たとえば父が亡くなって相続が発生し、法定相続人は姉、そして本人だったとします。
父は遺言書などを遺していなかった場合、相続財産は姉と本人の2人で遺産分割協議によって決めることとなります。
相続手続きにおいて父の財産調査をしていくうちに、姉が父の生前に口座から勝手にお金を引き出し使い込んでいたことが発覚したとしたら、使い込み分は精算した上で遺産分割することは可能なのでしょうか。
相続が発生したときは誰が相続人になるかまず確認
人が亡くなれば相続が発生します。
そのとき、誰が亡くなった方(以後、被相続人)の法定相続人になるかは民法により定められていますし、法定相続分も決まっています。
法定相続分とは、被相続人の財産を相続する場合、それぞれの相続人がどのくらい財産を引き継ぐべきか定めた割合です。
遺言書が残されている場合には原則、その内容に従うことになりますが、遺言書がない場合は遺産分割協議により決定することとなるため、その際の目安となるものです。
法定相続人の順位と法定相続分
- 被相続人の配偶者 常に相続人
- 被相続人の子(または直系卑属) 第一順位
- 被相続人の親(または直系尊属) 第二順位
- 被相続人の兄弟姉妹(またはその子) 第三順位
被相続人の配偶者は常に相続人となり、配偶者以外の相続人は順位の高い方から同時に相続人となります。
上の順位の相続人が存在する場合には、下の順位の方は相続人とはなりません。
配偶者が存在する場合の順位ごとの相続人の法定相続分は次のとおりです。
- 相続人が配偶者のみの場合 すべての財産を配偶者が相続
- 相続人が配偶者と子(または直系卑属)の場合 配偶者と子がそれぞれ2分の1ずつ相続
- 相続人が配偶者と親(または直系尊属)の場合 配偶者は3分の2、親は3分の1を相続
- 相続人が配偶者と兄弟姉妹(または被相続人の甥・姪)の場合 配偶者は4分の3、兄弟姉妹は4分の1を相続
それぞれの順位に複数の相続人が存在する場合には、法定相続分の割合を人数で割った分が1人あたりの相続分となります。
被相続人は親、相続人は子2人の場合
もし父が亡くなり、姉と本人の2人が法定相続人であるなら、配偶者は存在しないので残された財産を2分の1ずつ姉と本人で分けることになります。
しかし亡くなる前にその財産を相続人のいずれかが勝手に使っていた場合には、正しい遺産分割が成立しなくなってしまうといえるでしょう。
被相続人が亡くなる前に使い込まれた財産の扱い
被相続人の生前に勝手に財産を使い込まれてしまっていたら、被相続人にしてみれば承諾もしていないのだから返してほしいと思うところかもしれません。
返してもらうには使い込みを行った相続人に対し、不法行為に基づいた賠償請求や不当利得返還請求などが考えられます。
そのため、使い込みを行った相続人に対して不当利得返還請求を行うことにより、使い込んだ財産を返還してもらうことが可能です。
ただ、使い込みが発覚したのが、すでに相続が発生した後だったら、被相続人から請求したくてもできないのでは?と思うかもしれません。
そこで把握しておきたいのが、被相続人のすべての財産は相続人に包括して承継されることなり、分割できる債権である可分債権については相続が開始された時点でそれぞれの相続人に分割されるという点です。
可分債権に該当する代表例には、預金や貸付金、受取手形など金銭給付を目的とした金銭債権が挙げられますが、被相続人が有する不当利得返還請求権も含まれますので、それぞれの相続人に分割され引き継がれることになります。
そのため、使い込みを行った相続人に対し、法定相続分として定められた割合で不当利得返還請求権を行使できるということです。
仮に被相続人が財産を使うことを承諾していた場合
使い込みを行った相続人が、被相続人が亡くなる前に許可や承諾を得た上で財産を使っていた場合はどうでしょう。
仮に許可を得ていなくても、そのような言い訳で納得させようとしてくるかもしれません。
もし被相続人の許可を得ていたとするなら、使い込んだ財産は特別受益に該当すると考えられます。
特別受益とは、相続人が被相続人から生前に財産の贈与を受けていた場合など、特別に利益を受けていることです。
特別受益を受けた相続人がいると、他の相続人にとっては不公平な相続となりますので、遺産分割において調整することが可能となります。
特別受益とみなされる財産の受け渡し
生前に財産の贈与があった場合は特別受益の対象となる可能性がありますが、どのような場合でも特別受益となるわけではなく、主に次のようなケースが対象となります。
- 遺贈 遺言に相続されると記載があったとしても、実質遺贈なら特別受益となります。
- 学費 普通教育以上の教育を受けるためにかかった学費も特別受益となりますが、家庭の通常の教育の範囲とみなされる場合には特別受益に該当しません。
また、他の相続人も同じ教育環境にあった場合も特別受益とはなりません。 - 生計の資本 居住するための建物や土地、不動産購入資金などの贈与は特別受益となります。
- 土地・建物の無償使用 被相続人の土地・建物を無償で使っていた場合も特別受益とみなされます。
- 生活費 扶養義務の範囲を超えて援助を受けていた場合には特別受益となります。
- 事業の開業資金 新たに事業を開始するための資金の贈与も特別受益とみなされます。
不当利得返還請求権は遺産分割の対象にならない
なお、法的に不当利得返還請求権は遺産分割の対象にはなりませんが、すべての相続人が同意することで対象とすることが可能です。
そのため使い込みを行った相続人も含め、遺産分割の対象とすることに合意を得るようにし、相続財産を分配する割合で使い込んだ財産分を調整しましょう。
不当利得返還請求を遺産分割に含める合意を得られなければ?
もし相続人同士の話し合いで、不当利得返還請求を遺産分割に含めることに合意を得ることができなかった場合は、調停が行われます。
それでも合意を得られず遺産分割審判に移行してしまっても、生前に使い込まれた財産分は遺産分割審判では解決できないと考えておきましょう。
不当な利得なので、本来なら審判でも考慮されるべきといえますが、必ずしも反映されるとはいい切れないからです。
この場合、遺産分割審判とは別で新たな裁判を起こすなどの方法で解決することとなります。
被相続人が亡くなった後で発生した使い込みについて
被相続人の生前ではなく、亡くなって相続が発生した後で行った使い込みについてはどのような法律関係となるのでしょう。
亡くなった方の預金口座は金融機関により、いったん凍結されることになりますが、金融機関が亡くなった事実を知る前に勝手にキャッシュカードなどを使い、引き出しや解約により現金化して使い込んでしまうこともあるようです。
相続法が改正される前の解決法
相続法は平成30年に改正されていますが、改正相続法が施行されるまでは、預金から現金を引き出して使うなど不当な行為を行った相続人を含めるすべての相続人が同意しなければ、遺産分割手続の中で使い込み分の解決は行うことができませんでした。
生前に使い込んでいたケースと同様、遺産分割審判とは別で裁判を行うことが必要だったわけです。
たとえば、被相続人は親、相続人は長女と二女というケースで、親の遺産は預金2,000万円だけれど、長女に対して生前に2,000万円が贈与されており、さらに長女が相続発生後に預金1,000万円を使い込んでいる場合のそれぞれの相続分を確認してみましょう。
もし長女が1,000万円を使い込んでいなかったとした場合は…
長女(2,000万円+2,000万円)×1/2-2,000万円(生前贈与分)=0円
二女(2,000万円+2,000万円)×1/2=2,000万円
という計算です。
生前に贈与された2,000万円は特別受益に該当しますので、預貯金2,000万円と合わせた4,000万円が遺産総額です。
相続人は長女と次女の2人なので、4,000万円を2分の1ずつ相続しますが、長女はすでに生前に2,000万円を受け取っていますので、相続発生時には二女が2,000万円相続する形です。
長女による1,000万円の使い込みがあった場合
預金2,000万円のうち、1,000万円は長女により引き出されているとします。
遺産分割の対象となる遺産は預金1,000万円のみですので、相続発生時には、
長女 1,000万円×(0/2,000万円)=0円
二女 1,000万円×(2,000万円/2,000万円)=1,000万円
となるため、それぞれが親から受け取る財産は、
長女 2,000万円(生前贈与分)+1,000万円(使いこみ分)+0円(相続分)=3,000万円
二女 1,000万円(相続分のみ)
となり、不公平が生じます。
民事訴訟で具体的な相続分を全体で不法利得や不法行為などの請求は難しいと考えられ、仮に成立したとしても法定相続分の範囲内に留まるので、このケースでは1,000万円の2分の1分に該当する500万円となってしまいます。
平成30年に相続法が改正されてからの解決法
平成30年に改正された相続法には新しく、被相続人の死後に使い込みなどの処分が行われた場合には、処分に関係していないすべての相続人が同意することで、処分された財産も含めた遺産分割が可能となります。
これは、使い込みを行った相続人の意向は関係しません。
勝手に処分された財産を遺産に組み戻すことによって、不当な出金がなかった状態で遺産分割を行うことができます。
先に述べたときと同じ例で説明すると、それぞれの本来の取り分は、
長女 1,000万円(使い込み分)-1,000万円(代償金)=0円
二女 1,000万円(使いこまれた後の預金の残り)+1,000万円(代償金)=2,000万円
となります。
裁判になると証拠集めが重要に
遺産分割協議や調停の遺産分割の手続において、もし一部の相続人により使い込まれた財産がある場合には、その相続人に対し請求権を行使することを検討しましょう。
遺産分割協議で解決できれば問題ないでしょうが、話がまとまらなかったときには、強制的に支払ってもらうよう不当利得返還請求訴訟などにより判決を待つことになります。
裁判になると、使い込みを行った証拠を提出するといった、勝手な財産処分が行われた事実を証明しなければなりません。
被相続人の所有する財産の動きや、筆跡など、客観的にみて使い込みがあったと判断できる証拠を準備できるか検討した上で、裁判を起こしたほうがよいか決めるようにしましょう。
まとめ
もし親の預金などの財産を、兄弟姉妹が勝手に引き出して使い込んでいたら……。
本来なら相続するはずだった財産を引き継ぐことができなくなり、相続人間で不公平が生じることになります。
もし自分の財産を相続人の誰かが勝手に使い込み、相続人同士が紛争トラブルを抱えることになると大変です。
たとえ親子であっても、金銭の管理や運用、貸し借りなどは相手任せにするのではなく、双方で定期的に確認しておくことが相続発生後のトラブルを回避するためには必要といえます。
反対に親などから預貯金や不動産などの管理を任されている場合には、相続が発生した後で他の相続人から使い込んだのではないかといった疑いを掛けられることのないよう、自分の財産と親の財産は分けて管理を行うようにしてください。
また、親の財産のうち、支出があったときには何に使ったのかしっかり記録し、領収書なども保管しておくようにすると安心です。(提供:ベンチャーサポート法律事務所)