国内外のM&Aの専門家であるDr.M が、独自の視点でポイントをわかりやすく解説する「Dr.MのM&Aワンポイント解説」。
第6回となる今回は・・・?
「パーパスM&A戦略」とは、そもそも何?
—ドクター本日のテーマをお願いします。
Dr.M: 今回のテーマは「パーパスM&A戦略」についてお届けしようと思います。
M&A実施後に、買収した側の従業員、譲渡した側の従業員と時々面談する機会があります。数多くの面談を通して、私は「パーパスM&A戦略」の導入がこれからますます必要になってくるだろうと感じています。
―「パーパス経営」というのは聞いたことがありますが、「パーパスM&A戦略」とは聞いたことがありませんが・・・。
Dr.M: ですよね。私が最近M&Aの実態を説明するのに用い始めた言葉です。
まず、最近よく耳にする「パーパス経営」について、おさらいをしたいと思います。
「パーパス」とは、企業の根本的な存在意義であり、「なぜ、その企業は存在するのか?」「何をしている会社なのか?」という質問に対する端的な回答です。
そしてその特徴は、「自社の強み」、「社会性」そして「共感性」の3要素を兼ね備えていなければなりません。そうした「パーパス」を重視する経営のことを「パーパス経営」と言います。以前から日本には「パーパス」に近しい言葉がありました。
―企業理念、ミッションやビジョンなどは、よく耳にする言葉です。
Dr.M: そうです。「理念」です。経営していく上で、その会社の理念です。
ちなみに「ミッション」とは、パーパスを実現するための戦略であり、「ビジョン」というのは、未来に向けたあるべき姿を指します。
パーパス経営に取り組む企業が増えてきた背景は様々あります。経済情勢、外部環境がすさまじく変化していく中、企業がどの方向に進むべきなのか迷うことが多くなってきたことが一つとして挙げられます。
また、最近は従業員の姿勢も変わってきました。従業員は、働く意味・自身の存在意義(働きがい)・社会貢献をより重視するようになってきました。
加えて、投資家の考え方・スタンスも変化してきました。短期的収益性を追い求めるだけでなく、社会的課題解決の貢献度、そして長期企業の成長性を高く評価するようになってきたからです。SDGsを重んじるのもその一つですよね。
パーパス経営が実現すること
ーでは、「パーパス経営」が実現されるとどのような効果があるのでしょうか。
Dr.M: 中長期的には、企業のイメージアップ(ブランディング効果)があげられます。
また、企業経営方針については、事業領域が明確となり、付加価値向上活動そして新事業創出活動が積極的になります。
さらにパーパスを拠り所に採用基準・育成基準が明確となり、社員のモチベーションの高まりも期待できます。結果、社内に笑顔が増え、チームワーク向上・生産性向上につながるでしょう。
加えて、投資家もその経営方針に共感しやすく、コンプライアンスも重視されている企業とわかり、長期安定投資できます。 このように、パーパス経営を通じて、あらゆるステークホルダーに良い影響の輪を広げることができるのです。
パーパス経営に必要な3つのこと
―パーパス経営を推進していくうえで重要なことは何でしょうか。
Dr.M: 大きく3つあります。
まず1つめは「クライアントファースト目線であること」。
2つめは「自社の強みを遺憾なく発揮し、消費者や投資家の共感をえること」。
最後に3つ目は「経営者だけなく、社員全員が自分事ととらえ、常にパーパスをベース、最上位として行動すること」です。
最も重要なのは最後の3つ目です。当たり前ですよね。でないと「仏作って、魂入れず」となってしまいますね。
パーパスM&A戦略とは
―「パーパス経営」についてはよくわかりました。けれども、今回のテーマは「パーパスM&A戦略」ですよね?
Dr.M: そうです。M&Aにもパーパスに基づくM&AとそうでないM&Aに分けることができます。そして、パーパスに基づくM&A戦略を「パーパスM&A戦略」と名付けました。具体的に説明していきたいと思います。
Dr.M: 自分の会社を譲渡する経営者の視点で考えてみましょう。日本の中小企業が譲渡を決断する背景の多くは「後継者不在問題」です。それはさらに2つのケースに分けて考えることができます。
ひとつは、後継者不在ではあるが、譲渡条件で最優先するのはプライス(譲渡価格)。M&A後の経営には一切関与しないという方針でM&Aを検討するケース。
もうひとつは、同じく後継者不在でありながら、オーナー自身が置かれている環境や個人が持っているパーパスも変化した時に起きるケースのことであり、自ら経営を続ける、もしくは、一族のみで経営を続けることが「会社の成長や従業員の未来にとって、ベストな選択ではない」と考え、第三者への承継(M&A)を検討するのが2つ目のケースになります。
なにもプライスを重視することが悪いと言っているのではありません。バランスが重要です。
また、中堅以上の規模の企業が一部事業(子会社)を切り離すカーブアウトの場合も同じことが言えます。単純に不採算事業を整理しようと切り離すケースだけではないと考えます。
例えば、自社グループのパーパスに照らし合わせると、当該事業は当社グループの事業として積極的に投資していく事業ではない。
あるいは当該事業で働く従業員にとってもよりこの事業を大切に、積極投資をしてくれる企業のもと働いた方がよりベストな選択になるに違いないと考え、M&A(企業譲渡)を検討するケースが挙げられます。M&Aを検討するタイミングも二者で異なります。
私が今回「パーパスM&A戦略」が重要であり、それをテーマに挙げたのはぜひ、パーパス経営から考えてM&Aに取り組んでいただきたいということです。そのM&Aに携わる方々が皆ハッピーになるからです。
全国でM&Aを決断する企業が増えていくにつれ、中には自社のパーパスと齟齬が起きているようなケースを見聞きすることが増えてきました。パーパスという観点に立ち戻り、M&Aをご検討していただくことを強くおすすめしたいと思います。
パーパスM&A戦略を表す最近の事例
ードクターから見てパーパスM&A戦略と言える最近の事例はありますか。
Dr.M: ある大手居酒屋チェーンが、取引先でもある大手飲料グループから居酒屋事業を買収しました。飲料グループは多角化経営の一環で居酒屋事業を行ってきましたが、事業ポートフォリオを見直した結果、今回の決断に至ったとされています。
一方、譲り受け側の居酒屋チェーンは、両社の成長に向けて十分シナジーを期待できること、そして自分たちの存在意義に立ち返り、事業を通じて社会に貢献するという理念を叶えるため、M&Aを実行しました。
自分たちの現在地を見直して、未来志向で共に成長を目指す。これはまさに「パーパスM&A戦略」の例であると考えます。
パーパスM&A戦略のエピソード
Dr.M: 最後に、パーパスM&A戦略の例として、私自身がお手伝いしたお客様からうれしいメッセージを頂戴しましたので、エピソードを含め少し披露させてください。
その案件は、とある上場企業の役員より、子会社を切り離したいと相談を受けたことがはじまりでした。
相談をくださった役員と共に、譲渡対象となった事業(子会社)の社長にその事実(事業売却検討を開始すること)を伝えるべく面談を実施したところ、ものすごい剣幕で、譲渡対象となった子会社の社長は怒りました。
「なぜ、切り離すのか?きちんと利益を出しているではないか?グループ全体に貢献しているではないか?従業員はこの上場企業グループの一員であることを誇りに思っている。この上場企業の一員から離れることになれば、従業員の不満がたまり、みな辞めてしまいかねない。」
しかしその時、事業売却検討を伝えた役員は次のことを伝えました。グループ全体が目指していくべき方向、そして今後、その譲渡対象の事業が、我々グループの1社として留まったとしても、投資していく対象事業ではなく、逆にそこで働く従業員のためにならないと考えたこと・・・一つひとつ理路整然と丁寧に説明を尽くされました。
その後も話し合いの場が持たれ、結果的に譲渡する方針をご理解いただくことができました。
ただ、譲渡するにあたり、その事業で働く従業員を思って様々な条件が提示されました。そして、その条件に基づいた候補先の中からお相手(譲渡先)を選定し、M&Aが実行されました。
M&A実行されてから数年約経過しましたが、当時の譲渡された子会社の社長からこのようなメッセージをを頂戴しました。
「皆己さん、立場は違えど、同じ目的に向けてベクトルを合わせてご協力を頂いた同志です。今、このM&Aが適切な選択肢であったと確信しております。M&A後、施設に投資が行われ、働く環境がさらに良くなったことにより、従業員はみな満足しているとのことです。不満で辞める人もいませんでした。M&Aというプロジェクトは大変でしたが、決断してよかったです。」というメッセージをいただき大変うれしかったです。今後もこのようなM&Aを手伝っていきたいものです。
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監修
一橋大学卒業後、大手金融機関及び大手外資系証券会社で法人営業。その後、大手外資系金融機関プライベートバンキング部の日本支社立ち上げプロジェクトに参画。現在は日本M&Aセンターにて、上場企業を中心にM&A戦略からクロージングに至るまで幅広いアドバイスを行う。戦略的M&Aをテーマに、研修・セミナー講師としても活躍。