社労士事務所の職員一人あたりの売上平均が665万円(※)なのに対し、
一人あたり売上は最大3,500万円、平均で1,500万円超という
驚異の数字を誇る社会保険労務士法人渡辺事務所。
しかも、職員が主体となって生産性向上に取り組んでいます。
その秘訣とも言える「勝てる商品の絞り込み」と「100%売上連動の給与」について、
代表の渡辺俊一氏が語ります。
※出典:プロパートナーONLINE特別編集『士業業界ランキング500 2022年完全版』
〔事務所概要〕
社会保険労務士法人渡辺事務所
●創業/2007年
●従業員数/23名
●所在地/大阪市中央区難波2-2-3 御堂筋グランドビル15F
「勝てる商品」を絞り込み、ロードマップを描く
事務所の生産性を向上させるためには、まず “勝てる商品”を決めることです。
勝てる商品というのは、時間単価が良く、生産性が上がる可能性を持つ商品です。
多くの所長は、生産性を上げようとするとき、
高単価の商品をつくって売上を上げようと考えがちです。
しかし、職員が皆、所長と同じように高単価の業務ができるわけではありません。
ですから、通常の社会保険業務などを担当している職員が、
どうやって生産性を上げていくかを考えなければなりません。
その際、職員一人ひとりが、どの業務でどれくらいの生産性を目指すかというゴールと、
それを達成するためのロードマップを決めることが必要です。
なんとなく「生産性を上げろ」と言われても、
職員は「どうすればいいんだ」となってしまいます。
当事務所の場合、“勝てる商品” は給与計算でした。
社労士事務所は基本的に、大量の給与計算を処理しなければ生産性は上がりません。
社保業務は、標準化したとしても基本的に手作業ですから、
お客様の従業員数が多くなると、比例して手を動かす量も増えます。
通常であれば、10人の会社と100人の会社を比べたとき、
10倍の費用をもらっても10倍手を動かさないといけません。
でも、給与計算は従業員数が10倍になっても、手は10倍動かさなくてもいいのです。
なぜかというと、基本給や家族手当などは毎月変動するわけではないからです。
毎月変動するのは、労働時間とその他の手当、立替金、歩合くらいです。
その代わり重要なのは、人数が増えてもミスが起きないような仕組みをつくること。
それができれば、100人の給与計算が1,000人になったとしても、
工数は倍ぐらいで済みます。
そこで当事務所では、給与計算の業務フローを一元化して、
顧問先ごとにExcelのシートやチェックシートを作成。
マクロや関数で勤怠データを変換できるようにしたり、
チェック業務の脱属人化をしたり、
チャットワークを活用した情報集約の仕組みをつくったりして、
人為的なミスとその対応にかかる時間を極力削減しました。
生産性を上げることとは、つまり「ミスをなくすこと」。
ミスをしない仕組みをつくったことで、
800人規模の給与計算のチェックにかかっていた時間が、
8時間から3時間にまで短縮できました。
給与は100%売上連動にして、“頑張りのモノサシ”を揃える
当社がもう一つ大きく変えたのは、職員の給与を「100%売上連動」にしたことです。
現在、職員の給与は各自が担当している売上の30%が目安。
そこに新規獲得のインセンティブがプラスされます。
総務などの間接部門があったり、
入社したばかりの職員は自分の売上だけでは赤字だったりするので、
事務所全体での労働分配率は42%に設定し、
それより下がる場合は決算賞与で調整しています。
新入社員に関しては、入社時は月給23万円でスタート。
担当分の顧問売上が月80万円以上にならないと、正社員になれません。
正社員になるまでの期間は、基本は半年、最長でも1年。
この期間に目標に達しない場合は、違う業界やほかの事業所に行くことを勧めます。
100%売上連動なので、顧問料の値上げ交渉や売掛金の回収も、すべて職員が行います。
「このお客様の業務量と料金が見合っていないから、顧問料改定をお願いしよう」と、
職員が自ら判断して、自分で交渉するのです。
もちろん、顧問料の計算表があるので、それに応じた金額を提示すればいいだけですが、
私から何か指示するわけではありません。
また、実務をほかの職員と一緒にやる場合は売上を按分するのですが、
その割合も自分たちで決めます。
例えば、顧問料が10万円のお客様をAさんとBさんで担当するとします。
たくさん手を動かしているのはAさんだけれど、
お客様としっかり関係を築いていて交渉などもしているのはBさんだった場合、
割合を7:3にするのか、3:7にするのか、それとも5:5にするのかは、
2人で話し合って決定。お互いが納得していれば、上司や私は何も言いません。
「売上=給与」という仕組みに振り切っている事務所は少ないと思います。
ただ、いろいろな職員がいて、いろいろな価値観があるなかで、
事務所として“頑張りのモノサシ”を揃えるとすれば、それは売上しかないと思うのです。
売上というのは、お客様の満足感からいただけるものですから、
仕事のスピードや品質、コミュニケーションなどがすべて売上に反映されると考えています。
そのため、評価制度もありません。
以前は評価制度を設けていましたが、上司からの評価より
お客様からの評価のほうがフェアで厳しいという考えです。
その職員に問題があれば、解約をされるか、担当変更の依頼が来るはずです。
ですので、ミスが続く、改善しない、お客様が不満に感じているという状況があれば、
すぐに担当を外します。
なぜなら、ミスをしても怒られて済むくらいなら、誰も頑張らないからです。
ミスをして売上が月30万円減るとなれば、
給与が月9万円減るわけですから、職員も必死になります。
また、残業が多い人にも新規顧客を振りません。
自分の売上を維持するためには、生産効率を上げる必要があるのです。
このような仕組みで、社員の残業時間の平均は月15時間。最大でも30時間程度に収まっています。
厳しいと感じる方もいるでしょうが、士業は個人事業主や小規模な事務所が多いので、
私たちの競合他社というのは、自分の事務所を命がけで守っている所長先生方です。
職員が必死で働く仕組みをつくらないと、その方たちに太刀打ちできません。
そのうえで、開業しているほかの先生方よりも
圧倒的に高い生産性をつくれる環境を整えることが私の役割です。
当社では現在、一人あたりの売上平均は1,500万円を超えていて、
3,000万円くらいの売上をあげるのは普通です。
給与計算込みで1,500人くらい、つまり300人規模の会社を5社担当すれば、
月に250万円ほどの売上になります。
ミスなくできる仕組みをつくれば、社労士の知識がなくても稼げますから、
新卒6年目、28歳の職員で、年収1,000万円を超えている職員もいます。
解約率の高さに愕然とし、業務改善に取り組む
私が生産性向上に取り組み始めたのは、5年ほど前。
きっかけは、解約の多さでした。
当時、年間の新規契約が44件だったのに対し、解約が40件。
愕然とし、そこから5年かけて業務改善に取り組みました。
なぜ解約が多かったのかというと、ミスが多かったからです。
ミスが多いと、お客様から怒られる、解約される、
誰も責任を取らない、給料は上がらない、言い訳ばかりする、
職員が辞めるという、負のスパイラルに陥ります。
そこで、「もう新規は増やさなくていいから、今いるお客様を守ろう」
と職員と話し合いをしました。
その話し合いのなかで、「今のままでは頑張っても報われない」という声が出たのです。
当時は、売上を上げても給与に反映されず、評価も曖昧でした。
そして、「自分たちの給与をすべて売上と連動させてはどうか」という意見が出ました。
実は、100%売上連動の給与というのは、職員からの要望だったのです。
もちろん、その方針に賛同しない職員は退職していきましたが、
現在ナンバーツーとして活躍している職員が社内の調整役となり、
私に代わって事務所をまとめてくれています。
売上と給与が直結する制度に変えると、
職員が売上を追うだけになってしまうと思われるかもしれませんが、
私たちは、長期的な視点で「三方良し」を目指すことを大切にしています。
例えば、今だけで見ればお客様にとっては良いかもしれないけれど、
長い目で見ると事務所側に歪みが出ること、不正など社会的に良くないことはしない。
さらに、「自分がお客様だったら、自分に依頼するか?」
という視点を持つことも繰り返し職員に話しています。
“いい会社”とは「給料が高くて、休みが多くて、労働時間が短い会社」
近年、エンゲージメントという言葉も注目されていますが、
私はまったく興味がありません。
職員を定着させたいのであれば、給与を上げることです。
少ない給与のなかでなんとか引き止めようと思うから、
いろいろな取り組みが必要になるのです。
世間の相場より高い給与がもらえて、休みが多くて、労働時間が短くて、
時間的・経済的な自由があれば、転職しようと考える人は少ないのではないでしょうか。
だから、私たちは経営理念だけではなく、
「家族が幸せな会社じゃなければいけない」という考えを大切にしています。
そのためには、労働時間を短くしながら、お金と健康を守る。
そして、家族が楽しそうに会社に行っていることが大事です。
また、職員が納得して働けるよう、月に一度、全社員で話し合いを行い、
不満や歪みを解消しています。その場には、私は参加しません。
私の立場で意見を言うと、それが通ってしまうからです。
「やっぱり評価制度を入れるべきか?」といった議題も出ますが、
皆の話し合いで今の形になっています。
もちろん、うちの規模だからできるやり方ではあると思いますが、
全員が納得しているからこそ、この仕組みで成果が出ているのだと思います。
渡辺事務所流 生産性を上げる3つの極意
- 売上はお客様からの評価。頑張りのモノサシは売上に一本化する
- 生産性を上げることが自分の給与に直結する仕組みをつくる
- 職員の不満や歪みを、職員同士で解消する場を設ける
- プロフィール
特定社会保険労務士
1977年生まれ。大学卒業後、日本マクドナルド株式会社に入社。
2005年社会保険労務士資格を取得し、製造業の人事部門に勤務。
2007年開業。2016年に法人化。