地球温暖化による平均気温の上昇、増え続けるごみや生物多様性の危機など、地球をとりまく環境問題は深刻化している。アート業界でも、石油由来の油絵具の使用、作品輸送で排出される二酸化炭素や管理にかかる温室効果ガス、NFTの取引にかかる膨大な電気使用量などが問題視されており、問題解決のため具体的な取り組みが求められている。

そんな中、ここ数ヶ月の間に環境活動家たちがアート作品を攻撃するという珍事が起きている。なぜ彼らは、歴史的価値のあるアート作品を標的にするのだろうか。

誰が、いつからはじめた?

絵画に身体の一部を糊付けしたり、液体を投げつけたりする気候変動の抗議運動は2022年6月下旬頃から始まり、その多くはイギリスの気候変動活動団体「JUST STOP OIL(ジャスト・ストップ・オイル)」が行なっている。この抗議活動を行うためのコストは、カリフォルニアに本拠を置く「Climate Emergency Fund(気候危機基金)」が負担しており、いくつかの活動団体に合計で100万ドルを提供したという。

ハインツのトマト缶をもじった「JUST STOP OIL」のマーク
(画像=ハインツのトマト缶をもじった「JUST STOP OIL」のマーク)

出典:「JUST STOP OIL」のFacebookページより

この抗議活動の発端は、2022年6月29日、スコットランドのグラスゴーにあるケルヴィングローブ美術館・博物館で、「JUST STOP OIL」の活動家がスコットランドの風景画家、ホレイショ・マカロックの《My heart’s in the Highlands》(1860)の額縁に自分達の手を糊付けしたことから始まった。これに続いて、イタリアやドイツの団体も抗議に参加するようになったのである。

《My heart’s in the Highlands》に糊付けするJUST STOP OILのメンバー
(画像=《My heart’s in the Highlands》に糊付けするJUST STOP OILのメンバー)

出典:https://www.artnews.com/

次々と標的となる名画たち

《モナ・リザ》

最初に日本で大きくニュースになったのは、2022年5月31日、パリのルーヴル美術館で車椅子に乗り高齢女性を装った男性が、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画《モナ・リザ》(1503-1506)にケーキを投げつけた珍事だ。警備員に連れ出される際、男は「地球環境のことを考えろ、芸術家は皆、地球環境について考えるべきだ。だからやった」などと声を上げたという。幸い、作品は防弾ガラスで保護されていたため無傷で済んだ。

monalisa
(画像=monalisa)

出典:https://www.classicfm.com/

「JUST STOP OIL」や他団体による公式声明が出されていないため、この男は特定の団体とは無関係で、個人で犯行に及んだものと推測される。時期的には、「JUST STOP OIL」がこの抗議活動を始める前なので、もしかしたらこの男が団体をインスパイアしたのかも?しれない。

《ひまわり》

2022年10月14日、ロンドンのナショナル・ギャラリーで「JUST STOP OIL」の活動家二人が、フィンセント・ファン・ゴッホの代表作《ひまわり》(1888)にハインツのトマトスープを投げつけ、自分たちの掌を壁に糊付けした。

sunflowers
(画像=sunflowers)

出典:https://juststopoil.org/

二人は「芸術と生命、どっちの方が大切か?芸術は食べ物よりも価値があるのか?”生活費の危機”は、石油費危機の一部だ。燃料は何百万もの貧しい家庭にとって手の届かないものであり、彼らはスープの缶を温める余裕さえない」などと叫んだ。額縁に小さな傷はあったものの、絵画自体は無事だったという。二人は不法侵入と器物損壊の容疑で逮捕された。

イギリスは、ロシアのウクライナ侵攻による資源や穀物などの供給不安で物価上昇が勢いづき、歴史的なインフレによって景気が悪化している。彼らが発言した「生活費の危機(Cost of living crisis)」とは現地メディアで躍る見出しのことである。

《積みわら》

2022年10月23日、ドイツのポツダムにあるバルベリーニ美術館で、ドイツの環境保護団体「Last Generation(ラスト・ジェネレーション)」の活動家二人がクロード・モネの《積みわら》(1890-1891)にマッシュポテトを投げつけた。

出典:https://www.theartnewspaper.com/

彼らは「絵の上にマッシュポテトを乗せることが、君に耳を傾けさせることになるのか?食料をめぐって争うことになれば、この絵は何の価値もない。いつになったら耳を傾けるようになるんだ?」といったことを叫んだ。このグループは、このモネの作品を舞台に一般市民を観客にすることで、メッセージを伝えようと決めたという。

《真珠の耳飾りの少女》

2022年10月27日、ドイツのマウリッツハイス美術館でヨハネス・フェルメールの名画《真珠の耳飾りの少女》(1665)に「JUST STOP OIL」のTシャツを着用した二人の男が近づき、ひとりは絵に頭を糊付けし、片方の男がその男にトマトスープを頭にかけた。

「美しいもの、貴重なものが目の前で破壊されているのを見たとき、あなたはどのように感じる?憤りを感じるか?目の前で地球が破壊されるのを見たとき、その気持ちはどこにあるんだ?」と環境保護を訴えた。この件ついてJUST STOP OILは公式に声明を出していない。

なぜアートを攻撃するのか?

なぜ彼らは、環境保護のための抗議活動の場に美術館を選んだのだろうか?この活動に参加した、非暴力による直接行動を用いて気候変動への対策や環境保護を訴える国際的な運動「Extinction Rebellion(エクスティンクション・レベリオン)」の共同設立者の一人、サイモン・ブラムウェルは、インタビューでこう語っている。

「政治は常に文化に追随するので、文化機関に責任を持たせることが非常に重要です。そして、時はすでに遅く、私たちは1.5℃の上昇が大惨事を招くという事実に目覚めつつも、この数字はすでにもうそこまで迫っています。もし上昇が2℃に達すれば、地球の20%が居住不能になります。今こそこの時代の真実を伝えるために、私たちの文化機関を巻き込む時なのです」

Here’s Every Artwork That Climate Activists Have Glued Themselves To

ロンドンで行われたエクスティンクション・レベリオンによる抗議運動
(画像=ロンドンで行われたエクスティンクション・レベリオンによる抗議運動)

出典:https://www.timeout.com/

ここで紹介した4つの名画のほかにも、「JUST STOP OIL」と「Last Generation」によって攻撃された作品は10点近くある。イギリスのロイター通信によると、「JUST STOP OIL」は「保護ガラスで覆われていない芸術作品を汚すことは決してしない」と述べている。

しかし、この抗議の方法が批判を集めているのは明白で、オランダのウスル文化担当副大臣もツイッターで、「誰にでも主張する権利はあるが、私たちが共有する遺産はそっとしておいてほしい。無防備な芸術作品を攻撃するのは正しいやり方ではない」と発信した。果たして彼らはまた別の絵画を狙うのだろうか?

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文:ANDART編集部

参考
Here’s Every Artwork That Climate Activists Have Glued Themselves To
A Climate Activist Just Superglued His Head to Vermeer’s ‘Girl With a Pearl Earring’
Climate Activists Just Threw a Can of Tomato Soup on Van Gogh’s ‘Sunflowers’ at London’s National Gallery