つまり、政治家に「生きててくれよ!」と語りかけてもらう必要があるほど、生きづらい人びとがたくさんいるという現実をどう考えるかだ。

世の中にもやもやと漂う「生きづらさ」と真摯に向き合うことは、社会をよくする出発点になると思う。れいわ新選組を支持するか支持しないかに関係なく、本書を「生きづらさ」について考えるきっかけにしてほしい。