2022年11月、イギリスの匿名ストリートアーティスト、バンクシーがウクライナで新作を発表した。発見されたのはウクライナの首都キーウ近郊にある街、ボロディアンカ。ロシアによるウクライナ侵攻前は行政の中心地だったボロディアンカは、侵攻後の最初の数週間でロシアの空爆により大きな打撃を受けた。そこで崩壊した建物の瓦礫の上で、レオタードを着た女性がバランスをとっている絵が描かれている。
11月に入ってから作品が発見されはじめ、バンクシーがウクライナで活動しているのではないかと噂が飛び交っていた。そして12日、バンクシーのインスタグラムに「Borodyanka, Ukraine(ボロディアンカ、ウクライナ)」とだけ添えられた写真が投稿された。
この作品の他にも、首都キーウやキーウの隣にある都市イルピンなどウクライナのさまざまな場所で6つの壁画が発見された。バンクシーは12日のインスタグラム投稿から数日後、壁画制作の様子を収めた動画を発表し、すべての壁画が自身の作品であることを公言した。
金属片をシーソーに見立てた作品
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バスローブ、ヘアカーラー、ガスマスクを身につけた女性が消化器を持っている
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バスタブに浸かる男性
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男性器を運ぶ「Z」マークがついたロシアの軍用車両
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バンクシーが11月18日にインスタグラムで公開した制作動画
バンクシー流の風刺とは?
バンクシーはこれまでに資本主義や大量生産、消費社会など、政治的で時事性のある事柄を風刺してきたアーティストである。今回制作された7つの壁画のなかでも最もバンクシーらしくユーモアを込めて、ロシアまたはプーチン大統領を風刺している作品が「柔道」と「体操」をテーマにした壁画である。
柔道
プーチン大統領は柔道の愛好家としても知られており、2000年に来日した際には、柔道の総本山である講道館から「講道館柔道6段」が授与された。講道館6段とは、黒帯の上位にあたる「紅白帯」を締められる高段者である。
相手の男性を投げるプーチン大統領
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2022年3月6日、ウクライナ侵攻を受けて国際柔道連盟(IJF)が、プーチン大統領とロシアの実業家であり、プーチン大統領の近しい友人であるアルカディ・ローテンベルク氏を名誉会長などの全役職から解任したと発表。日本オリンピック委員会(JOC)と全日本柔道連盟の会長である山下泰裕氏も4月11日、ロシアのウクライナ侵攻に対して、「これらの行為は柔道の精神、目的に完全に反し、まったく容認することはできない」との声明でプーチン大統領を批判した。
柔道界からの事実上の追放ともいえるこの解任劇を、バンクシーは身体の小さな少年にいとも簡単に投げられる大人の男性柔道家の壁画にして風刺していると考えられる。
体操
ロシアといえば、シンクロナイズドスイミングやフィギュアスケートと並んで、体操・新体操の強豪国というイメージが強い人も多いだろう。今回バンクシーも体操選手とみられる壁画を制作している。ひとつめは先に紹介した、瓦礫の上でバランスをとる女性。ふたつめは、穴の空いた壁で首にサポーターをつけてリボンを持った女性だ。
ロシアとウクライナ、そして体操の三つが関連した騒動があったことを覚えているだろうか。こちらも同じく3月、ドーハで開催された体操の種目別ワールドカップでのこと。ロシアのイワン・クリアク選手が、ロシア軍を象徴する「Z」マークを胸につけて出場したことで批判を集めていたのだ。この「Z」マークは、ロシアの戦車や軍用車両に描かれているもの。正式な意味は明らかにされていないが、ロシア語で「勝利」を意味する「Za pobedy」、または「西」を表す「Zapad」の頭文字ではないかと推測されており、現在ではウクライナ戦争の支持および極右を表すシンボルにもなっている。
イワン・クリアク選手。胸に白の「Z」マークをつけている
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「Z」マークをつけたロシア軍
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クリアク選手は男子並行棒で銅メダルを獲得。この時、金メダルを獲得したのはウクライナのイリア・コフトゥン選手で、表彰台で自国への侵攻を支持する選手の隣に立たなければいけない事態になってしまった。国際体操連盟は「衝撃的な行動」とクリアク選手を批判し、体操倫理財団に懲戒手続きを申請。5月17日、同財団はクリアク選手に対し、1年間の出場停止処分とメダルの返還、賞金などの返還を命じた。
華麗な体操選手が踊るのは、破壊され瓦礫だらけになった街。「自由を奪われた場所でけがをしながらも平然と踊り続ける」という表現はロシアによる仕打ちに対し、無言の力強い抵抗、そして回復力の強さを示す。他の作品と比べても、厳かな雰囲気をより強く放っているのがこの作品だ。
作品の行方はどうなる?過去にはチャリティーも
こうしたバンクシーのウクライナでの制作活動はウクライナ人をはじめ、SNSで多くの人から温かい支持を集めている。バンクシーはこれまでに新型コロナウイルスの現場で闘う医療従事者を称えた作品《Game Changer》を寄贈し、その落札額1670万ポンド(当時約25億円)が寄付されたり、人種差別抗議デモ参加者を支援する限定版のチャリティーTシャツを販売したりと、作品を通じて多くのチャリティー活動を行なってきた。
《Game Changer》(2020)
出典:https://www.artpedia.asia/
子供用25ポンド(当時約3700円)、大人用が30ポンド当時(約4500円)で販売したチャリティーTシャツ
出典:https://www.abc.net.au/
今回のウクライナでの作品発表をうけて、次に気になるのは作品の行方である。バンクシーが作品を残していくのは基本的に街中にある他人の所有物であるため、過去には塗り潰されるなど撤去されてきたこともしばしば。しかし、今回は国際的惨事が起きた場として歴史に刻まれる「ウクライナ」に残された作品だ。撤去はされないにしろ、どのように保護されるのか。もしくは、ウクライナを救う一助としてチャリティーに活用されるのか。引き続き注目していきたい。
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文:ANDART編集部