矢野経済研究所
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10月12日、報道各社は「トヨタ自動車がミャンマーの自動車組み立て工場でピックアップトラック『ハイラックス』の生産をスタート、今月から販売会社が予約の受付を開始した」と報じた。
トヨタは2019年、ヤンゴン近郊の経済特区に豊田通商と合弁で現地法人を設立、2021年2月の開業を目指して準備を進めていた。しかし、その直前、国軍による軍事クーデターが発生、工場の稼働は無期限延期となっていた。

とは言え、ミャンマー情勢は安定したわけでなく、ましてや民主派の復権などほど遠い。10月12日、反国軍デモを取材したとして拘束された日本人のドキュメンタリー作家に対する裁判が結審した。扇動罪、通信法違反、入国管理法違反を合わせて計10年の禁固刑である。また、同日、民主派指導者アウンサンスーチー氏も新たに2件の有罪が確定、刑期は合計26年となった。言論や表現の自由は完全に封殺されている。国軍の強権的姿勢はむしろ強まっていると言えよう。

10月10日、世界の人権状況を監視している国際NGO(非政府組織)「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(本部ニューヨーク)は、日本がODAの一環として供与した旅客船3隻が軍事転用されていると指摘した。そのうえで、「日本政府は人道支援以外の開発支援を停止し、深刻な人権侵害に関与した国軍に対して制裁を課すべき」と声明した。日本はクーデター以降、新規ODAは停止した。ただ、既存のODAは継続している。同NGOはこうした状況を「経済制裁に対して中途半端」と評価したうえで、「あらゆる外交手段を駆使して国軍に圧力をかけるべき」と提言する。

ミャンマー情勢に関する報道は少なく、正確な状況は見えにくい。ただ、圧制が続いていることは間違いない。内政不干渉を原則とするASEAN(東南アジア諸国連合)でさえ首脳会議への国軍トップの出席を2年連続で拒否、国軍に対して暴力の即時停止を求めている。そうした中でのトヨタの経営判断である。もちろん、あらゆるリスクは検討済みであろう。トヨタフィロソフィーには “1秒1円にこだわる” とある。なるほど、である。しかし、“人の幸せについて深く考える” との記述もある。新たに生産される『ハイラックス』が後者につながるものであると願いたい。

今週の“ひらめき”視点 10.9 – 10.13
代表取締役社長 水越 孝